表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生済み最上級魔導士はギルドの事務員にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!  作者: 紫波すい
第1章 生き残りたい「紅炎」の就職
3/52

3.迷える子兎の突撃


「そこのクロ、ちょっと待った」


 早々に帰路につこうとロビーを横切っていた俺を、聞き馴染みのある声が呼び止めた。


 受付嬢としてカウンターに立ったフィーユが、来い来いと手招きしている。逡巡したが、他に用事のある職員はいないようなので、そちらへ歩み寄った。


「施設巡り、お疲れ様。長時間、ご清聴ありがとね。……私に、何か言いたいことがあるんじゃない?」


 半目になってにやにやしている。

 確かに、言いたいことはあった。


「フィーユ……先輩は、」


「フィーユでいいから」


「……フィーユは、その……ちゃんと休めてるのか?」


 ぱっと見開くと翡翠色の瞳は、美しさと言い鮮やかさと言い、本当に大粒の宝石のように見える。


「おっと……その質問は想定外だったかな。安心して、昨夜も5時間は寝たわ。この肌の艶がその証」


「……事務員として働きながら、依頼も受けてるのは知ってたよ。だけど……」


「私が心配?」


 頷く。フィーユは横顔を見せて、何事か考え込んでいるようだった。


 美しい弧を描く睫毛が、ひらりと瞬いたかと思えば、形良い唇に笑みが浮かぶ。良いアイデアが浮かんだときの表情だ。


 少し屈んだ姿勢で、悪戯っぽく俺を見上げながら、


「それなら、心配要らないぞって、その眼で確かめてもらっちゃおうかな? ちょうど……」


「あ、あああっ、あのっ、あのぉぉおお!」


 背後から、悲鳴?


 何者かが突進してくる。フィーユがはっと視線を投げた方向、標的は俺だ。右方へ躱して剣を抜いて……


 違う、敵意がない。躱すのは駄目だ、この勢いならそのままカウンターに激突、怪我をさせてしまう。


 俺は振り返り、


「ひゃわぁあ、何で急に振り返っ……ふぎゅうっ!?」


 両肩を押さえて勢いを殺し、抱きとめ……きれずに俺の胸に、衝撃とともに小さな何者かの顔がうずまった。


「平気か!? 鼻血が出たんじゃ……ん?」


 この、栗色のふわっとしたボブカット。頭頂部の辺りから突き出ている、ピーンと硬直したうさぎのような長い耳。森の中に寝転んでいるときのような、柔らかな草花の香り。


 肩を引き離して、容貌を確認する。


「……ああ。やっぱり、入会試験の待合室で会った……確か、ティアさん?」


 瞬きもできないほど石化していた少女は、名前を呼ばれてはっと我に返っ……たかと思うと、ぷるぷると震えながら、つぶらな琥珀色の瞳にみるみる涙を溜め……


「うぅぅ……うぅう~……!」


「えっ!?」


 さ、最近、やけに女性の泣き顔を見ている気がするな!?


「なっ、えっ、あっ、その、泣か……な、名前か!? 名前が間違ってたのか!?」


「合ってますぅ~! あたしなんかのこと、覚えててくれたんだなって、嬉しくって……あっ、ああっ! ももも、もしかして、フィーユ先輩とお話中……す、すみませぇぇえん! 今すぐ消え去りますぅぅうう!」


「はいはい2人とも、ちょーっとだけ落ち着こっかー! そうね……うん、続きはあそこに座ってお話しましょう?」


 どうやらコミュニケーション能力に難があるらしい新人2人は、頼り甲斐のある先輩によって、ロビーの隅に向かい合わせに設置されたソファまで案内された。



 ふむふむ、と俺の隣に腰掛けたフィーユが、目を閉じながら2度頷く。


「なるほど……入会試験の直前に、魔糸が乱れちゃったわけか。で、そこに居合わせたこの彼がぱぱっと治療してくれて、二言三言話しただけで、お礼を言う間もくれずに颯爽と去っていっちゃった、と」


「そう、なんです……」


 魔力は、血液のように身体の中を循環している。魔法を使うときは特に、その流れを把握して、統制する必要がある。一定の方向へ尾を引きながら伸びていく姿から、「糸」という表現がよく用いられる。


 熟練の魔導士となるには魔糸を鈍らせるプレッシャーへの対策が不可欠。しかし対策が万全だとしても、心身が消耗している場合などには、魔糸が乱れることはある。


 ただ、やはり経験が浅いほど、そして体内の魔力含有量が多いほど、深刻で対処の難しい問題となりやすいことは確かだ。


 ティアさんは、フィーユと同じショートパンツから覗く、色白の小さな膝小僧を、もじもじと擦り合わせた。


「その……炎に愛された魔導士さんは、炎の性質上、攻撃魔法が得意で、補助魔法は苦手だなって人が多いと思うんですけど……得意分野じゃないはずの治療を、クロさんは……あたしのおでこに、すって右手をかざすだけで、簡単にこなして……。


 すごいな、とも思ったけど……あたし、それ以上にびっくりしちゃったんです。一回に入会できる人数は限られてて、ライバルなはずなのに、どうしてティアのこと、助けてくれるのかなって。そう、訊いたら……『取るに足らない不運のせいで、君の望まない結果になって欲しくないから』って……」


「へえ、かっこいい」


「うっ、茶化さないでくれ、フィーユ……」


 確かにそう言った記憶はある。あるが、ティアさんの瞳をろくに見ることもできず、盛大にどもりながらだった気がする。


「……望んだ結果になったなら、良いんだけど」


「なりましたっ! あたしなんかが合格できたのは、クロさんのおかげです……本当に、本当に、ありがとうございましたっ!」


 これが獣人の敏捷性か。物凄い速度と物凄い角度でお辞儀され、慌てて頭を上げるように懇願した。


 ティアさんがその懇願に30秒くらい置いて応えてくれた後で、何だか、ほっと頬が緩みそうになった。


 気が重いとばかり、思っていたけど。俺に出来る些細なことで誰かの力になれた、そう実感できることは、とても温かいものだ。

 

「お礼、言えて良かったね。ずっとそわそわしてて、緊張してるのかなと思ったら、そういう理由だったんだ」


 まさに小動物というか、彼女の放っておけない雰囲気に内なるお姉ちゃんが覚醒したのか、フィーユが優しく微笑む。


 フィーユの美貌から放たれる笑顔は、同性すら赤面させるほどの破壊力がある。ティアさんはあわあわと両手を胸の横で振る、ベル型に広がった長めの袖がゆらゆらと揺れる。


 手元を隠す長さの袖……ハンドサインで発動するタイプの魔法の使い手か。


「あ、あのぅ……実は、それだけじゃなくて……図々しいにも程があるって、わかってはいるんですけど……その、お願いが……」


「お願いって、俺に? 叶えてあげられないかも知れないけど、聞かせてくれるか?」


 ティアさんは祈るように胸の前で両指を組み、自分の膝小僧を見つめたまま、すう、はあ、と3度、深呼吸を繰り返した。


 そして再び訪れる、超高速お辞儀。


「クロさん! ど、どうかあたしと、一緒にお仕事を……一回だけ、あたしとパーティを組んでいただけないでしょうかぁあっ!?」


「え……」「えええええぇぇっ!?」


 ふぃ、フィーユ先輩?

 どうしてお前の方が驚いてるんだ……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ