第67話 やるべきだと思います
彼らはチート主人公ではないのです。悩み、迷い、苦しむ人間なのです( ̄-  ̄ )
取りあえずギルドのロビーでは迷惑になるということで、隣の酒場に場所を移し、改めてフェルナとシアーシャに話を聞いてみる。
事の発端は、2日前、2人がキアナの街の南西にある山間部の街道に出没するという盗賊の討伐依頼を受けたことに始まった。依頼主は盗賊の被害に遭った村の村長らしい。依頼のランクは6級で、情報では盗賊は5、6人程度とのことだった。
ちなみに、慎也たちはこの時初めて知ったのだが、フェルナとシアーシャの専門は、盗賊などの討伐を主とする『賞金稼ぎ』なのだそうだ。以前の商隊護衛の際も、盗賊の襲撃が多発している地域を通らなければならないということで雇われたのだと。魔物に関しては、ゴブリン等の人型の魔物との戦いは得意だが、それ以外は苦手なのだ、と語った。
話を戻す。
自分たちの得意とする依頼を受けた2人は、早速その村へと赴き、村長から詳しい話を聞かせてもらった。それによると、この村の周辺にはいくつか同規模の小集落が存在し、そのほとんどが同様の盗賊集団の襲撃を受けているとのことだった。が、幸いにも死人は出ておらず、被害は家畜や野菜などの食料品が主だということだが、斬りつけられて怪我をさせられた村人もいるとのことだった。
衛兵にも相談したそうだが、別件に人手を割かれていて”泥棒”に手を回す余裕が無い、と断られたという。別件が片付くまで自衛するか、冒険者ギルドに依頼する様に、と。
別件というのは恐らく、ゴブリン・エンペラーのいた遺跡の件だろう。
例え相手が少数でも、武器を持った無法者である以上、いつ死人が出てもおかしくなく、そうなってからでは遅いと考えた村長は、なけなしの金を持って冒険者ギルドに討伐を依頼したのだという。
話を聞き終えたフェルナとシアーシャは、早速村人が襲われたという現場から盗賊の足跡や痕跡を辿って森の中へと入った。
村長の話では、森の奥に、いまは使われていない古い砦跡が存在していて、盗賊たちはそこを根城にしている可能性が高いとのことだった。
村長からの情報や手口、これまでの経験からして、盗賊の正体は食い詰めた村人か野盗の類だろうと2人は考えた。実際、村を襲った盗賊は森の中に逃走時の痕跡を残しまくっており、素人であることは疑いようもなく、今回の依頼は簡単に終わるだろうと、2人はタカをくくった。
だがその楽観も、砦跡に近づくに連れて霧散していった。
砦の周辺に、いくつもの罠が仕掛けられていた。明らかに獣や魔物除けではなく、人間――外部からの侵入者を警戒して設置された対人の罠で、しかも木々の葉や岩陰を利用して巧妙にカモフラージュされており、2人は何度か罠に嵌りかけたという。
どうにか罠を潜り抜けて、砦を見下ろせる高台から様子を探ったところ、2人は目を見張った。
盗賊の数は、5、6人どころか20人近くいたのだ。
しかもそれだけではない。砦の敷地内にはトロルまでいた。
トロルとは、鬼系の魔物の一種でゴブリンの上位種に当たる。2階建ての家屋ほどもある筋骨隆々とした巨人で、ゴブリンなど比較にならない怪力と耐久力を誇る。スアード伯爵領ではほとんど見ることの無い非常に危険な魔物で、1体で小さい村を壊滅させられるほどだという。レベルは個体にもよるが、平均して20から30にもなる。
それが何故か、盗賊たちと同じ砦跡にいたそうだ。
数は1匹で、鎖で繋がれていたことから、テイミングされた従魔と見て間違い無いだろう、と。
5、6人の野盗ならともかく、20人近い頭数にトロルまでいてはどうにもならないということで、フェルナとシアーシャは応援を呼ぶ為に大急ぎでキアナの街に取って返して来たのだという。
「んで、どうか信頼できて、実力があって、頼りになりそうな冒険者がギルドにいてくれますように、って願いを込めて入り口のドアを開けたら、シンヤたちがいた、って訳」
「それであの馬鹿騒ぎか……」
シアーシャが入って来た時の叫び声の理由を知って、慎也は嘆息した。
「トロルをテイムしているなんて、ただの盗賊とは思えません」
青い顔をしたユフィアが驚いた顔を作っていた。
「そうなのよー、てっきり素人だと思ってたからビックリよ」
ふてくされた顔でシアーシャが唸った。
トロルのような危険な魔物をテイムしているということは、相当手練れのテイマーが盗賊団の中にいるということだ。
「けど、少なくとも村を襲った盗賊たちは素人臭かったです。食べ物だけを狙う手口や、逃げ方が雑なことも」
「村を襲ったのは、盗賊団の下っ端か新入りだった、って可能性もあるけどね」
だとしても、違和感を感じるのは確かだ。
そもそも盗賊が出没している地域は街道が近くにあるが、それほど人が頻繁に行き来している訳でもなく、他には小さな集落がいくつかあるだけの、言ってみれば盗賊に取ってうまみの無い貧しい地域である。だからこそフェルナとシアーシャは、彼らを食い詰めた野盗だと考えたのだが。
「で、2人だけじゃ討伐は無理っぽいから、オレたちに手を貸してほしい、と?」
「正解!」
シアーシャが、ぐっ、と親指を立てる。
「マクレーンさんとエミリータさんにもお願いしようと思ってたんですが、生憎いらっしゃらないみたいで……」
フェルナが残念そうに声を落とす。
そう言えば、依頼の関係でしばらく街を離れると言っていたのを慎也は思い出した。
「勝ち目はあるのか? 相手は20人近い上に、トロルまでいるんだろ? オレたちを含めてもたった5人だぞ?」
「なんとかと思います。もちろん正面からは無理ですが、夜襲を掛ければ5人でも充分勝算はあります」
「ざっと見た感じ、盗賊たちの実力は私たちよりも低いっぽいし、トロルに関しては対応策もあるから」
と、2人は肯定的な返事を返したが、慎也は考え込んでしまう。よく見れば、結衣の顔色も優れない。
「あの、ダメ、でしょうか?」
「そう言う訳じゃないんだが……」
不安そうに訪ねてくるフェルナに、慎也は曖昧に返した。
「もちろん報酬は山分けでいいわ。といっても、6級で依頼主が依頼主だから、それほど高くないけどね。トロルの魔晶核もそちらが持って行ってくれて良いし、なんならおまけでフェルナの”初めて”も付けるわよ?」
「ちょっと、シア!?」
まるで息をするかのようにあっさりと相棒を売ったシアーシャに、売られたフェルナが柳眉を逆立てる。そして、話を盗み聞きしていたらしい何人かの冒険者が、ざわっ、と色めき立ち、それを見た女性冒険者が彼らに軽蔑の視線を送っている。
「いや、別にそういうのはいらないんだが……」
そして、当の慎也も、結衣とユフィアに左右から、じとっ、とした視線をステレオで浴びせられ、居心地悪そうにしながら首を振った。
いらない、ときっぱり言われたフェルナが、少し傷ついたような表情になった。
「えー? フェルナじゃ不満なの?」
「不満とかそういう問題じゃないと思うんだけどな……」
と、呆れ顔で頬を掻く慎也。
「じゃあ、私にする? けど私、こう見えて初めてじゃないし――」
「ストップ! そこまで!」
恥ずかし気も無く自分の個人情報を暴露し始めたシアーシャを、慎也は大声で制止した。
「そうじゃなくて、オレたちは、人間相手に戦った経験が無いんだよ」
「あ――」
そこでようやくフェルナもシアーシャも気付いたようだ。
慎也たちは冒険者になってずっと、魔物を相手にしか戦ったことが無い。盗賊――つまり、同じ人間を相手に戦ったことが無い。
もちろん、人を殺めたことも。
無論、対人冒険者とも言える賞金稼ぎであるフェルナとシアーシャは、過去に戦った盗賊や犯罪者を何人も殺めてはいるが、人を殺すという行為に対する抵抗感。そして、初めて殺めてしまった時の罪悪感は、いまでも忘れられないくらいだ。
それを、自分たちは慎也たちに味わわせようとしていることに気付いた2人は、決まりが悪そうに顔を見合わせたのだが――
「……やるべきだと思います」
そう答えたのはユフィアだった。
慎也と結衣が驚いて彼女を振り返ると、顔色は優れないが、確かな決意と覚悟を宿した目で、ユフィアはハッキリと言った。
「冒険者になった以上、決して避けては通れないことです。私もそのことは覚悟していました。むしろ、今回の御二人の御誘いは、私たちに取っても良い機会だと思います」
ユフィアの言うことはもっともだ。
冒険者家業を続ける以上、いずれは盗賊や犯罪者といった殺意を持った人間相手に戦うことになるだろう。当然、躊躇いは命取りになる。特に、人や物資などを護衛している最中に盗賊に襲われ、殺人を忌諱して躊躇った結果、自分だけでなく仲間や護衛対象に死なれるなど最悪だ。
だからこそ、こういう経験は早めに済ませてしまった方が良い――
盗賊の討伐はその最高の機会と言えた。
「……私も、やるよ」
いつもに比べて弱々しい声で結衣が言う。
地球で育った彼女にとって、殺人という行為に対する抵抗感が尋常では無い。だが、避けては通れないことであることも理解している。ウィルからも言われていた。
やるべき時が来たのだ――
そう自分に言い聞かせ、結衣は無理やり自分を振るい立たせた。
「……うん、やる。やれる。私たちがやらなきゃ、罪も無い村の人たちが殺されることになるんでしょ?」
幸いまだ死人こそ出ていないものの、盗賊たちは実際に村を襲撃して食料を奪い、村人に怪我をさせている。しかもトロルをテイムしているのだ。
連中がなんの為にそんな危険な魔物をテイムしたのか? テイムしたトロルでなにをしようとしているのかは、火を見るより明らかだ。
冒険者は、そういった危険から無辜の人たちを守る為の職業なのだ。殺人が嫌だからと言って、明確な危険が罪も無い人たちに降り掛かるのを見て見ぬ振りをするような人間に、冒険者たる資格は無い。
誰よりも冒険者に憧れていた結衣が、そのことから目を反らす訳にはいかない。
「……いいんだな、2人とも?」
「はい!」
確認するように慎也が尋ねると、ユフィアが力のこもった声で返事をした。
「慎也君はどうなの?」
自分と同じ地球人である慎也は、人を殺めることについてどう思っているのか、気になった結衣が彼に聞いた。
「オレはとっくに覚悟してるよ。前にも言ったろ?」
「あ、そういえば言ってたね」
冒険者登録をする前、ウィルが「人を殺める覚悟をしておけ」と言ったのに対し、慎也は「とっくに出来ている」と返したのを結衣は思い出した。
アメリカの、治安の悪い地域に住んでいたことのあった慎也は、銃を撃った経験もあり、なにかあったら躊躇わずに殺すように、と『父親』から散々言われていた、と。
(オレがもし人を殺すことがあるとすれば、相手はあんただと思ってたよ、クソ親父)
普段から、身を守る為なら躊躇わずに相手を殺せ、と言っているような人間だ。そして慎也の知る限り、自分をもっとも危険に晒していた人間は『父親』に他ならなかった。
正直、何度殺意を抱いたか判らないくらいだ。
いつか必ず殺してやる、と。
(ん?)
そのことを思い出して、慎也はふと『父親』の行動に関して違和感を覚えた。
ギャングや犯罪組織の屯するアメリカのスラム街で暮らすにあたり、『父親』は身を守る為の手法を教えるだけでなく、自分に護身用の銃を渡し、万が一の時は躊躇わずに撃ち殺せ、と何度も口うるさく言い聞かせていた。
思えば、なぜ『父親』はあんな治安の悪い場所に住もうと考えたのか?
銃を渡したり、護身術を教えたりしたのは、息子の生命を思ってのことだ、と考えていたが、だったらそもそもあんな危険な場所に住まなければよかったのだ。初めから、日本のような安全な国で暮らしていれば、そんな危険な思いをしなくて済んだ。
なのに何故『父』は、息子に銃の扱い方を教えてまでスラム街に拘ったのか?
なにか事情があったのか。
あるいは――
(オレに、殺人を経験させようとしていた……? まさか!)
馬鹿げた妄想を振り払うように頭を振る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
首を傾げて尋ねてくる結衣に、慎也はそう答えた。
そんな過去のことよりも、いま、目の前の課題に対処しなければならない。ある意味、ゴブリン・エンペラーに挑むよりも厳しい難題なのだ。
「オーケーだ、2人とも。協力するよ」
「わーい、ありがとー!」
「無理を言って、申し訳ありません」
万歳をして喜ぶシアーシャに、神妙な面持ちで頭を下げるフェルナ。同じパーティ・メンバーなのに、反応が対極でおもしろいな、と慎也は口に出さずに思った。
◇◇◇
話がまとまった所で、一行はギルドの受付に行って、現在《槍穹の翼》が受注している盗賊討伐の依頼を、慎也たちのパーティとの共同受注に切り替えてもらった。
盗賊の数が事前情報と違ったことや、従魔らしきトロルを確認し、自分たちだけでは達成困難である、という理由で。
余談だが、冒険者、あるいはパーティが依頼を受注し、後に単独では達成困難と判断して他の冒険者たちに応援を求める、ということはままあるらしい。報酬に関して揉めることも多いとのことだが。無論、そうなった場合、冒険者の評価の査定に関することなのでギルドに報告する必要がある。今回のように事前に報告しても良いし、達成した後でも構わないそうだ。
なお、顔見知りの受付嬢であるウィニアは用事で3日ほど休暇を取っているらしく、いなかった。
ギルドから共同受注の承諾を得た慎也たちは、さっそく《槍穹の翼》の案内で現地へと向かった。
盗賊団のアジトがあるのは、キアナの街から馬車で半日ほどの距離にある山沿いの森の中で、そこから先は馬車では行けない為、徒歩での移動となる。ただ、この時間だと森に付く頃には日が暮れるということで、その手前にある村――盗賊討伐の依頼を出した村――に一泊することにした。
もちろん、依頼主である村長には事情を説明してある。
一応、街道沿いに存在し、旅人や商人が休憩の為に訪れることもある為、小さいながらも宿屋があり、幸運にも空いていた為、部屋を取ることが出来た。
ちなみに部屋は男女別で、慎也だけ1人部屋で、あとは結衣とユフィア、フェルナとシアーシャがそれぞれ同室となった。
その夜、皆が寝静まった頃、慎也は宿のベッドの上に寝転んで1人、物思いにふけっていた。
人を殺す――
そのことに関して、覚悟自体は決まっていても、やはり思うところが無い訳でもない。
「……」
無言で、<共有無限収納>の亜空間から、ある物を取り出す。魔法銃のハティだ。
拳銃。向こうの世界でも見慣れ、持ち慣れていた武器を手にし、グリップと引き金の感触を改めて確かめる。
万が一の時は躊躇わずに殺せ。だが、引き金は自分の意志で引け。私に命じられたからではなく、己の意志と、殺意で――
『父』がしつこいくらいに繰り返していた言葉を思い出す。
人を殺めるときは、自分の意志と、殺意で殺せ――
どういう意味なのかは、いまだによく判らない。だがいずれにせよ、それが明日、現実となる。
盗賊たちに恨みは無いが、盗賊である以上、殺されるのも覚悟の上のはずだ。彼らにもなにか事情があるのかもしれないが、ここは異世界だ。日本のように犯罪者に優しい世界ではないのだ。仮に死を免れたとしても、捕まれば犯罪奴隷として過酷で危険な労働に従事させられる。
盗賊となった以上、彼らの未来は明るくない。
(引き金を引く覚悟は出来てる。自分の意思で、人を殺すことが出来る……出来るはずだ)
とうに意思を固めたつもりだったが、やはり心の奥底には迷いと躊躇いが残っていることは否めない。
この迷いの気持ちに、足を引っ張られないとよいのだが……
コンコン――
不意に、部屋の扉が外からノックされた。
「慎也君、起きてる?」
こんな時間に誰かと誰何する前に、向こうから尋ねてきた。結衣だ。
「ああ、起きてる。どうした?」
「ちょっと良い?」
「構わないぞ。いま開ける」
閂を外してドアを開けると、ゆったりとした帽子をかぶり、灰色の寝間着を着た結衣が立っていた。
「ごめんね、こんな夜中に」
「構わないさ」
申し訳なさそうい謝る結衣を部屋に招き入れ、扉を閉める。なんの用なのか、とは尋ねなかった。なにしろ彼女は自分と同じ日本人なのだ。
結衣は慎也が今しがたまで寝転がっていたベッドの端に腰かけた。慎也は部屋に備え付けられていた粗末な木製の椅子に座ろうとしたのだが、その前に結衣が自分の隣の空いたスペースを、ここに座って、とばかりにポンポンと叩いた。
「いや……」
ポンポン――
「……」
ポンポンポンポンポンポンポンポンポンポン――
「……判った」
無言のポンポン攻撃のプレッシャーに耐えかねて、慎也は仕方なく結衣の隣に座る。
「で、怖いのか?」
「うん、まあ……」
結衣が微かに震える声で肯定した。
当然だろう。慎也とは違い、彼女はごく普通の中学生だったのだ。世界は違っても、地球で刷り込みのごとく教えらた倫理観や道徳心は変わることはない。人を殺さなければならないとなれば、迷い、躊躇うのは当然だ。
「冒険者になる、って決めた時から覚悟はしてたし、私たちがやらなきゃこの村の人たちが殺されるかもしれないんだから、やらなきゃいけないのは判ってたんだけど、いざ現実になると、やっぱり、ね……」
「まあ、それが普通だと思うぞ」
「ラノベのチート主人公とかは、盗賊に襲われても殺さずに生け捕りにしたり、逆に平気で殺したりしてたけど、現実は甘くないね」
「チートなんか無かったからな」
自分たちが剣と魔法の世界でいまこうして生きていられるのは、ウィルやユフィアをはじめとした多くの人々の好意と、努力と鍛錬のおかげなのだ。そして、それだけではどうにもならないことがあるのも事実。
それを含めて、現実と言うのだろうが。
「ねえ、慎也君」
「なんだ?」
妙に神妙な声色で、結衣が尋ねてきた。
「人を殺した人は、最後、どこへ行くのかな?」
次回更新は日曜日の予定です。




