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37.紅炎魔導士・零級


「お母さぁん、灯り! 切れちゃったあ!」


 足を止める。


 民家から飛び出してきた少女が、庭で洗濯物を干していた母親の脚に抱きついた。手に持っているのは、加工した魔石によって光を得るランプだ。あの紅……珍しい、雷属性ではなく炎属性のものを使用している。


「えぇ~? 灯りって……もう、どうしてお日様が出てるうちから点けてるのよ?」


「だって~、きらきら~ってきれいなんだもん! ねえお母さん、つけられるようにして~!」


「そんなこと言ったって、替えは切らしちゃってるし……」


 少々迷った。けれど、結局その親子に歩み寄ることにした。


「あら!」


 こちらに気づいた母親が、少女のものだろう黄色いワンピースを手早く干し終えてから、並びのいい歯を見せて笑い、


「まあ美形! どうもこんにちは~、その制服、ギルドの方ですよね? うちの人ったら何か依頼出してたのかしら? ごめんなさい、何も聞いてなくて……まったくいつもいつも勝手に決めちゃうんだから……ああ、庭先でお伺いするのも失礼な話よね、大した茶葉はないんだけど、お茶でも、」


「い、いえ、そういうわけでは! あと……その、こんにちは」


 も、ものすごく早口だ! とにかく挨拶ができてよかった……じゃなくて早く用件を!


「あの、そのランプ……」


「これ?」


 少女が跳ねるような勢いでこちらへやってきて、両手で大事そうにランプを掲げる。


 硝子に包まれた中央に鎮座する魔石に、俺は手をかざす。手のひらから伸びた紅色の魔糸が、魔石と繋がる。そして艶やかな灯りを蘇らせた。


「わあ……!」

「まあ……!」


 少女と母親が同時に声を上げた。た、大したことではないから恐縮してしまう。


 だけどこの親子、大きく丸くした瞳が何だかそっくりだ。女の子は父親に似ると聞いたことがあるが、この子はきっと大きくなったら、母親似の女性になるだろう。


「これで、しばらくは保ちますから。……突然すみません、お邪魔しました」


 俺は頭を下げ、逃げるようにその場を立ち去った。親子は背中に沢山のありがとうを贈ってくれたけれど……ほ、本当に大したことではないのに!




 シェールグレイ王国公認、戦闘職者協会ティルダー領西方支部、別名カルカギルド。


 ロビーのソファに腰を落ち着けたとき、俺は酷く疲弊していた。先程の自分の振舞いについて「むしろ余計な気遣いをさせてしまったのでは?」と、ここに辿り着くまでずっと悩んでいたから。


 やっぱり、何も言わずに遠くから充填すれば良かっただろうか? でも、それはそれで謎の現象として怖がらせてしまったかも……


 これから初回授業なのに……でも、見知らぬ人と緊張せずに話すスキルも、事務員になるためには欠かせないものだよな……


 はあと息を吐き、頭頂部を目掛けてふわっと振り下ろされた紙束を掴む。


「げ。何でこういうの気づきますかね、可愛げねえ~」


「可愛げ……ぽふっとやられた方がよかっただろうか? その方が親しみやすく……?」


「親しみやすくなりたいんですか? 少なくとも#ギルド__ここ__#では無理ですね、アンタは紅炎で零級で、高嶺どころか雲上に咲いてる花なんですから」


 結わえた橙色の長髪を右胸へ垂らした長身の青年……狙撃手・四級、レイン・ミジャーレ。本日の待合せの相手だ。


 ここでは無理なのか、とこっそり落胆する俺に、右斜め上を指差して見せる。


「2階。会議室、行きますよ」




 長机が2つ並び、大男でも安心なサイズの、背凭れのある木椅子が左右に4つずつ。


 奥の壁一面に、白いボードが取り付けられている。一見何の仕掛けもないように見えるこのボードだが、隣国である「魔導大国」フェオリアがレシピ開発をお家芸としている、「魔導具」の一種だ。


 指を近づけるとその人の魔力を勝手に魔糸化し、指を動かした軌跡が残るようにしてくれる。そうすることで文字や図を書くことができる。


 京さんが「黒板とかホワイトボードみたいなものだよね?」と言っていたし、俺自身も、それら異世界の道具を覚えている。特に黒板については、深緑色なのにどうして緑板じゃないのだろうと疑問に思った記憶がある。


「どうぞ、オレの隣以外で、なるべく話がしやすい好きなとこに掛けてください」


 レインはボードに一番近い椅子を引いた。好きなとことは言われたが、実質はほぼ2択。俺はレインの正面を選んだ。


「……授業のために、わざわざ会議室を貸し切ってくれたのか?」


 戦闘職員が2人だけの、がらんとした空間。微かに自分の声が反響している。


「勿論そのためだけじゃありませんよ、勉強を教える程度ならアンタの家に伺えば済む話です。まあ、『前提』として、アンタが置かれてる状況については触れさせて貰いますけどね」


 レインは紫色の瞳を伏せ、盤上遊戯の駒に触れるように、右手の親指と人差し指を動かす。


「アンタはバカじゃないんで……いや、試験を間違えた件について聞いたときにはバ、致命的なほどにそそっかしいなとは思いましたけど、ともかく事務員の資格を取得すること自体については、そう時間はかからないと踏んでます」


 馬鹿であることと致命的なほどにそそっかしいこと、どちらが人として問題が大きいだろうと、頭の中で天秤にかけてみた。致命的というワードによって、後者が若干沈んだ。


「ただ、ちょっと想像力を膨らませてみましょう。上……たとえばヴァラハス事務局長の立場になって考えてみてください。


 『カルカ周辺に魔物の王たる竜が現れた』。そんな危機に直面した場合、事務員としても働ける登録戦闘員『紅炎・零級』を、アンタはどう扱います?」


「……っ!

 それは、……登録戦闘員として、扱う」


 爪先から頭頂部まで、細い稲妻が駆け上がったようだった。


 俺の視野は狭かった。ただただ、そう思い知らされた。事務員としても採用されればそれで済むなんて、考えが甘すぎたんだ。


「『大禍』のときに事務局長がアンタの温存を選んだように、必ずしも出撃命令が下されるわけではないでしょう。け、ど……事務員の資格を得たとしても、アンタは魔導の最高峰という肩書きから逃れられない……そういうことです。そして状況は、現在進行形で変化しつつあります。


 面倒なんで包み隠さず行きましょう。『炎王の獅子』と名高いラーヴェル卿から、アンタ宛ての恋文が届いてるんですよ。家出同然にいなくなった三男坊を経由させる、なんてなりふり構わねえ野暮なやり方でね」


 レイン・ミジャーレというのは、偽名だ。


 目の前にいる人物の本名は、ベルスファリカ・リグ・ラーヴェル。シェールグレイ王国の軍務卿を代々引き継ぐ大貴族、その現当主のご子息様。長子ではないが、その生まれの高貴さに変わりはない。


 何故、お世辞にも中央に近いとは言いがたいカルカで、ギルドの登録戦闘員として暮らしているのか。その理由を俺は知らない。


 だけど……「家出」したくなるくらいだ。きっと深い事情があって、俺が気安く覗き込んでいいものではない気がする。


 そ、それはさておき。


「こ、恋文? レインの……お父さん、から?」


「身内の恥なんで原物は渡しませんけど。熱量だけで押せ押せって感じで……恋の駆け引きのド下手っぷりをこうも露呈されると、呆れるどころか頭痛が……ん? 何です、その表情。まさか、マジの恋文だと思ってねえよな?」


 俺は安堵すると同時に、


「……レインの言い方は時々わかりづらい」


「そうやってむくれてても様になんの、やめてくれません?」


 レインは、髪が乱れない程度に横頭を掻いた。どうすればレインを苛立たせないで済むのか、時々どころではなくわからない。


「ラーヴェル家のお抱え魔導士になれってお誘いですよ。要するに引き抜きってやつ。田舎の故郷を護る役は他の登録戦闘員に委ねて王都へ来い、ラーヴェルの家に部屋を用意し、俸給も必ず納得していただける額を約束する……だそうで」


 お抱え魔導士? こんな人見知りを抱えたまま、独りで王都へ? 軍務卿様のお屋敷で生活? 


 ……お、俺には絶対に無理だ! 俸給と言われても、『大禍』の後に勿体無いほどいただいた分をどうしようかと、未だに母さんと家族会議をしている段階で!


 恐らく青褪めた顔で、ふるふると首を横に振る。


「い、いや、そんな……大変ありがたいお誘いで恐縮ですが、その、俺にはカルカを離れるつもりがないので……」


「何で急に敬語になってんですか。アンタが重んじてるものは理解してるつもりですよ、だから返事出してねえ、つーか無視してるわけだし」


 再びほっとしたけれど、それは束の間。レインがどんなに配慮してくれたとしても、問題の解決に繋がらないことは、流石にわかっていた。


「美しさも強さも、過ぎれば見る人を欲望に駆り立てるもんです。幸運にもと言うべきか不運にもと言うべきか、アンタはどっちも持っている。


 偉大な『英雄』と組んだ結果ではあるが、『大禍』を1日も居座らせなかったっていう、これまでの常識を綺麗さっぱり吹っ飛ばしちまうほどの伝説を生んじまった。次に編纂される王国史に名前が刻まれることは既に確定してるわけで、『転生者』だってことも遅かれ早かれ広まっちまう。おまけにアンタはとにかく若い……多分こういうお誘いは、今後うんざりするほど増えていくでしょう」


 フィーユの父さんが、ドレスリートの侍女にして御令嬢の大親友であるシオンさんを相手に、盤上遊戯に興じている光景を思い出した。


 どう動かしても勝ち筋がなくなったようで、腕組みをして黙り込んでいたフィーユの父さんは「詰んだなあ」とぽつりと一言。


 これが……詰み、という状況なのか。

 俺が、致命的なほどのそそっかしさで、試験を間違えたばかりに……


 しかし。諦めるなとばかりに、レインが透明な駒を進めるように指を動かしながら、知性を湛えた垂れぎみの目を細める。


「一番手取り早いのはライセンスの返還、つまり引退だが……今のままじゃ『アンタを含む』誰も、その選択に納得できないし、許してもくれないでしょうね。


 ……とまあ、現状を踏まえた上で、だ。事務員の資格を取得するのは、前提条件に過ぎません。今のアンタに必要なのは、上の連中が伸ばしかけた手を引っ込めたくなるような、更なる『実績』。何者にも自分の操り糸を渡さない『狡猾さ』。この2つです」


「実績と、狡猾さ……」


 狡猾さ。何物かと対峙している間はそれなり策を編めるのに……剣を手放した状態の俺には、足りないどころかほぼ無いに等しいものだ。果たしてそれを身につけられるかも不安だが、それよりも。


 実績。つまり、命の危険を冒して依頼を達成しなければならないということ。それも、仲間を護るという役割を演じるだけでは足りない、ラーヴェル卿をも黙らせることができるような難しい依頼を。


「やっぱり、零級の依頼を……?」


「まさか。でも、オレたちはギルドの一員ですからね、依頼達成で語るって方法は正解です。今日はそのために、アンタの参謀役として丁度いいのを見つけてきたんで」


 レインは手元に裏返しで置いていた……俺の後頭部をぽふっとやろうとした紙束を、顔の横でひらひらさせながら、尖った犬歯を見せて笑った。


「温泉。行きましょ、大将」

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