桜花散歌
「兄貴は幽霊って信じるか?」
世界はまずまず平和であり。
浄化なんてものが世界で幕を開ける前の話。
そこには一般家屋で二人の兄弟が何をするでもなく、くつろいでいた。
弟はギターを爪弾きながら、ふと兄が読んでいたホラー漫画から連想し。
何気なく、特に意図を持たない質問をする。
兄は少し考えるように天井を見上げるが、すぐに視線は漫画本へ戻り。
「信じるってか、居るだろ。
普通に考えて」
まぁ、居るのが当たり前だろうと言うように答える。
そんな回答に弟は呆れるように兄を見上げながら、今まで爪弾いていた賛美歌のワンフレーズは諦めたようで別のフレーズを奏でる。
途中までは上手く行くのだが、何時もある場所で引っかかっているようだ。
「いや、普通に考えたらいないだろ。
目に見えないんだぞ。
そんなもの何で信じれるんだよ?」
BGMに合わせるように弟のトークもスローナンバーからアップテンポに変わり出す。
「それならば、お前は空気が見えるのか?
吸っている酸素だってそうだ。
原子は?陽子?中性子なんでどうだ?
有るかどうかを自分の目で確認したことのない物だぞ。
それを平気で信じているのにお前は『目に見えない』を理由に幽霊を否定するのか。
挙げ句、神様は形がないって一神教は必ず言うんだ。
法皇だろうが神様を直視することは出来ない。
大きいものとジャンクフードが大好きな国で暗殺されても仕方ない考え方だな、それ」
それでも兄は漫画本から目を話さずにトークのテンションもスローナンバーを維持しながら、それでいて言葉の端々には棘を滲ませていた。
弟はアップテンポなナンバーのリフで何度か引き直し、それでもやはり上手く出来ないようで。
頭をガリガリとかくと苛立ちと共にギターを立て掛け。
「なら兄貴は、なんで居ると思うんだ?」
兄の読んでる漫画本の次の巻を本棚から引き出す。
それを横目で見ていた兄は、溜め息を吐きながら漫画本を投げ出し。
「理由は色々あるけど、主に二つ。
一つは語り継がれている事。
古今東西、霊魂の存在が有ると歴史が語り。
それを沈めるために生け贄や建造物が存在する。
嘘なんかだったりしたら、それらは必ず歴史の山に埋もれるからな。
この現代まで語り継がれているって事は最低でも完全否定される事は今まで有り得なかった訳だ。
と言うわけで、歴史が霊魂の存在を証明している」
喋りながらベットに転がって、後ろから弟の漫画本をのぞき込んだ。
そのことを気にする事もなく、自分のペースでページをめくる弟。
「あと一つの理由は?」
ギターのBGMの消えた部屋から聞こえるのは紙のめくられる音。
それと兄弟の会話だけ。
「浪漫だから」
その漫画本をめくる紙の音がピタッと止まった。
「浪漫?」
呆れると言うより諦めたような弟。
「そ、浪漫。
約束と幽霊は見えないからこそ面白い。
どっちも感情で繋がっている。
約束も幽霊も結局、無条件で信じるべきなんだよ。
お前の質問は無粋ってこと」
早くめくれと指示する兄。
もう、どうでも良くなった弟。
そんな、ありふれた日常のワンカット
浄化に汚染された墓所の一角。
彼は幽霊話をした遠い日を思い出していた。
砂の彫刻になった桜の木、その下で。
同じ砂の彫刻となった兄の婚約者をみながら。
その、あまりにも幸せそうな笑顔をみながら。
「本当に兄貴の言う通り。
無粋だったな、ボク」
彼女の右手は誰かを求めるように伸ばされ、崩れて砂となり。
左手は誰かの砂の彫刻になった右手を握りしめていた。
「兄貴、お姉さん、お幸せに」
桜の木の下。
繋がられた約束。
背中合わせで動かない二人。
砂になった筈の桜の花びらが一枚、ひらひらと二人の薬指に落ちた。
11話目、今までで一番の難産。
『サイゴノキセキ』を読んでないと面白さ半減だと思います。
その他『墓守の唄』を下地に使っています。
いつかリメイクするかも。
何となくだけど、この話は水準が低いと切り捨てる人と感動する人が二極化しそう。




