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転生済み最上級魔導士はギルドの事務員にジョブチェンジして平穏な日々を送りたい!  作者: 紫波すい
第1章 生き残りたい「紅炎」の就職
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2.風攻魔導士・三級


 10年前。

 萌黄が、橙と黒に染まる頃。


『……うそつき』


 俺に背中を向けて、幼馴染の少女は言った。


『クロは、うそつきだ』


 ピンクブロンドはツインテールに結わえていたから、今よりずっと小さな肩が、感情の昂りをこらえて震えているのが、痛いほどよくわかった。




 『転生者』であることは、自分の身を護れるようになるまで、他の人に打ち明けては駄目だと言われていた。


 だけど、一番仲良しのフィーユにだけは伝えておきたかった。父さんも母さんも喜んでくれたから、フィーユだって喜んでくれるだろうと、安直すぎる推測をして。


 待っていたのは、額を強く弾かれたようなショック。俺は彼女が見ていないのに、弱々しく首を横に振っていた。


『本当、だよ! ちゃんと、教会の魔導士さんに調べてもらったんだ……!』


 魔糸向鑑定術士。各地域の大教会に必ず一人存在する、人の魔力の素養……属性やその大きさなどを鑑定する魔法を習得した人々のことだ。俺は、すぐに両親に教会に連れて行かれ、


『そしたら、炎の大きな力が宿ってるって、ちゃんと……!』


『いやだっ!』


 鋭く叫んで振り返った幼馴染の、宝石のような瞳は潤んで、夕焼けにきらきら輝いていた。


『フィーユ……どうして?』


 怒りに吊り上がった眉。悲しみに、水蜜桃のような頬をぼろぼろと落ちていく涙。


 フィーユは、だって、と幾度も繰り返してから、


『だって……前世の記憶、思い出したら……クロは、クロじゃ、なくなっちゃう……』


 フィーユは感情豊かな少女で、よく笑い、よく怒り、よく悲しんだ。


 けれどその一方で、妙に大人びたところがあった。俺より少し早く生まれたからと、世話焼きな姉のように振る舞って、内気な俺をいつも護ってくれて……涙は、滅多に見せなかった。


『わたしの、大好きなクロじゃ、なくなっちゃう……違う人に、なっちゃうぅ……』


 瞬く間に紺の濃くなってゆく空をあおいで、声を張り上げてフィーユは泣いた。


 散々おろおろと迷った末に、ほんの少しの勇気。俺はおずおずと歩み寄って、太腿の脇で震えていた小さな手を握った。




『フィーユ。おれは、おれのままだよ』


 泣き疲れて、唇をつんと出したまま黙り込んだフィーユを、ドレスリートのお屋敷の前まで送り届けた別れ際。


 俺は、ある約束をした。


『「京さん」はおれじゃない。同じように、おれは「京さん」じゃない。ずっと、フィーユの知ってるクロのままでいる。ずっとずっと、フィーユのお隣さんでいるよ』


 下唇を細く噛みしめ、腫れてもなお綺麗な眼で、フィーユは俺をじっと見つめていた。


 やがて、少しもじもじしながら掠れた声で、


『……んなさい』


『なあに?』


『……うそつきって言って、ごめんなさい』


『気にしてないよ、大丈夫』


『~~っ……約束! 約束したからねっ!? 忘れたら、めっ、だからっ!』


 目元だけじゃなく、頬も熟れた林檎のように染めたフィーユは、ぴょこぴょこと玄関ホールへ駆け去っていった。


 心臓の辺りに、不思議な温かさ。


 これは何だろうと首を捻りながら帰宅した俺は、帰りが遅くなったことを母さんにこってり絞られ、夕飯のシチューに嫌いな人参を多めに投入された。







 シェールグレイ王国公認、戦闘職者協会、ティルダー領西方支部。別名、カルカギルド。


 流石に教会には敵わないものの、重厚な歴史を感じさせる、どっしりと厳めしい面構えの木造建築物だ。東西南北に繋がる、舗装された大路に面して聳えている。


 既に数ヶ所の施設を回り、木材の独特な香りに慣れた頃、案内係に率いられた新人7名は、ロビーにぞろぞろとやってきた。


 今後、最も多くの時間を過ごすだろう場所。受付カウンターによって事務職員と戦闘職員の領域が区切られた、吹き抜けの広々とした空間だ。


 左右には、会議室や一般書庫に通じる2階への大階段。


 上階の手摺にもたれて、先輩職員たちが新人たちに好奇の眼差しを寄せているのが見えた。ロビーにもそれなりの人数が集まっていて、歓談しながらもこちらの観察を怠らない。


 広間の最奥には、白地の中央に紅で飛獅子の描かれた王国旗が、皺の一つもなく飾られている。目を引かれるがそれよりも……いいな、書類仕事。


「それではお待たせしました。ギルドでの活動において、最も基本的かつ重要な、依頼の受け方についてご説明します」


 ガイダンス用の書類を挟めたクリップボードを胸元に抱え、営業スマイルを微塵も崩さず、聞き取りやすい声で淀みなく説明を続ける……フィーユ先輩。髪をポニーテールに結い上げた本気モードだ。


 何がどうというわけではないけれど、案内役に選ばれていたなら事前に伝えておいて欲しかった。


「依頼の種類は大きく分けて2つ。そうね……登録番号4117、クロニアさん。ご存知ですか?」


 硬直した。


 今日が初対面……訂正する、入会試験のときに同じ空間に集められているが、『一人を除いて』ちゃんと交流したわけではない同輩たちの視線が、刺さる。


 注目されるのは構わないんだ。だがやめてくれ、俺に話をさせないでくれ!


 修行に明け暮れていたせいで、俺は普段、師匠……訂正する、母さんとお前とお前の両親と、お前の大親友なドレスリートの侍女さんとしか、まともに会話をしないんだ!


 各種挨拶くらいならできるけど、他には「これください」「いくらですか」「ありがとうございます」くらいしか……


「…………緊急性を要する『強制配置』型と、個人の裁量に委ねられる『自己交渉』型」


「ご名答」


 ああ……起伏のない早口で答えてしまった……。

 フィーユは首をほんの少しだけ傾け、にっこり。


「『強制配置』は、国や自治体、ケラス教会の要請に応じて、ギルド事務局が選定した登録戦闘員を半ば強制的に召喚するもの。


 危険度が高い上に、拒否するには相応の理由が必要になりますが……報酬は『自己交渉』よりも潤沢なケースが多く、指名を受けること自体が一種の名誉であるとも言えます。


 代表例としては、魔物による襲撃からの特定エリア防衛、武装蜂起した異端教徒の鎮圧など。


 一方、『自己交渉』の任務は……」


 フィーユの右手が、傍らの壁に取り付けられたボードを示した。細やかな文字であれこれ書かれたリクエストが、整然と貼り付けてある。


 外へ通じる両扉を挟んで向こうの壁に、シンメトリーになるように同様のボードが設置されていた。


「依頼主、依頼内容、報酬金額……全てが多岐に渡り、登録戦闘員それぞれの基準や信条に基づいて、自由に選択していただけるものになります。


 依頼する側と受ける側、双方が規約を犯すことがないよう、ギルド事務局が窓口となり、監督することになりますが、依頼主とのほぼ直接的な交渉が可能です。


 また、こちらでは『パーティ』単位での受諾もできますよ!


 純粋に気が合ったり、弱点を補い合えたり、連携が心地良かったり……理由は様々でしょう。各人はライバルでもありますが、頼りになる同胞でもあります。ぜひ、他の登録戦闘員と絆を深めてみてください。


 た、だ、し」


 フィーユは胸ポケットから、窮屈そうにしていた自分のライセンスを取り出して、顔の横まで掲げてみせた。


 それを、見て。

 俺は……目を見開いた。


「お手元のライセンスに記されたこちら……職級。前節の今日にご参加いただいた入会試験の結果から、皆様のスタートラインを決定させていただきました。


 七級から始まり、六、五、四、三、二、準一、一、零級までが、各戦闘職ごとに設定されています。


 入会時点での最上級は準一級で……たとえ戦士、魔導士として最上位の『彩付き』と認定されていても、一級以上に到達するためには、ある程度の実戦経験を積む必要があります。


 依頼書の文言に『推奨』という表現が用いられているなら挑む余地がありますが、自分の職級より上級が『条件』とされている依頼を受けることはできません。


 『パーティ』で任務を受ける場合も同様。全員が職級条件を満たしていなければ、受諾不可能となります。


 たとえばこの私、フィーユ・ドレスリートの職級は、」


 『風攻魔導士・三級』


「なので、七から三級までの依頼を受諾できる、ということになります。当然、上へ行けば行くほど、任務の難易度も報酬も上がっていきます。


 職級を上げるには、二節に一度行われている昇級試験に挑んでいただくのが最短ルート。各任務での活躍を積み重ねていけば、推薦による昇給もあり得ます。


 自分の素養が秘める可能性を追究し、ひとつの職を真摯に極めていけば、『彩付き』の隣で戦えるところまで、手が届くかも知れない……の、で!


 地道に名を馳せていきましょう!」




 フィーユが俺の横を通り過ぎた。柑橘系の果実のような、爽やかで心地良い香りを刹那に残して。


 依頼受諾までの実際の流れを聞いて……次は、訓練場へ案内してくれるんだっけ。聞き逃してはいないはずなのに、思考に靄がかかったみたいだ。


「つーか、フィーユちゃん、マジか……あんなに可愛いのに三級って……もうお近づきになるしかねえ……」


 橙色の長髪を結わえて右胸の前に流した、ひょろりと背の高い優男が、盛大に独り言をこぼしていった。


 確か点呼の時に、レイン・ミジャーレと呼ばれていた人だ。筋肉のつき方から見て、弓などの遠距離武器を扱う狙撃手だと思う。


 ……俺も、知らなかった。


 フィーユが入会した当時、見せてもらったライセンスに書かれていたのは『風魔導士・五級』だった。


 それがたった半年で、文字通り攻撃用魔法に特化した『攻魔導士』となり、三級まで? 事務員としても働きながら?


 いくらなんでも無茶すぎる。今は平気だとしても、皺寄せを受けるときが遠からず訪れる。歴戦の猛者たる筋骨隆々な大男でさえ、過労で倒れることがあるくらいなのだから。


 思考を取り巻く霧が、おもむろに暗い色へ染まっていく。


 ふいに、幼少の頃の約束を思い出した。


『ずっと、フィーユの知ってるクロのままでいる。ずっとずっと、フィーユのお隣さんでいるよ』


 そして先程の、彼女の台詞も。


『ひとつの職を真摯に極めていけば、『彩付き』の隣で戦えるところまで、手が届くかも』


 まさか……フィーユは、そのために?

 俺の隣に、いてくれるために?


「……っ」


「登録番号4117、クロニアさん? どうかなさいましたか?」


 よそよそしいフィーユの声にはっとした。見事に立ち尽くし、見事に取り残されていたことに気づき、慌てて一団を追いかけた。




 幼馴染のこととはいえ、自意識過剰な推測かも知れない。だが、推測が当たっていたとしても、違ったとしても。俺は……フィーユを、護らないと。


 フィーユは既に、何度も危険な目に遭ってきたんだろう。何が起ころうと平気な顔をして、俺に伝えてこなかっただけ。視野の狭い俺が、知らなかっただけで。


 でも、これからは。

 人に自分の志向を押し付けるつもりはない、けれど。


 事務員への道を模索しながら、フィーユを手伝い、護る。昇級意欲のない俺にとって、これが当面の間の活動目標になるだろう。


 任務には、たとえ七級推奨だろうとリスクが伴う。気は抜けない。それでも……準一級が投入される『強制配置』だけは、ずっと起こらないでくれと、願った。

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