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13.ぷるぷる系女子、王子様になる


 カイグルス、ギージャ。2人の姿をロビーに認めたのは、それから3日後のことだった。


 ギルドのドアを盛大に開け放って入ってきたカイグルスは、十分に距離を開いて歩いていた女性事務職員に対し、蝿か何かにするかのようにしっしっと手を払った。


 「目障りだ不細工、俺様の視界に入って良いのは美女だけなんだよ」と大声で宣って。奴の戯言に慣れているのか、女性は視線を向けることもなく去ったけど……殆ど無差別的な悪意だ。


 カイグルスはまっすぐ、ずかずかとソファのあるエリアへ歩いて行った。俺に投げ飛ばされたその巨体を受け止めてくれたソファを忌々しげに睨むと、奇声を上げながら力任せに蹴飛ばした。そして別のソファにどっかと腰を下ろし、リクエストボードを見に行くよう、ギージャに顎で示した。


 俺たちは、2階からその横暴を見ていた。


 手摺の上で腕を組んだレインは、口元ではニヤリと微笑みながらも、瞳に侮蔑の色を潜ませている。


 ティアは大丈夫だろうか。両手で手摺をぎゅっと握っているけれど……その身体は震えていない。その瞳は揺らいでいない。耳も堂々と立っている。引き結んでいた唇が解けたかと思うと、深く深く息を吸い込み、長く長く吐き出した。


「さーて、と……観客も良ーい感じに集まってきてますね。そろそろ開演と洒落込みますか」


「はい、ティアはいつでも行けます! おひ……クロさん! あたしの後ろに、ちゃんとついててくださいねっ!」


 ティアはくるりと階段の方を向き、先陣を切って歩いていく。妙にぎこちないと思ったら、前に出した足と同じ方の手を同時に出して歩いていた。さりげなく指摘したら赤面と引き換えになおったが、心配だ……


 ティアはまるで進むルートを事前に決めていたかのように進んでいく。それこそ……レインの書き上げたシナリオ通りに、配役「王子様」を全うするかのように。


「すぅぅ~……はぁぁ~……あのっ! カイグルスさ……ち、違った、かかか、カイグルス! そして、そっちにいる従者さんのギージャさん! このあたしを、覚えていま、るかっ!」


 ドドンと足を開き、ビシッと両手を腰に当て、ピーンと耳を反らせ、バーンと控えめな胸を突き出したティア。


 カイグルスは最初こそ唖然としていたが、すぐに嘲笑とわかるヘラヘラを浮かべた。


「ツラは覚えてるが、生憎、名の方は覚えてねえなあ。『紅炎の金魚のフン』で構わねえか、六級?」


「うぅっ……ま、負けちゃ駄目っ! ならば、覚えておくが良いですっ! あたしはティア、兎獣人のティア、地魔導士のティアっ! いずれお姫さ……クロさんアルテドッドさんの右腕となる、尊貴なる者っ!」


 レインがさっと顔を背けた。口を押さえてぷるぷると……わ、笑いを堪えているのか!?


 両肩を掴んで揺さぶって、お前が考えた台詞だろ、確かにちょっとだけ変な感じに間違っているけど! そう態度を全力で正したい。


「ククッ……ぶはははははははっ! おいおい、六級のゴミ! くだらねえ余興を頼んだ覚えはねえんだが? それともアレか? 俺様の偉大さに今更気づいて、這いつくばって靴でも何でも舐めます、とでも言いに来たのかァ? だが……それじゃあダメだ。俺様は寛大だが、てめえらの罪はあまりに重い……そこにいる『紅炎』、てめえにもきちんと誠意を見せてもらわねえとなァ」


 想像通りの反応ではある……が。

 俺は奥歯を噛み締める。


 こいつは、俺の知らない生物だ。


 世界が自分を中心に回っていて、周囲で理不尽が起きれば、理不尽を起こすことで憂さを晴らす。魔物にはない心臓を、果たしてこいつの胸を抉ったところで見つけることができるのかと、疑問に思えてくるくらいに歪んだ生物だ。


「大将、魔糸を抑えて」


「……わかって、る」


 俺はいい、大丈夫だ。それよりも、邪悪を真っ向から浴びているティアの方が。


「いい加減にしてッ! 思い上がるのも、大概にしてくださいッ……この、びっくりするほど意地悪な人めっ!」


 鋭利な声がロビーに響いた。


 ティアが。この世界で起こる全ての理不尽は、自分が原因で起こっていると……カイグルスとは正反対の思考に囚われているはずのティアが、全身全霊で怒っている。


「……オイ、獣。何だと?」


「何度でも言います、あなたは意地悪ですっ、あたしの知り合いさんの中でいちばん、意地悪ですっ! あなたがどんなに強かったとしても、あたしはあなたを放っておけない……あたしの大切な仲間を、ギルドのみなさんを、そしてあたし自身を、これ以上虐げられたくない!


 だから、あなたの今後の振舞いをかけて、勝負してください……あたしと、こちらの狩人さ……い、いえっ、レインさんと! あたしは六級で、レインさんは四級……あなたは四級で、ギージャさんは五級! ま、まさか……勝てないから戦わない、なんて仰いませんにょね!?」


「……ひゅー、オレちょっと目頭が熱いですよ。最後は噛んじまったけど、それでも立派なもんだ」


 俺にそう囁いてから、レインは長い脚で一歩前へ。自らが設計した舞台上へ登壇した。


「ど~も、カイグルス・ガレッツェさん。こないだ邪魔させて貰った新人です。あ、覚えてなくても構いませんし、覚えてもらう必要もありません。


 いやあ~、ティアちゃんがあまりに不憫だったもんで、ささやかながらお手伝いさせて貰うことにしたんですよ。アンタは四級……オレも四級ではあるが、アンタの方がずっと経験豊富なもんで、ちょっと自信ないんですけど……」


 今更になって、ギージャが慌てたように親分の元へ駆け寄ってきた。遅いとでも言うようかのように舌打ちし、カイグルスは腰を降ろしたまま、そのでっぷりとした腹を蹴飛ばす。全く効いていないらしく、ギージャは困り顔で飼い主の様子を伺い、


「あ、アニキィ……どうすんだァ?」


「黙ってろ、ギージャ。オイ、獣ども!」


 ようやく、立ち上がったか。


 自分より小さなティアに唾の雨を飛ばし、濁声でカイグルスが咆哮する。


「この俺様が! これ以上ないほど親切に! 寛大に! 戯言に耳を傾けてやってるのを良いことに、ウダウダウダウダとつけ上がりやがって……この俺様と勝負だぁ? どうしててめえらと違って優秀で! 依頼も引く手数多の俺様が! わざわざ貴重な時間を割いて、てめえらと遊んでやらなきゃなんねえんだよ!? 俺様になんのメリットがある、ああ!?」


 来た。『メリット』。この単語を上手く引き出せた。


「勿論、こっちが一方的に要求をぶつけるわけじゃありませんよ。勝負の舞台……どの依頼で競うかについては、アンタらで自由に決めてもらって構いません。それから」


 レインの目配せ。


 よし。大勢に聞かれていると思うとやっぱり少し緊張するが、ティアがこれだけ頑張った後で、俺がオドオドしているわけにはいかない!


「……カイグルス。お前は俺に『誠意を見せろ』と言ったよな。それなら、」


「あたしたちが負けたらっ! 絶対絶対、負けませんけど、もし負けたらっ!」


 あれ? ティア?

 何故一歩前に出る? 何故、俺をかなり大袈裟な仕草で、両手で指し示して……?


「クロ姫様を、3日間だけ、あなたたちの好きにして構いませんッ!!

 あたしは王子様として、クロ姫様を全力でお護りしますッ!!」




 静寂が、訪れた。


 頭の中が、真っ白だ。何か言おうとしても、フィーユの家で飼われている観賞魚のように、はくはくと唇を動かすことしか……


 レインが堪え切れず噴き出したことをきっかけに、ロビーに時間の流れが復帰した。それと同時に、空っぽだった脳内にどぱっと、羞恥が押し寄せ、激しく波打って….


 ああ。燃えている。俺の顔面は多分、俺自身の魔力の暴走で燃えている……ううう、心配していたんだ、レインが今回の作戦における俺の立場を、お姫様とたとえたそのときから!


 何か言わなければ。この異様な空気を何とかするために、とにかく何かを。そうだ、天気だ。気まずい沈黙を埋めるためには、天気の話をすればいいと聞いたことがある。


「……き、今日は、気持ちの良い晴天で……」


「ふっ、ははっ、くっ、クロ姫……っ、あはっ、ははははっ……や、やっちまった! はははっ、やべ、腹が痛え……悪い、大将……!」


「ぐっ……いやっ、ち、かっ、い、今のは本当に違っ……ティ、ティア……じゃない、れ、レイン~~~~~~!!」


 ばさささっと、紙束が落ちる音が聞こえた。

 悶絶のあまり、ただでさえボサボサの髪を掻きむしりながら、咄嗟にそちらを向くと、


「…………クロ、ひめさま? なにこれ、どういう状況?」


 完璧美少女と名高い幼馴染であり、カルカギルドのロビーの華、フィーユ・ドレスリートが、書類の海の上に立ち尽くしていた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


 この作品が面白いと感じていただいたら、ブックマーク、いいね、感想などなど……どのような形でも構いませんので、応援を形にしていただけると、大変励みになります!


 もちろん強制ではありませんが、書く力になりますので、ぜひ。

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