第72話 賊ども。参れ!!
犯罪組織のアジト襲撃というのは、ねんみつな偵察や計画があって初めて成功するのです(=゜ω゜)ノ
「ぎゃああ!!」
「ごえ!」
闘気矢の豪雨を浴びた盗賊たちの間で悲鳴と絶叫、そして断末魔が交錯する。ある者は胸に、ある者は頭に闘気矢を浴びて即死する一方、肩や手足に矢を受けて傷を負う者も少なくなかった。
弓型戦技――ダウンプーア。
「うーん、思ったより仕留められなかったわね」
茂みの中でシアーシャがぼやく。
これがフェルナが考えた作戦の一環だった。
まずは見張りを始末し、結衣の魔法で要であるトロルに大ダメージを与えてから、異変に気付いて外に飛び出して来るであろう盗賊たちに、林の中に隠れたシアーシャと結衣が弓と魔法で攻撃して人数を減らす、というもの。
予定通り砦の外に出て来た盗賊たちに先制攻撃を浴びせたものの、仕留められた人数は3人、負傷したのは5人と言ったところだ。
「くそっ! どこにいやがる」
「落ち着け、ここじゃ狙い撃ちにされる。いったん隠れろ!」
仲間を倒され、こちらを探そうとして林の中に目を走らせる盗賊を、仲間が強引に入り口の奥へと引っ張り込む。負傷して倒れた盗賊も、ある者は自力で、ある者は仲間に助けられて退却していく。ただ、砦の奥へと引っ込んだわけではなく、入り口付近で石柱や壁に隠れながらこちらを探しているようだ。
「なかなか冷静だね」
確かに遮蔽物に隠れられると弓では狙い難い。が、あくまで”弓では”だ。
「ユイちゃん、お願い」
「は、はい……」
初めて見る人の死。そして、殺し合いに顔を青くしながらも、結衣は気丈に頷いた。覚悟を決めた表情のまま目を瞑り、杖を掲げて詠唱を開始する。
(慎也君はやった……)
結衣はちゃんと見ていた。慎也が盗賊を手に掛けるところを。
きっと怖かったはずだ。本当ならやりたくなかったはずだ。人を殺すなんてことは。
でも、彼は逃げなかった。
きちんと自分の役目を果たした。
人の生命を奪うという、地球人からすれば蛮行の中の蛮行――しかし、この世界の、冒険者にとっては当たり前の、冒険者として生きていくには決して避けては通れない行為を、彼は成し遂げた。
(慎也君がやったんだから、私だって!)
慎也がやったのなら、自分もやらなければならない。彼と共にある為には――彼とどこまでも共にある為には、やらなければならない。
(慎也君は一緒に地獄へ堕ちてくれる、って言ってた。だったら怖くなんかない!)
あの時慎也が掛けてくれた言葉が、結衣の最後の迷いを断ち切った。
「《爆火の炎矢》」
結衣の杖の先端から飛び出したいくつもの炎の矢が、紅い尾を曳いて夜闇を斬り裂き、砦の入り口付近に炸裂し、高熱と衝撃波の入り混じった爆炎が膨れ上がる。
壁や石柱では矢は防げても魔法の炎までは防ぎきれなかった。
「ギャアアア、熱い! アヅイィ!!」
炎で包まれ、生きたまま全身を焼かれる盗賊が絶叫を上げて暴れ狂う。見れば、爆発の衝撃をまともに受けて即死した盗賊の躯が転がっているのも見える。
「うっ――」
自分が成した行為が生み出した凄惨な光景を目の当たりにして、結衣の胃袋が決壊を起こした。
「うぇっ、えっ……」
その場に蹲り、嘔吐してしまう。大粒の涙を流しながら……
「頑張ったね、ユイちゃん。ごめんね、辛いことさせちゃって……」
シアーシャが、嗚咽を漏らす結衣の肩を抱き、背中を摩りながら優しく声をかける。
「いいん……です。これは、私、うっ、が、選んだこと、ですから……」
嗚咽交じりに、途切れ途切れな言葉を紡ぐ結衣。
「……強いわね、ユイちゃん」
これで結衣の手は血に染まってしまった。盗賊とはいえ、同族を殺してしまったという罪に、一生縛られ、苦しむことになるだろう。かつて、シアーシャがそうだったように。
彼女の場合は、もっと残酷だったが……
それでも、自分の意志でそれを為し、苦しみながらも現実を受け入れ、前に進もうとしている彼女の姿は好意に値すると、シアーシャは思った。
「ユイちゃんは休んでて。後はおねーさんに任せなさい!」
結衣がこれほどまでの覚悟と苦しみを経て成してくれた成果を無に帰す訳にはいかない。
弓に矢を番え、改めて砦の入り口に目をやる。
「ちくしょう! 魔法使いがいやがる!?」
「ゴヅンとイーサンがやられた! ベイの奴ももうダメだ!」
「盾はまだか!? 早くしろ!」
魔力の炎が収まり、黒煙が燻る入り口で残った盗賊たちが騒ぐ声が聞こえた。矢と魔法を警戒してか、死角に潜んで姿を見せない。
ややあって、10人ほどの盗賊たちが再び入り口から姿を現した。いや、姿を現したという表現は正しくないかも知れない。というのも、全員が同じ等身大の白い大盾を持ち、それに隠れながら出て来て、入り口のすぐ外で密集隊形を組んでいる。
シアーシャは眉を顰めた。盗賊たちが掲げている盾には見覚えがあったからだ。
「あれって、パルティアの大盾じゃん! なんで盗賊があんなの持ってるの!?」
パルティアの大盾とは、ヤマト王国でもごく一部の精鋭部隊にのみ配備されている高価な盾だ。物理防御力、魔法防御力に優れ、生半可な攻撃ではビクともしない、非常に防御力の優れた盾だ。が、パルティアの大盾は主に集団戦闘を旨とする軍隊――歩兵が人間同士の戦いで使用する防具だ。隊列を組み、幾百もの盾を隙間なく並べて敵の矢や魔法を防ぐ為のものであり、個々の技能が重視される冒険者たちには無縁な物だった。
それを盗賊が所持しているとなれば、考えられる可能性はひとつ。
「武器商人から略奪した訳か。あんな物を運んでたということは、よっぽどの大店だったみたいね」
パルティアの大盾は軍隊で使用される物であり、当然受注量は半端な量では済まない。とても個人経営の一般的な武器屋で扱える物ではないのだ。となると、盗賊たちが襲ったのは相当な大商人の商隊だったことになる。
しかも盗賊たちはパルティアの大盾の特性や扱い方も知っているらしく、軍隊がそうする様に密集隊形で盾同士を重ね合わせて壁を作り、方陣を組んでしまった。
「確かにそれなら私の弓もユイちゃんの魔法も防げるだろうけど、所詮はそれだけなんだよね」
盾を並べた途端に向こうの攻撃が止んだ。盾の隙間から林の中に目を凝らしながら、盗賊たちは訝しみ始めた。
敵襲なのは確かだが、敵の姿が見えない。相手は夜闇の林の中に身を潜め、魔法や矢で遠距離攻撃を仕掛けてきた。なので彼らはいまだに敵の正体や数を把握できていない。なので、パルティアの大盾で攻撃を防ぎつつ、その発射位置を特定してから逆襲に転じようという策に打って出た訳だが、相手はパルティアの大盾を見せた途端に沈黙してしまった為、いまだ盗賊たちは敵の位置や数を把握できずにいた。
「撃ってこねえぞ。諦めたか?」
「いや、相手は恐らく冒険者だ。連中がそう簡単に諦める訳がない」
「しかもさっきの攻撃からして、かなり腕の立つ奴らだ。くそ、どっから嗅ぎつけやがった」
「向こうもこちらの隙を伺ってるんだろう。油断せずによく探せ。必ず近くにぎょぼ――」
しゃべっていた盗賊の言葉が途中で悲鳴と化した。
ぎょっとした仲間たちがそちらを向くと、その盗賊が口から槍の穂先を吐き出していた。
厳密には、後頭部に突き刺さった槍が貫通して口内から飛び出していた。
「ひぃ!」
「うおお!?」
驚いた盗賊たちがバタバタと盾を捨ててその場から離れる。どこから現れたのか、1人の若い女がそこにいて、息絶えた仲間の肩に足をかけ、槍を引き抜いた。
なんだこの女?
いつの間に? どこから?
盗賊たちの間に動揺による沈黙が走る。
なんと言うことは無い。これも女――フェルナの作戦の一環だ。
結衣とシアーシャが茂みの中から魔法と弓で遠距離攻撃し、盗賊たちの目を引きつけている間に、先んじて見張りを始末したフェルナは瓦礫を利用し、無人状態の砦の上層部に移動。盾を持って入り口付近に集まっていた盗賊たちを頭上から強襲したのだ。
「あなたたち、覚悟しなさい」
きっ、という擬音が付きそうな鋭い、それでいて美々しさも漂う視線でフェルナは盗賊たちを睨みつけた。数時間前、人間の死体をトロルが喰らう不愉快極まりない光景を見た後とあって、彼女も内心では盗賊たちに対する怒りが限界値を上回っていた。
「て、てめぇ!!」
突然の出来事に動揺していた盗賊たちだったが、仲間の無残な死を目の当たりにして、ようやく現状を把握。この女こそが自分たちのアジトを襲った敵であることを理解した。
「やっちまえ!!」
最初の1人が手にした曲刀を手に女――フェルナに襲い掛かる。後に続くように他の盗賊たちも次々と武器を手にフェルナに襲い掛かった。
槍こそ持っているものの、明らかに自分たちよりも小柄で華奢な女。しかも1人。彼らが侮りを抱くのは当然と言えた。
だがその報いは、死という形で彼ら自身に返ってくることとなった。
目にも留まらぬ速さでフェルナが槍を真横に一閃しただけで、盗賊の首が2つほど飛んだ。
「な――」
傷口から噴水のように鮮血を噴き出して崩れ落ちる仲間の姿と、それを為したフェルナの早業に他の盗賊が愕然として動きを止める。それが仇となって、また1人、胸を串刺しにされて即死した。
「こ、この女――」
いち早く立ち直った1人が、フェルナの背後に斧を叩きつけんと振り被るが、次の瞬間、林の中から飛来した矢に首を射抜かれ、くぐもった悲鳴を漏らして倒れる。
「私を忘れてもらっちゃ困るわね」
林の中で得意げな笑みを湛えながら、シアーシャは手早く次の矢を放つ。
残りの盗賊たちが《槍穹の翼》の2人によって殲滅されるまで、10秒とかからなかった。
(これで迎撃に出て来た盗賊たちは片付いた。増援は?)
入口から距離を取って警戒するが、新手の盗賊が出てくる気配は無い。とは言え、フェルナたちが仕留めた盗賊の数は十数人。盗賊団は全部で20人以上いるはずだ。
自分たちが砦の中に入るのを待って物影から襲うつもりなのか、あるいは――
ウォォォォオオオオオオオ!!
身を焦がすような憤怒を帯びた雄叫びが、夜の冷たい空気を鳴動させた。明らかに人間のものではない。
「トロル……」
中庭の方から、地響きを立ててトロルの巨体が現れる。
「あそこだ! お前をこんな目に遭わせたのはあの女だ! 殺せ! 八つ裂きにしてやれ!」
そのトロルの向こう側で、若い男がフェルナを指して叫んでいる。
「あいつがテイマーね」
フェルナの推測を裏付けるように、男の指示に従ってトロルがフェルナを怒りの籠った目で見下ろし、進んでくる。
結衣の魔法をまともに浴び、全身に火傷を負っているが、致命傷には至っていない。むしろ、中途半端な攻撃を浴びせてしまった結果、酷く怒らせてしまっただけのようだ。
「いいわ。お前の相手は私が――私たちがしてあげる」
こちらに向かって進んでくるトロルに応じるように、フェルナは槍の穂先を向けた。そのまま、ちらり、と砦の方に目を向ける。
「そちらのことはお願いしますね、シンヤさん、ユフィアさん」
◇◇◇
時間は少しだけ遡る。
その日の夜、盗賊たちは少数の見張りを残して宴会に明け暮れていた。とある筋から、ある大商人が、高価な武器の数々を取引先の貴族へ届ける為の商隊が近くの街道を通るという情報を入手したのが始まりだった。
盗賊である彼らはすぐさまそれらを強奪しようと計画し、密かに街道に網を張って待ち伏せた。そして、情報通りの時間に件の商隊が街道を通りかかった。
さすがに大商人の荷駄だけあって、馬車3台に20人近い護衛を引き連れた大所帯だったが、それもトロルの前には手も足も出ず、彼らは犠牲を出すこと無く護衛を殲滅して荷駄を丸ごと強奪することに成功した。
奪った荷を確かめると、これまた情報通り、初めて目にするような高価で強力な武具や魔導具が満載されており、売り捌けば、全員が10年は遊んで暮らせるだけの金になるであろうことは明らかだった。
一世一代の大成功に気を良くした彼らは、生け捕りにした女たちで散々楽しんだ後、成功を祝って飲めや歌えの大宴会に明け暮れていたのだ。
そこへ、まるで水を差すかのように起こった爆発音。
襲撃だと直感し、動揺しながらも盗賊たちはすぐさま迎え討つ準備を始めた。
「クソッタレが! なんでこんな時に……!」
砦の奥、大広間にいた盗賊たちの頭目は、間の悪いとしか言いようの無い襲撃に、歯ぎしりしながら怒りをあらわに叫んだ。
迎撃に向かった手下たちの悲鳴が砦の正面口からこだまし、さらに続いて爆音に続き、熱と衝撃波が奥にいた頭目たちの元にまで届いた。
「お頭、敵はかなり腕の立つ魔法使いが居る! しかも林の中から撃たれてて、姿が見えません!」
「狼狽えんじゃねぇ! 今日奪った武器の中に、防御力の高い盾があったはずだ。あれを持って迎撃に向かえ」
「りょ、了解!」
「クルト! 虎の子のトロルはどうした!? あいつなら並大抵の冒険者くらい始末できるだろう。とっとと迎撃に向かわせろ。オレもすぐに行く!」
「判りました!」
手下が慌てた様子で広間から出て行くのを確認して、頭目は辺りを見回した。その場に残っている仲間は4人。そのいずれも、頭目の側近と呼ばれる者たちだ。
「おめぇら、判ってんな?」
「もちろんです。手下どもが戦ってる間に、金目の物をもって脱出する」
側近の1人が躊躇なく答え、頭目は頷いた。
そう、彼らは最初から手下たちの応援に行くつもりなど毛頭なかった。手下たちが襲撃者と戦って時間を稼いでくれている間に、自分たちだけ逃げ出すつもりでいたのだ。
襲撃者が何者なのか、どれくらいいるのかは判らない。ただひとつ確かなのは、この場所が既に知られてしまったということだ。だとすれば、長居は無用だ。仮に今回の襲撃をやり過ごしたとしても、すぐにまた次の追ってが差し向けられることは目に見えていた。しかも連中は、罠だらけにしたはずの森を潜り抜けてここまでやって来た。しかも、トロルが表にいることを承知で仕掛けて来ている。
恐らくは冒険者で、かなり腕の立つだろうことは間違い無い。
貴重な戦力であるトロルや、せっかくお宝を手にした直後に、そのほとんどを捨てなければならないことは業腹だが、命あっての物種である。
襲撃を受け、宝に固執せず、すぐさまこのアジトの放棄を決断した頭目が、判断力に優れていたことは疑いようもない事実だろう。
だが惜しむらくは詰めが甘かったこと。
側近たちと共に。奪った荷の中から持てるだけの荷物を持って、秘密の抜け道へ向かっていた彼らを、突如として飛来した光の弾が襲った。
「ぎゃあッ!」
「チィ!」
前を走っていた側近が胸に穴を開けられて倒れたのを見て、頭目たちは素早く重い荷を捨てて物影に隠れる。
「……下郎が」
暗い廊下の奥から若い男の声が聞こえてきた。
(1人……いや、2人だ!)
気配からすぐさま頭目は敵の数を把握した。
「仲間を見捨てて自分たちだけ逃げだそうとするとは、見下げ果てた奴」
気配の内の1つが、しゃべりながら徒歩の速さで近づいてくる。
(んだぁ? ガキじゃねぇか!?)
姿を見せた相手を見て、頭目は目を見張る。それは自分の年齢の半分にも満たない、明らかに十代の少年だったからだ。
だが、その手に携えた刀や一挙手一頭足から漂ってくる気配、なによりその剣呑極まりない顔つきが、彼が決して侮ってはならない相手であると頭目に理解させた。
(クソッタレ、勘の良い奴だ。オレたちの脱出を見越して裏から回り込んでやがったか!)
そう、これもまたフェルナの作戦の1つだった。
熟練した盗賊の多くは、万が一に備えてアジトに脱出の為の抜け道を作っている場合が多い。特に今回の盗賊たちは、アジトの周囲の森の中にいくつもの致死性の罠を張り巡らせていた。
これは一見、防衛の意味で有効な手段に見えるが、同時に自分たちの逃げ道を塞ぐことを意味する。
なので、必ず砦のどこかに抜け道があるはずだと考えたフェルナは、二手に分かれ、自分たちが砦の正面――外側から攻撃を仕掛けている間に、慎也とユフィアに裏手から砦の内部に回り込んでもらったのだ。
表と裏。外と内。2ヵ所から同時に奇襲を仕掛け、盗賊たちに脱出を許さず一気に殲滅する作戦だった。
「貴様が頭目だな?」
柱の影に隠れた頭目に、少年――慎也は刀の切っ先を付きつけて誰何する。
「……だったらどうした?」
相手が少数だと把握した頭目は、柱の影から出て来て堂々と聞き返した。
「貴様の首、拙者が貰い受ける」
慎也の妙なしゃべり方に内心で首を傾げつつも、頭目は警戒を緩めない。見てくれは子供だが、かなりの腕前だということは一目で理解できる。なにしろ殺気が半端じゃない。
「賊ども。いざ、参れ!!」
慎也のしゃべり方がおかしなことになっている理由は次話のお楽しみ。
次回更新は1/17日、18時予定です。




