8 アユミ
こちらの世界にきてから数日間、特にやることがなかったレイは、マリーとアユミの部屋を行ったり来たりしていた。
お金を稼ぐリストも必要なくなった。
異世界人というだけで平均的な月収が貰えるのだ。
そして、宰相にとりつけてもらったエル神官長とのデートも、まだ数日先だった。
マリーはというと、不特定多数の騎士達とデートの約束があるそうで、時間が無いのよね、とよく断られてしまった。
今日もデートだからムリよ、と言われたレイは、早速アユミの部屋へと遊びに行った。
アユミは、闇属性に憧れるレイにすっかり気を許し、自分の闇属性を話していた。
ちなみにマリーの属性は土で、本人曰く「まだ土イジリを楽しむ年齢じゃないし。あってもなくてもいいスキルね」だそうだ。
「そう言えばアユミ、宰相様に聞いたんだけど、この国の人って別に処女じゃなくても気にしないんですって」
意外でしょ?と笑うと、アユミはこめかみに手を当てた。
「国の重鎮に何聞いてるの?レイと話すと血圧が上がったり下がったりして早死にする気がするんだけど」
「フフ、大袈裟なんだから」
アユミが溜め息をついた。
「ほんっとストレスフリーで羨ましいよ」
「あら、ありが「褒めてない」」
レイは話を変えた。
「ところでアユミは例の彼に告白とかしないの?」
「出来ないよ。そんなに簡単に言わないでくれる?皆ながレイみたいに自信満々じゃないんだからさ」
レイは顎に手を当て、アユミを上から下までじっくり観察してみた。
真っ黒なショートヘアなアユミは、いつも地味で平民的な服装をしている。
日本ではパンツスタイルが多かったらしいが、こちらでは男性服となってしまうので、仕方なく長めのスカートを履いている。
「うーん、アユミだって捨てたもんじゃないと思うけど」
「え、そう?そうかな」
アユミは照れたようにモジモジした。
「そうね、言動と髪型、化粧や服装を変えれば少しは可愛くなると思うわ」
「それ、私が終わってるって言ってるよね」
レイは微笑んだ。
「まぁ、私が可愛くしてあげるから自信持って。それと、さっさと彼の心を読んだらどうなの?」
「それはやらないよ。卑怯なことしたくないもん」
「なぜ卑怯なのかしら?宝の持ち腐れもいいとこね。私がアユミだったら、エル様とあんなことやこんなことをするために彼の心を覗いてから……」
「止めてーっ!そんなふしだらなことを想像するのは止めてーっ!頭が汚れるっっ!!」
「失礼ね。皆やっていることなのよ」
レイは真面目な顔で説いた。
「私はそんなこと考えないけど!?ランドルフ様だって、多分……」
レイは呆れたように言った。
「ハイハイ、もういいわ。スキルを使わないのは、彼の気持ちを知るのが怖いだけでしょ?もともと私には関係のない話だからどうでもいいけど」
「何か冷たい……」
アユミが少し不機嫌になったので、レイは溜め息をついた。
「どうしろというのよ」
レイは、スキルを使い渋るアユミの説得に成功すると、自分達二人の護衛を連れ、マリーの護衛で談話室の前に立っているランドルフの所までやって来た。
マリーは今日、貸切りの談話室で騎士の一人とデートをしている。
中で何が繰り広げられてるんだか
レイはピッタリと閉じられた扉を見た。
ランドルフは、異世界人を護衛する騎士の一人だった。
肌は日に焼けて少し黒く、真っ直ぐな黒髪サラサラショートに中肉中背、日本人を思い出させるサッパリとした醤油顔。
つまり、そこそこイケメンの部類にはいるものの、特に中性的な美しさのカケラもなく、レイの美人さんいらっしゃいレーダーには、これっぽっちも引っかからない男であった。
「これはこれは……アユミ様とレイ様。おはようございます。マリー様はただいま少々、その……」
説明に困ったランドルフの目が泳いだ。
レイはニッコリと笑った。
「ごきげんよう。マリーじゃなく、今日はランドルフ様にお聞きしたいことがあって来ました」
「私に?」
「はい。あの、これはあくまで女性同士でよくある会話の一つなんですけど、こちらの男性は一般的にどのような女性がお好きなのかしら?と思いまして。皆さまに質問させていただいているのです」
ランドルフは面食らってレイ達の後ろに立つ他の二人の護衛達を見た。
護衛達は、肩をすくめるだけだった。
「好きな女性のタイプ……ですか?……それは、……人それぞれかと」
レイは無言のアユミを見た。
するとアユミは顔を歪め、涙を堪えるように回れ右をすると、一気に駆け出した。
護衛の一人も慌てて後を追う。
レイは固まった。
何
今の
凄い顔だったわ
じゃなかった、どうしたのかしら
ランドルフが困ったようにレイを見た。
「あの、私が何か……申し訳ございません」
レイは涼しい顔をしていたが、内心焦っていた。
彼の心を聞いたのよね?
まさかとは思うけど、ここ最近のランドルフの私を見る眼差し……
とてもよくあることだけど、こっちの世界で数少ない異世界人の友達関係が、こんな地味でゴツい醤油顔の男のせいで崩れるのは絶対に嫌よ!
「あの、私は何か失礼な事でもしてしまったのでしょうか」
不安そうに聞くランドルフに、大丈夫だから、と声をかけ、残った一人の護衛と共にアユミの後を追った。
「こっちの方に走って行ったわよね」
「はい」
そんなにお心が弱い人には見えないけど、まさかショックでいきなりどこかから飛び降りたりしてないわよね?
ご遺体とか生で見るの怖いんですけど……
じゃなかった、命は大切だものね!
そうよ、私を恨んで夜な夜な出て来ても怖いし……
違う、違うわ!
私は単純に彼女が心配なのよ
非情な人なんかじゃないんだから!!
レイはツンデレトランス状態になっていた。
「レイ様、こちらです」
護衛に言われて角を曲がると、物置部屋の前でアユミの護衛が困ったように立ちつくしているのが見えた。
レイはホッとして物置部屋の中へと入っていった。
アユミは背を向け、部屋の隅に置いてある掃除道具の方を見ながら、嗚咽をもらし泣いていた。
レイはいつも持ち歩いているクラッチバッグからハンカチを取り出した。
「ほら、泣くとほとんどの人が不細工になるわ。これで早く泣き止みなさい」
「ありがと…っ」
アユミはヒックヒックしながらハンカチを受け取ると目を拭いた。
私と話す気はあるようね
よかった
「あ、それ返さなくていいから。私、人が使ったハンカチって、洗っても何だか汚い感じがして使えないの。でもこれはアユミが汚いからじゃなくてね、誰でもそうなってしまうのよ。だから……」
「気にしないよ!いいよ、もう大丈夫だから。鼻ちょっとついちゃったけど、私がもらうんだから別にいいよね!」
「ええ」
レイは、クチャクチャになったハンカチを横目に頷いた。
「それと、ひとつ言っとくけど、レイが思ってるような事じゃないから!」
一瞬何のことを言われているのかわからず、ポカンと首を傾げた。
するとアユミはイラついた口調で、
「だから、ランドルフ様はレイの事好きじゃないの!勘違いしといて恥ずかしくないの凄いね!褒めてないけどっ」
と、吐き出すように言った。
それからスッと表情を戻すと、
「ただ彼にとってはね、異世界人は尊い存在だから恋愛対象としては見れないんだって……もう、どっちにしろ終わってるけどね」
と呟いた。
レイはホッとした。
「そうだったの。良かったわ勘違いで。あとアユミ。さっきのあの顔ね、二度としない方がいいわよ。至近距離で見た私の衝撃ったらなかったわ。一度鏡見ながら泣いてみて。もう凄いんだから。今夜夢に出てきそうよ。あと貴方の彼ね、可哀想に、自分が貴方に何かしたのかって気にしてたわよ」
レイが状況を伝えてみたが、アユミは相変わらず項垂れたままだった。
暫くするとアユミがポツリポツリと話し出した。
「私ね、今すぐには無理だけど頑張って諦めるね。彼は素敵だけどさ……彼以上の人なんていなそうだけど……グスッ。どう頑張ったって恋愛対象にすらなれないんじゃ惨めすぎるもん……ズズッ」
「ああ、また泣く!ヤダっお顔が……」
「酷い!もうわかったよ。グスッ……でも何だかレイの思考読んでたらバカバカしくなってきた。レイの言うと通り、彼だけが男の人じゃないもんね。私、これから女磨いて頑張ることにするから」
「ええ、そうね。是非そうして」
レイは、これからは人の恋路に首突っ込むのやめよう、と心に誓ったのだった。