18.狩人の視線
【ティア】
「大禍」については、レインさんから事前にお話を聞いていました。
あたしの魔力と同じ、「橙地」の大きな流れが病気になってしまって、苦しさのあまりに偶然この場所で暴れてしまった。
大禍が厄介なのは、暴れるのを鎮めても、その大地から生物を生まれ育む力をそっくり奪ってしまうことだと教えてもらいました。
厄介さん同士でも、レインさんの方がずっとずっと優しいですねと言うと、レインさんは紫色の瞳を細めて、
「まさか、『大禍』とどっちが優しいか比べられる日が来るとは。ありがとな、ティアちゃん。でもオレは……きみが優しいから、優しくしてあげられるだけなんだよ」
と仰いました。
レインさんは笑っているのに、悲しそうだったり、寂しそうだったりします。どうしてなのかはわからないけれど……カイグルスさんとギージャさんに勝ったら、心から笑ってくれるかも知れません。
頑張る理由がいっぱいで。今まで生きてきた中で、一番頑張らなきゃ、と思っていて。
でも。いざライセンスを提示して、実際に立ち入ってみると……あたしの目の前に広がる世界は、灰色一色でした。何の建物だったのかわからない瓦礫さんがいっぱいです。
それに……気持ちよく晴れていたはずなのに、空の青が濁って見えなくて。レインさんから教えてもらった通り、とても静かで。
遅れないように、カイグルスさんのゆらゆら揺れるマントを、早足で追いかけて進んできたけど……やっぱり、ちょっと、怖い……
カイグルスさんが、立ち止まって振り返りました。そこは大きな枯れ木の傍でした。雲の重さを支えられなくて押しつぶされたみたいに、窮屈そうに亡くなった、可哀想な大樹さん。
カイグルスさんは、あたしが踏んづけてしまったお靴の周りに散らばっていた小石のひとつを拾い上げて、
「獣ども、ここがスタート地点だ。俺様がこの石を蹴り上げ、地面に落ちた音を合図とする。せいぜい必死こいて標的を探しやがれ」
「グヘヘへ……馬鹿だなァ、アニキに勝てるわけがねェのによォ! だってアニキは、」
「黙ってろギージャ! さあ……決闘らしく背を向けて立とうじゃねえか!」
あたしは頷き、くるりと背を向けて……カイグルスさんの意地悪が移っちゃったんでしょうか。むっとしちゃいました。
「探しやがれ」、だなんて。だってこの勝負で勝つためには、絶対に紫影さんたちを探してはいけないんです。
灰を呑み込むのは肺に悪いですが、廃棄エリアの空気自体に害はないそうで……あたしは目を閉じ、いつもよりちょっと控えめに深呼吸をします。控えめにしたその代わり、大丈夫、大丈夫、大丈夫……そう3回唱えます。
カイグルスさんがふんと鼻を鳴らして、小石さんを蹴り上げました。かつん、と落ちる音が響いて。
「く、クソッ!」
レインさんが、震えるお声で叫びました。
あたしたちと反対方向に駆け出そうとしたカイグルスさんとギージャさんは、とっても驚いたみたいで、2人揃ってレインさんを見ました。
レインさんは、武器の弓を地面に落としてしまって、震えながら橙色の髪を力任せにぐしゃぐしゃにしていました。
「……無理だって、んなとこ……は、廃棄エリアなんて、入ったことねえし……空気、吸ってるだけで……死に、近づいてる、みてえな……」
「れ、レインさん!? だっ大丈夫ですよっ、こ、ここは大丈夫だって、レインさんがあたしに教えてくれて……」
「触んなッ!」
あたしが伸ばした手を、レインさんが強く払い除けます。
「アニキ、見ろォ! あいつ、アニキと同じ四級なのに、ビビってる、めちゃくちゃビビってるぞォ!」
丸々としたギージャさんが、嬉しそうに跳ねながら、レインさんを指差します。お腹のお肉と一緒に、お腰につけた布袋がとっても揺れて、がらがらと音を立てます。何が入っているのかはわかりませんけど……ギージャさんは、あまり高くは跳べないみたいです。
カイグルスさんも、整髪料? を使って、オールバック? という形にした鳶色の髪を撫でつけながら笑って、
「おいおい、情けねえなあ新人!
おっと……悪いが、お望み通りてめえの名前は覚えてねえんだ。怖えか? なら、チビっちまう前に、とっとと街へ戻ることを許そう……四級のライセンスを返上する準備でもしてろ、ついでに『紅炎』を叩き起こせ! 獣一匹で勝てるわけがねえからなあ!」
レインさんは顔面を蒼白にして、よろよろと後退りしました。そして自分で落とした弓に、踵がかつんとぶつかった途端に、
「う、うわぁぁぁあああああ! 生き残らねえと、生き残らねえと……!」
レインさんは走り出しました。すっかり錯乱しているみたいに、ギージャさんにどんとぶつかって……
「げへへ、おれでもわかるぞォ! おかえりはあっち、あっちだぞォ!」
「っ……ぁぁぁぁあああああ!」
「あっ……レインさん……」
方向転換、街の方へ走り出します。あたしは、みるみるうちに小さくなっていくレインさんの背をなぞるように、すっと手を伸ばしました。
カイグルスさんとギージャさんが、淀んだ空に大きな大きな笑い声を打ち上げて……
「じゃあな、六級。六級じゃ紫影の相手は務まらねえ、生き残りてえなら、この枯れ木の上にでも登って、せいぜいぷるぷる震えておけよ、六級」
カイグルスさんが走り去っていく音。それより間隔が広くて、のっしのっしとよく響く、ギージャさんが追いかけていく音。
一人残されたあたしは……
もうちょっとだけ、音を聞きます。
そして、うんと頷いて駆け出します。レインさんが置いて行った弓さんには申し訳ないですが……力の弱いあたしには荷物さんになってしまうので、あとで助けに来てあげるからね、と心の中で約束しました。
あたしは、行かないと。レインさんが導いてくれている……この捨てられてしまったエリアで、いっちばんのステージまで!
遠回りはしていられません。ぴょんと跳ね、左へ右へとステップして、障害物の多い道を走ります。なるべくスピードを落としちゃ駄目っ、転ぶのも駄目っ、振り返ったら灰を吸っちゃうっ!
「はっ、はっ……疾くっ! レインさんが、あたしを待ってる……もっと、もっと、疾くッ!」
【???】
「視界、良好~っと。やっぱりここに陣取りますよねえ。楽しみにしてたんだが……歯ごたえがなさすぎるのもなあ」
少し崩落しているが、原形を留めた噴水の天辺に、カイグルスはいた。噴水を中心として円を描くように開かれた広場で、瓦礫が少なく見通しがいい。
下見の段階で目星をつけていた元・時計塔にて、予定通り、うつ伏せて待機する。灰は払っておいたが、多少は付着しちゃうでしょうねえ。つーか、調子乗って大袈裟に叫びすぎたな……大将に対しても声荒げちまったし、ちょっと喉が痛え。
さて、待っている間に昔話をひとつ。
主人公は、俺の眼下でせっせと下拵えを進めているカイグルス君だ。
カイグルス・ガレッツェは、魔力の素養に恵まれて生まれてこなかった。
魔法が一種のステータスである上流階級において、それは不運なことだ。だが、カイグルスの母親も父親も、息子を責めるような真似はしなかった。それどころか、恵まれなかった息子を溺愛した、溺愛に溺愛を重ねた。
愛情に満ちた素晴らしい両親は、カイグルスの全ての言動を肯定し、褒めてやった。何を欲しても望み通りのものを与えた。ガレッツェは名家だったので、叶えてやれない望みは殆ど無かった……かも知れない。
あるときカイグルスは、魔法の素養を欲しがった。またあるとき、ギルドにおける昇級を欲しがった。
甘やかされまくったカイグルスの辞書に、「努力」という文字はない。いつものように「親に強請って手に入れようとした」。
いやいや、そんなの無理でしょう。大半の連中ならそう思うはずだ。だが、「オレ」と同様に幾つかの情報が手元にあれば、答えに辿り着くのは容易なことだろう。
ガレッツェの親父は代々受け継いできたその資産を、魔石に関する研究とその開発に費やしてきた。ギルドへの献金とは別に、魔物を倒すことで唯一手元に残る魔石をギルドから買い取り、それを人間の社会生活でいかに有効に活用していくか……それをテーマにした「素晴らしい」研究機関のひとつを預かり、フェオリアとの繋がりも持っていた。
カイグルスが指にはめている指輪は、その親父を含む、研究者たちの情熱の賜物。ひとつひとつにかなりの額を支払っている。
そして、ああやって……派手な魔法陣構築が済んだな。カルカの、紫影討伐のスペシャリストの狩りが始まりますか。それじゃ、「オレ」も……
右目を手で覆う。魔糸を掌握し……至って小規模な魔法陣を構築。
大将の魔法とは質が違う。「オレ」の右目の下には、隠すことのできない魔法発動の証が……紫糸で描かれた紋様がありありと浮かび上がっているだろう。
この紋様がある間、「オレ」の視力は強化され、ちょっとばかり特殊な視野を得る。
カイグルスは右手を高く掲げる。指輪の中で、輝きを放っているのは紫色。へえ、どうやらこの廃棄エリアに放牧されているのは、オーソドックスな雷属性の紫影らしい。
と、カイグルスは左手も掲げた。こっちで光っているのは橙色か。ほんの少しだけ見直した、複数の魔導具を同時に扱う器用さは持ち合わせているわけだ。腐敗し尽くしていても四級は四級、ねえ。
「フハハ、舞台は既に整った! さあ、俺様の元へ集え、我がガレッツェの駒ども!! ギージャ、いつも通り防御魔法をかけてやる! さっさと目ぇ潰って、てめえの直感ってやつで勝利をもぎ取りやがれ!!」
「よっしゃ、アニキ! 前にやった通り、やってやるぞォ!」
自分にも子分にも、地属性の防御魔法をしっかりかけてある。ギージャの持つ、岩石を荒く削ったそのままみてえな大斧……親分よりも更に頭の足りねえ子分が、カイグルスの実質的な攻撃手段なわけか。
強化された視力では、カイグルスとギージャの両方が、完全に目を閉じているのがはっきり視える。さて、やつらの魔法陣の効果が現れた。雷属性の魔力の波が、一定の間隔を置いて周辺へ広がっていく。彷徨える紫影に人間の位置を報せ、引き寄せようとしている。
なるほどねえ。
残念でした。
「………………おい、ギージャ、まだか?」
「な、なァ、変だよォ、アニキィ……全然、気配を感じねェんだ……」
「馬鹿な!? 一体どうなっていやがる、まさかこのボケが、目を開けてるんじゃねえだろうな!?」
「あ、開けてねえよォ、アニキィ! さっきから、何もかも真っ黒だよォ!」
喉の奥で、笑いを堰き止めるのに必死だった。
紫影は「視線を嫌う」。そしてこの廃棄エリアに、俺たち4人以外の侵入者はいない。だから慎重なあの魔物さんらは、その4人の視界に入ることを過剰に避けようとする。
来るわけがねえだろう?
アンタらがどんなに必死に目を瞑っていようと……「オレ」の視線が、ばっちりアンタらに向けられてんだから。
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次話「19.灰の上に愛を咲かせて」(予定)




