6.私だって、護りたい
【フィーユ・ドレスリート】
「あのぅ……だ、大丈夫、なんでしょうかぁ? クロさん一人に、先鋒を任せてしまいましたけど……」
ターゲットである黒狼の群れを、単独行動のクロと挟撃できるように、少し高い位置の岩陰に潜んだ、私とティアちゃん。
まずはクロが接敵し攻撃。左右が緩やかだけど壁のようになっている地形を利用し、こちらへ逃げて来たところを私たちが二手に分かれて迎撃する。
クロは自分だけじゃなく、私とティアちゃんにも隠蔽の魔法をかけてくれた。
炎属性の加護って温かいのね。この柔らかなぬくもりがあって、私も時々手を握ってあげているから、ティアちゃんはだいぶ落ち着いている。耳が良いらしくて、この風の強さはちょっとつらそうだけれど。
「ティアちゃん。作戦会議のときに、3人で戦おうって念を押したの、覚えてる?」
可愛い後輩ちゃんに微笑を見せてから、滑り止めの手袋を装着し、太腿のホルダーに3パーツに分解して装備していた武器をぱぱっと組み上げる。
にぶい銀色をした棒には、飛行するタイプの魔物が落とす風属性の魔石の細粉が練り込まれていて、陽射しを受けると緑色の粒が星のように輝く。
「は、はい! お二人のお言葉はしっかり拝聴してましたから、暗唱できるくらいには覚えてますぅ!」
「暗唱? ちなみに、いつの会話から……?」
「えっと、昨日クロさんにぶつかってから、ですけど……は、はわぁ、あのときの感覚を思い出してしまいましたぁあ、すみませぇん、すぐ集中し直しますぅぅう!」
そ、それって物凄い才能じゃない? この子、謙虚にもほどがあるし、あとで甘い物でも奢りながら思い切り褒めてあげたいわ……
「は、話を戻すわ。私がああ言ったのはね……そう釘を刺しておかないと、私たちがここへ来た意味がなくなっちゃうから」
「え……?」
「私はあの人に、私も戦えるって証明したいの。ティアちゃんも、頑張って成果を出せたぞ~って、自信つけたいでしょ?」
「は、はいっ!」
「良い返事、偉いっ! だから……今から起こる一切のことを、疑わないで、怯まないでね。怖がらないで……あげてね」
ティアちゃんは、小さくて愛らしい唇をきゅっと引き結んで、こくっと頷いた。
視界に、黒髪の少年の姿。
私たちは息を殺して顔を並べ、クロがゆっくりと、一見無策にも思えるほどに堂々と敵群に接近し、立ち止まるのを見届けた。
自分自身にかけた隠蔽を解いたらしい。縄張りの中に突然現れた存在に、黒狼たちは慌ただしく警戒態勢に入っていく。
差し伸ばした腕の僅かな仕草。魔法陣の構築、詠唱……魔法を扱いやすくして、威力を高めるためのプロセスを一切無視して、あの人は、
「…………っ!!」
瞳の奥に鋭く突き刺さる、閃光。
深紅に染まる、世界。
不可抗力に耳を逆立てて跳ね上がった、ティアちゃんの肩を咄嗟に抱く。
「くっ……!」
地を駆けてきた猛風に、岩陰なのに髪がなぶられる。熱さがまだ可愛い程度なのは、恐らくこの隠蔽魔法が、炎属性への耐性を付与してくれているおかげ。
天災のように理不尽に現れた、巻き込んだ全てを焼き尽くす火炎の球……ううん、超広範囲に影響を及ぼす様は、最早『星』だわ。攻撃性能においては最強の名をほしいままにする、炎の最高峰……それが「紅炎」。
遠距離にいる複数人への補助魔法を継続しながら、牽制のためだけに、これだけの魔法をぽんと出してみせる。本気ではあるだろうけれど、全く出し切っていない……だって彼は『3人で戦う』つもりなんだがら。
そう……そう!
私のバカ! 怯むな、怖がるな! あの人は、私の幼馴染だ!
なりふり構わず、行くのよ!
「群れが逃げてくる、予定通り道を塞ぐわ! 出るよッ、ティアちゃん!」
「~~ッ! う、うわぁぁぁあああっ!」
武器の上下に魔法陣を展開しながら、左方へ全力疾走。ティアちゃんも鼓舞の叫びを上げながら、両手をバタバタさせ、つんのめるように右方へ走っていく。
幸い、私の持ち場へ向かってくる方が多い。リーダーも、私の獲物。
ああっ、走るときは心底、胸が邪魔っ! なるべく肌着で押さえつけてるのにっ!
靴底で砂塵を巻き上げながら急停止。立ち塞がるとともに、魔法構築が完了。魔法陣は光の粒となって得物の先端部に集約され、翠色の風の二刃となる。
黒狼が脚を止め、激しく吠え立てる。
「ここを通りたいんでしょう? 来なさいよ……来ないなら、ッ」
突進し、一気に間合いを詰める。後方へ跳ね上がって回避しようとした一頭の首を、身体の柔軟さを利用した極めて低い姿勢から、スパン、と刈り取る。
真上へと飛ばされた首も、黒い血を噴出しながらふらふらと立ったままだった胴も、じゅわっと音を経てて黒い泡の塊と化し、すぐに消滅する。魔物討伐の証、魔石だけをからんと残して。
左右に回り込み、同時に飛び掛かってきた2頭。くるりと回転しながら得物を真横に振り抜き、真っ二つに捌く。正面から一頭……
「奇襲の、つもりッ?」
背中をバネのようにしならせ、その勢いで上段から振り下ろす。武器の一方から風刃が離れ、三日月を描いたまま直線上に疾駆、一頭を縦に裂いて、奥に鎮座する司令塔も狙う……けど、左斜め後方へと躱され、
「ギャァヴァッ」
その巨躯は、唐突に現れた紅い壁に、したたかに打ちつけられた。
漆黒の全身を包み込んだ「火炎」。身体を揺さぶったり地面に擦り付けたりして、苦痛を癒そうとしている、その姿は少し……
ぐっと歯を食いしばり、柄を両手で握り込んで、急所の首に目掛けて風刃を突き立てた。
躊躇していたら、どこへも進めないもの。まとわりついてきた泡を振り払い、いつの間にか傍らにいた彼と、背中を預け合う。
リーダーを奪われた黒狼たちは、明らかに怖気付きながら、それでも私たちの周りをじりじりと回っている。人への抗えない敵意が、彼らをここに留めている。
私はむっと唇を突き出して、
「助けに行くならティアちゃん、でしょ?」
「あっちは数が少なかったし、訳あってものすごく早く片付いたんだ。ティアさんは無事だよ」
「私もこの程度、余裕なんですけど?」
「わかってる。だけど、護りたかったから」
……何、それ。何なのよ。
そりゃ、一緒に戦いたかったけど! 一人でも十分強いって、私なら心配要らないって、きみにわかってもらいたかったのに!
護りたかった、って! どんな顔で言ってるのか、見えないのがもったいな……違う、む、か、つ、く!
「戦闘中に、変なこと言わないでくれる!?」
「え……どこか変だったか?」
「もう……もう、もぉ~っ! 私だって負けずに、クロを護ってやるんだから! 『変転』!」
石突をどんとついて、得物を身体の正面に据えた。風刃が再び光の粒となり、私の頭上で異なる魔法陣を築き上げる。
一度練り上げた魔法を再構築するのは、かなり難易度が高いこと。けれどその分、新しく編み直すより、発動までの時間を遥かに短縮できる。
これまでの戦いは、大技への布石。
頭上に咲く風の花こそ、終わりの合図。
「さんざめく、斬撃の花をッ」
ひゅん、ひゅん、ひゅん。軽やかかつ鋭利な無数の音とともに、花は花弁を落としていく。
大量の花弁は全て、独立して動く刃。ほとんど無差別的に広範囲を攻撃する。だから、今更どこへ逃げようとも無駄……
って?
黒狼が、動かない。面白いようにほぼ全ての花弁が命中し、無抵抗な相手の体力をごりごり削り取っていく。
四肢を見ると、炎の枷が……
なすすべもなく、黒狼たちは魔石を遺して消滅した。
それらを拾い集めていた私は、そのうちのひとつをぎゅーっと握りしめながら、憎まれ口を叩こうと振り返った、んだけれど。
クロは、紅色の瞳で私を見ていた。思わず開きかけた唇を結んでしまうほど、まっすぐに。
「フィーユは、強いな」
「……、ふっふっふ~、でしょぉ~?
……なんてね。ありがとう、びっくりするほど光栄。でも、今はまだ任務の途中で……」
「戦ってる姿、洗練されてた。無駄な動きが削ぎ落とされていて……ダンスみたいで、少し見惚れた」
「……え」
「確かに、ティアさんと合流しないとな。
ついてきてくれ」
陽が、西へ傾き始めていた。
幼馴染の少年は、勝手に背中を向けて、歩き始める。
昔は、私の跡を追いかけてばっかりだったのに。
狡い、なあ。
何も、言えなくなっちゃったじゃない。




