一本だけひょろりと生えた長い腹毛を抜く話
「何これ?」
真美子は見つけた、彼氏の徹也の腹から一本だけひょろりと生えていた長い毛を。
「何か、みっともないね。切っちゃおうか?」
「でも、切ると太くなるって言うしな~」
「じゃあ、抜こうよ」
そう言って真美子は自分の部屋にあった毛抜きを取り出す。
「何か痛そう」
「痛いわよ」
「じゃあ、やっぱ止めとく」
「男らしくは無いわね。さっさと抜きなさいよ」
徹也は真美子に迫られ仕方なく抜こうとするが、おっかなびっくりなので抜ける訳は無かった。
「もう、そんなにおびえなくてもいいでしょ。一瞬なんだから」
そう言って真美子は毛抜きで毛を挟んでいる徹也の手を持ち、引っ張った。
うんとこしょ、どっこいしょ、それでも毛は抜けません。
「おかしいわね」
「痛い痛い、もう諦めよう」
そんなこんなで毛を抜くのを諦めかけていた時、一人の男が真美子の部屋に乱入してきた。
「こら~!俺のローンがまだ二十年残ったマイホームで何ちちくりあっとるか!」
真美子の父親、玄太であった。
玄太は顔を真っ赤にしている。
それは怒りのせいではなく、酔いのせいであった。
「何お父さん勝手に入ってきてんのよ!さっさと出て行ってよ!」
「ひどい。俺お父さんなのに。ひどい。勇気を出して娘の貞操を守ろうとする父親になんてひどい」
「キモイ、お父さん普通にキモイ。てか別にまだHとかしてないから、ただ毛抜いてただけだから」
「そうか、お父さんの勘違いか。テヘッ、お父さんのおっちょこちょい。さあ、早速お父さんが抜いてやろう。そして、すぐにその男から離れろ真美子!」
「いや、お義父さん。もう毛抜きは諦めたんで」
「俺の事をお義父さんと呼ぶのは三十年早い!!」
そう言って玄太は久方ぶりに真美子の手を握り、引っ張った。
うんとこしょ、どっこいしょ、それでも毛は抜けません。
「この性根曲がった毛め」
「てかお父さんの手汗ばんでて気持ち悪い」
「痛いって言ってるのに・・・」
そんなこんなで毛を抜くのに苦労していると、一人の女が真美子の部屋の中に入ってきた。
「何騒いでんですか?ご近所迷惑になるでしょ」
真美子の母親、奈津子であった。
酔っぱらいの玄太の様子を見てげんなりしている様子だ。
「なっちゃんいいところに来た。手伝ってくれ」
「子供の前でなっちゃんはやめてって言ってるでしょ」
「ああごめんごめん、お母さん。まあ、ともかくこっち来て毛を抜くの手伝ってくれ」
「はい?毛を抜く?」
「なんでお母さんまで来る訳?ごめんね、徹也」
「ああ。何か、もうまな板のコイってな感じだな」
「それじゃ抜くぞ!」
玄太の掛け声とともに親子は力を合わせて娘の彼氏の腹毛を引っ張った。
うんとこしょ、どっこいしょ、それでも毛は抜けません。
「あ、すまん。力みすぎて屁が出た」
「お父さん!信じられない!最悪!」
「あら、今度の真美子の彼氏結構かっこいいわね」
「・・・もうコイは何も話さないでおこう・・・」
がやがやと一家が騒いでいると、真美子の部屋に一人の老婆が現れた。
「玄太や、一体何をしているんだい」
真美子の祖母、静江であった。
「あら、お義母様。お食事が終られたら寝ると言ってましたのに、もしかして起こしてしまいました?」
「いや、そのつもりじゃったんだが、奈津子さんが作ってくれた食事が脂っこくて塩気が多いものだから胸やけして眠れなんだ」
「そうですか。それはすみませんでした。このごろ元気の無いお義母様に元気になってもらおうと精のつくものをと思ったのですが・・・くっそ、早く逝きやがれクソババア」
「お母さん、心の声漏れてる。漏れてるから」
「大丈夫よ。お義母様は歳とって耳が遠いから。別に気にすること無いわよ。ねえ、お義母様」
「そうじゃよ、真美子。気にすることなんて何もないんじゃよ。なぁ、奈津子さん」
「ふふふふふ」
「ほほほほほ」
嫁姑は二人して不気味に笑い声を上げ、その声に玄太はじっとりとした汗をかいていた。
「なぁ、もういい加減諦めようぜ」
コイが喋った。
その声に玄太が激昂する。
「それでいいのか君は!まったく最近の若者はすぐに何でもかんでも諦める。ちょっとは堪えることを知らんのか!」
「いや、俺に説教する前にそっちの喧嘩仲裁する方が先だろ」
「ふっ、知った風な口をきく。あれは喧嘩するほど仲がいいと言う奴だ」
「多分違うと思うぞ」
「しかし!君の言うことも一理ある。今この家族の結束力が試されていると言う訳だな!そして君はその身を呈して協力していると言う訳か!感動した!さあ、みんな共に毛を抜こう!」
「いや、そんな事一言も・・・」
真美子が徹也諦めてと一言つぶやいて、真美子の彼氏の腹毛を家族一丸となって引っ張った。
うんとこしょ、どっこいしょ・・・すぽっ。
ようやく毛が抜けました。
「あきらめない事。この歳になってこんな未熟者に教えられるとはな。まだまだだな、俺も。少年よ!また会おう!いつか必ず!」
「さっきまでびくともしませんでしたのに、意外と力あるんですのね、お義母様。私感心いたしましたわ・・・おかげで手にあと残ってんだろ。クソババア。どんだけ力入れてんだよ」
「おや、何か言いましたかな、奈津子さん。私はもう歳で耳が遠くてよく聞き取れませんで、すみませんねえ。それはそうと前にそこの廊下掃除されてましたけど、すごく汚れが残っておりましたが、一体どこをどう掃除されたのでしょねえ。せっかくきれいにされていたのにすぐにあんなに汚れてしまうなんて、世の中不思議なことがあるものです。こんな不思議なことに巡り合うなんて、やっぱり長生きはするもの」
酔っぱらいの高笑いと嫁姑の不気味な笑い声と共に真美子の両親と祖母は去り、真美子の部屋にようやく安寧が訪れた。
「ごめんね、徹也。いろいろと」
「ああ、なんていうか、その、ユニークな家族だな」
徹也は腹をさすり、渇いた笑みを浮かべる。
「その、お詫びって意味じゃないけど。その、今日ならしてもいいよ。家族もあんな後だから、もう来ないと思うし」
「真美子・・・」
真美子は赤くなってしまった徹也の腹をなで、手をずらして徹也の服をたくしあげる。
「あっ・・・」
そして、そこで真美子は発見してしまう。
乳首の近くに一本だけひょろりと生えた長い毛を・・・