第1章 第3話 勇者たちの真の力
「勇者様、あーん」
「ん」
人の侵入を拒む迷いの森にある伝説の魔法石『コア』の採取という不可能に近い任務を与えられ、実質追放された俺たち勇者パーティーは、その道中の森で野宿をしていた。
「やはりお肉はおいしいですね」
「ギルがいると肉が食えなかったからな。久々の幸せだ」
テイマーであるギルは食肉を否定していた。同じ生きている者同士なんだから命を奪うのはおかしいと。別にあいつが食わないのは勝手だが、俺たちにまで強制してくるんだからまた困る。そしてその対象がモンスターにまで及んできたのが数日前。勇者として追放以外の手段はなかった。
「でも悪いな、ベル。アイドルとして大成するためにパーティーに入ったのにこんなことになるなんて」
焚火で肉を焼きながら、改めてベルに謝罪する。ちなみにバニラは見回りに出ているのでこの空間には俺と彼女しかいない。
「いえ……勇者様こそ。やはり宿くらい抑えた方がよかったでしょうか」
「いや、ギルの洗脳能力は本当にすごいからな。どこに敵がいるかわからないのは怖すぎる。誰もいない場所が一番安心だ」
ギルの生物を操る能力は人にまで強く影響を及ぼす。それこそ初心者にも満たない俺たちが上級モンスターを軽く倒せるようになるんだ。その効果を知っている以上迂闊なことはできない。それに。
「俺についてきたお前を不幸にはしないよ。必ず願いは叶えてやる」
俺たちの目的は魔王討伐だが、千年以上叶えられていない夢物語に過ぎない以上それが絶対というわけでもない。大きく三つ達成できれば充分だ。
一つは人々に希望を与えること。魔王は討伐できなくても、勇者が倒しに行っているという期待が人々の心を楽にする。得体の知れない化物にいつ殺されるかわからない。そんな恐怖を取り除くこと。
二つ目は俺やバニラの生まれた村の再興。吸血鬼に襲われ廃村になってしまった村を復活させる。何か偉業を達成すれば、きっと国はこの願いを叶えてくれるはず。そのためにも国に協力するのは絶対条件。
そして三つ目はベルを国一番のアイドルにすること。名前を売るためにこんな危険な旅に同行することになったベルに報いたい。そのためにはやはり国の役に立つしかないんだ。
「今のところ計画はうまくいってる。絶対に国一番にしてやるからな」
「……実のところ、もういいんです」
俺の横に座っていたベル。その距離が、一歩縮まる。
「国一番じゃなくていい。あなたの一番になれれば……」
「ぅ……ぁ……」
すぐ眼前に近づいてきたベルの囁きを遮る唸り声。そしてその声の主は近くの茂みから飛び出すと、木を背中にして座っている俺の身体の上に覆いかぶさり、そして口を大きく開けて鋭い牙を剥きだしにしてきた。
「……ストップ」
制止をかけると、その者の動きが止まる。唾液が俺の頬に垂れ、牙は俺の首を狙って研ぎ澄まされている。そして物欲しそうな、声。
「しぇんぱい……もう……限界です……。全部……くださ……」
「ああ、いいぞ」
「あむっ」
俺が許可を出すと、見回りにいっていたバニラが俺の首筋に噛みついてきた。
「しぇんぱ……すき……んん……もっと……もっと……っ」
俺に抱き着きながら一心不乱に血を啜るバニラの髪を撫で、鈍い痛みに耐えていく。
俺とバニラが生まれ育った村は吸血鬼によって滅ぼされた。しかも魔王軍幹部、ヴァンパイアの襲撃。それによって村は壊滅。バニラもまた襲われ、眷属として吸血鬼にされた。
勇者である俺の退魔の血を吸ったことで人間に戻れたバニラだが、それでも完璧に元通りというわけにはいかなかった。食料は人の生き血。そして定期的に退魔の力を与えられないと正気を失い吸血鬼として人を襲ってしまう。だからこれはバニラが生きる上で必須の行為なんだ。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
俺の血を吸ったことで正気に戻ったバニラが荒い息を吐きながらそのまま俺の胸に顔をうずめる。なんだかんだ俺のことを嫌っている彼女からしたら屈辱だろうが、血を吸った直後は身体が上手く動かないらしい。しばらく抱き着いたままにしてあげないと。……と思っていると、ずっと隣に座っていたベルが声を漏らす。
「……バニラさん、もう血を吸ったなら離れてもいいのでは?」
「はぁ? 言ってるでしょ、しばらく動けないって。だからほんとはいやだけどせんぱいの上にいるの」
「本当にそうなんですかね。私知ってますよ。血を吸われて気絶しちゃった勇者様に……」
「なーんのこと言ってるかわからないなー、ベルちゃん。言いたいことあるならはっきり言いなよ」
「だから……その……勇者様からもなんとか言ってください!」
「せんぱーい。バニラー、今日すっごくつかれちゃったー。このままねちゃってもいいよねー?」
なんだかな……。この二人、普段は仲いいのに夜になると急に喧嘩し出すんだよな。まぁ二人とも夜行性だから元気になるのは仕方ないが……ああ。夜行性といえばこの二人だけじゃなかったな。
「バニラ、ベル。来るぞ」
退魔の力がモンスターの接近を感知した。直後嵐が巻き起こり、焚火が消えて木々が倒れる。闇を嫌う俺の瞳にははっきりとその正体が映っている。
「ロックホーク……しかも三羽か」
昼間苦戦したロックホーク。しかもそれが群れになって襲ってきやがった。……さてと。
「これでしばらく肉には困らなそうだ」
俺がそう声を出すと、許可だと判断したベルが立ち上がった。
「舐めやがってですよ小娘がちょっと幼馴染で後輩だからっていい気になりやがってですよ本当に許さない許さない許さない許さない許さない……」
そして唱えるのは呪文。……呪文だよな本当に。ぶつぶつ言っていて上手く聞き取れないが、とにかく。
「『魑魅魍魎』」
見渡す限りの地面に漆黒の魔法陣が浮かび上がる。そしてそこから涌き上がるのは無数の人骨。骨は暴れる一羽の怪鳥を抱きしめるように握ると、そのまま魔法陣へと引き込んでいく。次の瞬間魔法陣が消失し、この世界から。一つの命が消え去った。
「ちょっと今のバニラ巻き込もうとしてたでしょ!?」
仲間が消えたことに戸惑い暴れるロックホークのさらに頭上からバニラの怒声が響く。
「モンスターはおいしくないんですけどね……」
本能的にさらに上を取ろうと羽ばたいたロックホークだが、もう遅い。バニラが張り付いた岩の鳥が、直後ただの岩と成り果てて地面へと落下した。
「おい、だから肉にするんだって……」
二人を注意しようとしたが、どうやら今回の収穫はゼロらしい。昼間の焼き直しのように俺へと向かってくる最後のロックホーク。俺は剣を引き抜くこともせず、バニラが吸った首筋を撫でて一滴の血液を指に乗せた。
「ほんと、勇者らしくないよな……」
そしてロックホークの身体が俺に当たる寸前。血を飛ばすと、岩の鳥は砂の粒へと変化してそのまま夜の森に消えていった。
「はぁ……」
一瞬の内に倒されていった上級モンスターだったものを見下ろし、ため息をつく。ずっとこれができたら楽なんだが、これは夜の誰も人がいない時限定の緊急策。
聖職者のベルは回復や補助などの白魔法を扱う職業だが、ベルの才能は恨みや妬みを糧にする黒魔術にあった。事務所の方向性として禁じられているが、使っていいならこの通り。上級モンスターすら余裕で葬れる。
ヴァンパイアの眷属として生まれ変わったバニラは夜限定ではあるが魔王軍の幹部と同等の能力を扱える。勇者パーティーにはふさわしくないが、誰も見ていないなら使い放題。ロックホークの血液を一瞬の内に吸い取ってしまった。
そして俺の退魔の血。触れるだけでモンスターは塵と化すが、格好つかないにも程がある。こんなダサい戦い方でどう人々の希望になればいいというのか。
「ま、だから負けるわけがないんだけどな」
ギルのバフは確かに強力だった。だが俺たちの夜の能力には遠く及ばない。そして夜は遊び歩いていたギルは、俺たちの能力を知らない。
「さて、出発するぞ」
食事を終えた俺たちは夜行性らしく夜の森を歩いていく。全ては俺たちの願いを叶えるために。
ここまでお読みいただきありがとうございます! ここまでが序章です!
ファンタジーは普段書かないので勝手がわかりませんが、いかがでしょうか。追放された勇者たちの物語になります。
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