2 ファーストコンタクト
アレコレ考えてブツブツ呟いていると、ふいに目の前の泉がキラキラと輝きだし、中から人外に美しい男性が現れた。
「異世界人か」
レイは目を見開いた。
言葉がわかるわ!
しかも彼、とっても美人さん!!
レイは興奮を抑え込んで言った。
「あの、精霊様?でしょうか。すみません、私は何故ここにいるのでしょうか?」
まさか魔王退治とか、聖女様ぁ!とか、しち面倒臭い事で召喚されちゃったんじゃないでしょうね
レイは笑顔のまま心の中で毒ついた。
「知らぬ。だが、違えてはいない」
レイは、?になった。
精霊もどきは、無表情のままチラリとキャリーケースに目をやった。
「それは何だ」
「これは荷物を入れる鞄です。そんなことより私が元いた場所、こちらで言う異世界への帰り方をご存知ではございませんか」
精霊もどきはゆっくりと辺りを見渡して言った。
「……人間に聞け」
「人って……」
人っていったって誰もいないじゃない?
何しに出てきたのよ
レイは一瞬この美しい精霊もどきにときめいてしまったが、訳の分からない返しにイラッとした。
私のラノベ経験を生かすと普通ならここで、そなたは面白い、とか言われて興味持たれる素敵な展開が待ってたりするのに、どうなってるのかしら
「用は……それだけか」
精霊もどきが少し疲れたように言った。
「え?まぁ、あとはその、何かしら愛子の加護的なものをくださるとか……」
「さらばだ」
「え、ちょっと待って」
精霊もどきは霧のように消えていった。
ちょっと待って
せめてアイテムポロリとかないの?
私丸腰なんですけど
あ!
それかもしかしてよくある例のあれかしら?
「ステータス!」
空に手をかかげ、ちょっと恥ずかしかったが叫んでみた。
屋久島もどきの森は静かなまま、マイナスイオンを出しまくっていた。
何も、本当に何も起こらなかった。
まさかね
こんな体とメンタルに良さそうな森の中で、言葉のチートだけってことはないわよね?
「せ、精霊様?妖精王様?あとは、えーと、神様かしら?」
レイは手を合わせ、思いつく限りのよくある呼び名を泉に向かって呼びかけてみた。
とりあえず安全な場所を聞きたい。
あわよくば、特に何にもしてないけど、何らかの加護をもらっておきたい。
しかし、何度話しかけても水面には波紋すらできなかった。
「せめてコンビニ寄った後にして欲しかったわ……」
お菓子と水でもあれば少しは長生きできたんじゃ……
いいえ、まだ遭難と決まった訳じゃないわ!
レイは素早く状況を整理した。
元の世界では夕方だったけど、こっちは朝か昼間ね
今のところ言葉は通じるし、周りが見えるだけでもましだわ
まだどこに何があるかわからないから、下手に動くのをやめておきましょう
危険なことが起これば、さすがにあの能面美人も助けに出てくるかもしれないし
それか優しくて美人の村人Aが通りかかるとかね!
レイが都合がいい事を考えていた矢先、遠くで複数の男性らしき話声と足音が聞こえてきた。
耳を澄ますと足音は、ザッザッと隊列を組んだ音で、こちらへ向かってきているようだった。
これは何となくマズいような……
ちょっぴり、いや、がっつり殺られるか、犯られちゃいそうな気がする
レイは、隠れる場所がないかキョロキョロ辺りを見回した。
すると背後に背の高い黄緑色の箒草のような草がモサモサ生えている繁みがあった。
虫がいませんように!と、キャリーケースを持ち上げ爪先立って音をたてないよう繁みの中に身を隠す。
箒草は檜のような香りがして、身を隠すのにちょうど良い高さだった。
息を潜めて彼らがやってくるのを待っていると、ガヤガヤと話し声が近づいてきた。
「この辺りです」
レイはもう少しでガサっと動いてしまいそうになった。
何なの!?
この腰にくるカッコいい声は!
どこの声優さんですか!!
声優男が言うと、もう一人がこちらは声変わり前の少年のような声で言った。
「おかしいですね。誰もいませんが」
レイは、自分が召喚されてここにいるのではないかと予想していたが、彼らの会話からやはり誰かが異世界からくる事はわかっていたようだ。
でも安心はできない。
話し方からしてヤられそうな感じはしないが、彼らの目的がわからなかった。
そもそもどんな感じの人達なのかしら?
レイは繁みの隙間からそーっと盗み見た。
ビビっていたのであまりよく見えなかったが、最初に話し出した男はいかにもお貴族様風で、横にいる少年の側近のように見えた。
少年は、キラキラ系王子様だった。
その他の者達は腰に剣を刺しているので、護衛でいいだろう。
どうしようかしら?
今を逃せば、きっと野宿よね
虫問題があるから絶対に避けたいところだけど
でも大変な事を要求されるのも嫌だし……
レイはぐるぐると考えた。
「やはり場所を違えたのではないですか?今回は我が国ではなかったか、時が違ったか。どうなんです?」
キラキラ系王子様が痺れを切らして言った。
すると、声優男がレイのいる繁みを見た。
「お嬢様、そろそろ出てきてはいただけませんか?我々は城の者ですが、誓って貴方様に危害は加えません。また、何かを要求することもございませんので、どうか」
レイは驚いて久しぶりに心臓がギュッとなった。
ビックリした……
隠れてるのがバレバレだったのね
それなら仕方ないわ
レイは繁みからガサッと立上がり、キャリーケースをゴロゴロと引きずりながら、彼らの前まできた。
何人かの護衛は最初はレイに、次にキャリーケースに目を奪われた。
「あなたが……」
キラキラ王子はニッコリと微笑んで、さり気なくレイを上から下まで観察した。
一方のレイは、
本当に異世界みたいね
こんなキラキラ金髪碧眼王子がでいかにもな格好して現れるなんて……
その何となくパフスリーブもちょっとウケるし
これで白タイツはいてたら吹き出してたわ
などと、失礼なことを考えていた。
そしてふと声優男を見ると、彼は何故かプルプルと震えていた。
レイは彼をじっくりと観察した。
何てことなの
彼、ドストライクなんですけど
声も素敵だったけど、ルックスも最高だわ!
声優男はスラリとした長身のモデル体系に、腰まである深緑の長い髪を後ろで一つにまとめ、少しタイトな黒いスーツに身をつつみ、足元だけ動きやすそうなブーツを履いていた。
白すぎない肌に切れ長の銀の瞳
鼻もスッとしてて、唇は薄い
日本では中々見れない最高級の美人さん!
レイの熱烈な視線に気付いた男は、ニッコリと笑った。
「初めましてお嬢様。私はフリードリヒと申しまして、この国の宰相をしております。こちらはこのフィンレー王国の王子、アルフレッド様です。私達はあなた様がこちらへ現れるとの予言でお迎えにまいりました。私達はあなた様を保護するのが目的であり、何かを強要したりは決していたしません」
レイはホッとした。
彼らの機嫌を損ねて置き去りにされては堪らない。
「承知いたしました。フリードリヒ様、アルフレッド様、私はレイと申します、宜しくお願いいたします」
そして最高の笑顔を作ると、軽く膝を曲げてみた。
その仕草にフリードリヒは少し眉を上げて微笑み、何人かの騎士は赤面し、レイが挨拶の時チラリとしか見なかったキラッキラ王子様は、
「私が一番身分が高いのに、ある意味凄い方ですね……」
と呟いた。