いつの時代も母ちゃんが最強
満身創痍の中、木造の我が家の扉を開く。
「ただいまぁ……」
「あっ! やっと帰ってきた!」
剣聖との熱いバトルを繰り広げた後、意味の分からん選択肢で街中の衛兵に蹴り入れながらもようやく帰路についた。控えめに言ってめっちゃ疲れた。
だって街全体だよ? 全体。何が悲しくて街中の衛兵見つける度に膝裏を破壊していかにゃならんのだ。途中から完全に追われてたし、下手したら俺の手配書が出回る可能性も……人生詰んだわ。
すまんな名も知らぬ衛兵さん達。悪いのは俺じゃないんだ。貴方達の膝か俺の全裸かを天秤にかけてくるバカが悪いんだよ。
そんなこんながありまして、無事に村へと帰還を果たした俺は真っ直ぐに自分の家へ直行。扉を開けた先で俺を出迎えてくれたのは、同じ薄紫の髪をした2つ下の我が妹。今日もショートカットが似合っている、可愛い。
ノノ・クワイエ。現状、俺が最も大切にしている存在だ。いつか嫁に行ってしまうその日まで、俺を癒やしてくれる女神である。
あ、それと木剣折って出来た傷は帰る前に診療所で治してもらいました。魔法ってホントに便利よな、俺も使いたい。
「兄ちゃんおかえり! ご飯できてるよ!」
「ありがとなー。風呂入ったのか? ノノ」
「とっくに。今はお母さんとお父さんが入ってるよ」
「いい年こいて混浴かよ気色悪いな……」
「仲良しだもん、仕方ないよ」
仲良すぎるのもキショイんだけどな。普段から両親がベタベタチュッチュしてる姿を見せつけられる俺の気持ちにもなってくれ。夜は夜でお盛んだしよぉクソが。
俺はともかくノノに悪影響だろうが。この純真無垢な女神がそういう事に興味を持ったらどう責任を取るつもりだ。
「はい兄ちゃん! 座って座って!」
「ん、おう」
何やら嬉しそうに椅子を引くノノ。言われるままに座れば、目の前のテーブルに置かれた野菜スープとパンが視界に映る。湯気は無い、すっかり冷めているようだ。
俺が座ったのを確認すると、ノノは嬉しそうに対面の椅子に座った。随分とご機嫌だな、可愛い。ギュってしていい?
「今日はねー、私が作ったんだぁ」
作った? つまり、この野菜スープをノノが作ったって事だろうか? 母さんの手伝いとかではなく?
「母さんの味を完全再現! 実は密かに練習してたんだ。ホントは熱々を食べてほしかったんだけど、兄ちゃんは大事な用があるからってライさんに聞いたから」
「あー……そうね、大事な用ねー」
とてもじゃないけど衛兵に蹴り入れてて遅くなったなんて言えない。許せ妹よ、今頃俺はお尋ね者かもしれないのだ……!
いや、もう忘れよう。過ぎた事じゃないか。ほとぼりが冷めれば皆きっとヤベー奴の存在なんて忘れるさ。
それよりも今は、ノノが作ってくれた野菜スープだ。素直に嬉しい、いや死んでもいいってくらいマジで嬉しい。妹の手料理とか明日世界滅びるん? 幸せの絶頂とはまさにこの事だな。
本音を言えば熱々のうちに食べたかった。恨むぞ運命選択。
「とりあえず、いただきます」
「うん、召し上がれ」
スプーンを手に取り、スープの中へ。ノノは頬杖をついてジッと俺の方を見つめている。端から見たら新妻みたいだ、可愛い。
【不味っ、食えるかこんなもぉん!】
【美味いは美味い。だが細かい部分が母さんの味とは言えないな。どこが悪いのかネチネチと教えてやる】
【兄ちゃんはノノにあーんしてもらいたい】
ド外道かテメェっ!! 不味いわけねぇだろうが! 万が一不味くても笑顔で食べきるわボケェ! つーか兄妹水入らずの空間に割って入ってくんな! 空気を読め空気を!
どんな理由があろうとなぁ、俺がノノにキツく当たるなんて事ぁありえねぇんだよ!
⇨【兄ちゃんはノノにあーんしてもらいたい】
「……」
「どうしたの?」
「あーん」
「へ?」
「今日はノノにあーんしてもらいたい気分だな」
キッショォォォォイッ!!! 実の妹相手に頭トチ狂ったことほざいてますよこの男!! しかも妙にイイ声で……オエッ、我が事ながら吐き気が。
「ど、どうしたの? 兄ちゃん」
「いや、なんでも――」
【いいからあーんしろや。兄貴が言ってんだろコラ従え】
【ダメ、か……?(お目々ウルウル)】
逃れられない! 是が非でも食べさせてもらう気だ! やめろお前! 兄としての威厳が損なわれるだろ!
⇨【ダメ、か……?(お目々ウルウル)】
「……」ウルウル
「そ、そんな捨てられる子犬みたいな目しないでよぉ。今日の兄ちゃんは甘えんぼだなぁ。
ま、今日は兄ちゃんの誕生日だし、これくらいはしてあげるよ」
ホントに仕方ないなぁと妙に嬉しそうに呟いて、ノノが俺からスプーンを受け取った。すまん……ホントすまんキショイ兄貴で。
「はい、あーん」
「あーん」
いくらノノが可愛くてもこれは恥ずかし過ぎる。妹に食べさせてもらうとか兄として終わってんだよ。あれ? なんだか涙が。
それにスープって難易度高ぇわ! 食べづらい! 熱々じゃなくてよかった!
「おいし?」
「ん。ノノは良いお嫁さんになるな」
「いつも努力してますから。誰かさんの為にさ」
なに? 何だその意味深な言い回しは。しかもほんのり頬も染めて……まさか既にお相手が!? バカな! 確かにノノは世界一可愛いが、そう簡単に落ちるような子じゃない筈だ!
相手は身近な存在か? ノノほどの美少女が惹かれる相手がこの村に居るとしたら……ライしか居ない!
おのれライ、人が剣聖に殺されそうになってるうちに妹とよろしくやってたとは許せん。やめとけノノ、アイツ意外とバカなんだから。
むぅ、でもライならノノをやってもギリ許せる範囲だし……あんまり妹の色恋沙汰に過剰に反応するのもキショイよな。心を広く持てネムリア、ライならばきっと大丈夫だ。
もしライ以外だったら殺すが。
「あらあら〜、2人とも仲良しさんね〜」
「戻ってたのかネム。おかえり」
悶々としながらノノに食べさせてもらっていると不意に横から声が。脱衣所から出てきた他ならぬ俺の両親がそこに居た。
俺やノノと同じ薄紫の髪を持つちっこい方が我が母オリアナ・クワイエ。図体のデカい黒髪の方が我が父レオン・クワイエ。
改めて両親が並んで立っていると、その身長差にビビる。お察しの通り兄妹揃って身長も容姿も完全に母親譲りだ。
いや、ノノは違うかも。最近身長の方が俺に届く勢いで戦々恐々としてます。しかも13歳にして既にわがままボディの片鱗を見せ始めているのがまた恐ろしい。
……ところで何で2人ともそんなに艶々してんだ。風呂に入ったにしては随分と雰囲気がアレじゃないか。勘弁しろよ、この後俺も風呂入んのにさ。
「ただいま。随分よろしくやってたみたいだな」
「え゛っ……いやぁ、はは」
「バレバレね〜」
流石は母さん、悪びれようともしない。
「それよりネムちゃん?」
「ん、何グエェッ!!?」
徐に俺の背後に回ってきた母さんが首に腕を絡ませてきた。そしてそのまま容赦のない締め上げだ。
怒っていらっしゃる! いやそんな気はしてたし理由も察しが付く!
「何か、言うことがあるんじゃないかしら……?」
「お、おぞくなっでずみまぜん。でづだいザボっでごめん゛」
「はい、よろしい」
「ぶはぁっ!」
変に言い訳をすればそれこそ絞め落とされるので、おとなしく謝って解放してもらった。
あの一瞬で失神寸前まで追い込むとは、まったく恐ろしいお母様だぜ。ていうか自分の子供相手に本気で首絞めとか頭おかしいよね。
「まったくもう。いつから不良さんになっちゃったのかしら。お母さん悲しいわ」
「ライくんから聞いたぞ。最強になって帰ってくると。あれはいったいどういう意味だったんだ?」
マジでそのまんま伝えたんかい! ノノには大事な用って伝えたんだから母さん達にもそれでよかっただろ!
【フッ、語るほどの事でもないさ。俺はただ、すべき事を為しただけ】
【うるせぇクソ親父】
だから実質一択やめろやぁ!! 下選んだら母さんに殺されるだろうが!
⇨【フッ、語るほどの事でもないさ。俺はただ、すべき事を為しただけ】
「フッ、語るほどの事でも――」
「ネ ム ち ゃ ん ?」
「リーゼロッテ・ヴィレさんに手ほどきをしてもらってましたお母様」
「はい、よろしい」
ビックリした。全部言い終える前に躊躇なく胸ぐら掴んでくるんだもん。この母さん怖い、怖すぎて運命選択が体の支配やめるくらい怖い。
「リーゼロッテ? その名は確か……」
「剣聖リーゼロッテ・ヴィレ。魔王を封じた英雄達の1人ね。剣の扱いで右に出る者は無し。街中で彼女の名前を知らない人は居ないほどよ」
「へぇ! そんな凄い人から手ほどきを受けてたのかネム!」
「私も知ってる! 知り合いの娘達もその人の道場に通ってるって言ってた!」
え? あの場にノノの知り合い居たかもしれないの? 最悪じゃん。完全に顔バレしてますがな!
【手ほどきっつーか、むしろ俺が教えた的な? つーか倒して俺が最強的な? イエ〜】
【手ほどきっつーか、ずっとぴやあぁしてた】
【惚れられた。なんなら愛称呼びも許された】
うわ、ウザい選択肢きた。真ん中は論外として……いや、ぴやあぁで有耶無耶に出来る可能性も? ダメだダメだ! 絶対母さんに根掘り葉掘り聞かれる!
ならば二択。上は最悪ただイキってるだけのかわいそうな奴で終わるだけで済みそうだが、下も下で悩ましい。息子の色恋沙汰の話になれば無理に掘り返してくることもないはずだ。それくらいのデリカシーってもんはうちの両親だって持ってるはず。
ノノに格好悪いところは見せられないし、ここはやはり……下だぁっ!!
⇨【惚れられた。なんなら愛称呼びも許された】
「手ほどき受けるつもりだったけど、結果的に剣聖相手に勝っちゃってさ。それで何か惚れられて愛称呼びまで許されちゃったんだよな」
なにどっちもカミングアウトしてんだよバカがぁぁっ!!! そもそもの話、別に惚れられてねーから! お前あの顎クイで剣聖が落ちたとでも思ってんの!? そんなんで落ちてたら世の女性全員俺のもんじゃい!
「たった1日の間に何があった!?」
ホントそれな父さん!
「んー、ネムちゃんの目を見る限り嘘を言っているようには見えないわね」
「それじゃあ、本当に? 凄いじゃないか! まさかネムに剣の才能があったとはな。父さんは誇らしいぞ」
「あのネムちゃんがねぇ……あ、もしかして贈り物の恩恵じゃないかしら?」
うわ、そこでそれに触れてくるか母さん。しかも当たっている。恩恵なんて生易しいもんじゃないけども。
「そうだった! ネム、今日はどうだったんだ? 神様から贈り物は貰えたのか?」
「……まぁ、一応」
「聞いたかオーちゃん!」
「ええ、もちろんよレーくん。流石は私達の子だわ」
どうでもいいけどいい加減その名で呼び合うのやめてくれ。この夫婦ってば人前でも普通に愛称で呼び合うから始末に負えない。恥ずかしいんだよ。
「しかも剣聖に見初められるなんて凄い事だわ。今度母親として挨拶に行かなきゃね」
「行かんでいい!」
俺としてはこれっきりにしたいの! 二度と関わらないって決めたんだから余計な事しないでくれ!
「もう〜、照れちゃって可愛いんだから」
「はっはっはっ! ネムも色を知る歳か! 恋はいいぞ〜? 父さんと母さんのように幸せな関係になれるのだからな」
あ、ダメだこの両親。もうこれ俺が何言っても聞き入れないパターンだわ。
「むー」
もはや諦めの境地で2人を眺める中、ふと俺の方をジト目で見てくるノノに気付いた。分かりやすく頬を膨らませてご機嫌斜めな様子だが、あんまり突っ込んでも運命選択が余計な茶々を入れてきそうだからやめておいた。
【膨らんだノノのほっぺたツンツン】
【可愛い。キスをくれてやろう】
【なに見とんじゃワレェ】
そういうとこやぞお前。