第78話 記憶喪失かよ!
謎の天使少女は、果たして敵か味方か……( ,,`・ ω´・)ンンン?
「うっ……う~ん……ん?」
森の小屋の一角に、そんな間の抜けた声が響いたのは、日が昇ってしばらく経ってからのことだった。
声の主は、件の謎天使――セリシエルだ。
数時間前、突然慎也に襲い掛かってきた彼女をウィルの協力で鎮めた後、再び意識を失った彼女を、慎也たちはまた元のベッドに横たえた。ユフィアの魔法によって襲撃の原因であったセリシエルの精神操作自体は取り除かれたのだが、万が一に備えて慎也は自分から志願して同じ部屋で見張りをしていた。
その際、何故か結衣とユフィアからジト目で睨まれたが……
ちなみにストライク・スーツに魔法銃×2、イクサと言うフル装備である。
どうやら目覚めたらしいな、と同じ室内にいた慎也は緊張の色を強くした。
精神操作自体は解けていると言っても、元の性格や彼女の正体如何では再び刃を交えなければならなくなるかもしれない可能性は充分にある。
数時間前に危うく殺されそうになった慎也は、そのことを自覚しつつ慎重に相手の反応を待った。
「あれ? わたし、なんだっけ……?」
そんな呟き声を聞いて、ひとまず精神操作は確かに解けているな、と安堵する。
だが、いまの呟きには、少々不穏な単語が含まれていた。
まるで自分のことが判らないような――
(おい、ちょっと待て。まさか――)
慎也の胸中を過った悪い予感は、他ならぬセリシエル自身の口から裏付けられることとなった。
「え? ここ、どこ? 私、どうしてここに……っていうか、私って、誰だっけ……?」
寝ぼけたような独り言を呟くセリシエルに、慎也は嫌な予感が的中したことを確信した。
「記憶喪失かよ!」
「! 誰ッ!?」
思わず出てしまった声に、ビクリ、とセリシエルが反応した。
「誰かいるの? って、あれ、動けない! 動けないんだよー!」
先刻、セリシエルを寝かした後、に万が一、彼女が目覚めた時に暴れ出した場合に備え、革製のロープを持ちいてベッドの上に拘束していたのだ。盗賊を拘束するのにも使った頑強なロープで、高レベルの<闘気>使い出もない限り自力で解くのは難しいヤツだ。
なんか言葉遣いが変だな、と思いつつも、混乱しているらしいセリシエルを落ち着かせる為に、彼女の見える位置まで移動する。
「落ち着け。別に取って喰いはしないから」
慎也が歩み寄ると、セリシエルはやや緊張した面持ちで彼の方へ目を向けた。
「あなたは誰? ここはどこ? 私は誰?」
などと矢継ぎ早に質問され、慎也は顔を顰める。やはり混乱しているらしかった。
「オレは慎也――冒険者だ。ここはオレの、いや、オレたちの家。お前が誰かは、こっちが知りたい」
正直なところ、それが一番知りたかったのだが。
「そんなこと言われても、覚えてないんだよ」
本当に記憶喪失なのか、あるいは覚えていない振りをしているだけなのか?
心底困惑しきったセリシエルの表情からは、とても嘘を言っているようには見えなかった。
「じゃあ、自分に付いて知ってることを言ってみろ」
「名前がセリシエルで、天使族の美少女ってことは覚えてる」
「自分で自分のことを「美少女」っていう奴、初めて見たわ!」
ツッコミを入れてから、いや、と慎也は思い返した。前に結衣が言っていたような気がしたが、この際どうでも良い。
「っていうか、なんで私、動けないの? あなたはどうして、私にそんなことを聞くの?」
「お前、昨日自分がなにしたか、覚えてないのか?」
「だから、なにも覚えてないんだよ。目が覚める前のことはさっぱりなんだよ。ホントなんだよ。信じてほしいんだよ!」
「だよだようるさい」
どうやら彼女は、語尾に「~だよ」とか「~なんだよ」と付けるのが口癖らしい。ついでに言うと、精神操作されていた時の記憶も無いようだ。元々そういうものなのか、あるいは記憶喪失の影響で過去と一緒に消えてしまったのかは判らないが。
「ちょっと待ってろ」
自分1人ではなんなので、ウィルを呼びに行こうと慎也は踵を返した。
結果的にその必要は無かった。
「目が覚めたみたいだね」
呼びに行くまでもなく部屋の扉が開き、ウィルが入って来た。
「さて、お嬢さん。気分はどうかな?」
「最悪なんだよー……」
「それは申し訳なかったね。いま解いてあげよう」
余興も無く頷いて、ウィルはセリシエルの身体を固定していたロープを外した。
「ふぁ~、自由って素晴らしいんだよ!」
拘束を外され、自由を取り戻した身体の動きを確かめるように、ベッドの上で背伸びをするセリシエル。その様子からは昨日見せた剣呑な雰囲気は欠片も見受けられない。ともすれば、別人なのでは、と思いたくなる。
「無粋な真似をして申し訳なかったね」
「別にいいけど、ここがどこで、私が誰で、どうして縛られてたのか、教えてほしいんだよ」
「?」
私が誰、という言葉に困惑顔になったウィルは、少しの間言葉を詰まらせて――
「なるほど、記憶喪失か……」
「自分の名前以外はなにも覚えてないそうです。昨日のことも……」
慎也が補足する。
「ふむ。しかし、精神操作は解けているし、この様子なら自由にしても問題無いだろう」
「オレもそう思いますけど、結局こいつが何者で、誰にどういった理由で操られていたのかは判らずじまいですけど」
自分が殺されそうになった理由を聞けなかったことに、慎也は落胆を覚えた。だからと言って、セリシエルを責める気は毛頭無い。真に責めを負うべきは、彼女を操っていた人間なのだから。
「操られてた?」
こっちの会話をしっかり聞いていたセリシエルが、可愛らしく首を傾げた。
「ああ、それは――」
慎也が説明しようとした時、唐突に、きゅるる~、という可愛らしい音がセリシエルのお腹から聞こえてきた。
「お腹減ったんだよ……」
セリシエルが、空腹を訴える腹に手を当てて力無く呟いたかと思うと、唐突になにかに気付き、目を閉じて鼻をピクピクさせる。
「美味しそうな匂いがするんだよ!」
言われてみれば、確かに部屋の外から美味しそうな匂いが漂ってきていた。
「ああ、もうすぐ朝食の用意が出来るので、シンヤ君を呼びに来たんだったな」
ウィルが思い出したように言った。
セリシエルの見張りをしていた慎也に朝食を報せに部屋の前まで来た所、2人の会話に気付いたのだ、と。
「そろそろ目覚めるだろうと思って、君の分も作っておいたよ。食べるかね?」
「食べるんだよ!」
ウィルの問いかけに、間髪入れず、目をキラキラ輝かせながらセリシエルが答えた。
「それじゃあ、一緒に食べようか。付いてきなさい」
「はーい!」
セリシエルが子供みたいに元気よく手を上げてベッドからぴょんと飛び降りる。
「シンヤ君、ひとまず問答は後回しだ。わしらも朝食にしよう」
「……いいんですか?」
ちらり、とセリシエルの方へ視線を向けながら慎也が問い返す。
昨晩、殺されそうになった身としては、もう少し警戒していた方が良いと思っていたのだが……
「この様子なら大丈夫だろう。それに、話や相談事というものは、食卓を囲んで行うのが一番効率良く進むものだよ」
「はぁ……」
確かにこれまでの素のセリシエルの言動を見ている限り、およそ危険人物とは真逆のように見える。天真爛漫というか、酷く子供っぽい。
「なにしてるの? 早く行こう!」
我慢できないのか、セリシエルが催促してくる。それがまた、ご飯をねだる子供のように見えて、慎也もすっかり毒気を抜かれてしまう。
「しょうがない。行きますか」
「そうしよう」
「ごはんー!」
自分の置かれた状況や、記憶を無くしていることなどすっかり忘れた様子で、セリシエルが元気よく言った。
◇◇◇
「じゃあ、ホントになにも覚えてなんですか?」
「そうなんだよ。目が覚めたら頭の中が真っ白だし、身体は動かないしで、ホントにびっくりしたんだよー」
「過去が思い出せないのって、結構つらいよねー。私たちに出来ることがあったら言ってね。力になるから」
「きっとすぐに思い出せますよ!」
「うぅ~、ユイちゃん、ユフィアちゃん、ありがとうなんだよ~」
朝食を食べ終えた後、すっかり打ち解けた様子のユフィア、セリシエル、結衣が話に花を咲かせていた。まるで友達同士のように。というか、たぶんこの短期間で友達になってしまったのだろう。
実際、洗脳の解けたセリシエルは非常に明るく子供っぽい性格をしている。基本的に誰とでも友達になれてしまうタイプだ。
「ステータスがおかしなことになってる原因も判らないんだよね?」
「うん、全然。これがどんなスキルなのか、なんで名前とレベルが判らないのか、私にも判んないんだよ」
結局、親しくなった結衣とユフィアが、自然な流れで慎也たちがセリシエルに尋ねたいことをあらかた聞き出してしまった。
結論から言うと、なにも判らなかった。
彼女が何者なのか――
どこからやってきたのか――
どうしてステータスに異常が生じているのか――
誰に操られていたのか――
セリシエル自身、これらの疑問についての答えを持っていなかった。過去と同様、なにも判らない、覚えていないとのことだった。
「どうします?」
「ふむ……」
慎也の問いに、ウィルは顎に手を当てて考え込んだ。
なにも覚えていないということは、当然、帰る場所も判らないということだ。
(じゃあ、あの時セリシエルは、どこへ帰りたがってたんだ?)
昨夜、精神操作から解き放たれた時、セリシエルは確かに「帰りたい」と呟いていた。恐らくは無意識に出た願望だったのだろうが、それに関してもセリシエルはなにも覚えていないらしい。
「あのー……」
「ん?」
考えに耽っていると、なにやら申し訳無さそうな顔のセリシエルが慎也に声を掛けた。
「その……ごめんなさい」
「? なんで謝るんだ?」
セリシエルの突然の謝罪に、慎也は首を傾げる。
「私、あなたに酷いことしちゃったみたいだから……」
「ああ、昨日の夜のことか」
昨晩、慎也を襲って殺そうとしたことを気に掛けているらしい。
「気にするな。あれは精神操作されていた結果であって、お前の意志じゃなかったんだし」
「そーだよ。本当に悪いのはセシルちゃんを操っていた人で、セシルちゃんは悪くないよ!」
「ユイさんの言う通りです。気にしちゃダメですよ?」
と、結衣とユフィアも擁護する。
ちなみに、彼女たちはセリシエルのことを「セシル」という略称で呼んでいる。
「ありがとう……」
目じりに薄っすらと浮かんだ涙を指で拭って、セリシエルは改めて礼を述べた。
「それよりも、これからどうするか考えましょう」
ユフィアの言う通り、当面の問題はセリシエルの身の振り方だ。
なにしろ彼女は記憶もなく、自分が何者で、どこから来たのかすら判らないときている。
本人の記憶が無い以上、これらについてはひとまず棚上げするしかない。
だが、いつまでもこうしている訳にもいかないし、早急にこれからどうするかを考えなければならない。
彼女には拠り所が無いのだ。地球に比べて遥かに過酷なこの世界に置いて、記憶も拠り所も無いという事実は致命的な結末を招きかねない。
「では、シンヤ君たちと一緒に冒険者をしてみてはどうかな?」
ウィルが提案した。
「冒険者、ですか?」
「レベルは申し分無いし、スキルを見る限り、彼女はシンヤ君と同じ魔法剣士のようだ。ちょうど君たちのパーティも、シンヤ君以外の前衛がいないことがネックだと思っていたところだし、ちょうど良いんじゃないかな? もちろん、君たちが良ければ、の話だが」
「はーい、私は賛成でーす」
ウィルの提案に間髪入れず結衣が賛成する。
「私も構いません。というか、是非お願いします!」
珍しく積極的にユフィアが勧誘している。
慎也は知らなかったが、結衣とユフィアもまた、自分たちのパーティに慎也以外の前衛がいないことを不安に思っていた。後衛であり、魔法使いでもある自分たちには、慎也のサポートは出来ても、彼の背中を守ることが出来ない、と。それが悔しくもあり、もどかしくもあった。
自分たちではどうすることも出来ない。だから誰かもう1人、自分たちの代わりに前線で魔物と戦いながら慎也の背中を守ってくれる人がいてくれれば、と。
そこへ、降って湧いたかのように巡ってきたセリシエルを逃してなるものか、と。
幸いセリシエルは過去が判らないことを除けば、好感を抱ける性格をしているし、戦闘能力自体は全然問題無い。しかも貴重な魔法剣士とあればなおさらだ。
「戦えるかどうか判らないけど、みんな良ければやってみるんだよ!」
と、セリシエルもやる気を見せる。
そうなると、あとはリーダーである慎也の判断ですべてが決まる訳だが――
「みんなが良いって言うなら、オレにも異論は無いよ。確かに前衛がオレ1人だけ、ってのは不安要素だったし、実際に戦ってみて、戦闘能力的にも全然問題無いことはオレが一番良く判ってるし、仲間になってくれる、って言うなら大歓迎だ」
「「「やったー」」」
慎也が決を下したことで、晴れてセリシエルのパーティ加入が決まった。
新たな仲間が増えたことに、結衣、ユフィア、セリシエルが互いにハイタッチをして喜び合っている。
(問題があるとすれば、セリシエルが希少な存在である天使族で、過去がまったく判らない、ということだが)
ステータスの異常や、精神操作。あれだけの不確定要素を抱えていて過去になにも問題が無いということはあり得ないだろう。場合によっては、自分たちに取っても重大な問題になる可能性は大いにある。それを認識しながらも、無邪気に喜び合っている仲間たちの手前、慎也はあえて口に出さずにいた。
ちら、と横目でウィルの方を見ると、同じ様にこちらを見ていた彼と目が合った。
「叶うことなら、なにも起こらないことを祈るよ」
「……そうですね」
どうやらウィルも同じ不安を感じているらしい。
不確定要素を孕みつつも、慎也は新しい仲間を迎えるのであった。
次回更新は2/22か23日の予定です。




