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33.水さえ飲み干す炎の中で


「はっ……はっ……はっ……」


 魔力充填。


 何波目を迎撃したのか、わからない。ただ、見渡す限りに大量の魔石が遺された地面は、碧色に染まっていた。


 わかったことが、2つある。


 1つ目。「大禍」が発生させた雲。激しく叩きつけるように大粒の雨を降らせるもの。


 この雨が、魔物を発生させることはない。だが、発生した魔物を俊敏にするなどの補助効果は持っている。


 だから、「大禍」の核が魔物をばら撒きうる全範囲を覆う、ドーム型の結界を展開した。さほどの強度は持たせていないが、雨を防ぐ程度ならば十分だろう。


 2つ目。「大禍」が断続的に発生させる、大地を灰に染める破裂は……同威力の魔力塊を投じれば、防ぐことができる。


 透魚が、霧鮫が、水属性のあらゆる魔物が、何度も何度も襲い来る。


 だけど、師匠。あなたが教えてくれたから……俺は、全てを絶やし、背後にあるものを護り続けることができる。


 『剣』。紅の軌跡を描いて滑空し、主として透魚を殲滅。


 『波』。振り抜く高さにいる魔物を一掃。


 『縮』。『波』を逃れた霧鮫等と、純なる水の炸裂を抑えるため、一度に10連程の弾丸を創造し、撃ち続ける。


 屠って、屠って、屠って。

 そして、ついに現れた。


 魔物の王たる種……竜が。


 「碧竜」。


 4本足の寸胴な体格で、他の竜に見られる翼はない。彼らの世界である水中においては俊敏な動きが可能だが、陸上での移動には向かない。しかし、全身を覆った碧く煌めく鱗により、防御力が極めて高い。


 更に特徴的なのは、長い頸部が3本あり、顔も3つ持っていると言うこと。


 頸部は常時、水の渦を纏っている。触れれば人間の皮膚など瞬時にずたずたになるほどの水流であり、その魔力をすぐさま、水属性の光線に変化させることができる。


 竜は特別な魔物だ。最も生物に近い種と呼ばれ、長寿であり聡明である。


 しかし「大禍」によって生み出されたそれには、一級さえも脅かすほどの、本来の知性は備わっていないだろう。


 1体ならば、冷静に戦術を詰められる。だが、複数体を同時に相手取るとするなら……


 『結』。


 左手を真横に伸ばす、その動きで。雨を防いでいた結界、俺の後方を護る部分の強化を行う。


 そしてここより魔力充填を継続。意識して充填のスイッチを押す必要性を消去。全方位に魔糸を走らせ続ける、全身強化。


 地面を蹴り、初めて前線を上げる。透魚たちの最期の水飛沫を躱し、水の炸裂に、圧縮した火炎球を指の僅かな動きで飛ばしながら、この戦場で最大の難敵へと突進する。


 3つの顔が、同時に咆哮する。呼応するように他の個体も、この窮屈な結界を破らんとばかりに叫び上げる。


 短い前足がどんと大地を踏み鳴らす、その動作により、弧を描いた水の刃が複数発生。俺は高く跳躍してそれらを避け、渦を光線化させようとする中央の顔に向かって、


「あぁアッ!!」


 右腕を叩き付けるように上から振り抜く。


 右腕を取り巻いていた紅の魔糸が、「碧竜」の首を護る水渦以上の、猛烈な回転数を誇る渦となって「碧竜」の顔面を、鱗に覆われた身体を、轟音を立てながら削り取っていく。


 複数体を同時に相手取るとするなら……連発することから逆算して「出して構わない」最大火力で以て、短期決着を狙うのみ。


 炎渦をぶつけた風圧を利用し、俺の身体は後方へと飛ぶ。


 そのときに気づいた。

 俺の右腕が、燃えている。


 身体は熱いが、特段そこから強い熱を感じるわけではない。レインに貰った服の袖が焼け焦げていくということもない。ただ……初めての現象だ。


 着地の衝撃によろめいた、その地点。足元がかっと紅く光り、生まれた小さな火がすぐさま火炎となって広がる。


 何かが狂い始めた予兆なのか。

 それでも、


「はっ……はっ……、ッ!」


 止まるな。次だ、走れ。


 『剣』を展開し、『波』で更に減らし、『縮』を撃ち、竜を潰す。「大禍」をここで喰い止める、そのために、走れ。


 碧竜の水刃が来る、躱して、



 『必要ない』



 躱さずに、走り続ける。

 間近に迫った水刃が、にわかに勢いを殺され、ふわっと蒸発する。



 『貴方は炎なのだから』



 甘美な、女性の声。


 炎のように艶やかなのに、

 風のように涼やかな。

 水のように透き通るようでいて、

 大地のように豊かな。


 ……足を、止める。


 気づけば、どこもかしこもが燃えていた。

 忙しなく喘ぐような、自分自身の呼吸の音。


 右足で、どんと大地を踏み締める。

 たったそれだけで、良かった。


 火炎が、代わりに走ってくれる。紅蓮の荒波となって、無差別的に脅威を排除してくれる。


 竜の影がどろりと溶けて、何の影も、なくなった。


 「大禍」の核と2人きりだ。

 虚な目で、「視認できるようになった」それを、眺める。


 ……ここは、紅い。



 『貴方は炎。わたくしの、愛しい炎』



 雷のような激情。

 氷のような寂静。

 眠る前の虚のように、懐かしい……



『くろ、待って、』


「この、大馬鹿者がッ!!」


 誰かに、背を強く掴まれた気がした。


 そして、ばっしゃあああああ、と。


 突然、バケツを……いや、浴槽をひっくり返したような大量の水が降ってきて、俺は頭からそれを被った。


 俺は、間抜けにまばたきを繰り返す。見えないはずのものが、元通り見えなくなった。


 その代わりに、いなかったはずの人物が……大音声の主が、俺の前に立っていた。


「『大禍』と単独で渡り合う術は教えたが、単独で渡り合えと教えたわけではない! 生き残りたいのではなかったのか! 貴様は貴様のまま在り続けたいと、阿呆の一つ覚えのようにそう望んでいたのではないのか!」


「……師匠……」


 踊り続ける紅に、銀髪を染めて。眉を吊り上げ、三白眼をかっと見開いた鬼の形相で。


「どうして……来て、くれたんですか……」


 サリヤ・スティンゲール。

 カルカの『英雄』が、立っていた。


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