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「……」


 わかった上でやってるってことか。さすが悪ガキ。


 どこか満足そうに歩く千晶の姿に、暁は振りほどくという選択肢を放棄した。

 千晶と一体で動いたほうが視線が分散されやすいし、何よりつながれた手が温かい。


 周囲からどんな関係に見られるのかが多少心配ではあるが、細かい設定はいいだろう。

 琴美の背をしっかり視界に入れている間も、千晶の独り言に近い会話は続いた。


「さっき依頼主を助けたときの反応と、アキちゃん自身が襲われたときの反応。素早さと警戒心が全然違うよね」


 そうだろうか、と視線で告げる。あまり考えたことがなかった。


「そうだよ。前の猫又を助けたときもすごい反応だった。初対面の俺がアキちゃんに抱きついたときは、避けられなかったのにさ」


 あれは、出来事が余りに想定外過ぎたからだ。


「だからね。アキちゃんが守れない分、アキちゃんのことは俺が守ってあげる」

『七々扇さん。無事に家に到着しました』


 イヤホンから聞こえた声に、咄嗟に反応を返せなかった。


 見上げた甥の顔は、何度も見てきた柔らかな笑顔ではない。

 先ほども一瞬垣間見た、大人びた表情だった。


「──了解しました。今回の収穫はナンパ男が二人でしたね。また次のシフトのときに同行しますので、何か気づいたことがあれば遠慮なくご連絡ください。……おやすみなさい」


 琴美の礼の言葉を耳に残し、イヤホンの通話ボタンを切る。


「お疲れさま、アキちゃん」

「……ん。千晶もお疲れさま」


 再び見上げると、すでに千晶はいつもの笑顔だった。


「もうお終いかー。せっかくデート気分を味わえたのにな。残念」

「千晶」


 離れかけた手を、暁が改めて捕まえる。

 早まる鼓動を聞きながら、すっと小さく息を吸った。


「さっきは……助けてくれてありがとう」

「アキちゃん?」

「すぐにお礼言えなくて、ごめんなさい」


 本来は、助けられてすぐに伝えるべき言葉だった。


 突然の出来事に対する驚きと、甥に助けられた不甲斐なさ。そして少しのプライドが邪魔をしてすぐに素直には口にできなかった。

 琴美との通話云々は、完全に後付けの理由だ。


 つないだ手に、ぎゅっと力がこめる。

 見上げた先の瞳が、かすかに揺れるのが見えた。


「千晶?」

「あ、うん。いいよ、っていうか気にしてなかったし、その」

「その?」

「ああ、うん。……ちょっと、待ってくれる?」


 そう言うと千晶はくるりと反対方向に顔を向け、しばらく黙り込んでしまった。

 どうやら、手のひらを顔に当てて何やらブツブツ言っているのが見てとれる。


 考え事ならば、つないだままの手が邪魔かもしれない。

 暁がそっと手の力を抜くと、すぐさま千晶の手に力がこめられた

 。思いがけず強い握力に引き止められ、肩がびくりと跳ねる。


「ビッ、クリしたあ……」

「待ってて。手も離さないで。……ここで離すとか、ずるすぎるでしょ」


 恨みがましくも思える視線が一瞬向けられ、暁は両眉を上げた。


 結局、自宅兼事務所に帰るまで、二人の手は仲良くつながれたままだった。




「『カミキリ』?」


 事務所に戻った暁は、強制的に時間外業務に就くことになった。


「江戸時代に姿を現したと言われる、比較的歴史の浅いあやかしだ。その姿は猫だとも狐だとも言われ、気配のないまま素早く、人間の髪を切り落とすと伝えられている」

「髪を切り落とす……なるほど、名は体を表すって感じだね」


 事務所のソファーに我が物顔で腰を下ろす烏丸に、ひとまず労いのホットミルクを準備する。

 少し迷ったが、加えてもうひとつ、湯飲みにいれた熱いお茶も盆に並べた。


「どうぞ。粗茶です」

「わあわあ。わざわざありがとうございます!」

「いいえ、こちらこそ」

「……何を頭を下げ合ってんだ。お前らは現状、加害者と被害者だろうが」


 そう。今烏丸に連れられ事務所にいるこの者こそ、先ほど暁に襲いかかった「カミキリ」というあやかしだった。

 今は烏丸に首根っこを捕らえられ、隣の席にちんまりと座っている。


「いやだって、この子の風体が予想以上に害がなさそうだから」

「惑わされんな。見た目は確かにただの餓鬼だが、現にさっきお前に飛びかかったんだぞ」

「ええ、ええ。確かにわたくしは飛びかかりました。しかし襲いかかったのでは断じてございません!」


 首根っこを掴まれた状況にもかかわらず、えっへんと胸を張る。

 そのどこかあどけない姿を、暁はじいっと注意深く眺めた。


 黒いワンピースに身を包み、後頭部の髪がとさかのように伸びた、幼稚園児くらいの女の子。

 しかしながら頭に生えたふたつの黒い三角耳が、やはりあやかしであることを示している。


 そして何より両手には、五本指の代わりに大きなハサミが備わっていた。

 刃先からは、幼子に不釣り合いの鋭い光が放たれている。


「言い訳があるなら、一応聞かせてもらおうか?」


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