第70話 殺しても罪悪感が少なくて済む
新年早々グロ表現がありますので注意してくださいm(__)m
砦に近づくに連れ、罠はその数を増していった。もし、慎也たちに<罠察知>のスキルが無ければこれだけで全滅していただろう。
丸太が振り子のように襲ってくるものや、矢が飛びだすもの、果ては岩が転げ落ちてくるものまで、ブービートラップのオンパレードだ。
途中、何度か危なっかしい場面はあったものの、誰一人罠に掛かることなく慎也たちは砦跡が一望できる場所まで無事に辿り着いた。
「あれが盗賊の根城よ」
シアーシャが指さした先にあったのは、小高い丘を削り取って造られた比較的小さな砦だった。
とは言え、放棄されてから数百年の月日が経ったいまでは、壁全体が植物に覆われ、半ば以上が崩れていた。
周囲を取り囲んでいる塀もまた、そのほとんどが崩れ落ちてもはやその用を為していなかった。
朽ち果てた廃墟。
外観を見れば誰もがそう考えるだろう。
だが、その廃墟にはいくつもの人影が在った。
鎧や剣を携えたガラの悪い男たちが、砦の敷地内でなにやら談笑しているのが見て取れる。装備や服装がてんでバラバラなのを見れば、彼らが正規の兵士ではないことは明らかだ。あるいはそう見えないようにあえて偽装しているという可能性も無い訳ではないが、ときおり下卑た笑いを漏らしているのを見ると、とても軍人には見えない。
実物を見るのは初めてだが、盗賊で間違い無いだろう。
だがそれよりも問題なのは、砦の敷地の片隅に鎮座する巨大な物体だ。
「あれがトロルか……」
林の中に身を潜めながら双眼鏡を覗く慎也の呟き声には、少なくない緊張が混じっていた。
トロルといえば、地球でも良く知られた魔物だ。慎也自身、昔、なにかの映画で見たことがあった。映画の中のトロルは、灰色の肌に毛の1本も生えていない巨人で、雄叫びを上げて棍棒を振り回して主人公たちを苦しめていたが、実際に砦内に鎮座しているトロルは映画のそれとはだいぶ姿が異なる。
まず第一に、デカさだ。映画で見たトロルは3メートルくらいだった。それに比べ、砦内にいるトロルは明らかに大きい。遠目に加えて座っている状態なので正確には判らないが、5メートルを超えているのは間違いない。下手をしたら6メートル近いかもしれない。
皮膚の色は真っ黒。しかも岩の様にゴツゴツとした起伏が遠目からも見て取れ、非常に固そうだ。全体的なフォルムとしてはゴリラに近い体格をしており、脚が短い反面、両腕が非常に長く、直立しても両手が地面に付くんじゃないかと思えるほどだ。顔の造形はゴブリンに近く、皺だらけの醜悪な面構えに耳元まで裂けた口などはそっくりだ。
なにより映画との最大の違いは毛が生えていることだろう。前腕の一部と下半身は黒っぽい灰色の毛で覆われている。
なんと言うか、ゴブリンとゴリラを掛け合わせて巨大化させたような姿だ。
トロル
レベル:29
生命力:4122
魔力値:0
筋力:1125
敏捷:191
スキル:<怪力788><棒術255><体当り412><投擲254><HP自動回復371><物理耐性319>
【鬼族の中位に当たる魔物。巨人鬼とも称され、鬼族の中でもトップクラスの巨体と怪力を有する。その分、敏捷さは低いが、生命力と回復力が非常に高く、生半可な傷ではビクともしない上にすぐに治癒してしまう。また、非常に大食漢な上に同じ人型の生物を好んで捕食する習性があり、人里を襲撃することがままある。ただし個体数が少なく、群れで行動することはほとんど無い】
双眼鏡越しにトロルのステータスを見て、慎也は思わず唸った。
レベルが29なのに対し、生命力と筋力はゴブリン・キングを凌いでいる。しかも<HP自動回復>のスキルを持っており、その圧倒的な巨体と合わせて考えると、非常に手強いのは明らかだ。首輪を付けて鎖で繋がれていることからテイムされた従魔であることは明らかだが、ただの盗賊がどうやってあれほどの怪物を手懐けたのかは皆目見当もつかない。
いずれにせよ、トロルに加え、同時に20人前後の盗賊も併せて相手にしなければならない。厳しい戦いになることは必至だ。
しかし、慎也が唸り声を上げた理由はそれではなかった。
「なあ……あれは、つまりそういうことか?」
岩陰に隠れながら、共に並ぶようにして双眼鏡で砦を除いていたフェルナとシアーシャに、慎也は固い声で尋ねた。
ちなみに双眼鏡は《槍穹の翼》が所持していた物を含めても3つしかなかったので、結衣とユフィアは慎也の両隣りに並んでいるが、数百メートル離れた砦の様子は見えていない。
正直、2人に見せなくて良かった、と思えるような、おぞましい光景が慎也には見えていた。もちろん、フェルナとシアーシャにも。
「……たぶん、そうでしょう」
「うえ、吐きそう」
双眼鏡を覗きながら真っ青な顔で答えるフェルナの隣で、シアーシャが耐えかねて、口を押えて目を背けた。
「なになに? なにが見えるの?」
「シンヤさん、私たちにも見せてください」
「ダメだ」
2人のお願いをにべもなく慎也は切り捨てた。
「御二人は見ない方が良いですよ」
双眼鏡でフェルナも彼に追従した。
「どういうことですか?」
訝し気な様子でユフィアが尋ねる。どうして自分たちは見ない方が良いのか、判っていない様子だ。が、結衣の方はなんとなく理由を察したようで、少し顔色が悪くなった。
彼女はグロ耐性がまったく無いのだ。
「……トロルが、人間の死体を食べてる」
こちらもグロ耐性が低いらしいシアーシャが口元を押えながら呻くように言った。
それを聞いて、結衣とユフィアも息を飲む。
そう、砦の一角に鎮座するトロルの眼前には、10人を下らない数の人間の死体が無造作に山積みにされていた。遠目からは死体の年代までは詳しく確認できないが、比較的若い人間が多いように見える。中には明らかに慎也たちよりも年下の、まだ子供と言って差し支えないほど小柄なものもある。
トロルはその巨大な手で死体の1つを無造作につまみ上げると、頭からかぶり付き、真っ二つに喰いちぎって美味しそうに咀嚼し始めた。
「う――」
腹の底から込み上げてきた嘔吐感をどうにか抑え込み、慎也はそれでも目を反らさずに人食い鬼の食事風景を見続けた。
これまで獣や魔物の解体などで色々とグロイものは見ているし、慣れていたつもりだったが、同じ人間を怪物が喰らう光景は、それらとは比較にならないほどの嫌悪感とおぞましさがあった。
(この戦いに負けたら、オレたちもああなるのか……)
そう考えると、心の底から恐怖と共に、逃げ出したいという欲求が沸き上がってくる。だが、それを意志の力で強引に捻じ伏せる。
あれは許されない。許してはならない。絶対に許されない。決して許されてはいけない行為だ。
恐怖が怒りに塗り替わる。
(あの光景を作り出した奴ら、全員必ず報いを受けさせてやる!)
ある種の人間は、こうした義憤の感情を抱くことに疑問を抱く。
魔物が人間を喰らう。それのなにが悪いのか? 自分たちだって同じことをしているじゃないか、と。自分の食欲を満たす為に動物を殺し、魔物を殺し、死体から核を抉り出して売り捌く冒険者の方が、よっぽど酷いことをしているじゃないか、と。
魔物や動物たちから見れば、冒険者のやっていることの方が、人を喰らうトロルよりもよほどおぞましく見えているはず。だからそれに対して怒りの感情を抱くのは筋違いであり、偽善だ、と。
確かにそれは事実だろう。
誰しもが生きる為に他の生き物の命を奪わざるを得ない世界で、人間よりも遥かに強大な生物が存在する世界で、自分たちの同胞が他種に喰われるのはある意味当然の摂理であり、人間も同じことをしている以上、怒るのは筋違いだ。
だが同時に、自分たちの身近な存在の死を悲しみ、怒り、弔うことが出来るのは人間とそれに属する種族だけだ。
そして、人間という種に対し、最も害と成り得る生き物は、他ならぬ人間自身なのだ。
慎也が怒りの矛先は、死体を喰らうトロルではなく、それを仕向けた盗賊たちに向けられていた。
山積みにされた死体には、多くの斬り傷や刺し傷が刻まれているのが双眼鏡越しにも確認できる。当たり前だが、トロルは剣や槍など使わない。
彼らを殺したのがトロルではなく盗賊たちであることは明らかだ。
「あの死体の山、前に来た時からあったのか?」
双眼鏡を覗きながら隣のフェルナに尋ねた。
「いいえ、先日私たちが来た時にはありませんでした」
フェルナは小さく首を振って否定した。
彼女とシアーシャは1度この場所から盗賊の砦を偵察している。その時には死体の山など無かったらしい。
「つまり、それから今日までの間に殺された、ってことか」
彼女らが1度キアナの街へ戻り、慎也たちと共に戻って来るまで2日ほど。その間に彼らは殺され、砦に運び込まれた。
(いや、違うな。ここへ連れて来られてから殺されたんだ)
犠牲者の数がどれほどかは判らない。確認しただけでも10人以上。既にトロルに喰われてしまった者も含めれば、犠牲者の数は20人近くに上るかもしれない。それだけの死体をわざわざ山の中の砦まで運ぶのは重労働だ。恐らく彼らは生きている間に砦に連れて来られ、そして殺されたのだろう。
さらによく見て見れば、死体の中には若い女性の姿もある。男の死体は衣服を着たままなのに対し、女性の死体は一糸纏わぬ全裸状態だ。その理由は考えるまでもない。
「あの人たち、誰だと思う?」
再度慎也はフェルナに尋ねた。
盗賊のアジトで死んでいる以上、その犠牲者には違いないが、問題は彼らが誰で、どこで襲われたかだ。
盗賊の被害に遭ったというさっきの村では、新たに襲撃された形跡は無かった。付近の他の村はどうか知らないが。
「たぶん、行商人の一行だと思います。街道を移動している最中か、あるいは野営しているところを襲われたんでしょう」
「何故判る?」
断言するフェルナに、慎也はその根拠を尋ねてみた。
「あそこ、砦の東側に荷馬車があります」
確かに慎也たちから見て右方向――砦の東側の開けた場所に1台の荷馬車が放置されているのが見えた。馬は繋がれておらず、荷台も空っぽだ。
「あれもこの前来た時にはありませんでした」
「つーか、どうやってここまで荷馬車なんか持ち込んだんだ?」
ここまで来る道中はおよそ道と呼べるものではなかったし、あちらこちらに罠が仕掛けられていてとても荷馬車なんか通れるような場所ではなかった。
「たぶん、他にも街道へ通じる道があるんでしょう」
フェルナはそう断言した。
考えてみれば、あんな罠だらけの道は盗賊たちに取っても悪路以外の何物でもない。もちろん、奴らも自分たちの仕掛けた罠に引っかかるほど間抜けじゃないだろうが、自分1人、あるいは小さな荷物を抱えて通るならまだしも、大荷物、ましてや馬や荷馬車を携えての通行は不可能だ。
もっと楽に通れる道が存在するであろうことは想像に難くない。
「それと、盗賊たちが持っている鎧や武器が、この前見た時のものとは明らかに別物です」
「あ、ホントだ。よく気付いたわね」
そこへ、ようやく復活したらしいシアーシャが口を挟んできた。
「別物、って、前に持ってたのはどんなだったんだ?」
「かなりお粗末なものだったわよ。木を削って尖らせただけの槍とか、普通の農具みたいなの。何人かは剣を持ってたけど、鎧なんか誰も着てなかったわね」
だが、少なくともここから見える範囲にいる盗賊たちは、全員が鎧を着て剣を携えている。遠くで判りにくいが、鎧の方は新品同然に見える。
「たぶん、武器商人の一行を襲って荷を奪ったんでしょう。あそこで死んでるのは、襲われた商人とその関係者、あるいは護衛と見て間違い無いと思います」
「なるほど……奴らが持っているのはその時に奪った武具って訳だ」
そう考えると納得できる。
同時に、慎也は心のどこかで安堵している自分がいることに気付いた。
盗賊の正体がもし、喰い詰めて生きる為にやむを得ず泥棒を働いてしまっただけの元村人とかなら、さすがに討伐することに躊躇したかもしれないが、実際に開けてみれば、奪い、犯し、殺すがモットーの絵に描いたような悪党集団だということがはっきりと判った。
(殺しても罪悪感が少なくて済む)
どうせ手を汚さなければならないのなら、相手は悪党の方が良い。野菜泥棒などよりも、殺人犯の方が、殺した後の罪悪感はずっと少ない。
(にしても、奴らはホントになんなんだろうな?)
ただの野菜泥棒かと思っていたのが、トロルをテイムし、商人の一行を襲って皆殺しにするような凶悪な集団だった。
それほどの力を持った連中が、何故こんな貧しい辺境の寂れた山の中で屯しているのか?
その辺りが解せなかったが、いずれにせよ、いま目の前に現実として存在しているのだから対処するしかない。
「ただ問題なのは、生存者がいるかもしれないことですね」
フェルナの言葉に慎也ははっとした。
そう、なにも襲われた者たちが皆殺しにされているとは限らないのだ。例えば、身代金目的で生きたまま監禁されている者がいても不思議じゃない。
「人質にされるかもしれない、ってこと?」
それまで黙っていた結衣が話に加わってきた。
「もし生きている人がいるなら、そうなる可能性が高いと思います」
そうなれば非常に厄介だ。ただでさえ人数差がある上にトロルまでいる。しかもこちらの5人のうち、3人は盗賊討伐の経験が無いときている。
「やはり夜襲を掛けて一気に殲滅するしかないですね」
「だね。今回はちょっと厳しそうだし、生け捕りは無しの方向でいきましょう」
生け捕りは無し――シアーシャは軽く言ったが、要は盗賊たちを1人も生かさず皆殺しにするということだ。その言葉に、結衣とユフィアの緊張が否応なく高まった。
「だがトロルはどうする? あいつはオレでも厳しいぞ?」
確認された盗賊側の戦力で、1番恐ろしいのはトロルだ。レベルやステータスもかなり高いし、なにしろあの巨体だ。まともに戦えば苦戦は必至だろう。
慎也でも、1対1で勝てるかどうか判らない。
「それは私に任せてください。対応策もありますので」
と、自信ありげにフェルナは頷いた。
そう言えば先日もトロルに関しては対応策があると言っていた。自信ありげだったので、取りあえずトロルのことはフェルナに任せることにした。
「作戦を説明します。皆さん、よく聞いてください」
周りに集まった仲間たちに、フェルナは自分が考えた盗賊討伐作戦を説明し始めた。
明けましておめでとうございます。2018年最初の太公望です。
皆さん、正月はどうお過ごしだったでしょう? おいらは結構忙しかったのであまりゆっくりできなかったです。初詣? 前年に初詣で行った神社で引いた御御籤が「凶」だったので行ってません。
ただ、うちの両親は行ってましたね。
「初詣に行く」と勢い込んで隣県の神社へ向かったは良いものの、ナビもろくに使えず散々道に迷った挙句、やっとたどり着いた時には時間切れ(高い山の上まで歩かなきゃいけないので、暗くなると通行禁止になる)になり、結局なにも出来ずに2人そろって(´・ω・`)な顔で帰ってきました。
次の日に「リベンジだ!」と再び出かけたのですが、その日に限って大雪。その神社近辺は雪が降っても積もらない地域なのに、着いた時には長靴が必要なくらい積もりまくり、びしょ濡れになった上に、車をどこに停めたか判らなくなり、駐車場を長時間彷徨った挙句に2人とも滑って転んで痣こしらえて(´;ω;`)な顔で帰ってきました。
やっぱ正月は家でゆっくりするに限るな、としみじみ思った自分は今日が仕事始めだったのですが、「今年も頑張るぞ」と願込めて作った弁当のオカズにカビが生えていて( ノД`)な顔になりました。
新年早々トラブル続きで波乱の一年になりそうですが、負けずに執筆活動に励もうと思いますので、どうかご愛読の程、よろしくお願いします。




