第79話 まず服屋から行くぞ
お買い物♪ お買い物♪ (*´▽`*)
セリシエルを冒険者として仲間に加えることが決まり、慎也たちは、善は急げと、早速その準備に取り掛かることにした。
冒険者になるにあたって、準備しなければならない物は多い。
武器、防具などの装備はもちろん、衣服もだ。なにしろセリシエルは転移して来た時に着ていたボディスーツのような奇妙な服しか持っていないのだ。この世界の人間からしてみれば、というか、地球人である慎也たちにしてみてもあの服は奇抜としか言いようがないので、真っ先に衣服を用意すべし、と全会一致で決定した。
なにしろ、慎也たちもこの世界にやって来た当初はまったく同じ状況だったので。
そして、慎也、結衣、ユフィアの3人はセリシエルを伴って彼女の服と装備の買い出しと冒険者登録をすべく馬車でキアナの街へと向かうことにした。
で、当の本人はと言えば――
「あ、見て見てシンヤ! 木の上にリスがいるんだよ!」
御者をしている慎也の隣に座り、彼の服の袖をクイクイと引っ張りながら、近くにある木を指してそんなことをのたまっていた。
緊張感ゼロである。
ちなみに彼女はいま、件のボディスーツの上からマントを羽織っている。当初は結衣かユフィアの服を与えようとしたのだが、(主に胸の)サイズが合わなかったので断念せざるを得なかった。その際に結衣とユフィアがとっても複雑な顔をしていたが……
「ああ、そうだな」
密かに嘆息を漏らしつつも、適当に相槌を打つ慎也。
見れば、確かにリス(っぽい生き物)が木の枝の上でなにかの実をかじっていた。
「可愛いんだよ~」
もきゅもきゅと一心不乱に木の実をかじり、頬がパンパンに膨れているリスを一頻り眺めて満足したのか、セリシエルは馬車の上でうーんと背伸びをした。
「お日様がポカポカで気持ち良いんだよー」
(なんていうか……子供だな)
晴天の空で輝く太陽の陽光を浴びながら、気持ちよさそうな顔で呑気なことを言っているセリシエルを見ていると、昨夜から今朝にかけての緊張はなんだったのかと、なんとも複雑な気分になる慎也だった。
「セリスちゃん。慎也君は御者してるんだから、あんまり邪魔しちゃダメだよ?」
「はーい」
荷台の結衣に注意され、セリシエルは元気良く返事を返す。母親に注意されて素直に従う子供そのものだ。
記憶を失うまではどんな生活をしていたのかは知らないが、とにかく目に付くものすべてが珍しいらしく、出発してからずっとご機嫌な様子ではしゃぎまくっている。
子供である。
「キアナの街ってどんなとこなのか、とっても楽しみなんだよ!」
そんなセリシエルを見て、ユフィアが思わず微笑みを漏らす。
「なんだか、思い出しますね。シンヤさんとユイさんがこの世界に来て、初めて街に出かけた時のこと」
「そう言えば、あの時もこんな感じだったな」
2年以上前、慎也たちもまた、この世界で生きていくにあたって必要な物を手に入れる為、ウィルたちに連れられてキアナの街を訪れた。
奇抜な服を隠す為に外套を纏い、初めての異世界の街を楽しみにしながら。
考えてみれば、その時の慎也たちの言動が今回のセリシエルの色々ダブっていた。
ウィルに保護され、彼に案内されてキアナの街を訪れた自分たちが、逆に、同じような境遇にあるセリシエルを保護し、街へと案内している。
それがおかしくて、3人はそろって笑いを漏らした。
「キアナの街も楽しみだけど、異世界の街にも行ってみたいかも」
ニコニコ顔のセリシエルがそんなことを呟いた。
同じ冒険者パーティに加わる以上、その辺りのことはいずれ知られてしまうだろうということで、セリシエルには慎也たちの素性についてはだいたい話してある。
2年前に異世界からやってきたこと――
ウィルに拾われて冒険者をやっていること――
セリシエルは最初の内は驚いていたが、どうやら記憶を失ってもその辺の知識や一般常識は残っているらしく、案外と素直に受け入れてくれたのは幸いだった。
ただ、ユフィアがそうであったように、元の世界のことについて質問攻めにされそうになったが、落ち着いたら話してやる、ということでなんとか納得してもらった。もちろん、このことは絶対に口外するな、と約束させた。が、彼女の性格を考えると、なにかの拍子にポロ、っとしゃべってしまいそうな気がしたが。
「私もです!」
と、元気良く賛同したのは、異世界マニアのユフィアだった。
「オレも同感だけど、無理っぽいだろうな」
「だねー」
若干トーンの下がった声で、異世界人2人が言った。
ユフィアやセリシエルと違い、慎也と結衣は元の世界に戻ることを諦めていた。戻れるとも思っていないし、戻りたいとも思っていない。
元の世界での生活が、一般人に比べて不幸だったということもあるし、同時に異世界での生活がとても充実しているからでもあった。
「お、見えてきたぞ」
そんな他愛も無い会話を交わしている間に、目的地であるキアナの街が視界に入った。
2年前に初めて訪れた時となんら変わらない、水郷と外壁に囲まれた城塞都市。
慎也たちに取っては既に見慣れた光景だったが、初めて見るセリシエルにとっては違った。
「あれがキアナの街なんだね!」
馬車から立ち上がり、嬉々とした顔で街の様子を眺めるその様子は、遊園地を前にした子供のようであり、同時に初めて街を訪れた時の慎也たちのそれとも似通っていて、それがまた3人の苦笑を誘った。
「早く、早く行こうよ、シンヤ!」
「判った判った」
グイグイと服を引っ張るセリシエルに苦笑を深めつつも、慎也はタズナを打って馬車の脚を速めた。
◇◇◇
「わー、人がいっぱいいるんだよ!」
街に入るなり、セリシエルは大通りを行き来する人の多さに面食らい、同じくらい興奮していた。もし彼女に尻尾があれば千切れんばかりに振っていただろう。
「と言っても、ここはどちらかと言うと田舎町だから、他の街に比べたら人は少ない方なんですけどね」
と、地元民であるユフィアが説明した。
「これで少ないの? じゃあ、他の街はもっといっぱい人がいるの? どれくらい?」
ユフィアの答えに驚いて、矢継ぎ早に質問してくるセリシエル。田舎者である。
「さ、さあ……私もここ以外の街には行ったことが無いので……」
彼女の勢いに押され、少し焦った様子でユフィアは隣の慎也たちに救いを求めるように視線を向けるが……
「……右に同じく」
「……左に同じく」
ここ以外の街に行ったことが無いのは慎也と結衣も同じだった。
全員が田舎者だった。
「取りあえず、お前の服は大勢の人の前で見せて良い代物じゃないから、まずそっちを買いに行こうと思うんだが」
「そ、そうだね! まず服だよね、服!」
多少強引とも言える話題転換でもって話を変えた慎也に、すかさず結衣が同意した。
今日は買い物の為に街まで来たのだ。そして、セリシエルがいま着ているボディスーツは人前に晒すには色々と問題があるし、いつまでも外套で隠しておくわけにもいかない。
さしあたって、まず最初に買わなければならないのはセリシエルの衣服だというのは間違い無い。
2年前、慎也たちがそうであったように。
「それじゃ、まず服屋から行くぞ」
「可愛い服がいいなー」
服を買ってもらえるとあって、ウキウキとするセリシエルを伴い、慎也たちは手近な服屋へと足を向けた。
4人が向かったのは、市門からほど近い大通り沿いにある「リシル洋服店」という女性服の専門店だった。決して大きくはないものの、お手頃価格で品揃えも良いということで、結衣やユフィアがよく利用している。少し前までは買い物に来るたびに慎也は荷物持ちを強いられていたが、<共有無限収納>のスキルを得てからはその業苦からも解放された。
初めての街と言うことで、目に付く物すべてが珍しいのか、きょろきょろと落ち着きなく視線を動かし、少しでも興味を引く物を見ればそちらに行こうとするセリシエルを御しながら、いつもの倍近い時間をかけて慎也たちは店に向かった。
ややあって、目的地であった服屋が見えてきた。
この世界の店と言うのは地球のそれと違って、突発的に営業を休んでしまうことがしばしばある。店主が病気や怪我をしたり、盗賊や魔物の危険を孕む不安定なライフライン故に品物が届かなかったりと理由は様々だ。
慎也たちも、買い物に訪れた店が定休日でないにも拘らず閉まっていた、ということを何度も経験したが、幸いにも目的のリシル洋服店は営業しており、制服を着た女性店員が店の前をせっせと箒で掃除している。
「あれ?」
不意に、結衣が訝し気な声を出した。
「どうした?」
「あの店員さんて、もしかして、あの子じゃない?」
改めて見ると、店の前を掃除している女性店員は、明らかに慎也たちより年下の女の子だ。白いロングヘアを湛えた頭には獣人の証しである獣耳が見える。臀部から生えた白くて長い尻尾から、猫の獣人であることが伺える。
「って、ミリィ?」
「いらっしゃいま――あれ? シンヤさん!」
慎也の声に気付いた店員がこちらを振り返り、慌てて挨拶しようとしてびっくりした顔になる。
そう、彼女はいつぞや、ゴブリンに捕まっていたところを慎也たちに救われた、女獣人冒険者のミリィだった。いまはリシル洋服店の制服を着て、胸には「研修中」と書かれたバッジを付けている。
「やっぱりミリィちゃんだ」
「お久しぶりです、ミリィさん」
見知った顔と再会した結衣とユフィアが笑顔で挨拶する。
「ユイさんにユフィアさんも。その節は本当にありがとうございました」
ミリィの方も、思いがけず再会した命の恩人たちに改めて礼を述べ、頭を下げた。
「どうした、こんな所で? 冒険者、辞めたのか?」
「ええ、まあ。元々家族は私が冒険者になるのに反対していたんですけど、あの一件もあって、私自身も怖くなったというか、冒険者に向いてないと思うようになっちゃって……」
トーンの下がった声でミリィは呟くように言った。
「そうか……」
それに釣られるかのように、慎也の声も少しトーンが下がった。
魔物が怖くなって逃げだした臆病者――
そのような評価を彼女に下す人間もいるだろう。なにより彼女自身がそう思っていることは、口調や表情から明らかだ。初めて会った時は慎也たちに対して対等な口調で話していたのに、いまは敬語まで使っている。
命の恩人や客に対してというより、冒険者を続けている者に対して後ろめたさがあるのだろう。
だが、慎也は仕方が無いと思っている。
8級冒険者としての最初の依頼で仲間を全員失い、自身もゴブリンに捕らわれ、酷い怪我をさせられた上に凌辱されそうになったのだから。
ミリィの心が受けた傷は深い。もちろん、それを糧に立ち上がる者もいるだろうが、トラウマになって立ち上がれなくなっても無理はない。
ましてや、家族の立場からすれば、彼女を引き留めようとするのは尚更だ。
「それで、いつからここで働いてるんだ?」
「そうですよ。私たち、3日前にも来ましたけど、ミリィさんを見かけませんでしたよ?」
「そう言えば、そうだね」
これ以上この話題を持ちあげるのは気まずいし、ミリィが可哀想だと考えた慎也は、少し強引に話題を反らし、同じ思いだったユフィアと結衣が即座に追従した。
「あ、働き出したのは昨日からです。ここの店長さんと母が友人だったんですよ。だからその伝手で」
「そうか。まあ、確かに鎧なんかより、その服の方がずっと似あってるし、可愛らしいと思うぞ」
「ッ――!!」
「痛ッ!!」
それは、危険な冒険から逃げ出し、安全な服屋の店員に転向したことに対する後ろめたさを持っているミリィに対する、慎也なりの気遣いであり、決して深い意味や邪な感情など無かったのだが、何故か褒められたミリィは顔を真っ赤にし、傍で聞いていた結衣とユフィアから脇腹を抓られて、慎也は悲鳴を上げた。
「そ、それで、今日はお買い物ですか?」
まだ若干頬を赤くし、しどろもどろな口調なミリィが、先程の慎也以上に強引に話題を変更した。
「ああ、こいつの服を買いに、な」
「初めましてー」
いままで話の蚊帳の外に置かれていたセリシエルが、慎也に紹介された途端、ここぞとばかりに自分を主張した。
「こいつの名前はセリシエル。オレたちのパーティの新入りだ。森で迷子になってるところをオレたちが見つけて保護したんだけど、なにがあったのか、記憶喪失になっててな。ここがどこかも、自分が誰かも判らないそうだ。レベルが高くてスキルも戦闘向けだったんで、記憶が戻るまでオレたちと一緒に冒険者をしよう、って話になったんだ」
セリシエルについて、天使族であることや、転移魔法で現れたこと、何者かの精神操作を受けていたことなど、肝心なところはぼかしつつ、大まかな事情だけを慎也は説明した。
「記憶喪失、ですか?」
「そーなんだよ」
びっくりして目を見開くミリィに、困ったような、それでいて深刻さの感じられない、なんともおかしな表情でセリシエルが頷いた。
「で、当然着る服も無いもんだから、まずそれから買おうと思って、足を運んだ訳さ」
「そうでしたか。判りました。ウチはあまり良い店じゃありませんけど、品揃えは豊富ですから、ゆっくりと御覧になってください」
ミリィが営業スマイルで自分の働く店を宣伝するが、それが聞き捨てならない人間が聞き耳を立てていた。
「良い店じゃない、というのは、どういう意味だい、ミーちゃん?」
カランッ、という呼び鈴の音と共に店の扉が開き、恰幅の良い、気の強そうな様相の女性が現れた。ミリィと同じ制服を纏った30代後半くらいの人族だ。
「ててて、店長ッ!?」
途端、あたふたし始めるミリィ。
彼女はリシル。この店――「リシル洋服店」の店長である。元々この店も、彼女が立ち上げたものなのだ。その辺の事情は常連客である慎也たちは当然知っているし、リシルとも顔見知りの仲だ。
「まったくこの子は、働き始めて2日目で仕事サボって軒先で立ち話の挙句、店の評判を落とすとは良い度胸だね。そんなダメ猫娘にはお仕置きだよ」
「にゃうッ! て、店長、人前で勘弁して下さい! ふにゃあッ!!」
ずかずかとミリィに歩み寄るや、リシルは彼女の猫耳をつまんで揉みだした。途端、ミリィは気持ち良さそうな声を上げる。
猫に関わらず、獣人たちの耳や尻尾は神経が集中していてとても敏感なのだ。なにかに打ち付けたり、抓られたりすれば飛び上がるほどい痛いし、掴まれたり揉まれたりすればいわずもがな、だ。
「話は聞いたよ。うちのダメ猫店員を助けてくれたのが、店の常連さんだったとは驚いたよ。この子は私の親友の娘だし、あたし自身もちっちゃい頃から色々世話してきたから、救ってくれたことは感謝するよ」
耳弄りから解放され、ヘロヘロになっているミリィの頭をポンポンと叩きながらリシルが言った。
言われてみれば、慎也たちもリシル店長がミリィの母親の親友だったなんていま初めて知ったし、そのことを話したこともなかった。
「礼と言っちゃなんだけど、今回は特別に全品半額にさせてもらうよ」
「良いんですか?」
リシルの思わぬ大盤振る舞いに、慎也たちは目を丸くした。
「親友の娘の命の恩人だからね。それに、この手の商売は人との繋がりこそが命だからね。取引先にしても、従業員にしても、客にしてもね。多少のおまけは、その為の投資と思えば良いさ」
人との繋がり――
接客業を営む人間が言うと、けっこう重みがある。
冒険者にしても言えることだが、どんなに実力があっても、やはり1個人、1パーティでは出来ることは限られる。いざという時に助けてくれる他者があってこそ、冒険者という危険極まりない仕事が出来るのだ。
ゴブリン遺跡の事件や、先日の盗賊討伐が良い例だ。
「ってことだから、遠慮せずにどんどん買っとくれ。こんなチャンスは滅多に無いから」
「ありがとうございます、リシルさん。お言葉に甘えさせていただきます」
いずれにせよ、リシルの厚意はありがたい。無下にするのも悪いので、遠慮なく受けることにした。
「あのー」
そこで、なにやら遠慮がちにセリシエルが挙手した。なぜか期待に満ちたキラキラとした目で。
「どうしたんだい?」
「実はその……」
リシルが問うと、セリシエルは視線をミリィに、いや、ミリィの耳へと向けた。
「私もミリィちゃんの耳を触ってみたいんだよ」
「え!?」
セリシエルのお願いに、ミリィが絶句する。どうやらさっきリシルがミリィの耳を弄っているのを見て自分も触ってみたくなったらしい。
気持ちは判る、とばかりに結衣が納得顔で頷いていたが、慎也は気付かないふりをした。
さらに――
「良いよ。減るもんじゃなし、売りもんでもなし、いくらでも触ってあげな」
「わーい!」
「店長ーっ!」
リシルのまさかの容認に、セリシエルは歓声を、ミリィは悲鳴を上げるのであった。
次回更新は月曜日の予定です。




