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 明らかに第三者の声に、はっと息をのんだ。


 次の瞬間、暁の周りに次々と小さな生き物の頭が飛び出してくる。

 隣にいた千晶が庇うように前に立ったが、暁はつま先立ちでその者たちを観察した。


 その頭上には、やはりつるりと光るお皿がある。


「また、人間か」

「人間だな」

「んん? でもこの人間、いつもの者では」

河太郎(かわたろう)どの! 皆さま!」


 慌てた様子で投じられた名前に、囲っていた河童たちは一斉に声の主へ振り返った。


「琉々坊?」

「琉々坊だ」

「戻ってきた?」


 ああ、どうやらここが琉々が最初に目覚めた川べりで間違いないようだ。


 もちろん探し求めていた琉々の真の住み処とは違うが、大きな手がかりがあるに違いない。

 期待に胸膨らませていると、特に大きな体躯の河童がのっそり姿を見せた。


「琉々、か」

「河太郎どの、お久しゅうござ」

「……今まで一体何処に行っておったのか、馬鹿たれぃーーーー!!」


 琉々が言い終わるよりも早く、緑色の巨体が琉々に一直線に駆けていく。

 まともに衝撃を受けた琉々は、その河童の腕の中でしばらく呆けていた。


 ああ。どうやら琉々くんは、予想以上に仲間内に慕われていたようだ。




 その後暁たちは、この辺りの大将らしき大河童──河太郎に川岸から少し離れた林の中へと案内された。

 一際大きな木の下に、雑草を綺麗に排された円形の場所があり、木の根元にはわらでできたござが敷かれている。促された暁たちは、並んで腰を下ろした。

 そして目の前には、あぐらを掻いて巨体を据える河太郎が向き合う。


「そうか。突然置き手紙とともに姿を消したのはそういうわけだったか」

「申し訳ございません、河太郎どの。お助け頂いたご恩も返せぬまま、姿を消すことしかできず……」

「頭を上げろ琉々坊。皿の水がこぼれるぞ」


 頭を下げようとする琉々の肩を、河太郎がすかさず押し上げる。

 白くおろしたての食器のような琉々の皿。それをひと撫でしたあと、河太郎はふっと笑みを綻ばせた。琉々も照れくさそうに頭を上げる。

 このやりとり一つでも、いい師弟関係だったのが見てとれた。水が合わないと言うことさえ起きなければ、外見の相違こそあれど琉々はここで平和に暮らせていたのだろう。


「それで。そちらの方々が、琉々の手助けをしてくださっているとな」

「左様にございます河太郎どの。わたくしの故郷探しに尽力くださっている方々でして」

「……これはこれは。このような平地の水辺には、なかなか希有な御方と相見えましたな」


 河太郎の目がすっと細められた。その視線が向いた先は、暁ではなく──。


「……?」

「さて。話を戻すとしよう。貴殿らがお尋ねなのは、我々が琉々坊を助けたときのことでしたな?」

「あ、はい」


 人の良さそうな笑顔に変わった河太郎に、暁は戸惑いつつも頷いた。気のせいだろうか。てっきりあやかしを惹き付ける千晶に興味を示したかと思ったけれど。

 先ほど河太郎が視線を向けたのは──気のせいじゃない。烏丸のほうだった。


「この者が河面に浮かんでいたこと以外は特に変わったことはございませんでした。ただ、敢えて申せばひとつだけ。音ですな」

「音、ですか」


 聞き返した暁に、河太郎はゆっくりと頷いた。


「大げさなものではない。ごく小さな水音です。ただしいつもは耳にしない音色でした。てっきり不届き者が橋からゴミでも投げたかと思いましてな。川辺へ様子を見に行かせたのです」

「するとそこに、琉々が気絶したまま浮かんでいたと?」

「その通り。ただ、琉々坊が落水した音ではございませんな。小柄とはいえ、この者が河面に飛び込めばたちまち大きな音が辺りに響く。危うく聞き逃すような、小さな音では済みますまい」

「なるほど、確かに」


 何かが水に落ちたことと、琉々が発見されたことは何か関係があるのだろうか。

 関係あるとして、一体何が水に落ちたのだろうか──。


「河太郎どのっ、また、またあの人間が来ておりますっ」


 暁の思考は、慌てた様子の小河童の登場で一端途切れた。


「またか。以前のような騒ぎにならぬよう、遠くから見張っておくのだ」

「はっ」


 河太郎の指示に、小河童がすぐさま雑草の中に姿を消す。


「あの。どうかされましたか。あの人間、というのは……?」

「実は以前、この河で人が溺れたことがございましてな」


 河太郎がため息交じりに告げる。


「なに、我々が川に引きずり込んだわけではございませぬぞ。今時そのような悪戯をしては、住み処を埋められこちらの生活が脅かされる。あの少女はこの辺りに住むらしいが、暇を見つけては橋や川べりからじいっと川の中を覗いておるのです。それがついこの間、運悪く足を滑らせたようでしてな」

「……少女」


 その小さな呟きは、暁と千晶で思いがけず重なった。


 少女。

 その単語はつい先ほども耳にした。琉々がうっすら残っていると告げた過去の記憶だ。


「失礼します河太郎さん。その少女にも、少しお話を聞きたいと思います」

「は? あの小童に?」


 わけがわからない、といった表情の河太郎に構わず頭を下げたあと、暁は雑木林の道を戻っていく。


 世の中には少女なんて腐るほどいる。それでも、手がかりは死に物狂いで掴みにいく。

 それが、七々扇よろず屋本舗のポリシーなのだ。


「こんにちは。そこで何してるの?」


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