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 面白そうに眉を上げる烏丸に、暁は小さく肩を竦めた。


 最近はなかなかどうして、人間とあやかしの区別がつくようになってきている。

 姿形から見てすぐにそうとわかる場合もあるが、人間と殆ど変わらない姿の依頼主として訪れることも多々あった。


 それもこれも、無邪気で親切な猫又少女の宣伝のお陰だ。

 心の中で苦笑しながら、暁は机の脇から大判の書物を取り出す。


「ただいま、アキちゃん」

「お。おかえり千晶」


 すっかり着慣れた高校の制服をまとって、甥の千晶が事務所に入ってきた。


 相変わらず人懐こい笑みを浮かべた甥は、走って帰ってきたのか頬を上気させこめかみはきらきらと汗が光る。

 少女漫画のワンシーンのようだな、と感心する。読んだことはほぼないけれど。


「あれ。もしかしてまた、あやかしの依頼主が来た?」


 そう問う千晶の視線の先には、机に広げていた大判の古本があった。今はもう絶版のあやかし関連の書籍だ。


 千晶達との同居が始まって間も無く、今後あやかしが頻繁に訪れることを悟った暁は、商店街の古本屋へと駆け込んだ。

 古書を語るのが趣味な主人に相談した結果、数日後取り寄せられたのがこの古書だ。


 以降暁は、人間とあやかしとで特にわけ隔てることなく接客を続けていた。

 依頼を誠実に遂行する対価として、お代も勿論頂戴する。


 故に、暁の業務は今かなり多忙を極めていた。


「今回の依頼主はきっと『豆腐小僧』だね。本にも可愛らしいビジュアルが載ってて、なんとなく覚えてたんだ」

「可愛らしい? その絵が?」

「可愛らしいか。それ」


 該当のページを二人に見せると、揃って眉をひそめられる。こういうときばかり二人は本当に息がぴったりだ。


 書物の中の豆腐小僧は、豆腐を手にした謎の妖怪と記されていた。


夭怪着到牒ばけものちゃくとうちょう』に描かれたとされる豆腐小僧の画。

 三頭身ほどの体に少々大きめの着物を着込み、頭には傘、手にはやはり豆腐を載せた盆が握られている。

 表情には人の良さがこれでもかとばかりに滲んでいて、先ほどの少年と何処か重なる柔らかさがあった。


「豆腐小僧の豆腐を口にすると、体中にカビが生えるという説もある──あれ、私何処かにカビ生えてる?」

「はは。大丈夫。それはあくまで説だし、豆腐小僧には一般的にそこまで強い妖力はないよ。基本的に素直で優しいあやかしだから」


 あっさり告げた千晶に、素直に安堵する。

 長年にあやかしと関わってきた者は、やはり言葉の重みが違った。


「例え力を溜め込んだ者だとしても、憂き目に遭うのはあくまで豆腐小僧の意図しないかたちで奪われた場合だ。お前はむしろ勧められて食していた。下手な心配は無用だ」

「お。烏丸もフォローしてくれるんだ。嬉しいな」

「……今頭についてるカビは、念入りに洗えばすぐに落ちるだろうよ」

「うそっ」


 合わせ鏡で異変のないことを確認したあと、烏丸をじと目で見やる。この男は本当に意地が悪い。


 千晶と烏丸がこの家に転がり込んで二ヶ月と少し。

 四月だった暦は梅雨時の六月に変わっていた。


 最初こそ距離感を探りあぐねていたものの、次第に二人の人となりを掴みつつある。

 烏丸は見た目こそ冷たい麗人の風体だが、中身はマイペースな自宅警備員だ。

 へそを曲げることもなくはないが、ハチミツを与えれば大体機嫌は回復する。面倒そうに見えて、意外とわかりやすい。


 そして正反対に意外と面倒なのが──。


「……へえ。仲が良さそうだね、二人とも」

「え?」


 含みのある言い方に振り返り、暁はすぐに後悔した。


「ねえアキちゃん、もう仕事はないんだよね? 久しぶりに放課後こうして早く帰れたんだもん。二人で散歩にでも行かない?」

「あ、いや、でもほら、雨も降りそうだし……ねえ?」

「少しだけだから。ね。いいよね?」


 うわあ。すごくすごく、面倒な笑顔をしてる。


 ちらりと隣に救援要請の視線を送るも、男はすでにとんずらしたあとだった。

 面倒ごとに対する察知能力は妙に鋭い。逃げやがったなあの野郎。


「……いいよ。私もちょっと寄りたいところがあるから」

「やった! それじゃ、すぐに支度してくるね」


 バタバタと二階に駆けていく。どうやら私服に着替えてくるようだ。


 天使のように笑ってはいた。しかしどうやら、何かしらで甥っ子の機嫌を損ねたらしい。

 この二ヶ月余り寝食を共にしてきた暁にも、そのことだけは辛うじて理解できた。




 立ち寄りたかった訪問先は、元豆腐屋のおばあちゃんの自宅だった。


「豆腐作りを人に教えるなんて久しぶりねえ。腕が鈍っていないといいのだけど」

「そんなことありませんよ。依頼主もすごく喜んでいましたから。何かあればいつでも駆けつけるので、どうぞよろしくお願いします」


 バス停で二つ分離れた先に住むおばあちゃんは、権三郎商店街で豆腐屋を二年前まで営んでいた。

 久しぶりに目にした濃い笑いじわに、こちらも自然と笑みがのぼってくる。


「暁ちゃんも、久しぶりに元気そうな顔を見せてくれて嬉しいわ。また遊びに来てね、格好いい彼氏も一緒に」

「ありがとうございます。また顔を見せますね、二人で」

「だーかーらー、彼氏じゃないですってば。甥っ子です甥っ子!」


 にまにまと頬を緩ませるおばあちゃんへの訂正をそこそこに、暁たちは家をお暇した。


 この家は、商店街の坂を下りきったあと、千晶が通う高校前をさらにのぼっていった先にある。

 いつの間にか厚みのある雲は去ったらしい。ちょうど夕日が遠くの建物の影に隠れようとしていて、紅蓮の光が暁の瞳にじわりと刺さった。


「さてと。おばあちゃんも嬉しそうに引き受けてくれたし、今回の依頼もどうにかなりそうかな」

「だね。お疲れさま、アキちゃん」


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