#2 あの時、あの場所で
あれから数日後の話ーーーーー
館の当主を殺害した翌日、騒ぎになり町中どよめいていた。
しかし、内容に差異があり、当主が死んだのではなく失踪したことになっている。
それも館の使用人全て消えたという。
それ自体もすでにあの時、あの場所で細工済み。報酬も裏取引分も含め問題なくしっかりと頂いている。
そのために護衛として、あの女性ーーーメーテを連れていたのだ。
その辺のことは追々話すとして、こちらには一切疑いの目は出ていない。
そんな中、キャラバンが停留している町で次なる仕事を探しつつ素顔を晒しながら屋台を開き細々と座り込みながら商品を広げて売っていた。
正直、売り上げはよくない。しっかりと新鮮な果物、野菜、酒など売ったところでこの町で店を持っているわけでもなければ常連もいない。それで売るのは少し厳しい。
それでも買っていくお客はまさに神様そのものだ。
…まぁこの町の相場を見てほんの少し安く売っているものだから「そう言えばあれを買い忘れてた!」という程度で寄ってくれる人ばかりだ。(実際目の前で言われた)
挙げ句の果てには「坊や、せいがでるねぇ〜」といわれる。かりにも見た目は子供だが中身は大人なんだが……
ちなみになぜ町の相場を見て売っているかというと、大幅に安く売ってしまうとこの町の経済状況を悪くしてしまう面がある。そうなると仕入れも安くしないと帳尻が合わなくなるし、結果的に生産性の悪化と経済難を引き起こしてしまうかもしれない、と考えたからだ。
もう1つ正直に言えば、前回でそこそこ儲けているというのもある。
フィードバックが大きい仕事なら大歓迎だが、そんなのはみんな一緒だろう。
「ん~~~、ここはもうダメかねぇ~」
そう呟いて重い腰を上げる。
時間的にもそろそろ日が落ちて空が黄金色になる頃だ、店仕舞いにするなら今がちょうど良いかもしれない。
そう考えてテキパキと店じまいに取り掛かる。
野菜と酒瓶を別々の木箱にしまい、酒樽のふちをうまく使い回転させながら荷車まで運ぶ。
重い物をある程度運べたところで2度手を叩くと木陰からすっと2つ人影が現れる。
それがゆっくりとこちらへ近づいてきたかと思えば体毛をボサボサにした者と背の低い者、2人の亜人種が自分を見るなり手を振る。
「主よー、もう店じまいですかい?」
「んんー、そうだよー」
「あまり稼げていない様子ですがよろしいのですか?」
「良くないけど、まぁ無理してやらなくてもいいからね」
なんとも気の抜けた会話を軽く済ませると亜人種の2人はそのまま進んで荷物を荷車にのせていく。
この2人は血狼族と言って、人のような体格を持つ狼で人間より強いのはもちろん、戦いを好む種族でタイマンを張りたがる者や集団で闘う者などが様々だ。
特にこの2人に関してはどこへ行くにも基本2人で行動している。
それを分かっていて近くに待機させていたのだ。
おかげで早くも撤収作業は終わり、俺は荷台の後ろに座る。
「それじゃ、ウォルフ頼むー」
「あいよー」
ボサボサの方の名前を呼ぶと既にスタンバっていたようですぐに荷車を引っ張りだした。
一方、背の低い方ーーーベロフが荷車と並んで歩く。
辺りを警戒、という意味で横についているがこの町ではそれほど治安が悪いわけじゃない。
それでも点々と孤児や物乞いがいるので油断はできない、商品は命の次に大事だと言っても過言ではないのだ。
カラカラと車輪が音を立て、時折、石に乗り上げた振動で大きく揺れる。
その都度、「大丈夫ですかい?」とウォルフが心配そうに声を掛けてくれる。
「ああ、大丈夫」と返事をすると今度はベロフから主殿、と声を掛けられそちらを向くと1人の女がこちらを追いかけて真横まで近づいてきていた。
「ウォルフ、ちょっと止まって」
ウォルフに指示を出す。
少し遅れて荷車を止めるとベロフと俺の間辺りまで来た女はモゾモゾと何かを言いたげにしている。
見た目からして15~18くらいの年齢だろうか。
既婚済みかどうかは分からないが、このくらいの年齢なら家庭を持っていてもおかしくないだろう。
つまるところ、今日の献立の買い忘れか…。
荷車から飛び降り、何かご入用ですかと質問する。
が、女は「あ、あの……えっと……その…」と歯切れの悪い言い方をずっと繰り返してばかり。
流石に道の途中でずっとこのままでいるのは気まずい。それになにやら嫌な予感もしてきた。
なんの進展もないように感じられたのでウォルフとベロフに合図すると女は慌てだした。
「あぁ、あの……!!」
「まだ何か?」
「あ、あの…その……わ、私を……!」
その時。
「おい、いたぞ!あそこだァーーー!!」
「ッッッッッッ!!!」
突然誰かが大声を上げたかと思うと、こちらを指さしながら大男が3人走ってきた。
見るからにただ事ではない顔つきでガタイもゴツい。
もしや、と思い急いでその場を去ろうとした瞬間、服のすそを掴まれ逃げるのを阻まれる。
「お、おい!アンタ……!!」
「お、お願い…助けて…!」
今にも泣き出しそうな顔をしながら震える手で必死に掴みかかる。
それに対抗して身体を捻ったり叩いたりしても離さず、とうとう例の3人が目の前まで来てしまった。
「おいお前、こいつのなんだァ?」
3人のうち目の細い大男が問いかける。
こういう時は「なんだかんだと聞かれたら~」と答えるのが王道だろう。
しかし、実際は言うどころか怖くて縮こまっている。かろうじて、無表情でその場にただ立っている状態だがそんなのは時間の問題だ。
相手が何もしてこない、できないと分かれば更にデカい態度をとってくるだろう。
もしかしたら暴力を選択することもあり得る。
…さて、どうしたものか。と考えをまとめているとヒュッと空を切る音が横切る。
刹那、例の大男の顔面に見事な飛び膝蹴りを食らわせるウォルフがそこにいた。
大男はものすごい勢いで後方へ吹き飛び、地面へ倒れる。
「ヒャッハアァァァァアアアア!!!!!殺しだ!殺しだァァァアアア!!」
雄たけびを上げるかのように、空を見上げこの状況を歓喜しながら声を轟かせる。
ああ、しまったとこの時になって今まで忘れてたことを後悔をした。
血狼族----------
血を好み、戦いを好み、狂戦士のように戦場を駆け立ち塞がる強敵でも一滴の血も残さず狩り殺す。
それなりに戦わせていたり、それ以外で束縛的命令があれば多少の自粛性はあるのだが、しばらく荒事もなかったし、大してそういう命令をしていなかった。
「あー!あんちゃんだけずるいですよ!!」
「すまんな!けど、あと2人いるから安心だぞォ!」
「ぐぬぬぬ…!納得いかないけど仕方ないなぁ…」
そういうや否や、2人は残ったゴロツキに向かってゆっくりと、じっくりとにじり寄っていく。
最初は優位にいたと思っていた2人も血狼族が相手だと分かった瞬間からぶるぶると震え、その場から動くことすらできずにいた。
あとはもう見るに堪えない……
男共の悲鳴が甲高く響く。
拳や蹴りが身体にぶつかり肉が弾ける。骨は砕け、血は飛び散り辺り一面血の海となる。
ただ、その光景をじっと見つめるのは自分だ。
泣きすがる女は目をそらしては目じりに雫を貯める。これは先ほどまでの物とは違って恐怖から出ている物だろう。
鉄分のような臭いが混じった空気を腹いっぱいに貯めこんで大きく息を吐き出す。
気持ち悪くなるような空気だが、こんな物じゃ吐くほどでもない。
ーーーーーーーーーーーーー俺がいたところと比べれば。