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転生済み最上級魔導士はギルドの事務員にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!  作者: 紫波すい
第1章 生き残りたい「紅炎」の就職
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8.我ら、人見知り同盟


 カルカの向こう側から、夜がやってくる。


 カルカを東の方へ行くと、やがて海へと至るエゲン大河があり、それに横たわる大橋を超えて、更に2つほど集落を超えた先に、我らがシェールグレイ王の住まう白亜の城が聳えている。


「ん……あれ、ぇ……?」


「あ。目が覚めたか?」


 くったりと密着していた背がもぞりと動いた。鼻にかかった声を上げながら、右目を人差し指で擦っていたかと思うと、


 ピンと耳が伸び、そして、


「わひゃぁぁぁああ!? あっあたっ、あたし! 今っ……くっくろくろくろクロさんにぎゅってされてるぅぅぅううう!?」


「てぃ、ティアさん、違うんだ! いや、違わなくはない、紛れもない事実だけど、でもそれには理由が!」


 前方を飛んでいたモフがすいーと俺たちの横につき、鞍上のフィーユが……ぐっ、全く包み隠す気のない軽蔑の眼差しを俺に向けてきている!


「クロくん? 私、最初に言ったわよね? ティアちゃんに変なことしたらもれなくビンタをプレゼント、明日1日変態さんって呼ぶおまけ付きよ、って」


「ごっ、誤解だ! それに出来る限り心象を美化しろって言っていたのはフィーユだろう、早々と裏切るのか!?」


「す、すみませぇえん! あ、あたし、びっくりしただけですっ、大声出して本当にすみませぇええん!」


 フィーユはじとーっと細めていた目を更に細くして引き続き俺を射抜き、


「ティアちゃん、もし後ろの人が少しでもおかしな挙動をしたら、すぐに助けて~って叫ぶのよ? フィーユお姉ちゃんがただちに成敗してあげるから」


 ただちに成敗、って……この高さから突き落とすつもりじゃないだろうな。流石に避けるぞ、死にたくないから。


 モフがつつーっと前へ出る。依頼から解き放たれたピンクブロンドが、風にはらりと揺蕩って綺麗だ。フィーユの腰には、つい先程摘み取った、黄金色の尖った葉が特徴的な薬草一株を収めたカプセルが装着されている。


 数は少なかったものの、確かに乾燥地帯でのみ植生する薬草の存在を認めることができた。魔物討伐の証である魔石とサンプルを持ち帰り、各種報告と手続きを済ませれば、任務は完了となる。


 ティアさんがまた背中をもぞもぞさせ、今度はきゅっと縮こまった。


「ク、クロさん、その、あのぅ……」


「っ! ごっ、ごめんなさい、男の俺と相乗りなんて嫌だと思うんだが……」


 理由1。

 フィーユはティアさんより背が高いが大差はなく、万が一モフが何らかの影響から飛行を乱した場合に、前が見えづらくて対処がしにくいらしい。


 理由2。

 フィーユは胸の主張が激しすぎて、あんまり長時間密着しすぎるとちょっと痛いらしい。


 理由3。

 フィーユ以外にその場にいたのは、俺一人だけだった。


 そう誠心誠意を尽くして説明すると、ティアさんはくすっと、とても小さな笑い声をこぼした。


「……わかってもらえた、だろうか」


「ふふ……はいっ、わかりました! で、でも……嫌だってわけじゃなくて、ですね……」


 ティアさんは、脇腹に添えられていた俺の両手を、臍の少し上あたりに移動させた。そして、小さな両手を重ねたまま、


「ここで……お願いします。その、ちょっとだけ、くすぐったかった……ので」


「そ、そうか。す、すみません」


「なんだか……謝ってばっかりですね、あたしたち。あたしは、いつもなんですけど」


 ティアさんの手は温かくて、少しだけ指先が荒れていた。数多の苦労に見舞われながら、それでも生き抜いてきた少女の手だった。


「……もうひとつ、謝ってもいいですか?」


「……魔法を使ったあとに、寝ちゃったことか?」


「……ごめんなさいっ! やっぱり、迷惑かけちゃいました……ティア、頑張らなきゃって……なるべく、強い魔法を使わなきゃって……!」


「魔力消費量については、気をつけた方がいい。道を塞いで逃がさないために高火力かつ広範囲魔法を選択したんだと思うが、一度に殲滅できたとしても、直後に無防備になるのはリスクが大きすぎる。今回は黒狼相手だから単独戦闘を任せたけど、ティアさんの魔法の性質と地属性魔法の得意分野から考えて、単身の場合は相手の攻撃速度に応じて優先的に防御魔法を展開すること、複数人で戦う場合は前衛を置いての後方支援や補助的な攻撃を中心に……」


 はっと、口をつぐんだ。

 俺は、戦闘を評価する機械か?


 まるで、師匠の口振りだ。あの人には多大なる恩があるし、悪人では決してないけれど、ストイックに過ぎる姿勢を模倣したいわけではない。


 真面目でひたむきなあまり、自己嫌悪に苛まれて今にも消えてしまいそうな子を相手に、感情の起伏もなく一方的にべらべらと。


 もっと他に言うことがあるだろう?

 たとえば……たとえ、ば……


「……ごめん。今のは、その……」


 くすり、と笑う声。


「クロさんは、優しいんですね」


「……優しい?」


「今まで、あまり、いませんでしたから。ティアのこと、諦めないでいてくれる人……失敗したら、『あたしたち』はやっぱり駄目だね、仕方ないねって……そう言われることの方が、多かったから……嬉しかったんです。すごく……すごく」


 硬質な何かが喉を塞いでいるような感覚に、俺は目を伏せる。


 ティアさんは強がっている。だって人は、嬉しいときに……そんなに寂しそうな声で笑わないだろう?


「……後で、フィーユ先輩にもお伝えするつもり、ですけど……クロさん、今日は、ありがとうございました。貴重な経験になりました。ティア……明日からは、もう、ちゃんと……」


「また、手伝うよ」


「……え?」


 カルカの街が、見えてきた。


 星月の明かりでは、暗闇の中で活発化する種の魔物を遠ざけることができない。だから集落を成して住む人々は、手の届くところに灯りをともし、地上に星海を作って夜を超えるのだ。その代わりに、星の導きは遠ざかってしまうけれど。


「俺は……上級の依頼を受けるつもりはない。今日だって……君が誘ってくれなければ、ギルドに入る前と同じように、師匠と修行をしていたと思う。


 母さんに無事にただいまを言えて、母さんが不安に思わない額のお金を家に入れて……必死に戦いに向かおうとする、もう他人だって放っておくことができない誰かを、護ることができたなら……俺はそれでいい」


 すっと、澄んだ空気を吸い込んだ。喉につかえたものを、言葉と一緒に吐き出したかった。


「ティアさんをまた、手伝いたい。俺でよかったら……だけど」


「く、クロ、さん……? う、うぅ……な、何でぇ……? いくらなんでも、優し、すぎます……クロさんが優しすぎてぇ、……あだじ、もぉ、どう、お礼をじだらいいのがあぁぁあ……」


「なっ……嘘だろ、また泣かせ……ま、待っていてくれ、ティアさんを支えながらどうにかしてハンカチを取り出すから!」


 2人分の体重を抱えてもすいすい飛んでいたモコが、不機嫌そうにゔぇ~と鳴いた。


 もしかして怒っているのか、女の子を泣かすなんて野郎失格だぞって言ってるのか!?


 ちなみに、モフは女の子で、モコとモルは男の子らしい。







「あ、あの。よく組むお相手さんとは、パーティ名をつけて受付で登録しておくと、依頼を受けるときにスムーズだって聞いたんですけど……」


「名前が要るのか。うーん……俺とティアさんの共通の特徴……緊張……謝罪……人見知り……『人見知り同盟』、とか?」


「ふふっ……それだと、フィーユ先輩にも一緒に来てください、ってお願いするときに、ちょっと困らせちゃいそうです。


 あと、その。あたしのことは、ティア、で良いですよ。

 えへへ……よろしくお願いします。クロさん」






【フィーユ・ドレスリート】



 お香が強く焚かれた応接間で、私は再び、太めの依頼人と細めの帳簿係と向かい合っていた。


 クロとティアちゃんには、ギルドでの手続きを任せてある。こっちの方はまた教えてあげれば良いし、向こうの手続きはこちらより簡単……他の事務員がきっと助けてくれる。


 どうやらあの2人、またパーティを組んでお仕事をするみたい。


 うーむむむ……部屋に戻ってから今後の予定表をチェックして、開けられる場所は開けておかないと。それから頻繁にクロを捕獲して情報を引き出して……だって2人だけだと心配だし、それに2人きりにするのは……何というか、心配だし!


「……これにて、依頼は完了ですね。

 薬学に携わる皆様のたゆまざる努力によって、人々を苦しめる症状が和らぐことを願っています。その一助となれたのなら、これ以上の喜びはございません」


「いやあ、ありがとうございました! 腕利きの皆さんにお願いできて幸運でしたとも、ええ、ええ! ああ、お帰りならお前、玄関まで送って差し上げなさい! うちは狭っ苦しい上に、道が入り組んでいますから」


 はっはっは、とはっきり文字にできるような豪快な笑い声を背に、私はドアノブに手をかける。


 ああ、と。思い出したように振り返った私は、明朗な口調も営業スマイルも微塵も変えずに、


「次回依頼されるときは……想定内の危機については、はっきりとお伝えいただくよう、お願いいたしますね。単純な相手でも、数が多ければ依頼に必要な職級も、報酬も上がるものですから」


 傍らに立った帳簿係の瞬きの回数が多くなった。眼鏡のつるには常に指をくっつけている。


 依頼主はにっこりと微笑んだまま言った。


「ええ、そうさせていただきますよ」

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