第68話 オレも一緒に地獄へ落ちてやる
クリスマスイブなんか嫌いです(´;ω;`)ウゥゥ
「? どういう意味だ?」
結衣の質問の意味が判らず、慎也は聞き返した。
死んだ人間がどこへ行くのか――というなら判るが、人を殺した人がどこへ行くのか、とはどういうことか?
「地獄って、本当にあると思う?」
「……」
その質問で、慎也はなんとなく結衣の聞きたいことが判った。
悪いことをしたら地獄へ落ちる、と仏教国家の日本では子供にそう教える家庭が多い。嘘を付いたら閻魔大王に舌を抜かれる、とか。
地獄の存在を信じさせ、地獄はどんな恐ろしい所かを教え、怖がらせ、子供が犯罪などの他者に害する行為に走ることの無いように教育する。
たぶん結衣もそんな教育を受けた子供の1人だったのだろう。
そして殺人は、究極の”悪いこと”だ。
「子供の頃、私の家の近くに、独り暮らしの、足の不自由なお爺ちゃんが住んでたんだ」
唐突に、結衣は話し始めた。
「遊びに行くとお菓子をくれたり、面白い話をしてくれたり、とっても優しくて気さくな人で、私、そのお爺ちゃんが大好きだった。けど、私の両親はそのお爺ちゃんのことが嫌いみたいで、遊びに行ったのがばれると、よく叩かれてた。お爺ちゃんのことを汚らわしい、とか、犯罪者とか、関わったら地獄に落ちるぞ、って」
「?」
ただの老人に関わって地獄に落ちるとは、いったいどういうことなのか? 気になった慎也は、黙って結衣の話を聞く。
「私が10歳の頃、お爺ちゃんが病気になって、入院したの。それでお見舞いに行ったとき、偶然、看護師さんの話が聞こえたんだ。お爺ちゃんが末期癌で、手の施しようがない、って」
10歳といえば、既に人の生き死にが理解できる年頃だ。それが、大好きな人が助からないと知れば、そのショックは計り知れないだろう。
「お爺ちゃんも、自分がもう長くない、って知っていて、受け入れてた。けど私は嫌だった。大好きなお爺ちゃんがいなくなるのが。だから、お爺ちゃんの前でわんわん泣いちゃったんだ。死なないで、って。居なくならないで。私もお爺ちゃんの所に行く、って。そしたらお爺ちゃんは、私の頭を撫でて、こう言ったの――お爺ちゃんの元へ来ちゃダメだよ。お爺ちゃんは、地獄に落ちるから、って」
「どういうことだ?」
何故ただの老人が、自分は地獄に落ちる、なんて言うのか?
「お爺ちゃんは最後まで話してくれなかった。その後、しばらくしてお爺ちゃんは亡くなったんだけど、お葬式の時に親族の人が教えてくれた。お爺ちゃんは元日本兵だったんだって」
「!」
「太平洋戦争で戦って、敵の兵士を何人も殺した、って。本当は人殺しなんかしたくなかったけど、国の為に、国に残して来た家族の為に、自分の気持ちを殺して戦い続けたんだ、って。でも、結局戦争に負けて、お爺ちゃんは脚に大怪我をしながらなんとか生きて帰ってこれたんだけど、国に残して来た家族は空襲でみんな死んじゃったんだって」
救いの無い話だ、と慎也は心底同情を禁じえなかった。
戦争とはいえ、自分の意志とは関係なく、何人もの人の命を奪い、戦い続け、大怪我を負った末に全てを失くすなんて……
「それからお爺ちゃんは、誰の世話にもならずにずっと1人で暮らして来たらしいの。人を殺めてしまった自分は地獄に落ちるんだ、って何度も言ってたみたい。私の両親はそれを知っていて、お爺ちゃんのことを人殺し呼ばわりしていた。大量殺人犯とか、お爺ちゃんが人を殺したから家族が死んだんだ、って。罰が当たったんだ、って。お爺ちゃん自身も地獄に落ちたんだ、って……」
慎也は生まれて初めて、顔も名前も知らない人間に殺意を抱くという稀有な体験をした。
結衣の家族のことは断片的な話でしか知らないが、かなり問題のある性格だということは判っていたが、想像以上のようだ。
確かにそのお爺さんは人を殺したかもしれないが、戦争で人を殺すのと、犯罪で殺すのとが同じなはずがない。
「人の命を奪った人は、やっぱり、地獄に落ちるのかな……お爺ちゃんは、本当に地獄に落ちたのかな……?」
「地獄や天国なんて迷信だろ」
そもそも地獄というのは、現世で大罪を犯した人間の魂が、死後にその罪を贖う為の罰を受ける世界だという。生前に犯した罪が重ければ重いほど、地獄で味わう責め苦も重くなるという。
(要は、犯罪者が刑務所を怖がるのと同じだろ?)
はっきり言って、慎也はまったく信じていない。死んだ人間だけが行ける世界の情報が、死ぬ前の世界に伝わっているはずが無い。
それこそまさに、自分たちがいまいる異世界の情報が地球に伝わっていなかったのと同じ様に。
「けど、もし本当に地獄が存在するのなら……人を殺した人間は地獄に落ちなきゃいけないのなら……お爺ちゃんも、家族の元に行けずに、1人で地獄に送られて、苦しんで……」
「落ち着け、結衣」
とうとう肩を抱いて震え出した結衣の気持ちを落ち着かせようと、慎也は少し強めに声を掛ける。
「……私も、地獄に落ちるんだね。お爺ちゃんは「来るな」って言ったのに……」
慎也は思った。
自分と違って、結衣は地獄の存在を信じている。人を殺した人間の魂は地獄に送られて、閻魔大王や鬼たちによって延々と拷問を受けさせられるのだ、と。
人を殺した人間が地獄に落ちる運命なら、明日、盗賊を手に掛けてしまうであろう結衣は、確かに地獄行きだろうし、彼女の大好きだったお爺ちゃんも地獄へ落とされたことになる。
「ごめんね、慎也君。こんな話されても、どう答えていいか判らないよね?」
微かに身を震わせながら、結衣は泣きそうな顔で呟いた。
結衣は怖いのだ。
人を殺めることが――
地獄に落ちることが――
そして、大好きだったお爺ちゃんを裏切ってしまうことが――
怖くて怖くて、堪らないのだ。
それでも、結衣の中に「やらない」という選択肢は無いらしい。冒険者として、同じ人間との戦いは絶対に避けて通れないものだから。
覚悟を決めていたのは慎也だけではなかった。
ただの異世界転移物のラノベマニアで、冒険者に憧れていた中二的な女の子では、決して出来ない覚悟だ。
恐れぬのが勇気ではない。恐れて尚、立ち向かえる意志こそが、勇気だ――
ワイバーンの時もそうだったが、結衣は本当に芯の強い女の子だと感心した。
だが、覚悟を決めるとは決意するということであって、忌諱感や恐怖が無くなるわけではない。だからこそ、結衣は自分を訪ねて来たのだろう。
なんでも良いから、なにかを言って欲しくて。人を殺すという行為に対する耐え難い恐怖を紛らわす言葉が欲しくて。
ここで彼女に言葉を掛けられないようでは、仲間失格だ。
「心配しなくても、結衣は地獄へは落ちない」
意を決した末、慎也は思ったままをそのまま言うことにした。
なんだかんだで、結衣とは2年以上も行動を共にしている仲だ。下手な嘘やおためごかしはすぐ見破られるだろうから、慎也は結衣の話を聞いて自分が感じたこと、思ったことをそのまま言うことにした、
「地球で人を殺した人間は地獄へ落ちる定めだったかもしれないけど、ここは異世界だ。生きる世界が違うなら、死んだ後に行く”あの世”だって違っていて当然だろう? そもそも、この世界で人を殺した人間が地獄へ行く運命なら、マクレーンさんやフェルナたちみたいな、自分の身の危険に晒して盗賊退治をやってる冒険者の皆まで地獄行きになってしまう。そんなのいくらなんでも理不尽すぎるだろ?」
「……そうだね」
慎也の言葉を聞いて、結衣の表情が少しだけ和らいだ。
「お前の両親はそのお爺さんを殺人犯扱いしていたそうだが、戦争で人を殺すのと、犯罪で人を殺すのとではまったく違う。特にこの世界ではな」
「?」
「前に説明されただろ? 盗賊や犯罪者を殺しても、犯罪にはならない」
「あ――」
言われて結衣は思い出した。
ずいぶんと前、まだこの世界に来て間も無かったころ、ステータスの称号や賞罰欄についてウィルから聞かされたことがある。
犯罪欄には、基本時に罪を犯すと、その罪科が記されることになる。殺人を犯した場合、当然、賞罰欄に「殺人」という犯罪歴が刻まれることになるのだが、殺人の定義が厳密に線引きされていて、場合によっては人を殺めても「殺人」にならない場合がある。
例を挙げると――
・自分や他者を守る為に人を殺めてしまった場合。
・犯罪歴を持った者を殺めた場合。
・互いに死んでも承知の決闘で相手を殺めた場合。
・戦争で敵兵を殺した場合。
――等だ。
ただし、正当防衛に関しては、例えば空き巣目的で他者の家に侵入し、運悪く住民に見つかった結果、怒った住民に殺されそうになって空き巣の側が自分の身を守る為に襲い掛かってきた住民を殺めてしまった場合は、空き巣には「殺人」が付く。逆に住民が空き巣を殺した場合は犯罪歴は付かない。
このように、ここからここまでは殺人に当たるが、それ以外は殺人には当たらないといった具合に、この世界に置ける「殺人」の概念はかなり厳密に設定されているのだ。
地球ではこのように殺人罪に当たるか否かの線引きが酷く曖昧だ。
結衣の両親のように、戦争で人を殺しても「罪」だという者もいれば、慎也のようにそれは違うと主張する者もいる。
だからこそ、件のお爺さんや結衣のように怯える人間もいる。
だがこの世界ではそうはならない。
その行為が殺人に当たるか否かはステータスの賞罰欄――あるいは、それを設定した何者かが判断することであって、一般人が議論を挿む余地は無い。
「この世界で地獄に落ちるのは、賞罰欄に「犯罪」が付いている人間だけだ。盗賊を殺してしまっても罪にはならない。もちろん気分の良いことじゃないし、だからと言って盗賊を殺しまくるのはダメだけどな。だから結衣は地獄へは落ちない。ただ、万が一地獄へ落ちてしまっても、結衣を1人だけ地獄へは行かさない」
「ふぇ?」
きょとんとした顔をする結衣に、慎也は言った。
「オレも一緒に地獄へ落ちてやる」
「……え?」
結衣はぱちくりと目を瞬かせた。
「結衣が地獄へ落ちるなら、オレも一緒に落ちてやる。一緒に苦しんでやる。一緒に罪を償ってやる。んで、一緒にお爺さんに土下座してやるよ。申し訳ありませんでした、って。それが仲間ってもんだろ?」
ポンポンと、結衣の頭を軽く叩きながら慎也は言った。
「……」
何故か黙ってしまった結衣の方へ目を向けると、彼女は慎也の視線を避けるように微かに俯いていた。
だから慎也は、俯いた結衣の頬が、微かに赤くなっていることに気が付かなかった。
「……慎也君は、地獄が怖くないの?」
「むしろ望む所だな」
「え? なんで?」
「人を殺した人間が地獄へ落ちるになら、戦国武将はみんな地獄にいるだろうからな。憧れの歴史上の人物に直に会うチャンスだろ?」
人を殺した人間がみんな地獄に落ちるなら、戦国武将と呼ばれた者たちは全員地獄にいる道理だ。
あっけらかんと言い放った慎也に、結衣はしばし呆然とした後、さも可笑しそうに笑った。さっきまでのぎこちない笑みではない、自然な笑顔だ。
「ブレないね、慎也君は」
「褒めてもなにも出ないぞ?」
「褒めてないから、別にいいよ」
コロコロとした笑顔でそう言って、結衣は続ける。
「ありがとう、慎也君。おかげでちょっと楽になったよ」
「それはなによりだ。明日、行けそうか?」
「大丈夫。もう決めたことだから。ただ、ちょっとだけ――」
そこまで言って、結衣は慎也に身を寄せて、彼の胸に頭を預けてきた。
「お、おい――」
「シンヤニウムを補充中です。しばらくお待ちください」
突然の行為に思わず動揺して身を離そうした慎也を、結衣が両手でしっかりと捕まえる。傍から見れば、完全に抱き着いている格好だ。
というか、実際に抱き着いている訳だが。
「なんだよ、シンヤニウムって!?」
「内緒。あっ、慎也君の心臓、いますごくドキドキいってる」
「人の心臓の音を盗み聞きしてんじゃねぇ!」
「もう、相変わらずデリカシーが無いんだから。女の子が身を預けて来たら、男の子は黙って受け止めてあげるのが常識だよ?」
「知らんよ、そんな常識!」
悲しいかな、地球では同世代の少女とはクラスメイト以上に接したことの無かった慎也である。その数少ない例外が、会う度に勝負を挑んでくる空手女だけだったので、こんな風に女の子に無防備に身を預けられた経験など無く、どう反応すれば良いかがまるで判らなかった。
有体に言えば、童貞だった。
「そんなことばっかり言ってたら、ユフィアちゃんからも嫌われちゃうよ?」
「う――」
「それが嫌だったら、ちゃんと女の子との接し方も覚えなきゃダメだよ?」
「接し方って、どうしろってんだよ?」
「夜の1人部屋。ベッドの上に男女2人きり。こういうシチュエーションで男の子がすることと言えば、欲望に身を任せて内に秘めた野生を解き放つこと――ようは、押し倒すことだよ」
「いや、ダメだろ、それ!」
「……………………意気地無し」
「え? なんだって?」
小声で結衣がなにか呟いたが、声が小さすぎて聞こえなかった。
「なんでもなーい。それがダメなら、女の子の頭を優しく撫でてあげるとか」
「……」
まあそれくらいなら、と慎也は自分の胸に頭をうずめる結衣の髪をそっと撫でてやった。
「えへへー」
無邪気に、心地よさそうに笑う結衣。
正直言うと、少し泣きそうになっていた。
頭を撫でてもらったのは、大好きだったお爺ちゃんが亡くなって以来のことだった。
いやそもそも、頭を撫でてくれたのは、死んだ母とお爺ちゃんだけだった。父には物心ついた時から疎まれて毎日のように叩かれていたし、母が死んだ後、再婚相手とその連れ子である義理の妹が来てからはもっと酷くなった。叩かれるだけでなく、残飯や汚物をかけられたことも1度や2度じゃなかった。
自分の髪に、悪意以外の感情を持って誰かに触れてもらえることは、2度と無いんじゃないかとさえ思っていた。
(ごめんね、お爺ちゃん。わたし、お爺ちゃんとの約束、守れなかった。でも、後悔なんかしないよ。お爺ちゃんが国の為に、家族の為に戦ってたみたいに、私も冒険者として、この世界の人たちの為に戦うから。絶対に、後悔なんかしない)
髪を撫でる慎也の手がもたらしてくれる優しい感触と、それでいて、異性との触れ合いに緊張し、初心な高鳴りを発する彼の心臓の音を耳にしながら、結衣はそっと目を閉じた。
(いつか私が……大好きな人と一緒にそっちに行ったとき、いっぱい怒られるから。いっぱい謝るから、許してね、お爺ちゃん。お母さん)
地獄か天国か――あるいはそれ以外のどこか、手の届かない場所へ行ってしまった人たちに思いを馳せながら、結衣はいつしか慎也に身を預けたまま、心地よい眠りに付いた。
遅れて申し訳ありません。予約投稿の時間設定をミスっていました。m(__)m




