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「……へ?」

「細かい事情は、この手紙を見てくれればわかると思うんだけど」


 差し出された仰々しい手紙に、暁は苦虫を噛みつぶしたような顔になる。

 まるで果たし状を想起させる、真っ白な紙に包まれた手紙。この仰々しい封書は、遠い昔にも何度か目にしたことがある。


 地元で右に出る者はない大地主・七々扇家の、通達書──という名の命令書だ。


 本来なら触れるのも御免だったが、その「事情」とやらを知らなければならない。

 木っ端微塵に破り捨てたい衝動をぐっと堪え、暁は封書を手に取り内容を精査した。


 その内容はこうだ。


 一、七々扇暁は甥七々扇千晶と同居し身元引受人として寝食の面倒をみること。

 一、七々扇千晶の転校手続きは手配済み。転校先は間黒南高等学校。登校日は四月六日とす。

 一、生活費は持参の通帳に振込み済み。特殊事情のない限りそちらで三年間の出費をまかなうこと。


「……」


 三つ目の文章を目にした暁はしばらく動きを止めた。


 この文章、十三年前にも見た覚えがある。

 暁が高校進学と称して家を出たときに、父から突きつけられたあの封書だ。またこうして対峙するときが来るとは思わなかった。


「母さんが死んだあと、俺はすぐに同じ村の親戚夫婦に引き取られたんだ。敷地はほとんどじいちゃんと変わりなかったけれど……気づいたら、また別の夫婦に引き取られてた」

「……ほう」

「その後も、数年おきに違う夫婦と一緒に暮らした。苗字はみんな七々扇だったから、クラスのみんなは気づかなかったみたいだけど」

「……ほう」

「最初はみんな、我先にと俺のことを取り合ってたみたいだけどね。やっぱ、本当の子ども以外は面倒なだけってことなのかなあ」

「そんなことは、絶対ない」


 間髪入れずに出た答えが意外だったらしい。

 大きな目を一層丸くした千晶に気づき、暁はさっと視線をそらした。


 本当の子ども以外は面倒なんて、そんなことはない。

 だとしたら、保江姉さんと私は──。


「まあ確かに君みたいな美少年なら、綺麗なものに目がないあの家の人間は、奪い合いになってもおかしくないね」

「ははっ」


 美少年は否定しないのか。まあいい。


「解せないのは、七々扇家の人間は私のことなんて頭から抹消してる──要は勘当してると思ってたんだけど。それがどうして、十三年越しにそんな私に頼ろうなんて思ったのかね」

「俺が、そうしたいって言ったから」


 交わった視線とその力強さに、暁は内心たじろいだ。


「俺が、俺自身の意志で、アキちゃんのもとで暮らしたいと思ったんだ。だからじいちゃんに頼み込んだ。一生のお願いだって」

「え」

「だから、ねえお願い。アキちゃん」


 その瞳は今も記憶の中に残る、最愛の姉のそれととてもよく似ていた。




「……というわけで、これが私の甥の七々扇千晶です。ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「七々扇千晶です。よろしくお願いします」


 暁にならい慇懃無礼に頭を下げた千晶を見て、商店街関係者の面々は何とも嬉しそうに拍手を送った。


 もともと商店街の若者離れは毎度集会に持ち上がる課題のひとつ。

 このような若者で、しかも顔もいい、加えて礼儀もわきまえていそうな存在が身内になることは喜ばしいことなのだろう。


「なるほどなあ、あきらちゃんの甥っ子だったのか」

「ねえねえ千晶君は、どこの高校なの?」

「この道をまっすぐ上った先の、間黒南校の二年に編入する予定です」

「まあーじゃあ頭もいいのねえ!」

「素晴らしいわあ、うちにもこんな孫がほしいわあ!」

「へへ、ありがとうございます」


 ……大半がおばさま方の質問大会になりつつある光景を眺めながら、ひとまずほっと胸をなで下ろした。


 昨日橋の上であった、美形未成年者と暁とのあれこれ。

 それが尾ひれをつけて優雅に愉快に商店街を泳ぎ切る前にと、翌日には商店街会長の元へ挨拶に向かった。

 それを聞きつけた商店街のみんなも自然と集まり、妙な噂に歯止めをかけることはできたらしい。ミッションコンプリートだ。


 その後、暁は千晶を連れてあちこち奔走した。

 役所の手続きを済ませ、三日後から通う高校の制服を受け取り、必要な生活用品の買い出し。

 無駄のない動きで、街中をよろず屋の軽トラックが駆け巡る。


「すごいね。手続きの手際が半端ない。アキちゃんってば何者?」

「よろず屋を生業にしてたら、面倒な手続きの代行やら同伴の依頼は、かなりの数があるからね」

「あー、なるほどね」


 千晶の言葉は、いちいち緩衝材のように柔らかだ。

 赤信号で軽トラを停止させた暁は、助手席に座る甥をちらりと覗いた。


 今日の甥の服は、シンプルな白黒のカットソーとチノパン。暁のシンプルなパーカーとスキニーの組み合わせとほぼ変わりない。

 叔母と甥というより男子高生同士の休日のようね──というのは、先ほどの商店街の集まりで聞こえたご感想だった。その通りだ。


 しかし、と暁は思う。

 どうしてこの甥っ子は、親戚をたらい回しにされる事態になったのだろう。


 気立てもよく頭も良い保江が遺した、たった一人の息子。

 暁の記憶を遡るに、幼かった甥もまた、父はもちろん親戚からも絶大な人気を誇っていたはずだ。

 ふわふわな飴色の髪が天使のようで、散歩に出ようものならあちらこちらからお声がかかるほどだった。


 昨日はあまりの変貌ぶりに本人と見抜けなかったが──もちろん暁にとっても、千晶は保江の大切な忘れ形見だ。

 保江の命日には決まって、甥の現状を考え巡らせるくらいには。

 加えて、千晶と半日ともに行動しても、手癖の悪さ、喫煙、暴言などといった素行不良はついぞ見られなかった。


「正直、意外だったな」

「なにが?」

「アキちゃんが、こんなにあっさり俺のことを受け入れてくれるなんて」


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