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 不満を露わにする烏丸は、危害がないと理解できれば見目美しい着物の人だった。


 身長は高校生の千晶より一回り高く、負けず劣らずの陶器のような白い肌を持っている。

 金色の瞳は確かに目つきが悪いと言えなくもないが、それと表裏一体の美しさがあった。

 

美形の男が部屋に二人。もったいない空間だなあ、と人ごとのように考える。


「烏丸が千晶と連れ添うことになったのには、何か理由があるの?」


 出来のいい角を立てるメレンゲと薄黄色の生地。二つをボウルで混ぜ合わせながら、暁が問いかける。

 一応烏丸に向けた質問だったが、答えたのは千晶だった。


「うーん。それが、あんまり覚えてないんだよね。気づいたら憑かれてたというか」

「気づいたらって……そういうものなの?」

「暁といったな。お前もどこぞから嗅ぎつけてるのであろう。この馬鹿の持つ力のことを」


 化け猫から聞いた話のことか。

 思い当たる節があった暁は、こくりと正直に頷いた。


 その間、先ほど作った生地を三等分に分け、一つをフライパンに着地させる。


「これは稚児の頃から、他を惹き付ける力を秘めていた。傷を癒し力を増大させる、(かんなぎ)の力だ」

「かんなぎ?」

「巫女さんを漢字で書いたときの、最初の文字だよ。アキちゃん」


 こんな漢字、と空で字を記す千晶に、なるほどとひとまず腹に落とす。


 巫の力。傷を癒し、力を増大させる。

 すごい力なのはわかるが、つまりどういうことになるのだろう。


「論より証拠だよね。ほら、烏丸」


 促された烏丸が、気怠げに足を床につけ千晶に近づいた。

 その身を屈めたかと思うと、暁は驚愕に目を見張る。


「へっ……」


 烏丸の顎にそっと手を添えると、差し出された白い頬に、千晶は口づけを落とした。

 烏丸もその行為を承知していたようで、静かに目蓋を下ろして受け止めている。


 その画は、まるでどこかの美術館に展示されている錯覚を起こしそうなほど、完璧で美しいものだった。

 ぽかーんと口を半開きにした暁はといえば、まさに対局側にある間抜けさを表している。

 今自分は、何を見せられているのだろう。


「ほら。さっき事務所でアキちゃん、烏丸の頬を思いっきりビンタしたでしょ」

「ああ。うん」

「そのとき、烏丸に小さく引っ掻き傷できてたよね? だけどほら。見てみて」

「ああ。うん。……うん?」


 促されていることに遅れて気づき、慌てて烏丸の頬を覗く。

 すると先ほどまで残っていたはずの傷跡は綺麗になくなっていた。

 自然治癒にしてはどう考えても早すぎる。


「これが、千晶の力……ということ?」

「これだけじゃないみたいだけどね。俺が自覚してる一番わかりやすい力がこれかな」

「……ああ、なるほどね。つまり初対面で橋の上で私の頬にしたあれも、傷の治療のためだったのか」

「んー。それはただ単に、したくなっただけかも?」


 含みのある笑顔で首を傾げる甥を尻目に、暁はそっと自分の頬に触れてみた。


 葉が擦っただけだとさして気に留めていなかったが、少なくとも今はかさぶたのざらついた感触がひとつもない。

 つまり千晶は、生まれながらにヒーラーのような力を持っていた、ということか。勿論驚きもしたが、一方で妙に納得してしまう。


 幼い頃の暁は親への反抗心もあり、問題児と称するにふさわしい児童だった。

 怪我をこさえて帰った暁を見つけては、姉の保江がすかさず手当てしてくれた。

 校内では仕方なしに保健室で治療を受けることもあったが、保江の手当ての方が段違いに治りが早かったのだ。


 もしかすると、もともとその力は保江のものだったのかもしれない。


「薬も過ぎれば毒となる。現世のあやかしは特に力の弱体化が著しい。こいつがこの街に越しただけでも、あやかしの動きも活発になる要因になる」

「はあ。動くパワースポットみたいなものだ」

「はは。アキちゃんの表現だと、まるで幸せを運ぶ青い鳥みたいだね」


 まるで、そうではないと言っているような口ぶりだった。


「俺は、稚児だったこいつの力が暴走しないように監視をしてきた。そして知らぬ間に、この力に拘束されていただけだ。共にいる理由は、他にはない」

「こ、拘束?」


 それは要するに、千晶の「力」とやらが強すぎて、磁石のように離れなくなってしまったということだろうか。

 あやかし界隈の常識は、やはり暁の理解の範疇を超えている。


「ぷぷ。烏丸ってば格好付けちゃって。俺は別に拘束なんてしてないもんね。お前が勝手に離れがたくなってるだけでしょ?」

「そんなわけがあるか。お前が自らの力を未だ持て余しているだけで……てめえ、ニヤニヤ笑ってんじゃねえ!」


 お。今少しだけ、口調が砕けた。


 心底嫌そうに視線を払う烏丸と、それを楽しむ千晶。

 理由はどうあれ、今は互いの意思でこの状況に落ち着いているらしい。


 千晶の反応を見ているだけで、二人の時間の長さが垣間見える。

 こんなに飾らない素の表情を、暁はまだ向けられたことがなかった。


「さっき事務所で起こした騒動も、私の身元保証人としての覚悟を見極めるため?」


 言外に千晶のための行動かと尋ねた暁を、烏丸は一笑に付した。


「俺は単純に、お前の耐性を確かめたかっただけだ。小さな物の怪一つに騒ぐ女は多い。騒がしいと落ち着いて昼寝もできぬからな」

「……耐性」

「さきほど魑魅魍魎の姿を見ただろう。あれは俺が見せたまやかしだったわけだが」


 話を切った烏丸は、にやりと口角を上げた。


「こいつの惹きの強さは本物。そのうち本当の魑魅魍魎がこの建物に集結しないとも限らぬ。そういうことだ」

「え」

「そうなった場合はお前、一体どう対処する?」


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