表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/52

9.月下のプロローグ


 合同葬儀を終えた夜。


 憧れは虚ろに変わった。夢に満ちていた明日の世界の、残酷な姿を知った。


 俺は顔を背けながらも、逃げ出すために出した一歩目で地を踏むことを躊躇っていた。


 葬儀のための純白の上下を身に纏ったまま、気づけば修行場へ辿り着いていた。


 憔悴しきった母さんは、俺の手を握ることもできない有り様だった。ただ呆然と、父さんの書斎に残された椅子に、操り糸を切られた人形のように身体を預けていた。月を見つめる瞳から顎へかけて、乾き切った涙の跡を幾筋も残して。


 俺が傍らにいても無意味な気がして。無力な気がして。だから。


『帰れ』


 その夜の、三日月の影に似た姿。

 木々をざわめかせる風に、大きく揺れる右袖。


 酷く痩せ細った長身。白く白く、青褪めた肌の色。伸ばし切った銀色の長髪を、いつもうなじに近い位置で雑に結んでいる。


 サリヤ・スティンゲール。


 利き腕を喪失してギルドを引退した当時の職級は「碧水魔導士・零級」。


 『転生者』ではなく、持ち合わせた素養は水の魔力。不足を補い不常を癒す、補助や治癒に特化した属性の魔導士でありながら、単独で最強という名の頂に登り詰めた。先代国王ラグディッド様の率いられた軍で、3人の敵将を討つという目覚ましい活躍をおさめた、カルカの英雄。


 父さんは、俺が片手剣の振り方や炎魔法の基礎をある程度習得するなり、俺を彼に師事させた。素晴らしい魔導士であると同時に、信頼できる友人でもあると紹介して。


 でも師匠は、父さんの友人は。

 父さんの葬儀に、顔を出さなかった。


 そして、振り返らずに繰り返した。


『今の貴様に、まともな稽古がつとまるものか。帰れ』


 空っぽになった身体に、ジュッと音を立てて充填された感情。


 焦点がぶれるほどに瞳を見開き、ぐらつくほどに奥歯を噛み締め、力任せに握り込んだだけの愚かな拳で、俺は初めて自制をやめ、自分から人を殴ろうとした。


 師匠は、薄っぺらな身体を揺らしただけだった。俺は勢い余ってつんのめり、いつものように、硬質な地面に強かに身体を打ちつけた。古い酒を僅かに残しただけの、ガラス瓶みたいに無様に転がった。


 行けよ、何度でも。この薄情者に命中するまで……そう怒り狂う自分の傍らで、「誰か」が言葉を探して項垂れていた。


 言葉? そう、言葉。

 「どうして」。


 どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして。


『どう、して……来て、くれなかったんですか……』


 泣くのを堪えていた。


 泣いたら、認めてしまうから。もう疑うことができなくなるから。だから今、点々と、視界を黒く黒く染めていくのは涙じゃない。


 泣かない。俺だけは泣かない。


 だから、どうか。

 女神様。「京さん」のために俺を、俺のために「京さん」を選んだ女神様が、本当にこの世界のどこかにいらっしゃるのなら。教義の通り、いつも慈愛の眼差しで全ての人を見守っていらっしゃるのなら。どうか……


『死と親しむな』


 師匠は、嗄れた声で吐き捨てた。


 湖に張る薄氷のように碧く危うげな瞳が、冷然と俺を見下ろしていた。


『同胞を亡くす度に強くなることができるのなら、修練など必要ない』


 それは、あまりにも、師匠らしい言葉だった。


 俺の名を呼ぶフィーユの声が、微かに聞こえた。クロ、どこにいるの、と繰り返し呼んでいた。


 俺はボロ切れが風に舞い上がるように立ち上がり、ようやく一歩、踏み出すことができた。


 その先が、それまでとはまるで違う道へ続いていたとしても。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

今回から新章が始まります。

励みになりますので、応援いただければ嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ