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クラスで大人気の美少女から1分1000円で体を嗅がせてほしいと懇願された

作者: はらみ



 オレンジ色に染められた放課後の屋上。


「あの、高津君、大事な話があって……」


「う、うん……」


 そこには、中肉中背、誰がどう見ても普通の男である俺、高津慎吾ともう一人。

 その人物は、茶髪でミディアムボブをなびかせ、きめ細かく綺麗な頬は赤く染まっていた。

 

 冬川ひとみ。

 クラスの陽キャ女子の1人でギャルらしく制服も着崩している。

 勿論顔もめちゃくちゃ可愛い。


 おそらく、今から俺は人生で初めて告白される。

 

 なんせ『放課後』、『屋上』、『大事な話』の3コンボが揃っているのだ。

 告白以外にありえない。

 しいて言えば、冬川とは隣の席という事以外あまり接点がなく、話したことも数える程度しかない事が懸念だが、このシチュエーションだったら十中八九告白で間違いないだろう。


 俺は初彼女ができる喜びでニヤケが止まらなかった。

 

「今日は、言いたい事があって……その、えっと」


 冬川は緊張した様子の面持ちで髪を耳にかける。

 そんな様子を見て、さらに心が高鳴る。


 こんなに可愛い人が彼女でいいんだろうか。

 俺は本当に幸せ者だなぁ。


 そう喜びをかみしめながら冬川を見る。

 そして、次の瞬間。

 

「1分1000円で体を嗅がせてほしいの!!」


「……は?」


 わけのわからないその言葉に俺は口をポカンと空けてただ立ち尽くす事しかできなかった。



「で、昨日はどうだったの? 冬川さんの告白」


「え、ああ」


「なんか覇気がないな。もしかして嘘告とかだった?」


「ん? ああ」


「……ま、まぁとりあえずあまりポジティブな事じゃない事は分かったよ。元気出して慎吾」


 翌日、朝のHRが始まる前に俺に話しかけてきたのは悪友の増本。

 最初はテンションが高かったが、俺の様子を見るなり徐々にそのテンションは下がっていき、終いには悲しいものを見るような視線を俺に向けて去っていった。


「……」


 俺は、昨日のショックを引きずっていた。

 初めての彼女ができると思い込んでいたのに、『匂いを嗅がせてほしい』なんていう理解ができない言葉を言われたのだから。

 

 匂いが嗅ぎたいって、俺はちょっと臭い犬か?

 『臭いけどなんか謎に嗅ぎたくなるんだよな』みたいな感じか!

 

 もしくは足の爪切った時に爪に付着してる黒い汚れか!

 あれも臭いけどなんか臭いたくなるんだよな~。

 

 ……このツッコみだと俺の匂いが臭い事になるんだけど。

 まぁ妹からもいつも『臭い臭い』言われてるからいいか。

 

 ……ぐすっ、なんか泣きそう。


 そんな感じで1人で悲しくむせび泣いていると、隣の子が元気に声をかけてきた。

 

「おはよう! 高津君!」


「……お、おはよう」


 その人物は、昨日変に俺を期待させた思わせぶりNo1の女、冬川ひとみ。

 しかもあの後、告白じゃなかった事に落ち込んでいる俺へ『ウケる』という一言を発して、写真まで撮ってきた。


 昨日までは恥ずかしがり屋で可愛い女の子だと思ってたのに全然印象が変わった。

 今もし告白されても絶対に付き合わない自信がある。


「昨日は残念だったね。彼女できなくて」


「う、うるせー。お前のせいだろ」


 頭お花畑だった俺が基本的に悪いのだが、認めたくなくてそう悪態をつく。


「そんな怒んないでよー。で、昨日の提案はどう? 匂いかがせてよー」


「やだよ! そんなペットみたいな事したくねーわ!」


「えーいいじゃーん。1分1000円って結構高いと思うんだけど」


 確かに時給換算すると1時間6万円。

 今の俺のバイトの50倍なのだから流石に高い。

 だが俺も流石にそんなみっともない事はしたくない。


「うるせー。他を当たってくれ。もう冬川とはあんま関わりたくねぇんだ」


「……あーそういう事言っちゃうんだ。じゃあこの動画拡散しちゃおうかなー?」


「動画?」


 「そうだよ」と不敵な笑みを浮かべた冬川は、ある動画を見せてくる。

 そこには。


『くそっ、告白されると思ったのに~~~』


 昨日の屋上で4つん這いになり、悔しそうにコンクリートを叩いている俺の姿があった。

 あまりにも醜悪なその姿に俺はすぐに画面から目を反らして、冬川に頭を下げた。


「参りました。是非匂いを嗅いでいただきたい」


「ふん、それでいいのよ」


 冬川は満足そうに笑みを浮かべて俺を見下ろしていた。

 くそっ、こいつめちゃくちゃ性格悪いな、覚えとけよ。


 

 それから、俺と冬川の謎の関係が始まった。

 俺たちの集会が行われるのは、毎週月水金の昼休み、体育館の用具入れ。

 日程も場所もすべて冬川からのオーダーだ。


 ちなみに、冬川に何故俺の匂いを嗅ぎたいのか聞いた所。


『まえ満員電車で偶然高津君の真後ろに立った事があって、君のうなじらへんにちょうど私の鼻が来るポジションだったんだけど、その時の高津君の匂いがとても良かったんだよね。ほんと忘れられないくらい』


 と、恥ずかしそうに言っていた。

 

 完全な変態。

 所謂、パーフェクトHENTAI。

 

 流石の俺でも冬川のこの発言に引いたので、なんとかこの変態から離れなければと色々試行錯誤を行った。


 初めに、俺の弱みである動画を消すために勝手に冬川のスマホを触ってみた。

 冬川と張れるくらいヤバイ奴だが背に腹は代えられない。

 

 驚くことに彼女はスマホに何もロックをかけていなかったので、トイレに行っている隙に動画を削除する事はできた。

 しかし。


『高津君、私のスマホ触ったでしょ?』

『え、別に何もしてないけど』

『嘘。私のお気に入りの動画消えてるもん』

『へ、へー間違えて消したんじゃないか? でもその動画がなければ俺を縛る事は』

『ま、家にバックアップ取ってるからいいんだけど』

『……ふ~ん良かったじゃん』

『あれ? もしかしてあの動画消せば私から離れられると思った? 甘い甘い』


 見事に失敗した。

 それからもいくつかの策を講じた。

 

 冬川の弱みを握るために尾行してみたり。


『バレバレだよ、高津君。普通に引く』


『え、い、いやちょっと歩いてただけだし!』


『ふーん、しらをきるつもりだね。まぁいいや、ちょうどいいしご飯でも食べて帰ろ!』


『えっ!』


 冬川の友達に弱みを聞いてみたり。


『ひとみは別に弱みとかないけどなー。てか、ひとみに惚れてるんならやめといたほうがいいよ。あいつ好きな人』


『いや別に惚れてないから!』


『へ~高津、私に惚れてるのー?』


『だから惚れてないって! ……って冬川!?』


『あはは。そんな驚かないでよ~。友達でしょ?』


 恥ずかしい写真を撮るために、一緒にスポーツ施設に行ったり。


『高津! あのトランポリンしようよ!』


『いや、俺さっきのバレーでへとへと』


『あはは、何その顔面白っ! 写真撮っちゃお!』


『あ、おい! ちょっと待て!』


 色々やってみたが結局冬川の弱みを握ることはできず、逆に俺の弱みを握られてしまった。


 そんなわけで俺たちはの関係性は何も変わらず1か月が過ぎた。

 

 そして今日も相変わらず体育館の用具入れに集まっていた。


「今日あちーな。まだ6月だよな?」


「6月なんてこんなもんじゃない? それより高津今日も授業寝てたじゃん。また課題私に見せてもらうつもり?」


「……別に良いだろ。減るもんじゃないし」


「その精神がムカつくのよ。ちょっと自分で頑張ろうとしなさい!」


「はいはい」


「あーまためんどくさいと思ってるでしょー? 高津の事思って言ってるんだからね」


「はいはい、ありがとうありがとう」


「また適当に反応して……」

 

 平日にほぼ毎日話すようになったためか、この1か月で俺と冬川の距離は驚くほど近づいた。

 勿論恋愛的な意味でなく、友達としてだ。


 この理由はひとえにお互いの波長が合ったからだろう。

 趣味が一緒なわけでも、共通の話題があるわけでもないのだが、話していてストレスがないし何より人間的に嫌いな所が見つからない事が大きい。


 人間1か月も付き合ってれば嫌な所の1つや2つ出てくるだろうに冬川には1つもない。

 いや、俺の弱みを握って脅してくる所は普通に嫌だわ。というかずるい。


 まぁ後は、お互いに恋愛感情が一切ないので、相手を過度に期待しすぎない所も良いのかもしれない。


「じゃ、高津いつものお願い」


「ほい」


 こうやって冬川が指をいじりながら話しかけてくるのは、匂いを嗅ぎたいサイン。

 

 俺は、用具室のパイプ椅子に腰をかける。

 するとそんな俺に吸い寄せるように冬川が近づいてきた。


「あ、ちょっと待った。タイマータイマー」


「ったく、こういう所だけ細かいよね。適当な時間でいいのに」


「ダメだよ。延長するならきっかりお金取るからな」


「相変わらずうるさい男」

 

 俺はスマホで1分にタイマーをセットする。


「じゃ、どうぞ」

 

「はーい。では……」


 冬川はゆっくりとそう言って、俺のうなじに鼻を近づける。

 そして「スー」と息を吸う音と同時に肌がゆっくり丁寧になぞられる様な感覚を感じた。


「う~ん、うんうん!」


 嬉しそうな声音で引き続き臭いを嗅ぎ続ける冬川。


 やはり何度経験してもこの時間は慣れない。

 恥ずかしさとむずがゆさとこそばゆさで凄く変な感じだ。


「ふんふん。はぁーなんで高津ってこんなにいい匂いなんだろ」


「知らん」


「高津の香りの香水が合ったら買うのになー」


「そうですか」


 やっぱ恥ずかしっ。

 なんで同級生の女の子にこんな事されてんの俺。


 こんな自分が情けなくなりながら、俺はジッと耐え1分が終わった。


「はぁー今日もグッドスメルだったよー。暑くて汗かいてるからかな、凄く今日良かった」


「ちょっと感想言わないで。恥ずかしすぎる」


「なになに、高津のくせに恥ずかしがってるのかー?」


「うるさっ。そんなんじゃないから!」


「冗談だよ。そんな怒らないで」


「ったく……それで今日のお金は?」


 これ以上話しても弄ばれるだけなのは目に見えていたため本題に戻す。


「相変わらずがめついなー。ちょっと待って」


 冬川はごそごそと自分の鞄をあさり、財布を出す。

 しかし。


「あ、ごめん。今日私現金持ってないや。高津ってペイポイやってたっけ?」


「いや、俺現金主義だから」


「そっかー。あ、そうだ、今日放課後暇?」


「暇だけど、どうした?」


「今日夜ご飯奢るよ。それで今日分はトントンでいい?」


 夜飯を奢るという事は、放課後に一緒の店へ行くという事。

 それは……結構めんどくさい。


 いや別に冬川が嫌というわけでなく、冬川と行く事による影響の方を気にしている。

 一応冬月はクラス、いや学年でも人気株の生徒。

 冬川の事が好きな奴なんていくらでも見てきた。


 そして最近、俺と冬川の事であらぬ噂が上がっていると、悪友の増本に聞いた。

 どうやら、同じ学校の連中が一緒に出掛けている所を目撃したようだ。

 

 俺にとっても、勿論冬川にとっても誤った噂が流れるのはあまり気持ちのいいものじゃない。

 これ以上噂の火種が出ないためにも、学校外ではなるべく冬川と絡まないようにしたいというのが俺の思いだ。

 

「うーん、いや次でもいいから現金で返してくれ。家で夕飯もあるし」


「そ、分かった」


「それに俺と飯なんて行ったら変な噂立つかもよ。付き合ってる?とか」


 揶揄うようにそう言ってみると冬川は真顔のまま口を動かす。


「ないでしょ。高津となんて」


「……直接的に言うな~。普通にショックだよ」


 とりあえず心にもない事を言っておく。


「どんまい。でも流石に私と高津じゃ釣り合わないなー」


「本当でもそういうのは俺が自虐的に言うから冬川が言わなくていいんだよ!」


「ごめんごめん。高津を揶揄いたくて」


 こいつ、俺をおもちゃだと思ってやがる。


「でも普通に高津と付き合う事はないでしょ。私、ほかに好きな人いるし」


「え?」


 冬川はあたかも当然のように話す。

 その意味を理解した瞬間、心が引き締められるような感覚を感じた。


 え、好きな人……?


「何驚いてるの。年頃の女子なんだから好きな人くらいいるでしょ」


「ま、まぁ確かにそうなんだけど、俺の匂い嗅いでる位だから、そういう普通の女子の感覚がないのかと思ってた」


「失礼な。普通に好きな人くらいいますよ」


 また、少しだけ胸が痛くなった。

 心もざわつく。

 感じたことのない感情だけど、きっとこんな変態が普通の青春してる事に体が驚いているんだ。


「高津は……好きな人いなさそうだね」


「まぁ、いないな」


「マザコンだしね」


「うるさっ! 別にいいだろ」


「いやマザコンである事を否定してよ」


 確かに俺は好きな人がいない。

 これまでの人生で一度もそういう経験がない。


 人を好きになるという事は、その人自体のすべてを愛して、リスペクトする事だと父親に教えられた。

 容姿だけでない。考え方や行動、性格、声、勿論匂いもそう。

 

 良い所も悪い所もすべてを愛して、その人の個性をリスペクト出来る程素晴らしい人じゃないと俺は好きになれない。

 

 そんな考えだからか、小学校中学校でも、顔だけ可愛かったり、少し優しくされたりしても、他の男子のように人を好きになる事が出来なかった。

 

「でも良いな、好きな人がいて。楽しいだろ?」


「まぁね」


「ちなみに誰? 俺のクラス?」


「教えませーん。いじられるの目に見えてるんだから」


「その反応だと、うちのクラスっぽいな」


「えっ! なんで」


「あ、本当にうちのクラスなんだ。はったりかましただけなのに」


 こう見えて案外冬川は顔や態度に出やすい。

 こういう時は非常に助かるな。


「……やっぱ高津やだわ。陰湿」


「うるせー。顔にでやすいのが悪いんだろ? で、うちのクラスって事は、増本とか?」


 俺の悪友である増本は、めちゃくちゃモテる。

 顔はカッコいいし、気遣いも抜群、それでいてサッカー部でも活躍しており、粗を探してもいい所しか出てこないほどの完璧超人だ。

 そりゃ女子はみんな好きになる。

 

 その人気から、友だちの俺に増本宛の手作りお菓子や手紙を送ってくる輩もいる程だ。

 

 だから『もしかしたらあるかな』くらいで、適当に名前を出しただけなのだが。


「……」

 

 目の前の女子は顔を真っ赤にして、ピクピクと肩を震わせていた。

 え、分かりやす……。


「増本の事、好きなんだ……」


「……ぜ、絶対言いふらさないでね! 言ったら殺〇よ!」


 今まで見たことのない慌てよう。

 これはこれは、俺もついに冬川の弱みを手に入れてしまったようだ。


 それに、良いアイディアを思いついてしまった。


「大丈夫大丈夫。絶対言いふらさないよ。逆に、応援しようか?」


「え?」


「俺、毎週遊ぶくらい増本と仲いいし。ちょっと手伝う事くらい簡単だけど。付き合えるか保証はないけど、あいつ今彼女いないし可能性はあるんじゃないか」


「ほ、ほんと?」


 おいおい女子の目になってる。

 いつも冷たい目しか見せない癖に、好きな人だとこんなに変わるの?


「うん。俺に任しておけ」


「じゃ、じゃあお願い」


「ただ、条件がある」


「……条件?」


「この昼休みの集会を辞める事だ」


「……え」


「……え?」


 意外な反応だった。

 まるで地球が終わりますよと言われたような絶望の顔だ。

 「別にそれくらいいいわよ」なんて言われると思ってたのに。

 そんなに俺の匂い好き?


「そ、それに俺はもう冬川の弱みは握ってるからな。ビデオで脅そうったってそうはいかねーぞ。もう立場は一緒だからな」


「……高津は、私と話すの、嫌だった?」


「っ!」


 寂しそうなその瞳に思わず本音を言いそうになる。

 ただここは突き放す必要がある。

 

「……」

 

 でも何故かその言葉はするりと出てこなかった。

 その代わりに。

 

「って、あははは! 冗談だよ高津! 別にあんたに会えなくても私は大丈夫! その代わりちゃんと増本くんとの関係取り持ってよ!」


 冬川が明るい声でそう言った。

 なんだ冗談か。ちょっとびっくりしちゃったじゃんか。


「お、おう。任しとけ。とりあえず来週の日曜に増本と遊ぶ予定してるからそこでなんとか2人で出かけれるように頑張るわ」


「う、うん……。よろしく!」

 

 若干気まずい時間が流れながらも俺たちは明るい声を出してなんとかその時間を終わる。


 でも、なんだろう。

 この胸に残るしこりは。


 

「あいつ、なんなのよ」


 私は、枕をベットに叩きつけながら怒りを収める。

 この怒りの原因は、同じクラスの高津。


 めちゃくちゃいい匂いで、最近お金を払って匂いを嗅がせてもらっている謎の関係の男の子。

 私としては、誰よりも気兼ねなく話せる友達、みたいな感じだったのに。


「あいつ、私と話さなくていいの?」


 そう、あいつが今日急に、定期的に行っていた2人の集会を辞めようと言い出した。

 直接お前と居たくないと言われている感じがして凄く腹が立つ。


 なんか私悪い事したかな?

 あいつも楽しそうにしてたじゃない。

 

 ……まぁ確かに体の臭いを嗅がれるのは嫌かもしれないけど。

 でも、お金払ってるし……。


「むーとにかくムカつく!」


 私がそうやって憤慨していると、あいつからメッセージが来た。


『増本と話して、来週日曜の予定冬川も呼んでもいいって。てかなんか感触よさそうだったぞ。良かったな』


 相変わらず私に興味なさそうなメッセージだ。


「なんなの、こいつ。……なんなの、この気持ち」


 私は、あいつといて楽しかった。

 別にあいつはカッコよくもないし、話もつまらないし、たまに私のこと適当に扱うし。

 

 でも、あいつの空間は私にとってとても心地よかった。


 あいつ独特の臭いのおかげもあるんだろうけど、それ以上に雰囲気というかなんというか、波長が合うって感じだった。

 

 家族とはまた違う心地よさ。

 高津とはこれからも友達としてずっと一緒にいたいと思える程、あの時間は私にとって大事なものだった。


 だから、あの時間をコケにされた憤りと悲しみがこみ上げてくる。

 自分だけがあいつとの時間を大事にしていた事がどうしても悲しかった。

 

 なんで、あいつのせいでこんな気持ちにならなきゃいけないのよ。


『ばーか』


 私はそうメッセージを返して、今日は眠りについた。



 時が経つのは早く、増本と冬川が遊ぶ約束の日曜日がやってきた。


「あー緊張するなー。なんとか2人をくっつけないとな」


 俺は集合時間の30分前についていた。

 緊張のせいであまり眠れなかったし、なにより主催の俺が遅刻する訳にはいかなかったからだ。


「早いわね」


 すると、そんな俺に声をかける人物が1人。

 今日の主賓の1人、冬川だ。


 白のゴツゴツとしたスニーカーにダメージジーンズ、紫と白のボーダー柄のトップスを着ている。

 いつもは制服しか見ないため、休日仕様のその恰好は中々の攻撃力だった。


「あんた、小学生みたいね」

 

 対して俺は黒の短パンに、ディズニーキャラがプリントされた白Tを着ただけの格好。

 確かに小学生に見られても仕方がない身なりだ。

 

 恥ずかしいがこれも俺の作戦のうち。

 俺の服を限りなくダサくすることで、より増本を目立たせる作戦だ。


「でも、そのキャラ私も好きだよ」


「え、ああ、そうなんだ」


 なんか作戦が微妙にうまくいってない気がするがまぁいいか。


「てか冬川も早いな。前俺と出かけた時は遅刻したのに」


「今日は気合いが違うのよ。あんたの時と一緒にしないで」


「流石恋する乙女はすごいですな。服もなんかガチっぽい可愛い服着ちゃって」


「そこはシンプルに『可愛い』って褒めればいいのよ。モテない男はこれだから」


「いや俺が可愛いなんて言ったらキモイだろ」


「いやそんな事……確かにキモイわね」


「ちょっと考えてキモイって言うなよ! 即答よりも傷つくんだから!」

 

 あれから丸1週間くらいこうやって面と向かって話す事はなかったため、ちゃんと話せるか心配だったが杞憂だったようだ。

 相変わらず冬川との会話は自然体でいれるから楽だな。

 

「ふふっ。ちょっと話してなかったけど、相変わらずバカで安心したわ」


「おまっ、バカってなんだよ!」


「そのままの意味よ。ばーか」


 楽しそうに笑う冬川に思わず俺もつられてしまう。

 なんか、この感じも久々だな。

 この1週間ずっとモヤモヤしていたのが晴れるような感じというか……。


「楽しそうだね」


「え、あ! 増本君!」


「おい、増本急に出てくるなよ!」


 突然俺たちの後ろから声をかけてきたのは今日の主賓の2人目、増本。

 身長180cmを超え、モデル様なスタイルに似合うカーキのセットアップを着こなし、髪もセンター分けできっちりセットしている。


 なんかこいつもいつもよりちゃんとしてんな。

 俺と行くときはパジャマみたいな恰好なのに。

 まぁ主賓2人がノリノリで良かったとするか。


「いや~2人があまりにも楽しそうだから声かけづらくて」


「うるせ! ただの雑談だよ。な?」


「う、うん。そうだね……」


 ……こいつ、照れてやがる。

 俺に最初話しかけてきた時のように顔を真っ赤にして目を右往左往している。


 こいつ、今日増本と距離を縮めるっていう目的知ってんのか?

 そんな様子じゃできねーぞ?


 今後の動きに不安を抱きつつ、俺は先頭を切って歩き始めた。

 

「てか、増本も来るの早いな。まだ26分前だけど」


「僕の家は26分前行動が基本なんだよ」


「いや中途半端だな。そこまでいったら30分前にしろよ」


「いや父さんの誕生日が2月6日でさ」


「あ、なるほどそういう」


「嘘だけど」


「嘘かい。なんか納得しかけただろ。変な嘘つくな」


 そんないつもの会話を増本としていただのが、一向に冬川は会話に入る気配がない。

 こいつ……。


「そうだ。冬川って誕生日いつなんだっけ?」


 少々無理やりだが、会話に入れるように少し後ろを歩く冬川に体を向ける。

 しかし。


「えっと、2月9日」


 冬川はそれだけ言って黙ってしまった。

 いやもっと同じ誕生日の有名人とか誕生日のエピソードとか話せよ。

 誕生日の質問はそれもセットで答えるもんだろ。

 日付だけ聞いても盛り上げるのむずいって。


「そうか……」


「へー2月なんだ。なんか冬川さんって夏な感じするけどね」


 すると増本がそうやって話を広げてくれる。

 ナイス増本。流石モテる男。


「マジ? なんで夏?」


「そりゃもう、ひまわりみたいに可愛いから?」


「いやキザ過ぎてキモイな」


 増本があまりにもツッコんでほしそうなので思わずツッコんでしまった。

 でもまぁこれだけ分かりやすいボケだと恋愛の話に持っていきにくいか。

 そう思ったが。


「……ふふっ」


 俺たちの少し後ろを歩く冬川は嬉しそうにはにかんでいた。

 いやめちゃくちゃ可愛いけど、どんだけチョロいんだ。

 ただのボケだろ。

 

「はぁ……」


 この様子だとずっと照れたままだな。

 ……少し荒療治かもしれないが、少し2人きりにしてみるか。

 

 無理やり増本を会話しなければならない状況にして、なんとか今の全然話せない状態から脱出してもらおう。


「すまん。ちょっと俺トイレ行くから適当に2人で見といて」


「え、ちょっと高津」


「じゃ」


 冬川の困った視線から逃げるように俺はトイレに駆け込んだ。


 10分くらいトイレに籠るから、その間にちゃんと緊張を解いてくれよ冬川。

 そして、増本の気持ちを射止めるために頑張ってくれ。


 もし増本と冬川が付きあれば、俺にはいい事しかないからな。

 冬川に彼氏ができればこれから体を嗅がれる心配はないし、増本に彼女ができれば増本宛の手紙などを中継する手間もなくなる。

 一石二鳥とはまさにこのことだ。

 

「……」


 まぁ何かチクリと心を痛めるものがあるが、きっと気のせいだ。


 

 そして10分後、俺がトイレから出てくると、2人は香水ショップにいた。

 なにやら親し気に話しておりとりあえず一安心。

 ちゃんと冬川の緊張は解けたようだな。


 なんならもう10分くらい2人きりにしてみようと遠くから2人を見ていたが、増本が俺に気づいて手を振ってくるのでその作戦は失敗した。


「香水か? なんかませてるな」


「結構いい香りあるよ。ほら匂ってみてよ」


 差し出された増本の右腕の付け根部分を匂ってみる。

 なんかいつも冬川にされている事をしてるみたいで恥ずかしいな。

 こいつこんな事いつもやってたの?


 ちらりと冬川に視線を向けると、一瞬俺と目を合わせてすぐに反らした。

 なんだこいつ。


「いい匂いだな。石鹸?」


「そ。いい匂いだよね。慎吾も買ったら? 汗っかきで匂い気にしてたじゃん」


「確かにこれだったら香水臭くもなさそうだしいいかも」


 俺が棚に並んでいる香水を手に取ろうとすると、急に冬川に手を掴まれた。


「いや高津に香水は合わないと思う」


「え、なんでだよ」


「い、いや、その、高津って陰キャだし、香水とか似合わないなーって」


「うるせーな。陰キャだから香水するんだよ」


 ちょっと自分でも意味の分からない返答をしながら冬川の顔を見る。


「うへっ!」


 すると冬川は奇妙な声を上げて、俺の腕から手を離して俺と距離を取る。

 え、どうしたのこいつ。

 なんでそんな初心な反応してんの。

 もしかして俺の顔が何か変だった?

 

「まぁまぁ、確かに慎吾は陰キャだし香水は似合わないかもね。一旦店出ようか」


 結局増本の仲介が入り、香水ショップから出る事になった。

 冬川どうしたんだ?

 俺がトイレに行っている間に何かあったな。


 まぁそれが俺にとってポジティブな事であればいいけど、なんか怪しそうよな。


「……」


「……っ!」


 今だってすぐに俺から目を反らすし……。

 もしかして大便した奴は臭いから、話さないようにしてる?

 

 


「慎吾トイレ行っちゃったし、適当に近くの店見ようか」


「う、うん」


 今日の私はおかしい。

 それもこれも全部高津のせい。

 増本くんと遊ぶ事になるなんて、どれだけ時間があっても心の準備できるわけないじゃん。


 私が増本君の事を意識しだしたのは、つい6か月前。

 サッカー部が全国大会に出るって言って、友達と遊びに行った時だった。


 その時1人だけ次元が違うような輝きを見せていたのが、増本君。

 とてもカッコよくて、すごく華麗で、私はすぐに彼のファンになった。

 憧れというか、ずっと応援したいと思った。


 そして、これまで恋愛経験がなかった私はこの感情こそが、人を好きになる事だと思った。

 

 それに気づいた私は、とても嬉しかった。

 初めて人を好きになれて、好きな人を定期的に眺める事ができる今の環境が本当に素晴らしいと思った。

 

 恋って、辛いものっていうけど、私にとっては楽しくて仕方がなかった。

 増本君が頑張ってくれたらそれでよかったから。


 そんな彼と休日に会ったり、「可愛い」なんて言われたらそりゃ調子が狂う。


 なのに、私がそんな状態と分かっていながら増本君と2人きりにした高津に激しく憤りを感じた。

 しかも分かった顔した感じでやってくるのがよりムカついた。

 

 次2人きりになったら絶対文句言ってやる。

 それにこの1週間ずっと話しかけてこなかった事も怒りたい。

 ずっと高津の事を考えちゃって課題が疎かになったんだから、全く。


「えっと、冬川さん大丈夫? なんか怖い顔してるけど」


 どうやら高津への怒りが顔に出てしまったようだ。

 まずいまずい、増本君にこんな顔は見せられない。


「だ、大丈夫だよ!」


「そう? だったらいいけど。あ、香水ショップある! ちょっと見て行かない? 僕香水すきなの」


「う、うん! 行こう!」


 増本君が香水好きなの似合うなー。

 これが高津だったら……やばい、想像しただけ笑っちゃう。

 それに高津は香水付けなくてもめちゃくちゃいい匂いだし、香水なんてつけようとしたら私が止めてやるわ。


「冬川さんって香水付ける?」


「た、たまにかな。ちょっと張り切ってる時、とか……」


「じゃあ今日は張り切ってるんだ」


 いたずらっぽく増本君は目を細める。


「……ま、まぁそうだね」


 恥ずかしい。確かに今日は香水を付けてきている。

 そりゃ増本君と出かけるってなったら張り切っちゃうよ。


「そうかそうか。ちなみに冬川さんってどんな香りが好きなの?」

 

 すぐに高津の匂いが思い付いたけど、そんな事は言わない。

 普通にキモいし。

 増本君に引かれたくないし。


「フルーティーな香り、かな」


「確かにいいよね。俺はやっぱり石鹸かな」


「石鹸もいいよね。私も好き」


 お、なんか私増本君と話すの慣れてきたかな。

 普通に喋れてる気がする。


「そうなんだよ。逆に線香みたいな香りのやつは苦手でさ。冬川さんって苦手な香りとかある?」


「うーんどうだろ。香水だとはあんまりないけど、あ、お父さんの臭いは嫌いかも」


「はは。年頃の女の子だねー。」


 増本君は二カっと無邪気に笑う。

 その笑顔もとてもカッコいい。


「だ、だって、臭いんだもん」


「でもそれは仕方ない事らしいよ。人間は遺伝子が似てる人の匂いを臭く感じるらしいから」

 

「へーそうなんだ。知らなかった」


「でしょー? 逆に遺伝子が全然違う人の臭いはいい匂いに感じるんだって。よく女の子って好きな人の事いい匂いだって言ったりするでしょ? それは遺伝子的に惹かれてるからなんだって」


「え」


「冬川さんもそういう経験ある? この人の匂い好きだなーとか、元カレとかでもいいけど」


「あ、え、えっと、どうかな。私彼氏いたことないし」


「えーそうなんだ。なんかヅカヅカ聞いちゃって申し訳ないね」


「い、いや大丈夫」


 私は、混乱していた。

 増本君のその言葉に。


 確かに言われてみれば私の友達も『彼氏の匂い』が好きだと言っていた。

 お母さんもお父さんの匂いが好きだと言っていた。

 

 そして私も、ある1人の男の子の匂いに夢中になっている。

 お金を出して嗅ぎたいほどに。

 

 つまり、私は……。


「あ」


 気づいてしまった。


 この一週間私はなんであんなにあいつの事考えてたんだろう。

 あいつと話せなくなってなんであんなに憤ってたんだろう。

 あいつが自分に興味がなさそうでなんであんなに嫌な気持ちになったんだろう。


 それは、きっと……。

 


 俺の増本と冬川をくっつけよう大作戦は佳境を迎えていた。

 

 お昼に2人を隣にしたり、お化け屋敷に一緒に行ってもらったり、ゲームセンターで2人でプリクラを撮ってもらったり、ありとあらゆるサポートをした。

 その成果もあって2人は朝と比べて仲良く話す事が増えた。

 

 ……逆に冬川が俺と話さなくなったけど。

 まぁそんな事はどうでもいい。


 とにかく最後の仕上げだ。


「じゃあ観覧車に乗るか」


 そう、この複合施設で最も人気のスポットである観覧車。

 ここで2人きりになってより距離を縮めてもらおう。


「お、いいなー。3人で乗るか」


「いや! 誰かは1人で乗ろう」


「は? いや別に3人で乗ればいいじゃん。そっちの方が楽しいし」


「いやいや1人になった奴は罰ゲームみたいでヒリつくじゃん? な? 冬川」


 俺はそう冬川に話を振る。

 実はこのことはすでに冬川へ根回し済み。

 俺の案に同意してもらいつつ、次のじゃんけんで増本と冬川が2人きりになれるように仕組んでいる。


「うん、私もそっちの方がいいと思う」


「えー冬川さんまでそう言うのかよ……。じゃあいいか」


 増本は渋々俺たちの案を受け入れた。

 よしっ、実はさっきから冬川が俺と目を合わせてくれないから、ちゃんとやってくれるか不安だったんだよな。

 想定通りの流れになってひとまず安心だ。


 あとはじゃんけんで決めるだけ。

 増本はこういうチーム分けのじゃんけんでは毎回グーを出すため、ここで俺がパー、冬川がグーを出せば、無事増本と冬川が二人ペアになれる。


 俺の作戦は完璧だ。


「じゃあじゃんけんで決めるか。はい、グーとパ!」


 完璧、のはずだった。

 

 予想通り増本はグーを出していた。勿論俺はパー。だが、冬川の手は俺が指示したグーではなくパーだった。


「え、え?」


 意味が分からない。

 冬川は俺のメッセージを見ていなかったのか?


「あー僕1人か! 寂しいなー。でも仕方ないね」


 悔しがる増本を横目に冬川を見るが、彼女は俺をチラッとみて頬を染めただけ、それ以上は何も言わなかった。


「じゃあ2人先に行っていいよ。楽しんでねー」


「え、ちょっともう一回」


「うるさい。行くよ」


 未だに戸惑っている俺は何とかもう一度チーム分けができないか声を出すが、顔を赤くした冬川に連れていかれ、観覧車に乗り込んでしまった。


「え、いや、ちょっと」


「じゃあ楽しんでー」


 そう言いながら笑う増本の姿がどんどんと小さくなっていく。

 すでに俺と冬川を乗せた観覧車は動き始めてしまった。


「……何考えてんだ? もしかしてメッセージ見てないのか?」


 もうどうしようもできないと悟った俺はうなだれるように椅子に座ってそう口を開く。

 冬川は神妙な面持ちのまま外を見つめていた。


「見た」


「……じゃあなんで。せっかく増本と2人きりになれたのに」


「……」


「冬川は増本が好きなんだろ? だから今日だって色々頑張ったのに」


「……」


「最後の最後でおしゃかだよ、こんなんじゃ付き合えねーぞ」


 少しイラついてたからか、性格の悪い言い方をしてしまった。

 謝ろうとしたが、上手くその言葉は出てこなかった。


「……」


「……」


 代わりに流れるのは嫌な沈黙。

 冬川との2人の時間はどんな時も心地いいものだったが、今は全く違う。

 今すぐに観覧車から降りてしまいたくなる程、この沈黙が肌に合わない。


 俺は逃げるように外に視線を向ける。

 だが。

 

「高津、今匂ってもいい?」


 冬川のそんな言葉でこの沈黙は破られた。

 いつものように指を絡めながら上目遣いで俺を見る。


「匂うって、体の事? この状況で?」


「うん」


 平然と答える冬川に流石に腹が立った。

 俺がこんだけサポートしてそれを台無しにしたくせに、何も悪いと思っていないような口ぶりだった。


「……ふざけるなよ」 


「……」


「俺は冬川のためにも増本との関係を取り持ったんだぞ。勿論自分の利益の事もあるけど、ちゃんと冬川の事も考えてる。そんな俺をお前は裏切ったんだぞ? 少しは悪気を」


「高津お願い!」


 俺の言葉を遮るような甲高い声に思わず言葉が止まる。


「一度だけでいいの。匂いを嗅がせて? 確認したいの」


 その真剣な眼差しに俺は何も言い返せなかった。


「……ったく、分かったよ。1回だけだぞ? その後みっちり説教だ」


「うん。ありがとう」


 冬川は嬉しそうに笑顔を見せ、俺の首回りに顔を近づける。

 いつもは後ろからしか匂われてなかったから、こうやって正面から匂われると、なんか、ちょっと……。


「……」


 冬川の顔が首元にあたり、俺は冬川の艶やかな髪の香りを感じた。

 何かはわからないが、フルーティーで上品な香りだ。

 

 冬川は「スー」と、いつもの鼻息を首の周りで立て、「ハァー」と大きく息を吐く。

 その息が少し耳にかかり少しこそばゆかった。


 いつもと違って顔が冬川の顔が近くてよく見える。

 まるでお風呂に入っているかのような気持ちよさそうなその冬川の表情を見ると、さらに体がこそばるゆくなる。

 

「うん、いい匂い……」


 噛みしめるようにそう呟いて、もう一度冬川は息を吸う。

 その幸せそうな表情に心がトクンと反応した。


 これまでも何度か感じたことのある痛み。

 胸が締め付けられるような、でも心地よくて気持ちのいい痛み。


「あ、そういえば1回だけだったね。ごめん、2回吸っちゃった」


「え、ああ、別に延長料金取るからいいよ」


 どこか恥ずかしくて、いつものように揶揄ってしまった。

 まるでこの痛みの正体から逃げるように。


 冬川は「相変わらずがめついなー」と言いながら俺から離れ、対面の席に腰を下ろす。

 

「で、何か確かめられたのか?」


 冬川が離れた事で平常心を取り戻した俺は、そう声をかける。


「うん。やっとわかった」


すると、冬川は嬉しそうに、本当に幸せそうな笑みを浮かべた。

 

 

「私、高津の事、好きみたい」



 それは、想像もしていなかった一言だった。

 

「えっと、それは……」


「勿論恋愛的な意味だよ」


「……」


 言葉が上手く紡げない。

 今起きていることが現実だと思えない。


「私、ずっと高津の事は友達だと思ってた。でも、なんかずっと目で追っちゃうし、何してるかなって気にしちゃうし、自分が必要とされてないって思うと凄く悲しくなっちゃうし、高津の事考えると私の知らない感情が一杯出てきて」


 ……俺も、そうだ。

 

「それで、今日増本君に『好きな人の匂いは遺伝子的にいい匂い感じるらしい』って言われてハッとしたの。私は高津の匂いに遺伝子的に惹かれているからそう思うんだって。別に高津の事が好きなんじゃなくて、匂いが好きなんだって。だから、確認した」


「……」


「でも違った。私が惹かれてるのは、もう高津の匂いだけじゃなかった。高津の優しい雰囲気も、少し緊張しいな所も、頼んでもないのに頑張っちゃう所も、空回りしてる所も、話が全然面白くない所も、高津の全部に惹かれてるんだって気づいた」


「……」


「私は、高津の全部が大好きみたい」


 俺はそのド直球の告白に、つい顔を背けてしまう。

 恥ずかしくて頭が茹で上がりそうだったからだ。


「まだ1か月くらいしか一緒にいない男によくそんな事言えるな」


「うん。1か月だけだけど、こんなに好きになれた。私チョロいのかも」


「でも、冬川は増本の事が」


「うん。増本君への思いはきっと憧れの気持ちだったんだと思う。今初めて恋する気持ちを知って気づけた。私は本当の恋をまだしてなかっただけだったみたい。それに気づかせてくれたのは、高津だよ?」


 冬川はかわいらしく首をコテンと斜めにして上目遣いで俺を見る。


「……」


 えっと、何と言ったらいいか……。

 正直俺はまだ冬川の事が好きか分からない。


 でも、確実に好ましくは思っている。

 ただこれが恋心なのか、それはまだ分からない。


「ごめん。俺バカだから、まだ恋が分からなくて……。でも、冬川と居ればそれが分かる気はしてる……」


 俺は冬川と一緒に話したい。

 その気持ちが誰よりも強い自信はある。


「つまり、それはキープという事ですか?」


「え、いやいや違うよ!」


「じゃあはっきり言って」


 いたずらっぽく笑って、嬉しそうに俺を見てくる。

 本当、かなわないな……。


 

「その、俺と付き合ってくれ。まだ恋心は分からないけど、冬川と一緒にいたいって気持ちは誰よりもあるから」


 

「ふーん、恋愛的に好きかも分からないのに告白するんだね」


「い、いいだろ! そう言うなら別に付き合わなくたって」


 俺が慌てて弁明をしようとした瞬間、フッとフルーティーな香りが鼻孔をくすぐり、次の瞬間唇に何か柔らかい感触を感じた。


「え」


「別にこれから好きにさせる自信あるから、大丈夫だよ」


 そう笑う冬川の頬は真っ赤に染まっていた。

 きっと俺の頬も真っ赤になっていることだろう。


「これからも末永くよろしくね、高津」


「……うん、よろしく、冬川」





 

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