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異界の刀銃使い  作者: 太公望姜子牙
天使の章
94/135

第89話 完全に想定外の事態です

想定外の事態は重なるものです(´・ω・`)

「では、オークの集落自体は存在していたものの、すでに全滅させられていた、と……?」

「ええ」


 深刻な表情で言葉を紡ぐホルク村長に、慎也は無慈悲に頷いた。


 あの後、慎也たちはしばらく廃村の捜索を続けたが、足跡以外に目ぼしい手掛かりは見つからなかった為、回収したオークの死体を一カ所に集め、まとめて魔法で焼き払った後、廃村を後にしてケミナ村へと取って返した。

 なお、ミイラ化した女性たちの遺体は焼かずに<共有無限収納>に回収してある。一応、正式な依頼の活動中に回収したので、身元などを調べる為にギルドに引き渡す義務があるのだ。

 もっとも、既に生前の面影など微塵も無いくらいに萎びれた遺体から身元を割り出すのは困難だろうが、その辺りは慎也たちの感知するところではない。あくまで、遺体を引き渡すまでが仕事なのだ。


 話を戻す。

 無事に村へと到着した慎也たちは、すぐさま依頼主であるホルク村長に事のあらましを報告した。

 あくまで今回の依頼は「オークの集落の調査」だった。その全滅を確認し、依頼主に知らせたことで、いちおう依頼は完了と言うことになるが、慎也はこれで終わりとは到底思えなかった。


 もちろんそれは、依頼主であるホルク村長も同じだろう。傍らで話を聞いていたヒューゴが、唸り声を上げて腕を組んでいる。

 オークが全滅していたのは喜ばしいことだが、100匹ものオークを皆殺しにしてしまうほどの、より強大な脅威が出現したのだから当然だ。

 依然として、ケミナ村が危険な状態にあることに変わりはない。むしろ悪化したとさえ言える。


「完全に想定外の事態です」


 重苦しい雰囲気に構うこと無く慎也は続けた。


「いま、仲間がこの事をギルドに報告する為に街へ向かっています。ですが、ギルドはあくまで、依頼主から出された仕事を冒険者に斡旋するのが仕事ですから、オークの村を全滅させた奴、あるいは奴らに対して、どのように対処するか結論が出るまでは時間が掛かるかもしれません」


 いまこの場にいるのは、ホルク村長とヒューゴ以外は、慎也、結衣、ユフィア、セリシエルの慎也パーティだけだ。フェルナとシアーシャは事前の打ち合わせ通り、事態をギルドに報告する為にキアナの街に馬車で戻ってもらった。


「念の為、オレたちはしばらくこの村に留まるつもりですが、その間にオークの村を襲った犯人がこの村を襲わないという保証はありません。実際犯人は、オークだけでなく、集落に捕らえられていた女性たちまで皆殺しにしていますから。魔物だけでなく、人間も捕食対象にしている証拠です。もしそうなった場合、オレたちだけで村を守ることは困難です」


 100匹ものオークを全滅させる力を持った魔物――あるいは魔物たち相手に、たった4人で戦うのは些か無謀に過ぎる。しかも相手は正体どころか数さえ判らず、いつ、どこからやって来るかも不明となればなおさらだ。


「では、我々にどうしろ、と?」

「オレとしては、すぐに村人全員を連れてキアナの街に避難するのが最良の選択だと思います」


 慎也の返答に、ホルクは驚愕の色をますます濃くする。


「そいつはぁ、いくらなんでも無茶だぜ、シンヤさん」


 ヒューゴも苦い顔で苦言を婁した。


「村人の生命が最優先です」


 だが慎也は退かない。


「オークの集落を一方的に殲滅してしまうということは、その魔物、あるいは魔物たちの脅威は、少なくとも集団戦(レイド)級だということ。冒険者が数十人規模で連合しなければ勝てない相手、ということです。そんなものに村が襲撃されればどうなるか、あなたたちにだって判るはずだ。そしてそれは、いま、この時に起こっても不思議じゃない」


 慎也の言葉に、ホルクもヒューゴも続く言葉が出てこなくなった。

 そうなれば、間違い無く村が全滅させられるであろうことは容易に想像できた。それだけは絶対に避けなければならない事態だ。

 だが、全村避難という選択もまた、選び難い、非現実的な選択だった。

 人間だけが村を出て街に避難するだけなら簡単だろうが、問題はその期間だ。

 怪物が発見され、討伐されるまで、どのくらいの日数がかかるか判らない。その間の村人たちの生活――衣食住がどうしてもネックになってくる。なにしろ、ここは林業と漁業で細々と成り立っている貧しい村だ。蓄えが潤沢にある訳でもなく、長期間の避難生活を可能にするほどの基盤がある訳でもない。もちろん、キアナの街に100名近い村人を受け入れられるほどの設備も無い。


 無謀という言葉に限りなく近い選択だった。

 当然、その提案が受け入れられることは無かった。


 ◇◇◇


 オークの集落が全滅したこと。それをやった魔物が近くをうろついている可能性があり、村が襲われるかもしれないということは他の村人たちにも知らされたが、住み慣れた村を捨てて避難することを選んだ人はいなかった。

 魔物や盗賊と言った存在が跋扈し、地球とは比べ物にならないほど過酷なこの世界においては無理からぬことだった。なにせ、避難所もその為の物資もなにも無いのだから当然と言えば当然だが。


 村人たちの不安の色は一層濃くなっている。なにしろオークだけでも恐ろしかったのに、それを全滅させる、より恐ろしい魔物がうろついているかもしれないというのだから。

 ひとまず厳戒態勢はそのまま続けることとなり、ギルドからの指示待ちの慎也たちもそれに加わって村の警戒に努めるという落としどころに至った。

 当然、慎也は不満だった。いや、不安だったと言った方が良かったかもしれない。


「……」


 夜。

 村の中央にある空き地に焚かれた篝火の下で、慎也は仏頂面で夜の帳の降りた森を睨んでいた。いつ何時、魔物がやって来ても即座に対応できるように。


「シンヤさん、そんなに緊張してたら、朝まで持ちませんよ?」


 そんな慎也に、ユフィアが背後から注意した。


「そうだよ。ちょっと落ち着こう。セリスちゃんも偵察に出てくれてる訳だしさ」


 結衣も追従する。

 セリシエルは現在、その飛行能力を生かして村の周辺を偵察しに出てくれている。


「ああ、すまない」


 慎也は緊張を吐き出すかのように大きく息を付いた吐いた。


「でも、ちょっと変なことになっちゃったよね」


 結衣の言う通り、当初の目的はオークの集落の調査であり、それを見つけてギルドに報告する――あるいは、討伐するまでが今回の依頼内容だったのだ。

 それが、集落を見つけた時には他の魔物に既に全滅させられていているという不測の事態となってしまった。


「けど、やることは変わらない。ギルドの指示があるまで、この村を守る。それだけだ」

「シンヤさんらしいですね」


 きっぱりと言いきった慎也に、ユフィアは微笑んだ。


「問題は、オークの集落を全滅させた奴の正体が判らないことだが……」

「あれは普通じゃなかったもんね」


 集落の惨状を思い出した結衣が、思わず身を震わせ、自分の肩を抱いた。

 死んでいたオークの中には、オーク・リーダーの他、より強力な希少種も多くいた。それを一方的に殲滅できる魔物の脅威を想像し、慎也も内心で震えた。

 単体であるとすれば、少なくともウォー・ウルフクラスの強さがあるはず。そんなものを相手に、逃げることなら出来るだろうが、村を守りつつ勝利するのはほぼ不可能だろう。


 最悪なのは、相手が複数――群れだった場合だ。集落にオーク以外の魔物の死体が無かったことからも、少なくとも単体でオークやその希少種を楽に屠る程度の強さはあるはずだ。そんなものが複数で村を襲撃したとすれば、その結末は火を見るより明らかだ。


「出来れば避難して欲しかったんだけどなー」


 ぼやくように言って、慎也は頭を掻いた。

 そう、この状況で最善なのは村から避難することだ。村を襲撃されたとしても、人がいなければ犠牲者は出ないから。

 だが結局、慎也の願いは果たされなかった。村人は安住の地を離れるのを嫌い、危険があるのを承知で村に残った。

 だからと言って彼らを責めることは出来ない。特に老人の場合、避難するほどの体力も無く、例え命の危機にあると判っていても、最期は住み慣れた村で過ごしたい、と希望し、その子や孫たちも、両親を、祖父母を置いていくことは出来ないと、側に残ることを選択した。

 その判断を、責めることなどできようか。


「仕方ないですよ。領主様のご下命ならともかく、一冒険者の推測にしたがって村を捨てるなんてこと、出来るはずがありません」

「だよねー。襲って来ない可能性だってある訳だし」

「けど、それで死んでしまったら元も子も無いだろうに」


 ユフィアと結衣の言葉にも慎也は納得できず、思わず歯噛みしてしまう。


「気持ちは判るよ。もしこれが日本だったら、すぐに避難警報が出てるもんね」

「二ホンという国には、そんなに魔物が多いんですか?」


 結衣の何気ない言葉に、異世界マニアのユフィアがすかさず喰い付いた。


「魔物はいないけど、災害なんかは多いよ。地震とか津波。大嵐。土砂崩れに洪水、火山の噴火とか。そんな場所だから、災害が起こった場合の備えなんかはとっても充実してたんだよ。なにかあった場合、すぐに安全な場所に避難出来るように、普段から訓練とかしたりしてさ」

「へー……凄いですね」


 ユフィアも感嘆の言葉を漏らす。


 日本と言う国は世界でもトップクラスの治安の良さを誇っていたが、反面、災害なんかは非常に多い国だった。慎也たちがこの世界に来る数年前にも、犠牲者の数が1万を優に超える大災害が起こったし、他にも隣国が弾道ミサイルなんかを発射しまくったことが原因で、それにも備えなければならない有様だった。


 そんな場所だからこそ、いざ災害が起こった時の避難計画などは充実していた。自治体などには災害が発生した場合の避難場所が常に確保されていたし、住民たちにいち早く危険を知らせる為の手段の模索が常に続けられ、災害が発生した場合の避難訓練なんかも怠らなかった。

 また、多くの災害を経験した結果、住民同士の助け合いの精神を育むことにも繋がった。寄付金やボランティア、援助物資なんかはその最たる例だし、他にも、数百人もの死傷者を出した大事故が起こった際、怪我人の半数近くが近隣住民によって救助され、病院に運ばれたこともあった。


 そしてこの世界は、日本なんかよりも遥かに危険で過酷な世界だ。にも拘らず、そう言った災害に見舞われた場合の備えなんかは皆無と言って良い。

 もちろん、それは仕方が無いことだ。日本に比べて文明も技術も比べ物にならないほど低いのだから。


「と言っても、最初からそうだった訳じゃない。文明が発達していなかった時代じゃ、戦なんかに巻き込まれて村や町が滅びるなんて、珍しくもなんともなかったしな」


 無論、それは戦国時代の話だ。気まぐれのように発生する戦や動乱に巻き込まれ、滅んだ村や町は数知れない。特に城攻めが行われる場合、敵軍ではなく、城主自らが城下町を焼き払うことが常だった。攻め寄せる敵軍に物資や住居を与えない為に。


 酷い時には攻める側が敵城の周辺の村々を焼き払い、それでいて農民たちをワザと殺さずに城へと追いやり、城内の人数を増やした上で兵糧攻めにして諸共餓死させたという例もあったくらいだ。


 そう言った歴史を熟知しているからこそ、慎也はなんとかして手遅れになる前に村人たちに逃げてほしかったのだが。


「とにかくいまは、この状況でどうやって村を守るかを考えよう」

「そうですね。出来ないことをいくら悩んでも仕方ありませんし」


 と、女性陣は思考を現実的なものにシフトさせた。


「どうすると言っても、相手の正体が判らないんじゃどうしようもない。ギルドの指示が来るまで、警戒を続けるしかない。っていうか、下手したら依頼自体がここで打ち切り、ってことにもなりかねないぞ?」

「打ち切り、って、いくらなんでも、そんなことは……」

「無い、って言いきれるか?」


 言い淀むユフィアに、慎也は続ける。


「元々、今回の依頼の目的はオークの集落を見つけることだったんだ。結果はあれだったけど、既にそれ自体は果たしてしまってるだろ?」

「そう言えば、そうだよね……」


 結衣も頷いた。

 ギルドとしては、まずはオークの集落に位置と規模を調査した上で、討伐隊を編成するかどうかを検討するつもりだったのだろう。この前の、ゴブリン遺跡の時みたいに。

 そうなった場合、調査と討伐――前者の報酬はケミナ村が、後者の報酬は領主が出すことになる。

 だが結果的に、そんなことをするまでも無く他の魔物によってオークたちは皆殺しにされてしまった。討伐隊を出す必要は無くなった。

 その時点で、この依頼は完了ということになる。


「オークの集落の件と、それを全滅させた魔物とはまったくの別問題な訳だ。だったら、ひとまずオークの依頼は達成したことにして、奴らを殺した魔物については別に依頼を出してください、ってなるのが筋じゃないか?」

「それは……そうかもしれませんが……」


 ユフィアも言葉を失った。

 冒険者は基本、ギルドの指示に従う他無い。そしてギルドはその規約上、依頼と報酬が無ければ冒険者を派遣することは出来ない。

 慎也の予測が正しければ、ケミナ村は、オーク集落の調査の報酬を払い、今度は、オーク集落を全滅させた魔物の調査、もしくは討伐の為の報酬を用意してキアナに街へ赴き、依頼を出さなければならなくなってしまう訳だ。


 林業と漁業で細々と成り立っているだけの寒村に、果たしてそんな余裕があるだろうか?


「でも、それじゃあ、どうしたら……」

「それを考えるんだろう?」


 ケミナ村が直面している、回避しようのない現実。それを知って不安気な表情を隠せないユフィアの頭を、ポンポンと慎也は軽く叩いた。


「幸い、いまはまだ、最初の依頼が有効だ。理想としては、この間に犯人を討伐してしまうことだが……」

「そんなに都合良くは行かないと思うな」


 結衣が苦笑交じりに言葉を挟んだ。


「当然だな。いつ襲ってくるか、って言うか、そもそも襲ってくるかどうかすら判らない上、相手の正体も判らない。ただ確かなのは、100匹以上のオークを皆殺しにした、ということだけだ。はっきり言って、オレたちだけじゃ手に負えないだろう」


 判らない、というのは、ある意味最悪と言って良い。

 オークよりもずっと恐ろしい魔物が近くにいるかもしれない。いつ襲ってくるか判らない。正体も判らない。

 それでは、村はずっと警戒し続けるしかない。もちろん、木を切る為に森へ行くことなんか出来ないし、村を守る為に夜間も寝ずに警戒し続けなければならない。それらは、村人たちに、経済的にも体力的にも精神的にも大変な疲弊をもたらすだろう。

 しかもそれがいつまで続くか判らないのでは、魔物に襲われずとも、それだけで村は崩壊してしまう可能性すらある。


「せめて正体だけでも判れば……」

「でも、魔物の魔晶核(コア)を抜き取ってしまう魔物なんて、私は聞いたことも無いです」


 困惑気味にユフィアは呟いた。

 確かに普通なら、魔物は殺した相手の肉を喰うだろう。他の魔物だろうと、人間だろうと。

 だが集落を襲った奴は、殺したオークから魔晶核(コア)だけを抜き取り、死体を放置している。そして人間に対しては、干乾びてミイラになるまで体液を吸い取っている。

 オークと人間とで、対応が明らかに異なっている。


 何故そんな真似をしたのか、それさえ判らず、慎也たちは頭を捻るしかない。


「あ――」


 不意に、結衣がポンと手を打った。


「そう言えば、ルピィちゃんが言ってたよね。オークの他にもなにかいた、って」


 言われて、初めて慎也もユフィアも思い出した。

 そもそも今回の依頼のきっかけである、オークを目撃した少年、リュンとその妹であるルピィ。2人に話を聞いた時、ルピィの方が恐怖に泣きながら言っていた。


 オークより怖いものがいる――

 怖いのはきっと、この村にも来る――


 嗚咽を漏らしながら、懸命に言葉を紡いでいた少女の訴え。


「ひょっとして、ルピィちゃんが見たのが、オークの集落を全滅させた犯人だったんじゃない?」

「……可能性はある」


 結衣の推測に、慎也も頷いた。

 ルピィの言葉が確かなら、そいつは彼女たちが目撃したオークを追っていったという。だとそれば、その「怖いの」がオークの村を襲った犯人、という可能性は充分ある。とは言え、まだ10歳に満たない女の子の、しかも魔物と遭遇して逃げる最中に見た、という証言だ。見間違いと言う可能性も低くない。


「1度、ルピィちゃんに詳しく聞いてみますか?」

「うーん、けど、あの子、その時のことを相当怖がってたしな。いまさらそれを思い出させる、ってのも……」


 慎也が腕を組んで悩み始めた、その時――


「きゃああああああ!!」


 村の入り口の方から、甲高い女の子の悲鳴が轟いた。

 しかも聞き覚えのある声。


「いまのは!?」

「ルピィちゃんの声だよ!」


 そう、慎也たちの聞き間違いで無ければ、いまも声は紛れもなくルピィのものだった。


「行くぞ!」


 急いで声のした方へと急ぐ。

 悲鳴を聞きつけた村人たちも、相次いで家から出て来て、不安と恐怖の入り混じった表情で互いに顔を合わせ、男たちの中には武器を手に声のした方へ走る者もいた。

 現場へ向かう間、最初の悲鳴に続くように怒号や新たな悲鳴、そして争う喧騒が聞こえてくる。



(最悪だ!)


 走りながら、慎也は心の中で悪態を吐いた。

 ルピィの悲鳴だけなら、単なる事故――例えば、ヘビを見て驚いただけ、ということも考えられたが、その後に聞こえてくる喧騒が、そのような甘いものではなく、ただならぬ事態が生じていることを如実に物語っている。

 明らかに、なにかの襲撃だ。


 件の魔物か――

 それともオークの残党か――

 あるいは他の魔物か――


 様々な可能性が脳裏を過る中、走り出してから10秒と経たないうちに、慎也は現場へとたどり着いた。

 そこで慎也が見たのは――


「……なんで?」


 愕然とした慎也の喉からそんな言葉が漏れた。

 またしても想像すらしていなかった、予想外の事態が待ち構えていたからだ。


 彼が見たのは、ガタガタと震える寝間着姿のルピィを拘束し、その喉元に刃を突き付ける――人間の姿だった。

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