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ネムくんと選択肢  作者: アメイロ ニシキ
12/15

味方に見えても敵ばかり

 「ネムも一緒に入学させてください。これだけは譲りません」



 【やったぜ】

 【勝ったな】

 【風呂入ってくる】



 うるせぇ! 今は引っ込んでろアホンダラ!

 それどころじゃねーよ! とりあえずテキトーに選んでサッサと消化! その後に猛抗議じゃ!



 ⇨【勝ったな】



 「フッ、勝ったな」


 「え、ネム?」


 「うるせぇ黙れバカ!」


 「急に辛辣!?」


 本当に何を言い出してんだテメェクソバカこの野郎!! なに素知らぬ顔でヌルっと俺を引き込もうとしてんだ! ざけんなバカ! 譲る譲らないの前に俺の意思わい!?


 クソがっ、これ以上余計なことを言い出す前に力ずくにでも止めねば!



 【新しくお茶を淹れてこよう】

 【正座のせいで足が痺れてる。今動けば確実に死ぬな】



 お茶飲んでる場合でもねーし死にもしねーよ!!! つか誰のせいで正座させられてると思ってんだオラァ! 痺れてるのはホントだけども!



 ⇨【正座のせいで足が痺れてる。今動けば確実に死ぬな】



 「ふぅむ……それが条件だと言うのなら飲まざるを得ないが、しかし先も言ったように入学先は贈り物(ギフト)保有者の為の学園だ。

 勇者の意思とは言え贈り物(ギフト)を持たない者を入学させたとなっては、周りからの反発も出てくると思うが?」


 「それなら心配いりません。ネムも神様から贈り物(ギフト)を貰ってますから。な?」


 「な? じゃねーよ。その爽やか笑顔殴り飛ばされたくなきゃこれ以上変なこと言うんじゃねぇ」


 「何で!?」


 「逆に何でだよ!」


 かー! やっぱコイツはバカちんだ! 保護者同伴ならぬ親友同伴じゃなきゃ入学したくないってめちゃくちゃダセェぞ!? 仮にも勇者がそれでいいの!?


 「贈り物(ギフト)を持っているのなら資格はある。しかし、確証を得なければ了承はできないな。

 そしてそれは、ラインハルトくんにも当て嵌まることだ」


 「え、俺もですか?」


 「昨今、自分は贈り物(ギフト)保有者だと偽って不当に職に就く者が急増していてね。身の丈に合わない事をして命を落とす事もザラにある。

 我が学園にも、過去に力を偽って入学をした生徒が居た。結果的にその嘘は生徒間でバレてしまい、私達の知らない所で壮絶なイジメに合った末にその子は学園を去った。命に関わらなかったのは不幸中の幸いだろう。

 そういった出来事があってからは、我々も入学時の審査を厳しくしたのだよ。具体的には──」


 言葉を区切り、オッサンが懐から手の平サイズの透明な丸い玉を取り出した。さっきの資料と言いこの玉と言い、お前の懐どうなってんだよ。

 いくら手の平サイズだからって普通そんなもん内ポケットに入れる?


 「この魔導具を開発し、対象が贈り物(ギフト)保有者かどうかを見分けられるようにした。

 ラインハルトくんもネムさんも、現状ではまだ自称贈り物(ギフト)保有者だ。確信が無い。

 特にラインハルトくんに関しては、万が一勇者である事が偽りであったなら、相応の処罰が待っている。それだけ大きいのだよ、勇者の肩書きとはね」


 「っ」


 オッサンの言葉にライが息を飲み込んだ。言葉にされて初めて事の重大さを自覚したらしい。

 まぁ力も無ぇのに勇者の名を語ればそれなりに罰を受けて然るべきだろうし、納得の判断である。悲しいかなオッサンは間違ってない。


 ライの言ってることが嘘だとは思わないが、実際、勇者だって言ってるの現状ライ本人だけだしな。そりゃ確かめる手段があるなら行使するだろうよ。


 嘘だったら嘘だったでしっかりと反省しろよ? 俺は高みの見物と洒落込むぜ。


 「あ、それとラインハルトくんが勇者でないと分かったら、その嘘を後押ししようとした君も同罪だからね? ネムリアさん」


 「うんうん、そりゃそう…………いや何でじゃい!?」


 おらロズウェルこの野郎。テキトーなこと言ってっと膝裏蹴り飛ばすぞ!


 「だって、君が最初に言ったんだよ? ラインハルトくんが勇者だって」


 あ、あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! そうじゃん! あの時馬鹿正直にライだって言ったの俺だわ! これが親友を売ろうとした俺への罰ってか!? 因果応報極まれリだなクソがっ!


 「おい頼むぞライ! 本当にお前勇者なんだよな!? ちゃんとあの変態()から受け取ったんだよな!?」


 「え、お……うん」


 「何でちょっと自信無さげなんだテメェ!」


 おいおいおいおい! やめてくれよマジで……! こんな事で捕まるなんてゴメンだぞ俺は!


 「なに、たとえ嘘だったとしても悪いようにはしないさ。有意義な時間も過ごせた事だし、その礼と思ってくれたまえ」


 「さ、ラインハルトくん。この魔導具を片手に乗せてくれるかな? それだけでいい」


 ま、まずい。トントン拍子に事が進んでいってる! これで本当にライの嘘だったら詰みじゃねーか! 具体的に何をどう悪いようにしないのかくらい言えやオッサン!


 あと運命選択ぅ!! こういう時こそお前の出番だろ! どうでもいい場面でしゃしゃり出て来るくらいなら、こういう時にこそ発揮しろよ!


 「これでいいんですか?」


 気付いたら既にライが魔導具を手に持ってる……! 早ぇなおい! もうちょっと躊躇とかするでしょ普通!?

 くっ、こうなったら逃げる準備だけでも──……いやダメだ、そんな事をしたら情けない兄としてノノに嫌われる! 罪だと言うのなら償うのが道理。でも、でもさぁ! 何かさぁ!


 「さて、どうなる……か……?」


 「あ、アルフォンソさん! これは!」


 「……驚いたな。まさかこれ程とは」


 人知れず百面相を繰り返してる俺そっちのけで事は進んでいき、ふと、そんな声が聞こえた頃にやたらと家の中が明るい事に気が付いた。

 光の出処は例の魔導具だ。ライの手のひらに乗せられた球体が、マトモに目を開けられない程に激しい光を放っている。



 【眩しいんじゃボケェ!!!】

 【今なら全員目が潰されてる。裸になってもバレないゾ】



 この状況で裸になって何のメリットがあんだよ!!? テメェ絶対この状況楽しんでんだろ!



 ⇨【眩しいんじゃボケェ!!!】



 「目がぁぁぁぁぁ!!! 俺は光に弱いんだー! それをしまってくれぇぇっ!」


 「わぁ!? ご、ごめんなネム! 大丈夫か!?」


 「というのは冗談だ。でも眩しいからもう持つなよライ」


 「おう分かった!」


 親友が素直過ぎる件について。持つなと言われたそばから魔導具をポイッとオッサンへ放り投げるライの判断力たるや。


 いや、そんな事はどうでもいいんだよ。結局今ので何が分かったんだ? 只々激しい光を放つ玉に俺の目がやられただけじゃねーか。


 「……ラインハルトくん」


 「あ、はい」


 「疑った事を詫びよう。すまなかった。君は間違いなく勇者の贈り物(ギフト)をその身に宿している」


 「えっと、今ので証明になったんですか?」


 「これ以上無く、な。神々しいまでに激しく、しかし暖かな光。勇者でなくてはありえない事だ」


 えらくアッサリと勇者認定されてらぁ。

 いやぁ、でも良かった。何とかネムリアくん嘘つきルートを回避できたぜ。お前はちゃんと本当の事を言ってたんだな、ライ。

 もちろん俺はちゃんと信じてたさ。本当だぜ? ははは。あーよかった。


 「じゃあ次はネムリアさんだね」


 あ、ちっとも良くない。ていうか俺は入学するなんて一言も言ってねーだろうが! ライのバカが勝手に条件出しただけで本人の意思ガン無視とかふざけてんのかコイツ等!?

 ようし分かったそこに並べ。全員仲良く膝壊してやんよ!


 「さぁ、どうぞ」


 「断るっ!!!」


 「えっ、ね、ネム……?」


 「ふむ、理由を聞かせてもらっても?」


 「理由? 決まってんだろ。何故なら──」



 【なぁんて冗談。へへへ、触らせてもらいますよ旦那ぁ】

 【触るのは自分の金玉だけで十分だからだ!】

 【証明なんぞしなくとも、俺は俺だからである!】



 運命選択(お前)って奴はよぉぉぉぉぉ!!! どうせ出しゃばるなら普通の選択肢を用意してくれよ! 下2つ意味分かんないよ! ただのヤベー奴だよ!


 触りたくない理由なんて入学すんのが嫌だからに決まってんだろうが!!


 あ゛〜クソ、クソクソクソったれがっ。

 学園? あぁなるほど、普通なら魅力的な響きかもしれねぇよ。もしかしたら未来の嫁さんと出会えるチャンスかもしれないし、何ならメリットの方がデカい。


 だけどそれは、運命選択が無かったらの話だ。


 こんなヤンチャ贈り物(ギフト)を抱えた状態で学園生活なんぞ送ってみろ。現在進行系でおかしくなりつつある俺の人生が、もっとめちゃくちゃになる未来しか見えねぇもん!

 訳の分からん奇行に走らされ、想いを寄せたあんな娘やこんな娘にドン引きされて永遠のさよなら。そんな未来を想像しただけで寒気がする!


 リスクがあまりにもデカ過ぎる! だったら、多少の恥を被ってでも入学を回避する方がまだマシというもの。


 俺が贈り物(ギフト)所有者である事を有耶無耶にし、且つ入学には相応しくないと判断されるため、選ぶべき選択肢は──。



 ⇨【触るのは自分の金玉だけで十分だからだ!】



 「どうしてそんな玉に触らなければならない」


 「え、いや、だから入学するには証明の必要が──」


 「黙れい! 粗末な玉など触れる価値なし! 俺が触れるのは己の玉のみ! 触らせたくば俺の玉を越えてからにしろぉ!」


 はーはっはっはっ。殺せよ、いっそ殺してくれよ。高らかに何言ってんだ(コイツ)はよぉ。


 だが、だが! 尊厳を犠牲にしてでも得なければならない平穏が俺にはある! これ以上、我が野望を邪魔する障害を増やしてなるものか!


 さぁ呆れるがいい! 引くがいい! 気持ち悪がれよぉ! こんな奴が入学して困るのは他でもないお前らだろう!

 他の生徒を思うならば、学園の品位を落としたくないのならば、このままライだけをお持ち帰りするんだよ!


 「ふむ……ラインハルトくん、今のネムさんの言葉にはどんな意味が?」


 「ネムの肝っ玉の大きさは、そんな魔導具一つじゃ測れないってことですね。つまり、証明する必要がないくらいネムの贈り物(ギフト)は強大だって事だと思われます。

 やっぱり凄いぜネムは。へへ、親友として鼻が高いなぁ」


 「ほう? であるならば、余計触れてもらわねばならないな。勇者を越える贈り物(ギフト)と言われては嫌でも気になる」


 どんな超解釈してんだクソバカがぁぁぁぁぁっ!!! 人が尊厳を犠牲にしてでも回避しようとした未来を訳の分からん理解力で方向修正すんじゃねーよ!!

 その誇らしげな顔やめろやライ! 掠りもしてないんだよ馬鹿野郎!


 「ラインハルトくんって、随分とネムリアさんを買っているというか、信頼してるんだね」


 「当然です。ネムは俺なんかよりずっと上の存在であり、これからもずっと俺の目標ですから。

 そんなネムが贈り物(ギフト)を持っていると嘘を吐くなんてありえません。きっと勇者なんか(・・・)よりずっと凄い力を宿してますよ」


 や、やめろー! フォローになってるようで全然なってねーよ! そんな言い方したら余計食い付くだろ!

 ほら見ろオッサンの目付きを! 面白いものを見つけたと目が物語ってるだろ!? 何が何でも逃さないって意思を宿してんのよ! 謎解釈してる暇あるならそういうとこにも目を配ろうぜライくん!?


 「勇者を下に見る、か。ふふふ、面白い。

 さてネムさん。こうまで言われては我々も引き下がれない。是非証明してみてくれたまえ」


 の、逃れられない……! ここで嫌がれば変に怪しまれる!

 「友達に勇者より上みたいなこと言わせといて逃げんの? 怪しい奴め。ご同行願おうか」的な流れになってもおかしくない! つーか俺は別に勇者を下になんか見てねーよ! 上だわ! 果てしなく上だわ!


 どうしてこうなるんだよ! 投げ出した俺の尊厳返せ!


 「くっ……!」


 「さぁ、見せてくれないか」


 「〜〜っ!! ……一つだけ言っておくけど」


 「うむ、何かね?」


 「証明したからって入学するかどうかは俺の意思! そこを尊重してもらうからな! ライもそれでいいな!?」


 「よかろう」


 「え、それって入学しないかもってこと? ちょ、ちょっと待ってくれよネム!」


 うるせぇ! もう知らん! あれこれ悩むのは飽き飽きじゃ! そもそも何で俺がこんなに追い込まれなきゃならんのよ!

 贈り物(ギフト)を所有してんのは事実なんだし、パパっと触って終わりにしてやる! ライ? 知るかこんな馬鹿野郎! 1人で入学してろやぁ!


 「せいっ!」


 半ばヤケクソ気味にオッサンからピカピカ玉を奪い取り、必要以上に掲げてやった。

 刮目するがいい。勇者より優れてる訳がないハズレ贈り物(ギフト)の光ってやつをな!


 「む」


 「確かに贈り物(ギフト)持ちですね。反応してる」


 数秒と経たず手の中の玉が光を放ち始めた。ライの時とはえらい違いで、眩し過ぎるなんてこともない。まさしく普通の光。

 オッサン達も納得した表情はしてるものの、どこか腑に落ちないような感じだ。でしょうね。あんだけハードル上げといてこれなんだから、そりゃ拍子抜けにもならぁ。



 ……しかし、直ぐにオッサン達の様子は一変した。



 「え……ええっ!!? これってどういう!?」


 「何ということだ、こんな事は今までに一度たりとも……信じられん」


 「おぉ〜! 何かよく分からないけどネムが凄いのだけは分かるぞ!」


 あ、うん。とりあえずライのバカは置いといてだ。オッサン達の反応はどうしたことか。


 今一度だけ玉を見てみる。いったい何が起きてるのか、普通の光を放っていた姿は今やどこにも無く、玉が発しているのは白と黒の光。

 混じり合って怪しげな光を放つ姿に絶句した。しかもそれだけじゃない。


 「二色……それにこの紋章は」


 「神の紋章! 前代未聞ですよアルフォンソさん! これまでただの1人もこんな現象を起こした者は居ません!」


 神の、紋章? この玉の中に浮かび上がってる変な模様がそうなのか。つまりあの変態神のって事だから……うわ、キショっ。


 まぁ紋章なんてどうでもいいや。それよりも何で二色なのよ?


 (いや? 待て、確かあの時)


 思い起こされるのは昨日の出来事。教会で変態神から贈り物(ギフト)を押し付けられた後に、もう一つ何かを渡した的な事を言われたような?



 『神様印の幸運ってやつかな。まぁ2つ目の贈り物(ギフト)と考えてくれればいいよ』



 そう、確かこんな事を言ってた筈だ。もしかしなくてもその2つ目の贈り物(ギフト)がこんな事態を引き起こしてると見て間違いないだろう。


 何してくれてんだクソ神様。

 そもそもこんな事になっておいて何が幸運じゃボケ。不幸の間違いだろうがっ。


 「事情が変わった。ネムさん、是非とも学園に入学してくれたまえ。断るなら君にも監視を付けることになるだろう」


 「は? おい! 話が違うだろ!」


 「君が普通の贈り物(ギフト)持ちだったなら、そちらの意思を尊重したとも。だがこれは、放置しておくにはあまりに異例の事態だ。それこそ勇者よりもね。

 この世界で贈り物(ギフト)の存在が明らかとなって数千年。その間、贈り物(ギフト)を複数所持している者はただの1人も確認されていない。

 まさしく、君が最初の1人だ。更に神の証である紋章まで見せられては、もはや疑うべくもない。君は間違いなく、神に愛された存在だ」


 おい気色悪いこと言うなっ!!! あんなのに愛されても嬉しくねーわ! 特別な存在でもねーし!

 確かに2つ持ってるかもだけどさ、どっちもマトモに機能してねーのよ! 名ばかり幸運と貴方の人生壊しますマンな選択肢バカしか無いの! どう考えても勇者より遥かに下なの! ハズレなの!


 クソがぁぁ……これ了承しようがしまいが、結局このオッサン達から監視されることに変わりないじゃねーか。

 何か、この場を切り抜ける手札はないのか? おい運命選択! お前のせいでこんなことになってんだから、テメェのケツはテメェで拭けよ!


 「黙って聞いてれば人の子供を監視するだの何だのと……随分と偉くなったものねぇアルフォンソ?」


 無い頭捻って脱出口を考えていたその時、不意に耳に届いた聞き慣れた声。


 その場に居た誰もが一斉に声の発生源へ視線を移すと、そこには分かりやすく怒気を纏い、と〜っても黒い笑みを浮かべた我がお母様が仁王立ちしていた。

 隣には父さんの姿もある。こっちもこっちでニコニコ顔だが、冷や汗をかいている辺り取り繕っているだけのようだ。ようやくお目覚めかよ寝坊助共。いつからそこに居たん?


 しかし助かったぜ。今の母さんの言葉から察するに、俺に対するオッサンの対応が気に食わなかったらしい。これ以上ない人物が味方に加わってくれた。


 嗚呼、なんという安心感っ。


 「あ、どうも。ネムリアさんのお母様ですか? 僕はロズ──」


 「ひぃぃぃぃぃ!!! お、おおぉぉぉ、オリ、オリオリ……オリアナさん!!? な、何故ここにぃ!!?」


 「えっ」


 「うわ……」


 ロズウェルが大人の対応をしようとしている中、いきなり奇声を上げたのは誰あろうオッサンだった。

 それはもう凄く情けない姿だ。椅子から転げ落ちて後退り、壁を背に縮こまる様子はまさしく追い詰められた人のそれ。さっきまでの威厳マシマシな学園長然とした風格もクソもない。


 ほら見ろロズウェルも絶句してるぜ。

 というか、もしかしてオッサンと母さんって知り合い同士?


 「ここが私の家だからに決まってるでしょう? それよりも質問に答えなさい。私の子供に何をしようとしているの?」


 「ぴぇっ!?」


 母さんの猛攻は止まらない。壁際に追い詰められたオッサンに詰め寄り、顔スレスレの位置に足をドンと叩き付けて睨み付けた。

 横からチラリと見えた母さんの眼光の鋭さたるや、恐ろし過ぎる。あれを真正面から受けるなんて考えたくもない。


 「父さん、あれどういうこと?」


 「いや、父さんもよくは知らないんだがな。でもオーちゃんがあそこまで露骨に不機嫌になるのも珍しいし、きっと因縁がある相手なんじゃないかな?

 それにしたって怯え過ぎだけど、ははは」


 「母さん相手に因縁……死んだな」


 心の中でふかーく合掌。過去に何をやらかしたのか知らんが、安らかに眠れオッサン。


 「……ハッ! ちょ、ちょっと奥さん! アルフォンソさんに対して失礼にも程が──」


 「擦り潰すわよ。羽虫は黙っていなさい」


 「あ、はい」


 眼光一閃。止めようとしたロズウェルも即座に撃沈だ。

 ちっこいのになんという迫力だろうか。過去何度もヤンチャして母さんを怒らせたことはあるが、ここまで修羅になった姿は見た事がない。


 まぁ、子が害されるかもってなったら怒るのは親として当然か。(さか)ってるばかりじゃないってわけだ。少しだけ見直したぜ母さん。


 「お、おお、落ち着きたまえ。べ、別に私はオリアナさんのお子さんに危害を加えるつもりはないのだよ。むしろ保護を考えていてだね」


 「へー。私の傍より安全な場所があるとでも言いたいのかしら。私にかすり傷一つ負わせたことすら無い貴方が?」


 「うぐっ」


 「何様なのかしらね。そもそも監視して何になるの? 仮にネムちゃんが粗相をしたとして、母親である私を差し置いて貴方達が対処する理由は?」


 「だ、だからそれは、ネムさんの持つ贈り物(ギフト)が特別だから──」


 「だから、何? 人の家の教育に部外者である貴方達がズケズケと踏み込んでくる理由になってるのかしら? なってないわよね? でしょう?」


 「……」


 「返事」


 「はひゃい! そ、その通りです!!」


 「でしょ? じゃあ話は終わりね。

 ネムちゃん、あなたはあなたの意思で道を決めていいのよ? 邪魔するバカはお母さんがとっちめてあげるから安心して?」


 「わ、わー、心強ーい」


 うちの母さんは優しいのかスパルタなのかよく分からない。俺は二重人格説を強く推すよ。


 いやーしかし、何はともあれ入学は回避できそうだ。母さん様様。まったく一時はどうなることかと思ったぜ。

 それもこれも全てこの運命選択(バカ)のせいだ。コイツさえ持っていなけりゃ、今頃笑顔でライを送り出してただろうに。


 へっ、お前の思い通りになんかならねーよバーカ!



 【ライと俺は一蓮托生。ついて行くに決まってる】

 【ライと俺は一心同体。ついて行くに決まってる】

 【ライと俺は夫婦同士。ついて行くに決まってる】

 【うるせぇババァ】



 バカって言ってごめんなさい! だから選択肢変えてくださいお願いします! つーか上3つもおかしいけど下の選択肢は頭おかしいよね!? 俺に死ねと!? あれだけオッサンを追い詰めてる光景を見せられた後にそんな選択できるわけねーだろ!!


 性懲りも無く実質一択! お前って奴は本当にクソだな!



 ⇨【ライと俺は一蓮托生。ついて行くに決まってる】



 「ありがとな母さん。でも心配はいらねーよ」


 「ネムちゃん?」


 「何だかんだ言っちまってたけど、元々ライを1人で行かせるつもりはない。親友が心細いってんなら手を差し伸べる。それが俺だ」


 違うよ? 俺じゃないよ?


 「ネムちゃん……!」


 「ネム……!」キュン


 やめて、超やめて。その、立派になって! みたいな視線さ。ライに至ってはキショいのよ。頬赤らめんな。


 「いいぜオッサン、俺も入学してやる。ただし、ライと同じく特別扱いは無用。その辺り頼むわ」


 「う、うむ」


 はぁ!? ざっけんなバカ! こんだけ俺の意思ガン無視されといて特別扱い無しなんて割に合わねーよ!

 ちょっとくらい優遇されて然るべきだと思います! 具体的には専属の(エロ)メイドさんとか付けてくださいお願いします!


 そうやってあーだこーだと心の中で喚き散らしていると、ここで体の自由が戻った。勝機!


 「っ、なんて冗談──」


 「分かったわ! 母さんはネムちゃんの選択を尊重します!」


 「え、いや」


 「あんなに澄んだ瞳で言われたらダメだなんて言えないじゃない! そうよねレーくん!?」


 「ああ、もちろんだとも。流石は俺達の子だ」


 おいやめろぉ! 父さんまでそっち側に付くんじゃねーよ! マジで引っ込みつかなくなるだろ!


 だ、ダメだ、飲まれるな、流されるな! ここで否と言わなければズルズルと引きずり込まれるだけだ! 吠えろネムリア!



 【アオォォォォォォンッ!!!】

 【任せろっっっ!!!】



 誰が遠吠えしろっつったよ!!? えぇいクソが! さっさと下選んで即否定! もうこれしか手は無ぇ!



 ⇨【任せろっっっ!!!】



 「おう! ライのことは俺に任せろ! なんて嘘──」


 「ネムー!」


 「ごっふ……!?」


 しかし俺の作戦は腹にタックルして来たライに阻まれた。


 なんだテメェ喧嘩売ってんのか! テメェも運命選択側の刺客かー! つーか頭ゴリゴリ擦り付けてくんな! 普通に痛ぇよ!


 「やっぱり持つべきは親友だな!」


 「うるせぇバカ! 離れろ!」


 「照れるなよ〜」


 たまには俺の本音くらい汲んでくれよバカ野郎! クッソ……! 膝蹴りしてんのにビクともしねぇ! まさかこれが勇者の力による恩恵? じゃかぁしいわ!


 「あ、で、でもさー! 普通に考えて学園に入学するのってお金とかかかるんじゃない?

 うちってそんなに余裕も無いし、母さん達に無理をさせるのはやっぱり……な? だからこの話は無しに」


 「あら、そんな心配はいらないわよネムちゃん。若い頃にガッポリ稼いで貯め込んでるから」


 「ああ。お金に関しての心配は必要ない。それは保証しよう」


 う、嘘つけぇ! 普段から無駄遣いはダメよって人に散々言ってるし、めちゃくちゃ節約家だろ母さん! この15年間でそんな大金見たことなんかねーもん!


 「まぁ、そもそもの話だけど……ねーえ? アルフォンソ」


 「はひっ! な、なんでしょうか……!」


 再び矛先がオッサンに向いた。

 口元はニンマリしてる癖にまったく笑っていない目がクソ怖い。過去一怖い。


 「あなた、昔は私にバカみたいに迷惑かけまくってたわよね〜? なら、2人分の学費くらい……ね? 分かるでしょう?」


 うわ、現役の学園長からヌルっと学費をちょろまかそうとしてる。最低だぞ俺の母さん。


 「えっ、た、確かに迷惑はかけましたけど、その度に謝礼金はお支払いしたはず」


 「えー? まさかあんな端金で私が納得したとでも思ってるのかしらー? あの場じゃ仲間の目もあったから遠慮してただけに決まってるじゃないの」


 「で、でも毎回、私の財布ごと奪って──」


 「アルフォンソ」


 「ひぃっ!」


 「オリアナ・アーベンドルクの殺戮ショー、あなたで披露してあげてもいいのだけれど?」


 こーわ。なんだよ殺戮ショーって。

 昔のことはあんまり話してくれないから詳しくはないが、この分だと俺が思ってる以上にヤベー人物だったのでは。


 アーベンドルクってのも初めて聞いた。旧姓かな?


 「ごごごごめんなひゃい! よろ、喜んで、ラインハルトくんとネムさんの学費を払わせていただきまひゅ!」


 「よろしい。あ、それと学園なのだから学生服はあるのよね?」


 「もちろんでしゅ!」


 「そう。ならネムちゃんとライくんの分は私達が特注で作るから、用意しなくてもいいわよ。

 学園長であるアルフォンソはそれを許可してくれればいい。分かったかしら?」


 「承知! はい! 承知です!」


 ど、どうしよう。止めないといけないのに母さんの迫力に足が竦んで踏み出せない。オッサンはどうなろうと知ったこっちゃないが、このままだと俺の平穏な未来が……!


 「あの、オリアナさん。俺は別に特別扱いとか……」


 「ダメよライくん。学生生活をナメてはいけないわ。

 自分達は他とは違うんだぞと周りに知らしめるだけで今後に大きく影響するのだから」


 「……オーちゃん、本音は?」


 「大事なネムちゃんとライくんが他の小僧小娘共と同等の扱いなんて、納得行かな過ぎてお母さん学園ごと吹き飛ばしちゃうかも」


 「うん、ライくん。時には諦めも肝心だ」


 「えぇー……」


 いやいや、流石に母さんでもそんなこと出来ないだろ。何でそんなアッサリ認めちゃうんだよ父さん。

 そりゃ特別扱いはしてほしいし母さんグッジョブって感じだけども……いや違うて! 特別扱い云々の前に入学する気ねーんだよ俺は!


 でも今余計なこと言ったら矛先がこっちに向きそうで怖い!


 「さ、そうと決まればどんな制服にしようかしら!」


 話進めんのが早いんだよ母さん! もうちょっと俺に抵抗させる猶予くらい与えて!?


 「あの、オリアナさん。とりあえずうちの両親にも説明したいので、呼んできていいですか?」


 「もちろんよ、家族会議といきましょう!」


 「分かりました。じゃあネム、また後で」


 人が踏み出せない一方で悠々と去っていくバカの背中に恨みの視線を送っておいた。


 クソぅ……そもそもお前が勇者の贈り物(ギフト)なんて受け取ってなければこんな事には! ……いやライは悪くないな。悪いのはあの(変態)だ。いつか処す、絶対にだ。


 「さっ、ネムちゃん! 意見を聞かせて? お母さん頑張って作るから!」


 いやアンタが作るんかい!! 作るにしても職人とかに任せよ!? 制服って素人が簡単に作れるもんじゃないでしょ!?

 たとえ学園に通うことになったとしても俺嫌だからな! 親が手作りした制服着ていくなんてどんな羞恥プレイだよ!


 オッサンも縮こまってないで何とか言えや! オメェそれでも学園長かよ!


 「いや、だからさ母さん……俺は入学なんて」



 【すっごく可愛いのがいい! きゃはっ♪】

 【男なら黙って半袖短パン。当然だよな】

 【制服? いらねーよ俺には下着がある】

 【可愛いと格好いいの良いとこ取りでお願いします】



 お前って奴はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!






 結局その後も運命選択と母さんに邪魔され続け、あれよあれよと手続きは進み、俺達の入学は決定してしまった。


 しかし、この時の俺は知らなかった。

 これが始まりに過ぎないこと。本当の運命選択(絶望タイム)はまだまだこれからだということを。


 「えー、でもやっぱりスカートの方が〜」


 「オーちゃん、こんなのはどうだろう? これなら中性的に見えるんじゃないか?」


 「キャー! レーくん天才!」


 「オリアナさん! この制服を着る時のネムはこんな髪型が映えると思うんですけど!」


 「いいわね! 貴方もなかなかネムちゃんを分かってるじゃないライくん!」


 「当然です! ネムに関してだったらオリアナさんにだって負けませんよ! なっ、ネム?」


 「はは……殺せよ」



 誰か、助けて。

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