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12.敵意への対処法・レインの場合


「大将。アンタにやって欲しいことが2つあります」


 コーヒーを一口飲んでから、レインさんは人差し指と中指の2本を立てて見せた。


 人差し指をゆらゆらと前後に揺らしながら、


「ひとつめ。オレとティアちゃんに、アンタの自由を3日分、預けて欲しい」


「……理由を聞くより先に、二つ目を聞かせて貰っても?」


「いいですよ~、んじゃ、ふたつめ。その3日分とは別に、ティアちゃんに稽古をつけてあげて欲しい。そしてその中で、ある魔物と戦うためのコツを伝授してあげて欲しいんです」


 俺は軽く握り込んだ左手を、顎に当てて思考する。

 ……やっぱり、と言うべきか。


「レインさんは、俺をカイグルスたちと直接ぶつけるつもりは無い?」


「おっ。割と酷めの世間知らずでも、頭の回りは良いんですね。当然か、優れた魔導士に求められるのは、火力とスタミナだけじゃありませんもんね」


 わ、割と酷めの世間知らず……人見知りを自覚してる身としては、かなり痛い称号を頂いてしまっている……


「勿論ありませんよ。ああいう徒党を組まなきゃ生きてけない人種は、強者の匂いに敏感だ。あくまでも欲しいのは一方的に甚振る快楽だけ、勝算のない喧嘩は絶対にしないもんです。魔導士界の至高にして至宝、『紅炎』で準一級で……そんな化け物と一曲どうですか、なんて、誘ったところで乗ってくるわけがありません」


「だけど奴はあのとき、俺に明らかな敵意を向けていた」


「ですね。ただ、あれは怒りを抑えきれなかっただけでしょう。アンタと真っ向から対決するつもりはない。殴るとしたら汚い手……策謀の網でアンタの抵抗を完全に封じた上で、だ。アンタがあいつをぶちのめすのは簡単でしょうが……アンタ、周囲の魔糸の流れを鈍らせるくらい恐ろしくキレてたのに、あいつに怪我させようとしませんでしたよね?」


 確かに俺は、奴をソファに投げ飛ばした。足首を掴んだ状態で暴れられると、後頭部を強打するリスクがあると考えて。


 レインさんはその行為を見て、俺の無意識な思考の流れ、俺の「怯え」を読んでいたのか。


 装飾品のごとく可愛らしいケーキ、純白のクリームの上に鎮座した苺を、躊躇わず口に放ってからレインさんは続けた。


「ま……その後はマジで暴れだしそうだったから止めさせてもらいましたけど。アンタは化け物ではあるが、どうやらかなり『甘い』化け物らしい。再起不能にするなんて以ての外……でもそれじゃ、いっぺん気絶させたところで、目を覚ましたら言い訳されるだけだ。ここで逃しちゃあ意味がないんです」


「……だから、自由を3日分預ける、か」


「え……? ど、どういうこと、ですか?」


 不安そうに眉を下げながら、ティアは俺とレインさんを交互に見る。


 俺は、言葉にするのを躊躇った。


 ティアは優しい子だから。その優しさを、ほんの少しでも自分自身に向けて欲しいと思うほどに。






 俺たちが受けた、二つ目の依頼を思い出す。それは、正確に言えば依頼ではなかったけれど。


 ギルドの正面玄関を一緒に出たときに、泥だらけになって泣いている少女に会った。


 いや、こちらも正確に言えば、ティアが会いに行った。一般的な人間よりも優れた聴覚が、幼子の泣く声を捉え、放っておけないからとそちらへ向かったのだ。


 その子は、母親に作って貰って以来、肌身離さず持ち歩いていた人形をなくしたのだと……どんなに探しても見つからないのだと、俺たちに打ち明けた。


 ティアはしゃがみこんで少女に目線の高さを合わせ、うんうんと話を聞いていた。その琥珀色の瞳がにわかに潤んだかと思うと……ティアまで泣き出してしまった。少女の悲しみをそっくりそのまま、自分の胸に移してしまったらしい。


 遅い時間だったから少女を家に送り届け、少女の朧げな記憶……その日辿った道筋を頼りに、俺とティアで必死になって人形を探した。少女は魔力を殆ど持っておらず、魔糸を辿ることもできなかったから、正直なところ、黒狼との戦いよりずっと骨が折れた。


 誰かが拾ってくれたのだろう。少女を模した人形は、少女が立ち寄っていない公園のベンチに、ちょっと傾いて座っていた。


『クロさん! この子、この子ですよねっ!?』


 喜びのあまり、ティアはぴょんぴょんと飛び上がった。そして、それを俺にばっちり見られていたことに気づいて、駆け足で少女の家を再び訪れるまで、頬を赤く染めたままだった。


 人形を受け取った少女は、ティアが丁寧に払っても消えない、年代物の汚れをいくつもつけた人形を、ぎゅっと抱き締めて泣いた。おかあさん、おかあさん、と言って泣いた。それを見て、ティアもまた泣いた。


 報酬なんて要らないと言ったのだが、少女の父親に押しつけられるようにして、結局、石のブローチをひとつ受け取った。


 持ち主でさえ名前の知らない花を象った、くすんだ碧色のブローチを。


『それは、ティアが貰うべきものだ。今度フィーユに自慢しよう、2人でもちゃんと依頼を達成できたんだぞ、って』


 俺がそう言うと、遠慮していたティアはようやく嬉しそうに笑って、ブローチ越しにその夜の星海を見た。


 収穫祭を彩る笛の音色に、無邪気にはしゃぐ子供のように。鐘型の袖をひらめかせ、くるりと一周してから、報酬を胸ポケットにそっと収め……


 る、と同時に、唐突に耳をぴくっとさせた。


『もしもフィーユ先輩だったら、お胸のポケットに入らな……うううっ、ティア、頑張りますぅぅぅうう!』


 一体何を頑張るつもりなんだ、という俺の問いかけは、全速力で走り去ったティアの影と共に、夜闇に溶けて消えた。






「く、クロさん? レインさん? あのぉ、ごめんなさい、ティア、わからなくて……申し訳ないんですけど、あたしでもわかるように、説明していただけると……だ、駄目? 駄目ですか?」


 俺がティアを護るべき仲間だと考えているように、ティアも俺のことも仲間だと考えてくれている……と思う。いや、断言しておこう。彼女の心の清らかさに疑う余地はない。


 だけど。だからこそ、俺が言わないと。


 ティアのため。ギルドに志を抱いて入会したにも関わらず、身内の悪意に心身を擦り減らしていった被害者のため。そして、事務員になるための勉強を心安らかに続けていく、その障害を除くために。


「……奴らと実際に優劣を決するのは、ティアとレインさんの2人。俺の役割は、奴らを釣り出す餌であり、その賭けの賞品。もしこちらが負けた場合、クロニア・アルテドットの3日分の自由を奴らに渡す。そういうことだろう、レインさん」


「ははっ……良いですねえ、大将! オレが想像してたよりずーっと『面白い』人だ!」


 時間が周囲よりゆっくり流れているかのように、穏やかで温かな店内に……ティアがひゅっと息を吸い込む音が、響いた。

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


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