私、悪役の令嬢を目指します!
「姉様ってさ、美人だけどこう、悪役っぽいよね」
私と正反対の、天使のような容姿の弟がそう言ったとき、天啓を得たのです。
そう、私は悪役の令嬢を目指せばよいのだと!
思えば私は、特徴のない女でしたわ。
王家と縁があるとかで、王太子殿下の婚約者に決まってからは、ずっとまじめに王妃教育を受けてまいりました。それこそ何よりも第一に、一心不乱でしたわ。
おかげで、私の評価は『とても優秀で勤勉な王太子の婚約者』。そして、大抵こう続きます。『そういえば、なんて名前だったっけ?』と。
そうなのです。余りにもまじめに王妃教育だけに取り組んでおりましたら、王太子の婚約者という肩書きばかり有名になって、私の名前を忘れ去られるようになったのです!
ああ、申し遅れました。私はエリザベート・ルキーニと申します。きっと一分後には皆様誰も覚えていらっしゃいませんわ。
このままいけば、『王太子の婚約者』から『この国の王妃』に変わるだけです。
これで、よろしいの? 肩書きだけで判断される女で良いの?
ふと、王妃教育の間に一度考え始めると、ずっとこの言葉が頭を巡っていました。
ちょうどそのとき、弟が言ったのです。電撃が走る私の身体。
目元がきりっとつり上がり気味、各パーツが存在感があって派手、ホリが深くきつい印象を与える、これが私。なるほど、悪役として似つかわしい容姿です。
私という個性を出すなら、持って生まれたものを活かすに限ります。ならば、悪役こそが私のふさわしい個性と言えるのではないでしょうか!
そう思うと、胸のときめきが止まりませんでした!
演劇や物語に登場する、重要な役どころにして、主人公に匹敵するほどの魅力が必要な悪役!
悪は良くないものですけれど、悪役ですのよ。悪役をする者が必ず悪ではないので、王太子殿下に迷惑はかからないでしょう。
そうと決まればと、私は本を読みあさり、観劇に通い詰めました。
登場する悪役のなんと素晴らしいこと! すっかり夢中になりました!
ある時は最後に改心し、またある時は最期まで信条を貫き通すその姿! 個が輝いておりました。
ああ、これこそが心底から求めていたものですわ……。もう私には、悪役になる道を突き進むしかありませんでした。
早速、私は悪役らしい動作を身に付けようと考えました。
本や劇を見て学ぶのは勿論良いのですが、王妃教育を通して、その道に長けた方に教えを乞うことが一番良いとわかっておりました。
そして、探すことしばし。年頃が同じくらいのご令嬢にそれぞれ悪役の極意をお持ちの方がいることに気付き、教わりに向かいました。
まず、悪役の令嬢といえば高笑い。
高笑いがよく響くと有名なカトリーヌ様。
「私に続いてくださいまし。ほーっほっほっほ!」
「ほーっほっごほっごほっ!」
「まあ違いますわ! もっと胸を張って、声をあの青い空の彼方へ旅立たせるように。さん、はいっ。ほーっほっほっほ!」
「ほっ、ほおっー、ほーっほー」
どこかのおかしな鳥の鳴き声のようになってしまいます。難しい発声の仕方です。
カトリーヌ様は豊かな胸をしっかりと張って、舞台の歌姫以上に素晴らしい美声で高笑いされます。
こんなに美しいのに、カトリーヌ様の婚約者は『高飛車は嫌いだ』と距離を置かれているのとか。
高笑いもよろしいですが、意地の悪い笑いも悪役です。
笑みが怖いと有名なメアリー様。
「こう、自然と片方の口角をあげて、ニイッとするのです」
「に、にいっー。こ、こうでしょうかメアリー様」
「ま、まあ、なんて可愛らしいの!」
「そ、その笑顔ですね!」
白目の部分を多く見せ、目はまったく笑っていないのに、口だけがニイッと音がしそうなほど深く笑みを刻む、メアリー様のお手本。完璧な邪悪なる笑みです。
メアリー様は可愛いものがだいすきなご令嬢で、可愛いと思ってしまうと自然と笑顔がこぼれるほど純粋なお方。
こんなに可愛らしいのに、メアリー様の婚約者は『いつも悪巧みをしているのだろう』と、お相手からの訪問が途絶えてしまったとか。
悪役といえば、嫌味な言葉の選び方でしょう。
きつい暴言を吐くことで有名なウァレリア様。
「この、雌豚!」
「めすぶた。どういう意味でしょうか?」
「え、女性を、とても汚くののしった言葉で……ちがうの、あなたのことじゃないの! あああん、練習といっても、こんなこと言うんじゃなかったああ!」
「落ち着いてください、ウァレリア様! 私に向けられたとは思っておりませんから!」
ウァレリア様の嘆き具合から、相当酷い言葉であることはわかりましたが、使いどころがよくわかりません。
話を聞くと、ウァレリア様は勝手に口から暴言が出てしまうようで、いつも後悔しているそうです。謝ろうとしても、相手から避けられるとのこと。
こんなに優しいのに、ウァレリア様の婚約者は『心が汚い君を見限った』と、口をきいてもらえなくなったとか。
また、悪役といえば陰湿な行動でしょう。
社交界一裏の顔が怖いと噂されるイサベル様。
「腹が立ったらね……本人にあたれないからこうやって似ているドレスを用意して、切ったり破いたりぐしゃぐしゃにするの。これですっきり」
「まあ、たしかにすっきりしそうですが、ドレスを作った方に申し訳がありませんね」
「だったら……自分で作ればいいの。わたし、たくさん人形作っているの」
「なるほど! ああでも自作の方が愛着が……」
そんな風におろおろと困っておりましたら、イサベル様がにっこり笑って手作りの新しいお人形をくださいました。お腹の部分に対象の名前を書けば良いそうです。
これだけみるとイサベル様は怖い方に思えますが、人目がないところでこのストレス発散をされている分、普段はにこにことされてとても穏やかです。
こんなに気遣いができるのに、イサベル様の婚約者は『何を考えるかわからない!』と友人たちに大声で広めていたとか。
そう、当初は恥ずかしいほどまったく駄目でしたが、教わることだけは自信がある私、すべて皆様のお墨付きがでるほどマスターいたしました!
より立派な悪役の令嬢になるため、四人の友人の皆様と、日々研鑽し合う充実した時間を過ごしておりました。
その時に耳に入った、更なる悪役である令嬢の噂。
これは是非お会いしなければ!
さっそく私は、皆様と一緒に彼女のもとへ向かいました。
その方はとても可愛らしいふんわりした容姿で、丸いくりくりとした目がこぼれそうなほど、見開いていました。
悪役とはほど遠いご容姿ではありますが……大切なものは、心です。
あら、彼女の周りにいらっしゃる殿方たち、どこかで見たことのある方々な気がいたします。弟も混ざっていて、私を見て、まずいって焦っていますけれど?
「ほーっほっほっほ! ついに会えましたわね!」
「まあ、なんて、可愛い方?」
「この、泥棒猫!」
「新しい人形……作らなきゃ」
あらまあ。そういうことですわね。
ぶるぶると震える彼女を、殿方が守るよう取り囲みます。
そういえば皆様の婚約者、口をそろえて『彼女の方が良い』って言っていたとお聞きしましたわ。
殿方をたぶらかし、もてあそび、婚約者から奪い取り、はべらすそのお姿。
今まで、たくさんの作品で見てきましたわ。
それは悪役令嬢の上位互換―― “悪女”!
悪役の令嬢たる私と、悪女の彼女との出会い。これほど、血がたぎることが今までにあったでしょうか!
「その悪っぷり、私に教えてくださらない!?」
ええ。私には心強い友人がいますし、絶対に彼女に負けませんわ。
私は、悪役の令嬢を目指すのですもの!