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 隣に一歩歩み出た千晶に、夕焼けが大きく陰る。


 こうして並んで歩くと、千晶の長身が否応なしに際だった。

 色素の薄い癖毛が夕焼けに金色に透けて、きらきらと綺麗だ。


「千晶のほうこそお疲れ。学校帰りに付き合わせちゃったけど、疲れてない?」

「ぜーんぜん。デートに誘ったのは俺のほうだもんね」


 そういえばそうだった。デートと称するには色気もへったくれもないプランだったが、甥の軽い足取りに暁は小さく肩を竦めた。


「ご機嫌は直りましたか、千晶さん」

「……そう宥めるみたいに言われると、なんかちょっと複雑だけど」


 困らせている自覚はあるらしい。

 千晶はそろりと視線を逸らしたあと、気恥ずかしくなったのか唇を軽く尖らせた。こういう表情はやはり年相応の高校生だ。


「だってさ、仕方ないってわかってるけど、なーんかさ」

「うん?」

「アキちゃんと烏丸、二人きりの時間が多いでしょ。俺よりもずっと」

「……うん?」


 帰ってきた答えは、予想の斜め上のものだった。


「学校もあるし烏丸はニートだし。仕方ないことだってわかってるんだけど」

「……」

「でもなんか、やっぱり面白くない。だからちょっと、態度に出ちゃったかも」


 ごめんなさい。

 続けられた妙に素直な物言いは、まるで叱られた子どものようだった。


 この甥は、幼い頃に母と死別した。

 自分に何故ここまで懐いてくれているのかは定かではないが、もしかしたら母からの愛情に近いものを、少なからず求めているのかもしれない。


「……え?」

「よしよし、千晶」


 家族間コミュニケーション力が著しく欠如していることは自覚している。

 それでも、それを理由に甥との関係構築を放棄するつもりはなかった。


 自分が幼かった頃のことを必死に遡り、たどり着いた答えがこれだった。

 保江姉さんのお日さまのような手の温もりを思い出して。


「あの……アキちゃん?」

「いい子いい子。もうしょんぼりしなくていいから。大丈夫、大丈夫」


 千晶の背は高い。

 わかってはいたが、いざその頭に手を伸ばしてみるとその差は歴然だった。


 全力でつま先立ちをしても、手のひらの全面をその頭に触れさせるのは至難の業だ。ぷるぷると小刻みに震え、つんのめりそうになる。


「……なんか、これはこれで複雑」

「あ、嫌だった?」

「嫌じゃない。嬉しい」


 言いながら自分の頭を差し出すように俯く甥に、ふっと笑みが漏れる。まるで犬のようだ、と密かに思った。


「ちなみにさ」

「うん?」

「烏丸にも、こうやって頭なでなでしたこと、あるの?」

「いやいや、あるわけないでしょ」


 自尊心の権化であるあの烏丸だ。

 あれにこんなことしたものなら、また暗黒世界に引きずり込まれること請け合いだ。自分も命は惜しい。


「へへ、そっか」


 即座に否定すると、千晶はどこか満足そうに笑みを浮かべた。

 頬に浮かんだ桃色はとても愛らしく、やけに加護欲をくすぐるものだった。


「あれ。七々扇くん?」


 夕暮れ時に馴染むようなアルト声が、暁の耳を優しく撫でる。

 振り返ると、正面の緩い上り坂からこちらをまっすぐ見つめる人物が立っていた。


 間黒南高校の制服だ。逆光だがスカートの裾に特有の白いラインが入っている。

 暁は反射的に伸ばしていた手を引いたが、千晶は特に驚いた様子もなく答えた。


槙野(まきの)じゃん。家こっちだったんだ」

「まあね。そちらはお家の人?」

「うん、そう。アキちゃん、俺のクラスメートで学級委員の槙野ね」

「はじめまして。いつも千晶がお世話になってます」

「はじめましてお姉さん、槙野夏帆(かほ)です」


 姉ではないが、まあいいだろう。


 口元で静かに笑う夏帆は、近づけば近づくほど美しさが浮かび上がっていた。

 千晶ほどではないが女子にしては身長が高く、手足もモデルのようにすらりと長い。

 小顔にさらりと似合ったショートカットの髪の毛も、風になびいてサラサラのキラキラだ。

 正直、制服がなければ美少年と間違えそうな、中性的なビジュアルだ。


 同じショートヘアでも、ちんちくりんの自分とは偉い違いである。


「うっわー……槙野、その紙袋って、今日受け取った誕生日プレゼントの山? やばいねー。人気者は辛いねー」

「えっ、もしかして、その紙袋ふたつとも!?」

「はい。実は」


 思わず口を挟んだ暁に、夏帆は嫌な顔ひとつせずに頷いた。


 肩に掛けた学生カバンとは別に、A4サイズほどの紙袋ふたつが彼女の両手を塞いでいる。

 袋の中の包みには透明のものも多くあり、手作りらしいクッキーや、大人びた印象のネックレス、白百合の花がモチーフのバレッタなどが所狭しと佇んでいる。


 暁がこの一生でもらったプレゼントの数よりも多いのではないだろうか。非常に切ない推測が思わず頭を過った。


「すごいねえ。こんなにたくさんの人から慕われているなんて素敵だね。そのショートヘアも、とっても似合ってるよ」


 本心から出た褒め言葉だった。

 しかし夏帆はその言葉に一瞬表情を消した。その反応が予想外で暁は小さく目を見張る。あれ。私、何か悪いこと言っただろうか。


「ありがとうございます。いいね千晶、いいお姉さんがいて」

「まあね。それじゃ」

「うん。お姉さんも失礼します」

「あ、うん。気をつけてね」


 ぺこりと丁寧に頭を下げ、夏帆は家路の坂を上っていく。


 さっきの反応は気のせいだったのだろうか。

 ともあれ真意を確認する方法はなく、暁は喉元に引っかかった小骨をひとまずごくりと飲み干した。


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