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43.白雪を望む朱色の街へ


【メメリカ・彩雪】



 紗雪。赤、だよ。


 わたしは、自分の手で木の枝から捥ぎ取った林檎を、真っ白な空に掲げる。


 少し凹凸のある果実を、様々な角度から眺めてみる。よく見ると黄色も混じっていた。その黄色にそっと触れてみて、何だか嬉しくなる。


 小川でよく洗ったから、皮ごと食べたって平気。お行儀悪く、口をあーっと開けて齧り付く。重い歯ごたえの後に、しゃりっと馴染みのある食感。


 目を閉じる。ちょっと酸っぱい。

 でも、甘い。美味しい。


 果実をゆっくり味わいながら、わたしは、わたしだけの凪いだ世界を見回してみる。初めて訪れた森は、息を呑むほどに鮮やかな緑色をしていた。


 それに、わたしはその中を、思い切り駆け回ることができた。裸足に雪の靴を履いて、走って走って、心地良い疲労感に仰向けに倒れ込んで、澄んだ空気を贅沢に吸い込んで……なんて素敵なんだろう。


 この美しくて自由な世界で、素敵な明日を迎えたい。


 わたしが女神様にそう願うと、この身体から冷たい風が生まれた。波紋が広がるみたいに、一切を優しく撫でていって……草木も花も、透き通った薄氷に包まれた。


 芯だけ残して林檎を食べ終えたわたしは、心のままに木陰から離れてみる。しゃがみ込んで、可愛らしい顔を上げたまま凍りついている花に触れた。たちまち氷が溶けて、わたしは口元を綻ばせる。


 橙色だよ、紗雪。

 ううん……紗雪じゃ、なかった。


 あなたの生まれた国の言葉を、日記の古いページをめくるように辿っていく中で……同じ「さ」と読む中に、わたしたちにとって素敵な意味を持つ文字を見つけたの。


 わたしは、彩雪。


 わたしの重たい髪は、雪のリボンでひとつに結んで、3羽の雪の小鳥たちに運ぶのを手伝ってもらっている。


 どうやらわたしは、色のないものしか作ることができないみたいだった。でも、構わないの。ここにはたくさんの色があるのだから。


 彩雪。わたしたちの世界は、素敵だよ。


 誰かに嫌われることも、誰かの心を乱してしまうこともない……そんな理想を、叶えられた。


 それにとっても静かだから、声が出ないことだって、何でもないことのような気がするの。


 橙色の花に触れていた手で胸に触れる。これまでの人生の中で一番元気な、心臓の鼓動を感じる。


 このときめく心の全ては、彩雪のものだ。


 ……彩雪と、せめてもう一度、お話しできたら良いのにな。


 お部屋の窓から朱色の街並みを眺めるだけだった頃は、何もかも諦めていたのに。わたしは、早くも欲深くなってしまったようだった。







【藤川京】



 僕には、魔法が使えない筈だった。


 けれど。心優しい僕の魂の継承者が、このままでは「彼女」の望むままに変容してしまう……そう思ったとき、気づけば手を伸ばしていた。


 その手は、触れられない筈の紅色の魔糸を、掴むことができてしまった。そして、サリヤせんせいに全てに委ねるという僕の決断を、押し通してしまった。


 僕はどうやら、望みさえすれば、くろを護ることができるらしい。いいや、「縛る」や「操る」という表現の方が近いのかも知れない。


 可能だってことは、悪いことじゃない。

 僕が、タイミングを間違えない限りは。


 原因不明の吹雪。くろの言葉にヒントを得て、レインくんが推理したひとつの仮説。恐らく、僕の脳内にも同じアイデアがある。彼のように頭が回るからじゃなく、こういう特殊な立場だから思いついただけなんだけど。


 それが正解だったなら?


 僕はまた、介入しなければならないかも知れない。だから、この旅は慎重に見守らないと。


 というわけで、オウゼに辿り着くまでも見届けさせてもらったんだけど……


 結論として。くろ、フィーユちゃん、ティアちゃん、レインくんの4人から成るパーティの名称は決まらなかった。


 くろとティアちゃんは『人見知り同盟』ってパーティ名を受付に申請しようかって真剣に悩んでいた2人だし、フィーユちゃんは可愛らしい犬のぬいぐるみにゴンザという名前をつける命名テロリストだ。


 そしてレインくんは……一応案を考えてはいたみたいだけど、あくまでも女性2人の意見を尊重して、あまり前へ出ないというスタンスを貫いていたみたいで。


 議論はフィーユちゃん、そして幼馴染のとんでも意見に控えめに駄目出しをするくろを中心に、白熱したけれど難航もした。


 フィーユちゃんの代表作は、こちらだ。


『む~……むむむ~……はっ、再び閃いたわ! これならどう!? 「ジュワドンシュッシュン隊」……いいえ、ちょっとお洒落に「ジュワドンシュッシュン楽団」!!』


「……っ! レイン、そろそろ助けてくれ……俺ではこの名前に込められた意味を紐解けない……」


 その後にフィーユちゃんが解説してくれた内容をそのまま言うけれど。


 ジュワは炎、ドンは大地、シュッは矢を射る音、そしてシュンは風を表す擬音語。で、その音を奏でるから楽団。4人それぞれの特徴を盛り込んでいるし、妙に語感が良いけれど……まあ、うん。


 そのうちに天馬の馬車は一旦地上へ舞い降り、高原に立つお宿でお昼休憩。僕だけじゃなくシェフが傍らに立って見守る、紅茶とデザート付きの超本格派なランチに、くろとティアちゃんはガチガチに緊張し、レインくんは頭痛が再発したようだった。


 どんな魔物よりも手強い食事マナーに疲れ切ったくろは、馬車の客室に戻るなり、居心地の良い座席に即、陥落。それと同時に、僕のモニターもシャットダウン。


 念のため、くろの意識が炎の揺籠の中ですやすや眠っているのを確かめて、相変わらず綺麗な寝顔だなあとぼんやり思ってから「自室」に戻った。


 そして、すべきこともないから僕も休んでおこうと、窓の外を夜に変えてベッドに潜り込んだ。くろが起こされたら僕も起きられるよう、聴覚を共有した上で。


『……ろ、クロ! 登録番号4117、クロニア・アルテドットくん! 起、き、ろ!』


 流石は幼馴染だ、容赦がない……クレッシェンドが急すぎる。よく通る声、しかも耳元で叫ばれて、くろも僕も飛び起きた。


 長年の癖で、眼鏡を求めて枕元を探りながら、視覚の共有を再開。少しだけ頬を膨らませたフィーユちゃんの美貌、どアップ。その翡翠色の瞳の煌めきと肌のきめ細やかさは、最早CGの域。


 その背後。窓の外が群青色に染まっていた。でも、夜にしては随分と明るい。街のどこに馬車が停まったのかわからないけれど、灯り……朱色の灯りがゆらゆら動いている?


「俺は、ずっと眠って……?」


『ええ、それはそれは気持ちよさそうに寝てましたよ。起こさずに世話になる宿まで、背負って連れてって差し上げたかったんですけど……どうやら、そうはいかないようで』


 レインくんが前髪に右手の指を差し入れながら、溜息をつく。五感がようやく覚醒したのか、くろがさっと上体を起こした。馬車の外の魔糸を探っているみたいだけれど、やっぱり普段の僕にはぴんと来ない。


『ど、どうしたんでしょう……大勢の人たちがざわざわしてるみたいで……空の上から灯りがたくさん見えましたけど、お、お祭りか何かでしょうか? でも、今は大変なときなんですよねぇ……?』


 人間より発達した聴覚を持つティアちゃんも、両手を胸の前できゅっと握って、身を縮めて警戒しているようだ。


『レディーファーストと言いたいところだが、オウゼの地を最初に踏み締める役は、大将にお願いすることにしましょう。

 さ、どうぞ遠慮なさらず』


 どうやら、くろと目を合わせたくないらしいレインくん。その言葉を待っていたように、客室の扉がノックされ、速やかに開かれる。


 くろは、壁に倒れないよう立てかけておいた相棒の片手剣……僕がいつも目を逸らしている武器を素早く取った。そして黙したまま、寝起きとはとても思えない、流れるように滑らかな動きで外へ出る。


 カルカから遠く離れた、朱色の街オウゼ。「僕ら」の視界に飛び込んできたものは……


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