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29.示された色


 「強制配置」。


 ギルドの登録戦闘員が受諾権を持つ、依頼の一種。


 国や自治体、ケラス教会の要請に応じ、ギルド事務局が選定した登録戦闘員を、半ば強制的に召喚。事務局の指示通り戦うことを義務付けるもの。


 「大禍」は100年に一度しか起こらないと言われていた。歴史に紐付けされたデータを根拠にして。


 15年前にアンゼルで「橙地の大禍」が起こった。


 その対応のため、国の軍務卿を務めるラーヴェル家の現当主が、直々にシェールグレイ国軍を率いて現れた。ケラス教会も、カルカを含む近隣地域に詰めていた教団兵を動員。ギルドではカルカに加え、ティルダー領北方支部からも応援を受け、大規模な「強制配置」を決行した。


 そう、15年前だ。


 このため、ティルダー領西方……ティルダー領全域……広大なシェールグレイの国土、その全域において。


 この先85年の間に「大禍」が起こる可能性は、極めて低いと言われていた。


 だが、可能性はゼロではなかった。

 つまりは、そういうことになる。






 灯りを手に家を飛び出してきた人々が、ざわめきはじめていた。幼い少女が、闇に幾度も炸裂する「碧」を指差している。


 まだパニックへの導火線に火はついていないが、それも時間の問題。


 魔糸掌握。焦点へ統制。


 上向かせた右手の上に、翼の生えた「眼球」を構築する。


 目を閉じ、自分の視界に、この魔導構造物の視界を上書きする。


 それを空へ放ち……連続する碧い炸裂の源へ、まっすぐに飛ばす。「大禍」の核がどこにあるかを確認するために。


 冷ややかな空気を裂いて、先客のいない濃紺の空を飛ぶ。


 カルカで最も賑わう商業地域を超え、年代物の木造建築物であるギルドの上を超え、ラピット達の飼われている牧草地を超え……ドレスリートの屋敷と我が家を超え、俺の修行場よりも……更に先。繰り返される碧の中心に、台風の目のように凪いだ空間がある。恐らくは、それこそが核。


 俺は右手を握り込み、作り出した眼球を消去した。


「……遠い。カルカ……少なくとも居住地域は、廃棄エリアの想定範囲外だと思う」


「それでも魔物は大量に湧いてきて、人が密集してるカルカにまっすぐ突っ込んでくる、そういうことでしょ……ちっ、不幸中の幸いと言うべきか……だが不幸の方が悪過ぎる」


 レインが吐き捨てるように言い、自分のライセンスを取り出した。


 フィーユにここで待つように言われたが、俺は既に帯剣していた。


 駆け出したい気持ちを堪え、俺も倣ってライセンスを確認する。顔写真、紺地に金文字……その斜め左下。しっかり観察しなければわからないが、その位置には超小型の魔石がひとつ埋められている。




 「強制配置」は、当然と言えば当然だが、ギルド施設外にいる登録戦闘員にも招集をかける。


 その方法が、ライセンスに取り付けられたこの魔石だ。


 各ギルドは、管轄する領域、及び、派遣可能領域を記した「地図」型の魔導具を有している。勿論俺は実物を見たことがない。普段は事務局長室にて厳重に保管されており、必要に迫られたときのみ使用されるという。


 地図型魔導具を起動させると、俺がレインに飲まされた睡眠薬より更に小さな魔石を通じて、各登録戦闘員が携帯するライセンスの位置、そしてその所有者名を知ることができる。


 どんなに優れた戦闘員だろうと、依頼等の理由で遠方にいては、招集するのに相当の時間を要する。緊急性の極めて高い「強制配置」、特にその初動において彼らの帰りを待っている猶予はない。


 地図型魔導具によって事務局側は、現在動員可能な戦闘員の数と所在を把握。「強制配置」の命令内容を決定。


 そして、もうひとつの機能を使用。


 作戦に動員する個人に向け、その位置を教えてくれた魔石を通じて、「色」によるメッセージを発する。ライセンスを身につけているだけで気づくよう、熱を伴って。


 「赤」。


 「強制配置」の基本であり基幹。


 その意味……その者を戦闘要員として緊急召集する。ギルドまたは指定場所への集合を求め、その後は、主として事務局の采配による作戦行動を開始。


 なお、指定場所への誘導は、ライセンスの魔石が放つ無害な光線によって行われる。



 カルカを離れた地域にて有事が起こった際に用いられるのは「赤」一色だ。次に言う3色は、カルカやその近隣地域で対処すべき事態が起こった場合にのみ示される。



 「黄」。


 その者を戦闘要員とする。ただし、一箇所への集合を求めない。魔物等による襲撃から住民を護ることを最優先事項と定め、住民への脅威を発見し次第、戦闘を開始することを求める。


 「赤」を示された部隊には、実働までにどうしても「集合し作戦指示を受ける」という遅れが生じる。主として、その空隙を埋めるための役割というわけだ。



 「青」。


 その者は戦闘要員として召集しない。しかし戦闘以外の面での補助……主として住民への避難誘導、怪我人の治療等を行うことを期待する。


 「強制配置」の作戦において行動を共にすることの多い教団兵には、治癒魔法や補助魔法の習得者が多い。住宅地に残って支援を行なうそれら部隊に助力することが、青を示されたものの主な役割となる。



 そして、「白」。


 その者は、現在進行している「強制配置」に関与してはならない。戦闘能力を持たない住民たちと同様に、戦闘が起こりうるエリアから、速やかに離脱することを求める。






 俺は紅炎、準一級。


 この魔石は、確実に赤く光る。ならばそれを待たずに、今すぐギルドへ向かうべきだ。「大禍」の核の位置から考えて、集合場所がこの地点よりギルドから離れることはない!


 行かなければ。

 戦わなければ。

 カルカを、護らなければ。


 そうでなければ、何のために……


『くろ』


「……、」


 京さんの声に、この足よりも先に走り出した心が、止まる。


 京さんは、俺を咎めることも、そのまま走れと煽ることもしなかった。ただ、純粋に俺の意思を確かめるように、


『君は……英雄に、なりたい?』


「…………英雄? 

 英雄……違う、俺はただ……、っ!?」


「大将。ちゃんとライセンス、見てますか」


 見ていた。だから動揺した、身体の芯の痺れを覚えるほどに。暴力的なまでの魔糸の奔流のせいで、俺の世界から色が流されたのかと思ったから。


 けれど振り返った先のレインの髪は、夜闇の中でも艶と光る橙色で。冷酷に思えるほどに冷静な瞳は紫色で。


「どう、して……これは何かの、間違いで……」


「『紅炎』相手の指示に慎重にならないわけがない、間違えるわけがないでしょ。……アンタには、わからないんですか?」


 俺は「白」く光る魔石に目を落とした。


 わからない? そうだ、わからない、わかるわけがない、俺は戦うことしか知らないのに、どうして戦ってはいけない、なんて!


 俺が答えを探している間に、魔物が……


 レインが、俺の左肩を強く強く、掴む。

 その痛みで、現実を見ろと。


「カルカギルドは、戦力が明確に低下することなんて十分承知の上で、アンタを温存するって言ってるんです。

 この国の、未来のために」

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