最後の奇跡
「あんた、ここから先に進むのかい?
悪いことは言わない、やめておきな」
私にはその意味がよく理解できなかった。
たかだか町の外れに行くだけ、治安も良さそうだ。
私は首を傾げる動作一つを行うと、彼は渋い顔をしながら続けてこう言った。
「あっちは既に『浄化』に汚染されてるんだ。
行ったって無駄だよ。
文字通り、無駄に命を砂にするだけさ」
『浄化』と言う単語に聞き覚えの無い私は、ますます理解できない。
『浄化』に汚染されるとはなんの事だろうか?
「……もしかしてあんた、シェルター組か?
ああ、シェルター組ってのは一年前から地下シェルターに籠もってた金持ち連中のことさ。
この前、団体さんで抜け出してきたみたいだからな。
もしかするとあんた、知らなすぎるからお仲間かと思ってな」
首を縦に振る。
それだけで、彼の目つきは少し違う生き物を見るようになった。
「はん、そりゃあ知らんだろうな。
あんたら金持ち共は『浄化』が始まる前に地下へ逃げちまったんだ。
最初から浄化が始まると解って、それでも他の奴らを見捨ててな!
戦うって事すらせずに逃げちまったのさ。
それが今更何のようだってんだ」
彼がひとしきりわめくのを聞き終えると私は苦笑し、彼の横を通り過ぎようとする。
ところが、右手が何かに引っかかりそれ以上前に行けない。
どうやら右手が鎖のような黒く力強い彼の右手に捕まったようだ。
「だから、行くなって言ってるだろう。
お前も砂になるぞ」
薄汚れた黒いローブのような着物から覗かせた顔は、やはり渋く歪んでいる。
彼は心配してくれているのだろう。
でも……。
「お前は浄化の恐ろしさを知らないんだ。
あれは自然現象と言う名の悪魔。
何もかもがいつの間にか白い砂になんてしまうんだ。
俺も、お前も、有機物、無機物さえ、例外なんてなかった。
行ったら例外無く白い砂になってしまうんだぞ!」
本当に泣きそうになりながら、心配してくれている。
久しぶりに心が暖ったかいって思えた。
それでも、私は……。
「ごめんなさい、恋人が待ってるんです」
出来る限りの綺麗な笑顔を込めて、彼に振り向いて微笑んだ。
振り向く勢いが強すぎて、頭にかかっていたフードが落ちる。
途中でボロボロに殴られた顔は醜く、あまり見せられるものではなかったけれど。
何度も途中で犯され、ショックで声すら失っていた筈なんだけど。
最後の最後で自分でも出た声に内心驚きながら。
最後にこんな奇跡を見せるなんて、神様も案外ロマンチストなんだな。
なんて思った。
「終わりゆくはフラグメント」の一回目
割と満足。
『浄化』『奇跡』『約束』がテーマ
毎回主人公は変わります。




