親友は逃してくれない
「お、お茶です、どうぞっ」
「ありがとう。よくできたお嬢さんだ」
あの後、特に何の障害も無くオッサンとロズウェルを連れて我が家に到着してしまった。俺としては運命選択の力で何とか有耶無耶にして「やっぱライの家でー」的な展開を期待していたのに、こういう時に限って発動しやがらない。
マジで役に立たねー贈り物だよな。死にさらせ。
で、到着したらしたで、タイミング悪くノノが起床してきた所に鉢合わせてしまった。寝癖もそのままで禄に着替えもしていない。まさしく家族の前でしか見せない姿で現れたのだ。
オッサン達を見るやいなや慌てて自分の部屋に戻り、パパっと身なりを整えて改めて登場。直ぐにキッチンでお湯を沸かし、既に椅子に腰掛けていた俺達へお茶を提供するという迷いの無い完璧な流れには感動すら覚えたぜ。
寝起きなのにあの一瞬で客だと理解する頭の回転の速さ……フッ、俺に似たな(ドヤァ)
それにしても寝間着の間からチラリと覗くオヘソがたまらなくかわいかったな。流石は俺の妹、罪深い愛らしさである。やはりライにやるのはもったいないか……。
「おはようノノ」
「あ、おはようですライさん」
む、俺を差し置いてノノと朝の挨拶とはいい度胸だなライ。後でとっちめてやる。
【ノノのオヘソ凄かった……ちょっとトイレに】
【ライには負けられん。クワイエ流の挨拶を見せてやる】
【なんで兄貴より先に他人に挨拶してんの? 調子乗ってんじゃねーぞ愚妹がぁ】
調子乗ってんのお前じゃボケェ! 昨日からいちいちノノに突っかかろうとすんの何なん!? 何かされたの!?
とにかく上下は論外! 真ん中ぁ!
⇨【ライには負けられん。クワイエ流の挨拶を見せてやる】
「おはようノノ! さぁ俺の胸に飛び込め!」
クワイエ流の挨拶なんざ俺が知りたいくらいなのだが、真ん中の選択肢を選んだ途端、大声で挨拶からの両手を広げてウエルカム状態である。うん、意味わからん。
こんなことした事ないし、勝手にこれをクワイエ流とかデマ垂れ流すのやめてもらっていいですか?
確実にノノからの評価落ちたわ。人前でこんなアホなことする兄貴なんて俺だったら嫌だもん。
「おはよう兄ちゃん! とうっ!」
しかしノノはノノでノリノリだった!!! ノリノリノノだった!!! 何故だ! 今の流れで躊躇いなく飛び込める妹の精神力凄い! むしろ好感度上がったのでは!? 尊敬! 尊い! 可愛い! おっぱい大きい! 俺キショい!
「相変わらずノノはネムのこと大好きだな〜」
「仲の良い姉妹だな。微笑ましい限りだ」
「そうですね。ああいう存在が居ない身としては、少し羨ましく思います」
「ロズウェルくん……年端もいかない娘に抱きつかれたいのかね?」
「そういう意味で言ったのではありません! わざとですよねアルフォンソさん!?」
「ははは、さてな」
妹成分を過剰摂取した後、改めて俺達は席についた。ちなみにノノは畑の手入れをするべく既に出かけた後だ。
こんな不測の事態になってても日課を忘れない妹ちゃん流石よね。俺も見習わねばー。
「ネム、すっげー艶々してるな」
「そりゃ俺の全愛情を注いでるノノとあれだけ密着し続けたらこうなる。あれは危ない、下手したら中毒症状を引き起こすぞ」
「いいなぁ。俺もやっていい?」
「ざけんな兄だけの特権だ」
「あ、いやノノとじゃなくて──」
「おほんっ。あー、そろそろ本題に入っても良いかね?」
ライが何かを言いかけたタイミングでオッサンの横槍が入った。さてはコイツ空気読めないな? まぁ面倒事はさっさと終わらせたい主義なのでツッコミはしないが。
ん? と言うより、うちに連れてくる選択は既に果たした訳だから、律儀に俺がこの場に居る必要なくない? いや無いよな。
体も口も自由の身。なら後はコイツ等だけで進めれば、俺はノノとイチャイチャしながら畑仕事をできるじゃないか。
ようしそうと決まれば──。
【親友を見捨てるとか……】
【妹の淹れたお茶を飲まずに行くとか……】
【旦那を置いていくのかよぉ……】
まぁうん、分かってた。どうせテメェがでしゃばって来るって思ってたよ。だがしかぁし、コイツは決定的なミスを犯した。
パッと見この場に留まらなければならない選択肢ばかりだが、真ん中をよく見てほしい。つまりこれはお茶を飲み干しさえすれば、あとはお好きにどうぞってことだろう? 勝ったな。
⇨【妹の淹れたお茶を飲まずに行くとか……】
「っ!」
カップを引っ掴み、腰に手を当て、未だ熱々のお茶を仰ぎ飲む!
なるほど、どうやら全ての選択肢が強制的に体の自由を奪うって訳でもないらしい。事実、飲む以外の行動は出来なくとも飲む勢いは間違いなく俺の意思によるものだ。
もしかしたら運命選択の抜け道なのでは? ふふん、良い事を知ったぜ。
「ね、ネム!? 熱くないのか!?」
熱いに決まってんだろアホが! 口の中の皮ベロンベロンになる勢いだよ! しかし耐えた先にノノが待っているのなら、この程度の熱さがなんぼのもんじゃい!
「ぶはぁっ……よし」
我、勝利せり。選択肢のクソバカも、まさか俺がダメージ覚悟で熱々のお茶を一気飲みするとは思わなかっただろう。甘い甘い。お前の選択肢が俺よりも格上だと? ……愚かな。
さぁやる事はやった。あとは君達だけで話に花を咲かせるといいよ。誰にも邪魔されずに──。
【正座で座り続ける】
【ライの膝上でくつろぐ】
地獄or地獄。クソがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
⇨【正座で座り続ける】
「な、何故急に椅子の上で正座……?」
「何ででしょうね(白目)」
「ネムの行動にはいつも深い意味があるんですよ。親友の俺でも理解するので精一杯です」
ねーよ。
「ふむ、では今の行動の意味は?」
「熱いお茶を一気に飲むことで気合いを入れ直し、これから話すことについて最大限真摯に向き合う為、椅子の上だろうと正座を選択した。と言ったところですかね」
超解釈にも程があるだろ! お前こんなアホみたいな行動でも俺をヨイショしようとすんのやめろや! 逆に恥ずかしいわ!
そんでオッサン達も「なるほど」とか言いながら頷いてるし! バカしか居ねぇのか!?
「えーっと、ネムリアさん。話を始めても?」
「どうぞ」
逃げれないのは分かった。ならもう早いとこ終わらせてくれ。
「ラインハルトくん。僕達がここに来た目的は既に話したよね?」
「俺の贈り物について、ですよね。相応しいかどうかって」
「ああ。とは言え、これまでの彼女とのやり取りを見た限りでは特に問題ないと僕個人では判断している。それはアルフォンソさんも同じだと思うけれど、いかがですか?」
「うむ」
おい待て、コイツ今俺のこと彼女っつった? まーた勘違いされてんだけど。普段なら指摘するとこだが、確実に運命選択が割り込んでくるから黙ってよう。
「というわけで、もう一つの目的について話そうと思う」
「もう一つ?」
「ああ。アルフォンソさん、お願いします」
ここでオッサンにバトンタッチ。わざとらしくオッサンが咳払いをしたかと思えば、徐にライへ手を差し伸べてきた。
「自己紹介がまだだっただろう? 私はアルフォンソ・ウォーグナーだ」
「あ、ラインハルト・ノーヴァです」
お互いに自己紹介を交わし、ガッチリと握手。そこで初めて気付いたが、オッサンの手に刻まれた無数の傷に驚かされた。しかも服の隙間から僅かに覗く腕は鍛え込まれた肉体のそれだ。
毎日家の手伝いやら畑仕事をしている俺でもこうはならない。優し気な雰囲気とは真逆の体だな……たぶん怒らせちゃダメなタイプ。
「なるほど、良い手をしている。剣術を嗜んでいるのかね?」
「いえ、まったく。畑を耕すのにクワを使ってるので、それの影響だと思います」
「ふぅむ……それにしては体付きも良い」
「あー、一応家で鍛えてたりはしてますから」
「それは何故かね?」
「何故って……まぁ、将来的にもみっともない体にはなりたくないから、です」
何で俺の方チラチラ見てんの? 何でちょっと照れ臭そうにしてんの? え、やめろってキショい。
「ふふ、なるほど。ではその将来について少し話をしよう。ラインハルトくん、君は勇者の贈り物をその身に宿したまま、今の生活を続けられると思うかね?」
「それは俺の選択次第ですし、出来るのでは?」
「残念ながら難しいだろう。人の口に戸は立てられない。既に君の噂は街中に知れ渡っている。
仮に今のまま過ごす選択をしたとしても、君を付け狙う者は現れる筈だ。良い意味でも悪い意味でもな」
小さく声を溢してライが動揺した。そりゃ勇者がどれだけ凄いかって理解しきれてないのに、いきなりそんな事を言われたらそうなるよな。
「君が望もうと望むまいと、今のままでは君が求める日常を謳歌することはできない。近いうち必ず障害が君の前に立ちはだかる。必ずな」
「……それって、回避しようは無いんですか?」
「あるさ。だからこそ私達が来た」
意味深なことを言ったかと思えば、オッサンが懐から何かを取り出して机の上に広げた。見た限り資料っぽいが、えーっとなになに?
贈り物養成学園、入学案内……お?
「養成学園?」
「うむ。贈り物の扱い方を学ぶ事を目的とした養成施設だ。こう見えても私はそこの学園長を務めていてね」
「はー、なるほど読めた。つまり勇者の力はとんでもねーから、それを持つライが万が一にも暴走しないように監視も兼ねて学園にぶち込もうって腹か。
ライがマトモなら真面目に学んで勇者として成長も出来るし、ライに悪意を持って近付こうとする連中への対処も容易。
逆にライが勇者に相応しくないと判断されても素早く対応出来る。そんでライには相応の対処が待ってるってとこ? どっちも学園にライが居ればやりやすいもんな」
「言い方はあれだが、概ねその通りだ。君はなかなかに聡いなお嬢さん」
「凄いなネム! そこまで分かるなんて!」
「いやそんな凄くねーから。ちょっと考えたらだいたい予想つくだろ。あと次にお嬢さんって言ったら髭毟るぞコラ」
「お気に召さなかったかね? なら次からはネムさんと呼ばせてもらおう」
いやそうじゃなくて……はぁ、もういいや面倒くせぇ。マジで初対面だと100%女って間違われるこの容姿嫌い。どうして母さん似で産まれてしまったのだろう。これも神のいたずら? あの変態いい加減にしろよクソがぁ。
「僕達としても心苦しいのだけど、勇者の力はそうまでする価値があるほど強大なんだ。一個人に任せる訳にはいかない。
まして勇者の贈り物を与えられたばかりの存在を野放しにしておくなんてあり得ないんだ。最悪の場合、国を揺るがす一大事に発展する恐れもあるからね」
「もちろん君がそんな事をしてしまうとは思わない。が、先も言った通り勇者を悪用しようとする連中が一定数居るのも事実なのだ。
言葉巧みに君を誑かし、己の利益の為の駒にするような連中がね。実際、過去にそういった輩は存在したし、被害にあった勇者も居た。その結果はまぁ……察してくれたまえ」
悲痛な面持ちで目を伏せるオッサン。過去の勇者にどんな事が起きたのかまでは想像しかねるが、この様子だと碌でもないことになっちまったのは間違いなさそうだ。
「話は理解しました。ですが、これって俺の意思は完全に無視されてますよね? 入学するか、もしくは処分を受けるか。ここでの生活を望んでる俺にとって、どちらも不利益じゃないですか」
「早とちりしないでくれたまえ。こうして話してみて分かったが、君からは悪意をまるで感じない。むしろどこか惹かれるものがある。
勇者に相応しいか否かで言えば、間違いなく君は前者だろう。故に、現時点では処罰の対象にはならない。
入学するかどうかも君の選択次第だ。我が学園に身を置くのなら好待遇を約束しよう。逆に今のままを選ぶのも止めはしない。制約は課すことになるがね」
「制約?」
「うん。一部の贈り物保有者に協力を仰ぎ、ラインハルトくんを監視することになる。さっきも言ったけど、一個人に任せるには勇者の力は大き過ぎるからね。
万が一を想定して、常に誰かをライくんのそばに置く。もちろん、普段通りに過ごしていれば直接的な干渉はしないと誓うよ」
「どうかね? ラインハルトくん。君の返答を聞こう」
ま、国を揺るがす云々と言われてんだから、当然それくらいの措置はあるだろうな。ロズウェルの言う通り、アホライが非行に走る確率は相当低いが絶対じゃない。コイツを狙ってくる連中のことも考えれば妥当な対応だと思えた。
つまり入学を蹴った場合、グレないように監視はするけど、そういう奴からも守ってやるよってことだ。一見かなり良い条件に思えるけど、俺だったら嫌だな。
だって常に監視されてるんでしょ? プライベートもクソもないじゃん。あんな場面やこんな場面まで第三者の視線付きとか頭どうにかなるわ。禄にエッチなことも出来やしない。
「……」
さてライの返答や如何に。そう思って視線を横に移すと、何かを言いたそうなライと目が合った。めっちゃ子犬みたいな目で見てきてんだけど。やめろ俺に母性でも期待してんのかテメェは。
「なんだよ」
「……いや。あの、一ついいですか? アルフォンソさん」
「もちろん。何でも聞いてくれたまえ」
「俺がここに残る選択をした場合、その……俺を狙って変な奴等が来たら、ネム達も巻き込まれる可能性ってあります、よね?」
「無い、とは言い切れんな」
「そうですよね……。うん、分かりました。なら入学します」
お、意外にもすんなり決めたな。俺の予想では結構渋るもんだと思ってたのに、何か思うところでもあったか。
まぁコイツは昔っから優しいしなぁ。周りまで巻き込むって分かったら喜んで自分を投げ出す程度には優しさバカだもの。
アホとは言え入学したら少しは俺も寂しくなるのだろうか? ……いや、ライが居なくなることで村の女からの嫉妬に晒されることが無くなると考えれば、これは俺にとっての幸運なのでは?
うん、そうに違いない。やったぜ平穏が訪れる! とっとと入学しちまえよライくぅん! 骨は拾ってやるよ!
「ただし、3つほど条件があります」
「条件?」
俺が喜びの舞を心の中で踊っていたそこへ、唐突にライが何かを言い出した。
条件か、まぁいんじゃない? 条件の1つや2つさ。贈り物のせいで自分の人生が狂いそうになってんだから、その程度の要求は受け入れられて当然だと俺も思うわ。
ついでに現在進行形でクソ贈り物に人生狂わされまくってる俺にも何かくれよ。具体的には嫁さんとか。
「1つ、俺が入学した後、この村の安全を保証してください。既に俺の情報が出回っている以上、ここも狙われないとは言い切れません。
最悪、家族を人質に取られて脅される場合もあります。もしそうなったら、俺は相手の要求を飲まざるを得なくなるでしょう」
「分かった。私が責任を持って手配する。この村には何人も手出しをさせないと誓おう」
おお、何だよライ! アホだアホだと思ってたけど、しっかり勇者っぽいこと言えるんじゃないか! 実際の勇者がそんなこと言うのかなんて知らんけど!
「2つ、入学しても特別扱いはしないでください。特別な贈り物を持ってるってだけで、俺も皆と変わらない人間です。
だから平等に扱ってくれることを望みます。少なくとも、アルフォンソさん側はそうであってほしい」
「いいだろう。君が望むなら他の生徒と変わりなく対応させてもらおう。しかし生徒達から君への扱いは約束できない。彼等にも自由があるからな。そこは理解してくれたまえ」
「はい、分かってます」
特別待遇は必要ないだって? なんてもったいないことを。俺がお前の立場なら通せるとこまで条件盛りまくるぞ。もっと欲張ってもいいんだぜ? ライちゃん。
「最後に、3つ……」
さて、ついに最後の条件だ。これまでのことを考えるに、これもまたライらしい条件なんだろうな。
いいぜ言ってみろ。ここまで言ったんなら自分の意思を貫いてみせろよ。それでこそ俺の親友だ。お前は贈り物に振り回されてばかりの存在じゃねぇって証明を、オッサンに見せてやれ!
「ネムも一緒に入学させてください。これだけは譲りません」
………………ファ?
【やったぜ】
【勝ったな】
【風呂入ってくる】
はあ゛ああああああああああああああ!!??




