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 新参者でやや外見の異なる琉々に当初河童たちはやや辛辣だったが、琉々のために住まう場所を提供してくれた。

 恩に報いようと、琉々も必死に働いた。


 しかしながら、日に日に琉々は自身の体調が崩れていくのを自覚したのだという。


「その川は、他の河童たちが住まうほど良質な水が流れております。ところがわたくしには、どうもその水が合っていないようでした。新天地とはそういうものだと自分に言い聞かせておりましたが、いよいよ周囲に心配をかけるまでになってしまい……」

「それで、その川を出たの?」

「そのとおりでございます。これ以上仲間の手を煩わせるわけには参りませんので」


 語る琉々のしょんぼり笑顔に拍車がかかる。


「気候が暖かくなったことも幸いし、徐々にわたくしの体調も回復して参りました。それからというもの、身近な水辺を訪れてはしばらく間借りさせて頂く、ということをくり返して参りました。そうして歩くことで、いつしか自分の住み処となる場所が見つかると思っていたのですが……」


 なかなか思ったようにはいかなかった、ということか。


「わたくし、自分が情けないです。自分の住み処のことも思い出せないなんて。わたくしは一体どこから来たのでしょう。どうしてそこから離れてしまったのでしょうか」

「大丈夫。泣かないで、琉々くん」


 つぶらな瞳からポタポタ落ちてくる涙に、暁はそっとハンカチを差し出した。涙でキラキラ輝くその瞳に、暁は優しく微笑む。


「安心して。これからは、私たちが琉々くんの力になる。だから一緒に、君の住み処を見つけよう」




「で。住み処になりそうな場所を探すべく、こんなどでかい地図を広げてるってこと?」

「ちょっと千晶、そこ折れてるから。踏まないでね」


 夏期講習から帰った千晶を尻目に、暁は赤いマジック片手に地図と睨めっこを続けていた。

 リビングの床に広げた地図には、すでにいくつか候補地が赤丸で記されている。


「まずは、琉々くんが最初に目覚めた場所を確定させたいね。そこが川ということは上流から流されてきたのかもしれないし、何にしても手がかりにはなる」

「この赤いバツ印は、その河童が出向いて確かめたところ?」

「ん。その都度訪れた場所の目印をメモしてきたんだって」

「ふうん。几帳面な河童だね」


 書き出していくと、琉々が最初に目を覚ました場所は恐らく隣の市だろうか。

 あとは明日にでも、琉々を連れて現地に赴くとしよう。


 ちなみに烏丸は、先ほど散歩に出掛けるといって出て行った。

 もしかしたらあちらでも、空から何か手がかりを見つけてきてくれるかもしれない。


「ね。俺にも手伝わせてよ。河童の住み処探し」

「だーめ。だって君には夏期講習があるでしょ……って」

「? アキちゃん?」


 眉を寄せて見つめる先は、着替え途中の千晶の体だった。

 以前垣間見たときよりも引き締まり、心なしか筋がぐっと浮かんで見えた。


「千晶……もしかしてまた、筋肉ついた?」

「ああ、まあね。もともと筋トレしたらすぐつくタイプだからさ」


 最近の千晶は夏期講習に加え、体育系の部活の助っ人としても、ちょくちょく夏休み中の高校に赴いていた。

 制服からTシャツに着替える甥の腹筋は、思わず凝視するほどには成長を遂げている。


 幼さを感じさせる大きな垂れ目と、薄茶色のふわふわな髪の毛は健在だ。

 ギャップ萌えか。女子高生たちの歓喜する幻聴が聞こえてくる。


「やっぱり年頃の男子は違うねえ。すぐに筋肉がついて、羨ましいなあ」

「あんま近づかれると、流石に恥ずかしいんだけど……」


 目の前で臆面なく着替えていたくせに、今さら何を言うか。


 そそくさとTシャツに着替え終えると、千晶がおもむろにニコッと笑みを浮かべた。

 こういう笑みを浮かべるときは大抵ろくなことは言い出さない。


「等価交換って知ってる、アキちゃん」

「知りませんね」

「可愛い甥っ子の腹筋を見たんだから、アキちゃんもそれに見合ったものを提供しなくちゃ駄目でしょ。自営業なんだから」


 言い回しが烏丸に似てきているな、と暁は思った。


「一応聞くけど、見合ったものとは?」

「んーそうだなあ。アキちゃんの腹筋とか? なーんてね。はは」

「別にいいよ」

「へ」


 千晶の間抜けな声を聞きながら、暁はおもむろにボーダーのTシャツをぐいと引き上げる。

 内容に肉体労働が多いこともあり、女にしてはかなり引き締まっているほうだ。

 甥の筋肉には到底及ばないが、そこはやはり男女の違いだろう。


「アキちゃん」


 低い声。突然目の前が陰ったかと思うと、持ち上げていたシャツの裾が勢いよく下げられた。


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