17.だって弱点なんですもん
白銅色の街、アンゼル。
カルカの北東に位置する街だが、様相はまるで異なる。
その歴史は古い。シェールグレイの城下街を築き上げるため、この地の良質な石材を大量に採石・運搬する目的で、肉体労働者やその生活を支える商人などが集まったことを起源としている。
白石を原始的な方法で遥々運びゆく人々の列は、まるで白きエゲンのようであったという、古い詩が残されている……そう父さんが教えてくれた。未踏の場所に関する俺の地理的な知識は、全て父さんから教わったものだ。
しかし15年前に「大禍」に見舞われ、その規模は約3分の2に縮小した。
「大禍」というのは、突発的に起こる、大規模な魔糸障害のことだ。
この世界を巡る七つの魔力の流れ、そのうちの一つ以上に乱れが起こり……魔力の爆発現象や、魔物の大量発生をはじめとした、様々な災いを引き起こす。
滅多に起こらないが、起こればその国の歴史に記される。原因療法の術は未だに見つかっていない。
対処療法はこうだ。集落において起こった場合には速やかに住民を避難させ、そのエリアを「廃棄」する。そして国軍や教団兵、ギルドの登録戦闘員らを動員し、魔物によるエリア周辺への被害拡大を何としても食い止める。
それは、英雄の生まれ出でる戦い。大きな犠牲を払い、死を踏み越えてでも、剣を振り抜かなくてはならない戦い。
各支部の管轄外であろうと、派遣可能領域内であれば『強制配置』がほぼ確定で行われる……俺の恐怖の対象のひとつだ。
15年の時が過ぎ去り、賑わいを取り戻しつつある街。15年の時が恐怖を流しても、傍に廃棄エリアが在る限り、決して悲劇を忘却できない街。
その廃棄エリアにおける依頼を全うし、2陣営の優劣を決するためにアンゼルを訪れた、カルカギルドの5人、だったのだが。
とある宿のとある一室で俺は、
「絶対に、飲まない」
思い切り、駄々を捏ねていた。
「大将、そこを何とか……」
「本当は戦場までついて行きたかった。駄目だというのならそれは仕方ない、ここで黙って信じて待っている。それでも公平性を欠くかも知れないと言うのなら、時間経過でしか解くことができない封印魔法を自分に施す。それで勘弁して欲しい」
「いやいやいや! その発想の方が明らかに異常でしょう!? ほんのちょっとだけ、鍵のかかった安全なお部屋のあったかいベッドに潜って、すやすや眠ってて欲しいってお願いしてるだけじゃないですか!」
「……意識を失うことが重要なら、魔法か何かで眠らせてくれ。それが叶わないなら、死なない程度に数発殴って気絶させてくれても構わない。とにかく、そのサイズの睡眠薬は絶対に飲まない」
「すみません、今って異世界語喋ってます? サイズ? はあ? これ市販されてる中でいっちばん小さくて、いっっっちばん効果薄いやつなんですけど?」
「それでも駄目だって言ってるんだ……」
「何でだよ!? 何でここまで来て、身内に潜んだ伏兵の対応に追われなきゃなんないんですか! あークソッ、じゃあ酒でも持ってきましょうか!? オレらが矜持とアンタを護るために戦ってる間、真っ昼間から気持ちよく酔っ払ってます!?」
「酒なんて飲めるわけないだろう!」
「アンタ成人したからギルドの入会試験受けたんだよな!?」
ぐっ、レインが本気で苛立っている、錠剤の入った小瓶を握力で粉砕してしまいそうなほどに……そして僅かに開いた扉の隙間から、琥珀色の瞳がこちらをじっと窺っている……
…………ここまでだ、打ち明けてしまおう。師匠からもフィーユからも固く口止めされていたし、レインに情報を提供し続けるのも躊躇われるが、これ以上作戦の進行を滞らせるわけにはいかない。
俺は情けなさに片手で額を支えながら、情けなさすぎる告白をした。
「……今、それを一粒飲んだら、俺は恐らく、明後日の朝まで目を覚まさない」
「はいはいどうせコーヒーのときみたいに苦手で……は? 朝、……明後日? は?」
「どんなに弱い酒を用意されても、それが酒である限り、一口でも飲めば発熱と眩暈が起こり、身体に力が入らなくなるだろう。そのまま眠れば恐らく、翌る日の夜まで目を覚まさない」
事情を伝え切りはしたが、どうしよう。レインの目を見るのが、ただただ怖い。
俺が窓を背に立っているという立ち位置の関係で、俺より背の高い彼の影は、こちらに覆いかぶさっていない……という、特段意味もなく些細なことを幸運だと覚えるほどに怖い。
「………………はあ。そうですか。なるほどね。完全に理解しました。知りませんけど」
恐ろしく声が低い!
「……すみません……」
「いいえ、これは完全にオレのミスですよ。そりゃそうですよねぇ~前も似たようなこと言いましたけど、『紅炎』で、人格にも特段問題がなくむしろ相当のお人好し、おまけに見た目も一級品でさ……
世間知らずも貴族のお嬢さんみたいで可愛いもんですし、他に弱点のひとつやふたつも無けりゃあ、この世の不平等を嘆き過ぎて、気づけば下宿先の壁にも穴が開くってもんです。ただ、ひとつ言わせて貰えるなら」
声からどんどん感情が消えていく、今はもう虚無でしかない!
「……何なりと……」
「何なんですか、その激弱体質は?
まさか、酒の匂いを嗅ぐだけでぐだっぐだに酔っちまうから、酒場にも行けないんだ、なんて言いませんよね?」
「……! ……、~~っ」
「答えなくていいです、もうわかりました。はあ~……今後の参考にさせて貰いますよ」
目を閉じ、レインは橙色の前髪を掻き上げる。そして紫色の垂れ目をジトっと細めて俺を睨み、小瓶から薬をひとつ取り出して、何の躊躇いもなく距離を詰めてきた。
「……じ、事情は説明したぞ!」
「説明されましたが、勘弁してやるとは一言も言ってません。これはあの馬鹿に引かせる最後のカードなんです。ご安心を、オレたちは勝ちますし、ぐうぐう眠ってるアンタをしっかり梱包して、カルカまで丁寧に運びます。お母上には心配無用な旨を一報して、起きるまでうちの下宿で預かります。はははっ、どうです、もう心配要らないでしょ? こんなこと、野郎相手にしたくないんですけど……
はい、飲んで。あーん」
壁際に追い詰められてしまった。顎に指をかけられ、斜め上を見上げる格好になる。扉に近い位置に逃げてみたはものの、開けた先にはティアがいるんだよな……万事休すだ。
促されるままに口を開ける……
その前に、俺は最後の言葉を残す。ティアも聞いているだろうから。
「生き残ってくれ」
「……生き残れ?」
「俺は2人の勝利を確信している。でも……勝利よりも、命の方がずっと大切だ。何があっても生き残ってくれ。お願いだから」
口内に落とされた錠剤を飲み下した。
【???】
アンゼルの街並みは白く、冷たい。
社交場でお世辞を吐くことに命をかけてる貴族の歯みてえに、白く輝く石造の家だらけだから、当然と言えば当然だが。
冷たさを感じさせる原因は、常に災禍を望むことができる、いや、望まずにはいられないって点にあるんだろうな。どうして他に移り住まねえのか……故郷ってのは、そんなに大事なもんなのかねえ。
その馬車通りの隅に、アホの炎をかっかと燃やしている馬鹿と、隣街の有り様を物珍しげに眺めながら突っ立っている馬鹿がいた。
「アニキィ、あれ、なんだァ? あの、サイコロみてえな家の、ドアの前にぶら下がってるやつゥ」
「てめえで調べろ、ギージャ! 遅えぞ、獣ども! たかが一匹寝かせるためにどれほどの時間がかかってやがる!?」
「まあまあ、いいじゃないですか~。ほら、お望み通りぐっすり寝てますよ。ティアちゃん、大将の頬をつねってみてくれるかい?」
「ふえっ、えええぇぇえっ!? てぃ、ティア、そんな酷いことはっ……で、でも、どうしても必要なことなら……う、うぅ~……ティア、行きますっ! えいっ!」
ぺちっ。
「オレ」が背負った大将の頬を、蚊も殺せない威力のビンタが襲う。当然、目を覚ますわけもなく。
「……はい、この通り熟睡中です! これで勝敗の結果に大将パワーが直接関与する心配はないですね。じゃあオレは大将を部屋に寝かせて、自分の武器取ってきますね。もう少々、ご辛抱願いますよ」
ティアちゃんが、宿の扉を開けてくれた。笑って礼を言うと、ティアちゃんは扉を開けたまま精一杯背伸びして、目一杯手を伸ばして、大将の黒髪を、いい子いい子と呟きながら撫でた。
部屋のある2階へと階段を上がっていく。
ブーツの底が、等間隔に鳴る。
『お前の振舞いを見ていると、まるで精巧な人形だな』
うるせえよ。
『生き残ってくれ』
……大将のあの言葉。妙な凄みがあったな。
あの後はまじですぐに寝ちまったから、返答してやれなかったけど。
「……当然じゃないですか」
独りで良かった、ついにやけちまう。時間をかけて仕掛けた策謀の網を、回収する時がついにきた。
自分こそが舞台を組み上げたと思い込み、自分の策を盲信している、哀れな道化に踊ってもらおう。
開演時間を報せる金管の勇なる響き。余興なんて要らねえ、幕開けだ……いや、優雅ぶるのはやめにしよう。
ここからは、狩りの時間だ。
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次話「18.狩人の視線」(予定)




