第77話 帰りたい……
VS天使o(*・ω・)○
か細い、それこそ女性の指となんら変わらない程に細く、しかし凶悪な破壊力を秘めた閃光が夜の闇を斬り裂いた。
光系魔法――《光閃》。
魔力で発した光を収束させ、撃ち出す魔法。いわゆるレーザーのようなものだ。
「ッ!!」
真一文字に奔った閃光は、<危機感知>スキルの警告に従って、咄嗟に身体を横に投げ出した慎也の頬を微かに灼き、庭に生えていた木の幹にビー玉大の貫通孔を穿って夜の森の中に消えていった。
「な、なにしやがるッ!?」
横っ跳びの反動を地面で一回転して殺し、慎也は怒号を上げる。
いまの一撃は完全に殺す気で放たれた。もし慎也の回避動作が刹那でも遅れていたら――あるいは、セリシエルの様子がおかしいことに気付いて予め警戒して身構えていなかったら、<危機感知>スキルが無かったら、慎也の頭には、彼の背後の木と同じく風穴が開いていた。
だがなにより慎也を戦慄させたのは、攻撃を仕掛けたセリシエルにまったく殺気が感じられなかったことだ。まったくの自然体で、あるいは機械の様に攻撃を仕掛けてきた。
これまで相対したことの無い異質さに、慎也は戦慄を隠しきれなかった。
「おまえは――!?」
慎也の言葉は、セリシエルの放った2発目の《光閃》によって中断を余儀なくされた。
咄嗟にその場を飛び退いた次の瞬間、一瞬前まで慎也が立っていた地面の土を光線が焼いた。
(聞く耳持たない、って訳か! 殺すわけにもいかないし、どうにか取り押さえないと!)
体勢を立て直し、セリシエルに向き直った途端、3発目の《光閃》が飛んで来てまたも回避を強いられる。
(くそ、これじゃ近づけない。遠距離から取り押さえるしかない!)
接近を諦めた慎也は、こちらも魔法で応戦することにした。だが、下手な魔法を撃てばセリシエルを傷つけかねない。なので彼が選んだのは、自身が最も得意としている魔法――《見えざる手》だ。
《見えざる手》は見えない手で物を持ちあげたり、移動させたりする物理系魔法。その気になれば人間1人取り押さえることくらい訳は無い。
だが、慎也の放った見えざる手がセリシエルを正に捕らえる直前、セリシエルが跳んだ。
「な――」
驚愕を張り付けた顔で、慎也はセリシエルの姿を追って視線を上へと移す。彼女の姿は一瞬にして、地上から10メートル以上も飛びあがっていた。
恐るべき跳躍力だ。だがそれ以上に慎也を戦慄させたのは、セリシエルが跳躍する際に予備動作がまったく無かったことだ。
普通、人間が自力で高く飛ぼうと思ったら、走って助走を付けたり、或いは身を屈めて力と筋肉を撓めるなりする予備動作が必要不可欠だ。
なのに、セリシエルにはそれが無かった。本当に、直立不動の状態の体勢のまま、いきなり真上に、しかも尋常ではないほど高く飛びあがった。
慎也が唖然としている間に、上空に飛びあがったセリシエルの身体に異変が生じた。
慎也からは死角になっている彼女の背中からいきなり光が溢れたかと思うと、そこから白鳥を思わせる純白の翼が現れたのだ。
「天使――」
我知らず、慎也は呟いていた。
その姿はまさに、地球上でも神話の存在として知られる天使そのものだった。
夜空に輝く4つの月を背負い、自身の身体よりも大きな一対の翼を羽ばたかせるセリシエルの様相は、幻想的とすら言えるほどの美しさと神秘さを醸し出していた。
まるで戯画のようなその構造に、慎也はつかの間、我を忘れて見入ってしまった。
だがそんな時間も、セリシエルの周囲に現れた無数の魔法陣によって強制中断させられる。
「やべッ!」
慎也が<閃駆>を駆ってその場から飛び退いたのと、セリシエルの魔法陣から無数の光線が放たれたのとは、ほぼ同じタイミングだった。
パパパ――と、降り注いだ光線の驟雨が、一瞬前まで慎也が立っていた地面をハチの巣へと変えた。
光系魔法――《無慈悲なる光雨》。
先程の《光閃》をレーザーに例えるなら、こちらはパルスビームの弾幕と言ったところだろう。一発一発の威力はは《光閃》には及ばないが、そのぶん数が多い。
「くそっ!」
間一髪で集中砲火の圏外へと逃れた慎也だったが、その後を追うように再び光の弾幕が放たれる。しかも先程よりも広範囲に。
「ヤバい!」
慎也の逃げ場を塞ぐ形で迫りくる死の光。だがそれが慎也をハチの巣に変える前に、両者の間に黒い影が躍り出て、手に持っていたなにかを振るうと、あれほどの威力を誇っていた《無慈悲なる光雨》の豪雨がかき消されるように消滅した。
「!!」
「ウィルさん!」
影の正体は、刀を携えたウィルだった。
どうやら慎也とセリシエルの戦闘音を聞いて駆けつけてくれたようだ。
「無事かね、シンヤ君?」
「なんとか……」
頼もしい援軍を得て、九死に一生を得た慎也は額に滲む汗を拭いつつ、掠れた声で答えた。
「慎也君!」
「大丈夫ですか!?」
そこへ、寝間着姿に杖を持った結衣とユフィアも駆けつけて来た。
「それで、シンヤ君。何故こんなことになったのか、説明してくれんか」
「オレにもよく判りません。あいつが庭先に呆けっと突っ立ってるのを見かけたんで声を掛けたら、いきなり攻撃されたんです」
「ふむ……」
改めてウィルは上空に浮かんだままのセリシエルを観察してみる。新たな敵の登場に警戒してか、彼女は攻撃の手を止めてこちらの様子を伺っている。
「慎也君、夜這いとかしたんじゃない?」
「シ、シンヤさん……」
「しとらんわ!」
何気なく結衣の放った謂れ無き誹謗に、何故か悲しそうな顔になるユフィア。事実無根の理不尽な言いがかりに、慎也は顔を赤くして叫ぶ。
「……なるほど、そういうことか」
「違いますからね! オレ断じて夜這いなんかしてませんから!?」
なにやら納得顔のウィルに、慎也が慌てて自己弁護する。
「そうじゃない。どうやら彼女は、誰かに精神操作されているようだ」
「「「精神操作?」」」
3人が声を揃えてウィルに聞き返した。
魔物のステータスしか見えない慎也たちとは違い、ウィルには人間(天使族)であるセリシエルのステータスが見えている。彼の視界に映るセリシエルのステータスには『状態異常:精神操作』の表記が示されていた。
「それじゃあ、あの子は誰かに操られている、ってことですか?」
ユフィアが聞き返すと、ウィルは神妙は表情で頷いた。
「なら――」
「状態異常は――」
どうして最初にセリシエルのステータスを確認した時に気付かなかったのか? と、聞こうとした慎也の言葉に被せるようにして、ウィルが答えた。
「異常を来している箇所を直接目で見ないと判らない。精神における異常の場合、その人間の精神が覚醒している間しか判らないんだよ」
ウィルの説明に、3人は、なるほど、と頷いた。
最初見た時、セリシエルは意識を失っている状態、つまり、精神が閉じていた為、ウィルも彼女が精神操作されていることに気付かなかったという訳だ。
「術者が近くにいないにも拘らず精神操作が解けておらず、彼女自身の意識も無い所を見ると、『自動操作』タイプの精神操作を掛けられているようだ」
他者、あるいは魔物の精神を操る魔法は、大きく分けて『遠隔操作』と『自動操作』の2種類が存在する。
前者は術者が口頭などで直接命令するタイプ。直接命令することで色々な作業をさせることが出来る反面、術者が近くにいないと効果が続かないという欠点がある。
後者は与えられた命令をひたすら機械的に熟すタイプ。術者が近くにいなくても効果は持続するが、限一度に1つか2つほどしか命令出来ない。
「恐らく術者が彼女に与えた命令は、「味方以外の人間を殲滅しろ」といったところか……」
「ひどい……」
結衣が口を押えて絶句してる。
それではまるで殺戮機械だ。しかも本人の意志とは関係無くやらされている。術者が何者で、なんの為にこんなことをしたかは知らないが、最悪としか言いようがない。
だが同時に納得もした。
たぶんセリシエルは、夜中になにかの拍子に目を覚ましたのだ。精神操作の影響を受けたまま。だが部屋には誰もおらず、命令に従ってターゲット、あるいは命令を与えくれる術者自身を探している内に外の出てしまい、そこへたまたま、あるいは運悪く慎也が現れた為、敵と判断して攻撃を仕掛けてきたのだろう。
「いったい、誰がそんなことを……」
「さて、それは本人に聞いてみるとしよう」
怒りで歯噛みする慎也に、対照的に冷静な声でウィルが言った。
「そろそろ彼女も限界が近いようだからね」
ウィルの言葉に釣られて慎也はセリシエルの方へ目を向けた。暗がりでいままで気付かなかったが、よく見ればセリシエルの顔色が酷く悪い。額には珠の汗を浮かべているし、呼吸も荒く、空中浮遊もふらふらと安定していない。
見るからに疲労困憊な様子が見て取れた。
「元々、魔力が枯渇した状態で、充分に回復しないままあれほどの魔法を使用すれば、まあ当然だね」
と、ウィルが嘆息する。どうやら、元々魔力の回復が不十分だった状態に加え、さっきまでの光魔法の連続使用で魔力欠乏症を起こしているらしい。
「あとは、わしに任せなさい」
普段と変わらない、穏やかな笑みを浮かべたまま、ウィルは刀を構えなおした。
どうやらセリシエルも、眼下に集う4人の人間の中で最も危険なのはウィルであることを理解したらしい。
彼に向けされたセリシエルの指先から再び《光閃》が放たれる。だが、魔力が乏しいせいか先ほどまでの威力は無い。
「むんっ」
死の閃光を、ウィルはまるでハエでも払うかのように魔力を通した刀の一振りで掻き消した。
「!」
驚愕の表情を浮かべたセリシエルの視界から、ウィルの姿が搔き消える。その一瞬後には、彼の姿は地上から10メートル以上離れた中空に浮かんでいたセリシエルの眼前にあった。
「――!!」
咄嗟に魔法を放とうとしたセリシエルの手首を、一瞬早くウィルが掴んだ。その瞬間、セリシエルの全身に電流に似た衝撃が走り、身体が動かなくなる。
物理系魔法――《戒めの鎖》。
物理系の初級魔法で、相手の動きを封じる――つまり、金縛り状態にする魔法だ。呪文の詠唱が無くとも使用できるが、直接対象者の身体に触れなければ効果が無い。
一瞬の早技でセリシエルを拘束したウィルは、そのまま彼女を抱えて優雅に地面に着地した。
「すごい……」
「さすがお爺様です」
結衣とユフィアの口から感嘆が漏れる。慎也も内心では同じ気持ちだったが、同じ魔法剣士として、尊敬や憧れといった気持と同時に、若干の悔しさもあった。
自分が追い詰められていた相手も、ウィルはいとも簡単に捕らえてしまったのだから。
(あそこまでなるのに、何年かかることやら……)
すぐ近くにいながら、同時に自分とはかけ離れた高みに立つウィルに、若干の劣等感を抱きつつも、必ず追いついて見せると、慎也は改めて決意するのだった。
「さて……」
そんな慎也の心中を知ってか知らずか、ウィルは抱えていたセリシエルをその場に横たえた。
「う、くっ!」
ウィルの《戒めの鎖》を受けたセリシエルは、なんとか戒めを解こうともがいているようだが、元々のレベル差に加えて魔力がほとんど尽きかけている状態ではどうやっても逃れることは出来ない。
「ユフィア、頼む」
「はい!」
ウィルに呼ばれ、ユフィアがいそいそと杖を持って彼の元に走る。
いまこの場にいるメンバーで、精神操作系の状態異常を解けるのはユフィアだけなのだ。
「見た所、少々強めの精神操作を掛けられているが、お前なら充分に解呪できるはずだ」
「判りました。任せてください!」
尊敬する祖父に頼られたことが嬉しかったのか、ユフィアは溌剌とした声で答えると、手にした杖を掲げて呪文の詠唱を始めた。
状態異常――バッドステータスと言っても、種類は多岐に上る。
出血、骨折、火傷、部位破壊と言った外傷系に加え、中毒、病気、催眠、盲目などの疾患系。他にも、呪い、憑依といった呪詛系など、様々な種類が存在する。
魔法による状態異常の場合は当然、魔法によって解除することが出来るが、異常の種類によって解除の為の魔法も異なる。
慎也のパーティメンバーの中で、回復、補助の役割を担っているユフィアは、この2年の間に仲間が状態異常になった場合に備えていくつもの解除魔法を習得してきた。
いま彼女が唱えているのはその中で、精神系の異常を解除する為の神聖系中級魔法――
「《解き放たれし心》」
ユフィアが言霊を発した瞬間、セリシエルの身体を中心にして眩い青色の魔法陣が浮かぶ。魔法陣の発する神秘的な光に包まれたセリシエルは、一瞬、身体をビクリと仰け反らせ、大きく目を見開いて声なき声を迸らせた。
ややあって、彼女の身体から力が抜け、引きつっていた表情は穏やかに弛緩していく。
「帰りたい……」
セリシエルの口から、消え入りそうな声が漏れたのを、慎也は確かに聞いた。
その言葉を最後に、再びセリシエルは意識を失った。彼女が気を失うと同時に、背中の翼も光の粒子と化して消え失せる。
「……もう大丈夫。彼女の精神操作は確かに解除された。上出来だ、ユフィア」
「……良かったです」
ウィルが健気な孫娘の頭を撫でて褒め、ユフィアの顔にはやり遂げた達成感と祖父に褒められた嬉しさ、誇らしさと同時に、明らかな疲労感も浮かんでいる。
精神系の状態異常を解除する《解き放たれし心》は、神聖系魔法の中でも中の上辺りに位置する比較的高度な魔法で、魔力の消費も激しいので、ユフィアも少し疲れてしまったらしい。
ちなみに、この2年間、慎也やユフィアは1度も精神系の状態異常に陥ったことは無かったので、ユフィアが《解き放たれし心》を使用したのは今回が初めてだった。
「シンヤ君、彼女をまたベッドまで運んでやってくれるか?」
「判りました」
地面に横たわったままのセリシエルを横抱きに抱え上げる。その穏やかな寝顔は、先ほどまで自分を殺そうとしていたのと同一人物とは思えないくらいあどけないものだった。
最後に彼女が発した「帰りたい」という言葉が慎也の脳裏を過る。
「お前、いったいなにがあったんだ?」
小声で問いかけても、答えが返ってくるはずもない。
セリシエルの身になにが起こったのか――
誰が彼女を操っていたのか――
なにをさせられていたのか――
そして、彼女のステータスに起こっていた異常はなんなのか――
不吉な疑問をひとまず胸にしまって、慎也はセリシエルを抱えたまま家へと歩き出した。
次回更新は未定です。来週中にアップできると思います。それが終わったらまた従来の投稿ペースに戻しますので、もうしばらくお待ちくださいm(__)m




