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「……ん。ありがと」


 礼を告げた甥の顔は、思った以上に近距離だった。


 ふんわり柔らかく微笑む千晶は暁より余程可愛らしく、胸をじんわり温めるものがある。

 時折垣間見える問題児な面もあるが、それも許せてしまうのが千晶の天性の愛嬌だった。


 自分もすっかり千晶に毒されてるな、と暁は思う。


「烏丸も、着物姿で寒くない? 私のパーカで良ければ貸すよ」

「いらん。それを脱いだとして、お前のほうが余程薄着だろうが」

「でも仕事を手伝ってもらってる身だし、烏丸にだって風邪引いてほしくないし」

「……今俺の姿は、お前たちにしか見えていない。それをまとえば、パーカが宙を浮きながらお前を追うことになるが」

「……うん。やめとこうか」


 思い描いた怪奇現象を素直に回避したのと同時に、依頼主からの連絡が入った。そろそろ勤務先を出るらしい。


「さてと。万一犯人が出ても、下手に単独で動かないように。わかった?」


 ワイヤレスのイヤホンマイクを耳に装着する。

 すでに声のトーンを抑えて告げた暁に、目の前の美形二人は視線で頷いた。




『……そ、いえば、今週も来ませんでしたねえ』

『まあ、学生さんも色々と忙しいでしょうからね。それじゃあ、失礼します』

『あ。帰り道気をつけてよ、琴美ちゃん。例の嫌がらせのこともあるし』

『ありがとうございます店長』


 少しの雑音のあと、聞き覚えのある声を交えた会話が耳に入ってきた。


 琴美にあらかじめ装着してもらった受信機とイヤホンマイクも、調子はすこぶる良好のようだ。

 しばらくの間は、イヤホンで会話をしながら帰宅時の追尾をする予定だ。

 琴美が美容室を出るタイミングを見計らって、暁たちは距離を保ちながら姿を追った。


「お疲れさまです西岡さん。希望があればもっと近くからご自宅にお送りしますが、どうしましょうか」

『あ、大丈夫です。ただ少しだけ緊張してますけど……』


 イヤホンから聞こえる声は、確かに緊張からか強張りが感じられる。


 嫌がらせ被害に加えて、ほぼ他人の暁との通話も加わったのだ。

 慣れないことずくしで肩に力も入るだろう。暁は小さく笑みを漏らした。


「大丈夫。なにかあれば私がいますから、安心してくださいね」

『七々扇さん……』

「さてと。では女子同士らしく、少し世間話でもしながら帰りましょうか。会話に集中しすぎて、信号を見逃すことだけは気をつけて」

『……はい! ありがとうございます』


 よかった。沈んだ声色に明るさが僅かに戻った。


「……すごいね。アキちゃん、さすがプロって感じ」

「ん?」


 実際話した言葉は、今は琴美に筒抜けになってしまう。

 視線だけで隣を歩く千晶に疑問を投げるも、千晶は笑顔で肩をすくめただけだった。


 さて。今夜犯人は、その尻尾を見せてくれるだろうか。




「へえ。そんなに忙しいんじゃ、昼食もまともに食べられないんじゃないですか?」

『そうなんですよー。仕事はお互い代わる代わるの進行なので、食べれたとしても裏の部屋でほぼ立ち食いですね』

「華やかそうに見えますけれど、美容師さんもやっぱり体力仕事ですねえ」

『お金を稼ぐって、本当大変ですよねえ』

「いや、本当に」


 イヤホン越しに可愛らしく笑みを漏らす琴美から、徐々に緊張がほぐれていくのがわかる。

 普段は客中心の会話になることの多い職業だ。もてなす必要のないとりとめない会話が新鮮なのかもしれない。


「お店のホームページも拝見しました。琴美さん、かなり腕を買われているんですね。予約サイトでの評価も、かなり高いようでした」


 暁が覗いた大手予約サイトの評価は、実際にネット予約で訪れた客限定で評価をすることができる。

 そのためその予約サイトは、今回の嫌がらせ犯に評価を荒らされることはなかった。


『それはとても有り難いんですけれど……でも、まだまだです』

「いいんですよ、謙遜しなくても。ここまで技術職でやってこられたのは本当に」

『謙遜じゃないんですっ。私、本当、ダメダメで……』

「……琴美さん?」


 え。泣いてる?


 とっさに目の前を歩く彼女の仕草を確認する。どうやら、涙を流すまでは至っていないようだ。


『すみません。実は、今回のこととはまったく別件で、少し落ち込んでいて』

「別件でもなんでも、構いませんよ。言ったでしょう? これはただの世間話ですから」

『……ありがとうございます、七々扇さん』


 琴美が語った世間話の内容は、仕事関係の悩みだった。

 ここ数年琴美を指名し続けてくれていたある顧客が、突然訪れなくなったのだという。


『お客さまが他店に移るなんてよくあることで、落ち込んでいたらやっていられないくらいの出来事なんです。でも……あの子には私、思っていた以上に思い入れがあったみたいで』

「あの子、というと年下の方ですか?」

『高校生の女の子です。確か、間黒南高の二年生って言ってたかな』

 ふと隣と歩く甥に視線を向けた。あらま。同じ学校じゃないか。

『すごく綺麗な子で、さらさらなロングヘアがとても素敵で。いつもほぼ二ヶ月おきに予約が入っていたんですが……四ヶ月経っても連絡がないんです』


 二ヶ月おきに美容室か。

 少しでも伸びたら自分でカットしてしまう自分には、縁遠いスケジュールだ。


「急な引っ越しとも考えられますが……何かあったんでしょうか」

『それが理由がわからなくて。もしかしたら前回の来店で、私が何か粗相をしてしまったのかも……、えっ?』

「琴美さん?」


 会話の途中に唐突に弾けた疑問符に、目を見開く。


「アキちゃん!」


 遠くなる甥の呼びかけをそのままに、ほとんど無意識に暁は地面を強く蹴り上げていた。


 女一人に男二人。

 男のほうは大学生といったところか。品定めするような目つきに調子の良さそうな口元は、女を困惑させるのには十分な光景だった。


「ちょっと待って、お兄さんたち」

「わっ、なんだよお前」

「この子の知り合いか?」


 不快そうに上がる声を一切無視して、暁は目の前の細い肩をぐいっと抱き寄せた。


 女性特有のほのかな香りとともに、はっと息をのむ気配まで胸の中に素早く閉じ込める。

 その瞬間、周囲からもかすかに色めき立つような視線が集まった。


「残念だけど、この人はこれから『俺』と大事な話の続きなんだ。だからナンパはお断り」


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