第66話 これが家族なんだな……
新章開始ですo(*・ω・)○
「なんで強くならなきゃいけないんだよ!?」
勇気を振り絞って『父親』に詰め寄ったのは、いつのことだっただろうか?
「なんで人を傷つける練習なんかさせるんだよ! 刀なんて、いまの時代になんの役に立つってんだ!?」
たぶん、10歳くらいの時だった。
世の中の仕組みや社会構造なんかを理解し始める年頃になって、ようやく、自分が普段、血反吐を吐くような思いで熟していた武術の鍛錬や身体を鍛える努力が、現代社会を生きていく上に置いてほとんど役に立たない、無意味な行為であると悟った時だ。
反抗期という時期も合わさり、普段の厳しい鍛錬に対して積もり積もった不満と怒りが爆発し、恐らくは初めて『父親』に面と向かって逆らい、罵声を浴びせた。
それが具体的にいつのことだったかは思い出せないが、その後どうなったかはよく覚えている。
いや、思い出したくない、と言った方が良いか。
暴言を吐いた3分後には、その愚かな行為を死ぬほど後悔する羽目になった。
完膚なきまでに叩きのめされ、腕の関節まで外されてのたうち回る自分に、『父親』はこう告げた。
「痛いか? 苦しいか?」
血反吐を吐いて蹲る自分を見下ろして、『父親』は冷たく言った。
「後悔しているな? 私に口応えをしたことを」
ごりっ、と頭を踏みつけられる。
「お前は後悔するべきだ――もっと強くなっていれば良かった、と。自分が強ければ、私に抗えるほど強ければ、こんな苦痛を味わわなくて済んだ」
ぐりぐりと、靴底で頭を踏みにじられながら、理不尽だ、と思った。出も声が出なかった、痛みと、恐怖で。
「強さが役に立つのか、と聞いたな? 役に立つとも。強くなれば、私を倒すことが出来るのだからな。私に勝てば、もうこんな辛い思いをしなくとも良くなる」
無理だ――
心の底からそう思った。一生かかっても、自分は『父親』には勝てない。幼いながらもそれだけは確信があった。
この男の強さは異常だった。
アメリカにいた頃、『父』はスラム街を歩いていた際、数人のチンピラに絡まれたことがあった。と言うか、彼らは路上強盗だった。ナイフと銃を突き付けて、「金を出せ」と、よりにもよって『父』を脅した。
結果、彼らは一生ベッドから降りることの出来ない身体になった。
だがそこからが問題だった。そのチンピラたちは、地元マフィアの構成員だった。当然、『父』と自分は彼らに狙われる羽目になった。
報復は苛烈だった。
夜中に銃を持った男たちに寝床を襲撃されたこともあったし、道を走っていた車から銃撃されたこともあった。
だがそのいずれも、『父』を殺すどころかかすり傷すら負わせることは出来なかった。というか、襲撃した全員が先のチンピラたちと同じ運命を辿ることになった。
最終的には連中に雇われた殺し屋が、息子である自分を人質にして『父』を殺そうと試みたが、結局失敗に終わる。あの時、唯一再起不能を免れて命からがら逃げ出すことに成功した殺し屋は豪運だと思う。
その後のことは良く判らないが、それっきり彼らの襲撃は止んだ。しばらくして、ギャングのアジトが襲撃され、ボスを初め、構成員すべてが再起不能にされた、という噂を聞いた。
たぶん、そう言うことなのだろう。
我が親ながら、心の底から畏怖した。この男は人間じゃない。人の姿をした怪物だ、と本気で信じていた。
そんな奴に、勝てる訳がない。人間が、人間以上の存在に勝てるはずがない。
「強くなれ、慎也。私を殺せるほどに、な。それが、息子であるお前の義務だ」
ゴミを見るような目で、史上最大の無理難題を言い放つ『父』を見て、親を選ぶことができないのが子供の最大の不幸だ、という話を聞いたことがあったが、本当にその通りだと、心の底から思った。
◇◇◇
(強くなれ、か……)
昔の、思い出したくもない記憶を脳裏で反芻しながら、慎也は内心で呟いた。
当時は本当に嫌々やらされていた武術の鍛錬だが、いま思うとやっておいて本当に良かったと思う。
もしそうでなかったら、自分が本当に、なんの力も無いただの中学生だったら、この世界に来たその日の内に死んでいただろう。一緒にいた結衣共々、ゴブリンにやられて。山口のように。
いまこうして生きていられるのは――認めるのも癪だが――『父』の武術第一の教育方針のおかげだ。
それから2年を経て、ウィルの訓練もあって、地球にいた頃に比べて遥かに強くなった。
そして、ふと思ってしまう。
いまの自分なら、『父親』に勝てるか、と。
(……たぶん、無理だな)
あの頃に比べて格段に――というか、何倍も強くなったはずなのに、それでも『父親』には勝てる気がしないのだ。
戦っても、恐らく1分と保たずに地面に這いつくばることになるだろう、と。
本当に、得体の知れない男だったのだ。本当に人間か、と思えるくらい。強さだけでなく、言動もまた、どこか人間離れしていた。
(まあ、いまとなってはどうでも良いことだが)
この世界に来てしまった以上、2度と会うことも無いだろう。不思議と寂しくはない。というか、清々したという気持ちの方が強いが。
「ご飯出来たよー!」
快活な少女の声に、慎也は目を開けた。
森の空き地に建つ、こじんまりとした一軒家。その戸口で、灰色の髪をショートカットに切りそろえた小柄な少女が手を振っていた。
風美結衣。
同じ中学校に通っていた同級生で、共にこの世界に飛ばされてしまった少女だ。当時は無力な女の子だった彼女もまた、ウィルの訓練を経ていまでは立派な魔導士となっていた。
「判った。すぐ行く」
そう答えて慎也は腰かけていた岩の上で立ち上がった。
最近になって朝の日課になった、瞑想を終わらせる。
家に入ると、中には既に美味しそうな朝食の匂いが漂っていた。
「やあ、シンヤ君。<闘気>の修行は順調かね?」
最初に声を掛けて来たのは、白い髪に白い口髭を生やし、茶色いローブを纏った70代の老人だった。
名前はウィル。この世界にやって来た慎也と結衣を保護し、あまつさえ様々な道具や知識を与え、鍛えてくれた大恩師だ。
「順調です。ようやくスキルレベルが200を超えました」
笑顔で慎也は答えた。
「そう言えば、以前から気になってたんですが、お爺様は<闘気>は使えないのですか?」
とウィルに尋ねたのは、彼の孫娘であるユフィアだった。
金色の髪を腰の辺りまで伸ばした、華奢で小柄な、愛らしい少女だ。その見た目とは裏腹にユフィアは神聖系魔法の使い手であり、慎也の冒険者パーティの1人でもある。
「……そうだな。わしは<闘気>は使えない」
何故か少し言い辛そうにしつつ、ウィルは答えた。
<闘気>を教えてくれたのは、師であるウィルではなく、先輩冒険者であり、3級冒険者であるマクレーンだった。ただ彼も冒険者であり、四六時中、慎也に付っきりで教える訳にはいかないので、事前に渡された訓練法や習得のコツを記したメモを読みながらの自主トレーニングがメインだったが。
<闘気>とは、生物が身に宿す生命エネルギーを武器として転用したもののこと。魔法とは違い、訓練次第で誰もが身に付けることが出来る。ただし、その効果、力は魔法に比べてかなり限定的であり、完全な魔法の下位互換とされ、魔法を使える人間はまず習得しない。特に、魔法に加えて優れた身体能力を有している魔法戦士と呼ばれる者なら尚更その傾向が強い。
したがって、魔法戦士でありながら<闘気>を習得しようとしている慎也は、かなり異質な存在といえた。
(地球にいた頃のオレなら、考えられなかったな)
以前は強くなることが嫌で嫌でたまらなかった。武術と言うものが大嫌いだった。
それが、いまは正反対だ。自分が習得できる技術なら、自分からなんでも覚えようという気になっている。強くなれるなら、例え下位互換であろうがなんであろうが構わない、と。
もちろん、ここが地球とはまったく違う世界であるということが大きい。
魔物が跋扈し、盗賊などと言うものが普通に存在し、死がすぐ身近にあるこの世界で、現代の地球人である自分が生きていくには、まず強くならなければならないから。
なにより、守らなければならないものが出来たから。
(オレだけ死ぬならまだしも、結衣やユフィアまで巻き添えにするなんて最悪だからな)
いまでは慎也は冒険者――しかもパーティのリーダーなのだ。仲間である結衣やユフィアの命を預かっているといっても良い。実際、ゴブリン・エンペラーとの戦いでは慎也が死に掛けたが為に、結衣やユフィアもあわや殺されそうになったのだ。
同じ失敗を繰り返さない為にも、まずは自分が強くならなければならない。
そして、目標もある。
1つは、ウィルを超えることだ。
これに関しては地球でも同じことをやらされていた。あの化け物を超えるという、無理難題を通り越して無謀とも言える目標を無理やり据えられ、拒否権無しの地獄のスパルタ訓練を課せられていた。
本当に、嫌で嫌で堪らなかったのだが、いまは180度変わり、師を超えるという目標を自分から率先して成し遂げようとしている。
そう考えると、我が事ながら笑ってしまいそうになる。
(やっぱりこれは、教える人間の器の違いだよな)
ウィルと『父親』。どちらが優れた指導者かと問われれば、慎也は刹那の迷いもなく前者を選ぶ。というか、比較対象として上げることすらしないだろう。
そして、2つ目の目標は、共にこの世界にやって来たはずの友達を探すことだ。
地球人であった慎也たちがこの世界にやって来る切っ掛けは、修学旅行帰りの飛行機事故だった。あの飛行機には同じ中学校の同級生を初め、300人以上の乗員乗客が乗っていたのだ。
ならば同じ飛行機に乗っていた友人たちも、この世界に来ているはずだと、慎也は考えた。
その考えが正しかったことが証明されたのは、残念ながら、友人の死と言う最悪の出来事だった。この世界に来てすぐにウィルたちに保護された慎也と結衣とは違い、彼は魔物と遭遇し、喰い殺されてしまった。なんの力も無い現代の地球人が魔物と遭遇すればどうなるかは、火を見るより明らかだ。彼は不運としか言いようがなかった。
だが、それを乗り越え、自分たちと同じ様にこの世界で逞しく生きている者もいることが判った。
マクレーンとエミリータ、やフェルナとシアーシャ――同じ冒険者である彼らから、それぞれ異なる異世界人と出会っていたという話を聞くことが出来た。しかもうち1人は、慎也たちの同級生であり、彼と浅からぬ縁を持つ少女だった。
それを聞いた時、慎也は即座に決断した。
会いに行く、と。
だが、少女のいるメリディスト島はここからはかなり遠い。かなり長い旅をすることになる。その為には、いま以上の強さと知識、技術と道具がいる。
その為ならば、なんでも――もちろん犯罪行為は例外だが――やる覚悟が、慎也には出来ている。
(結局、人を成長させるのは、本人の目標と向上心――それを得る為の切っ掛けと環境なんだ。あんたはそれを無理やり押し付けようとしたから失敗したんだよ、クソ親父!)
他人から押し付けられたのと、自分で見つけるのとではまったく違う。その事実を、慎也はまざまざと思い知らされた気分だった。
「さあ、準備出来たよ。冷めないうちに食べよう」
結衣がおかずの最後の一品をテーブルの上に置いて言った。
コメ(日本米ではなく、この世界でコメと呼ばれているもの)のご飯に、野菜のスープ。森で狩った魔物の肉に、果物の果汁を搾り取ったジュース。
日本にいた頃に食べていたそれとは比べ物にならない質素な物だが、慎也には地球で食べていた物よりも何倍も美味しく感じられた。
「「「「いただきます」」」」
同じテーブルに付き、食を共にできる人たちがいるからだ。
(これが家族なんだな……)
しみじみと思う。同じテーブルで食事をする度に、涙が出そうになる。
この世界に来て初めて、慎也は家族というものの温かさに触れ、共に食べる食事のおいしさを知った。
(オレの家族はこの人たちだ。あんたじゃねーからな、クソ親父!)
2度と顔を見ぬであろう男に向かって、慎也は心の中で叫んだ。
◇◇◇
朝食を終えた後、慎也、結衣、ユフィアの3人はすぐさまキアナの街の冒険者ギルドに足を運んだ。
ゴブリン遺跡での一件以来、目立ったトラブルも無く、彼らの冒険者活動は順調だった。レベルが上がったことに加えて、魔物との戦いに慣れてきたこともあるが、最大の理由はウィルからもらった神授の宝玉で得た<共有無限収納>だった。
そもそも、<共有無限収納>とはどういうスキルかと言うと、亜空間に無限に物を収納でき、しかも亜空間内は時間が止まっており、入れた物が劣化することが無いという、非常に便利なスキルだった。だがそれだけなら、同じような効果を持つアイテムボックスという魔導具が存在する。
<共有無限収納>とアイテムボックスの最大の違いは、パーティメンバーでその効力を共有できると言う点にある。
アイテムボックスが持ち主にしか使用できないのに対し、<共有無限収納>はスキルを得た人間のパーティメンバー全員が同じ効果を共有できるようになる。
しかも、物を収める亜空間は、『共有空間』と『個有空間』の2種類が存在している。
共有空間とは、その名の通り、パーティメンバー全員で共有する空間のこと。仲間同士であれば誰でも自由に中の物を確かめられ、出し入れできる。例えば、慎也が共有空間に入れた物を結衣が取り出す、ということも可能だ。
結衣曰く「四〇元ポケットとス〇アポケットみたいなもの」だそうだ。
固有空間とは、当人しか使用できない、いわばプライベートな亜空間のこと。この中に納められた物は、入れた当人しか確認できず、取り出すことも出来ない仕組みとなっているのだ。
この<共有無限収納>を得たことで、慎也たちの冒険者活動は飛躍的に楽になった。
特に魔物狩りを専門とする魔狩人にとって、魔物の死体を持ち運ぶのは重労働なのだ。以前、ワイバーンを仕留めた時に慎也たちもかなり苦労した経験があるので、このスキルの便利さ、ありがたさは身に染みている。
改めて、こんな便利なスキルをくれたウィルに感謝したい思いだ。
冒険者ギルドに入ると、まだ早朝であるにもかかわらず、多くの冒険者たちでロビーは賑わっていた。いつもの光景である。
「今日はなんの依頼を受ける?」
依頼掲示板に張られた依頼伝票を見回しながら、結衣がご機嫌に聞いて来た。
ゴブリン・エンペラーの一件で、慎也たちは7級から6級に昇格したので、受注できる依頼が一気に増えたのだ。
「そうですね。これまでずっと魔物の討伐ばかりでしたから、討伐以外の依頼を受けてみてはどうでしょう? これとか」
ユフィアが指したのは、薬剤師ギルドから出されている薬草の採取の依頼だった。常時発注型の依頼で、6級であるから慎也たちでも受けることが出来る。そして彼女の言う通り、薬草の採取というのはこれまで経験が無かった。
「そうだな。じゃあ――」
慎也が薬草採取の依頼伝票に手を伸ばそうとした、その時――
「いたーッ!!」
入口の方から、いきなり大声を上げる者がいた。しかも聞き覚えのある声。
ぎょっとした慎也が振り返ると、こちらに向かって轟然と駆けてくる1人の女性の姿が目に入った。
「よかった! いてくれた! いなかったらどうしようかと思ったわよ!」
などと捲し立てながら走ってきたのはシアーシャだった。
以前、ワイバーンに襲われていたところを救助した、《槍穹の翼》という冒険者パーティの片割れだった。
大勢の冒険者がいる前で大声を上げてしまったものだから、彼らだけでなくギルドの職員たちまで「何事?」という顔で彼女を見た。
「ちょっと、シア! ギルド内で大きい声出さないでよ!」
と、後ろから相棒であるフェルナが顔を赤くしながら走ってきた。相棒の粗相のおかげで大勢に注目されてとても恥ずかしそうだ。
「どうしたんだ、2人とも?」
「なにかあったんですか?」
慎也とユフィアが尋ねる。
「うん、ちょっとね。シンヤ君たちに手を貸してほしいのよ。人数が多くて、私たちの手には負えなくて、でも早くしないと――」
シアーシャが興奮気味に捲し立てた。話が支離滅裂で、意味が判らない。
「落ち着きなさい、シア。私が話すから」
と、フェルナがシアーシャを宥めながら話を引き継いだ。
「突然ごめんなさい、シンヤさん、ユイさん、ユフィアさん。実は、皆さんの力を貸していただきたいんです。大至急」
「大至急、って、なにがあったんですか?」
ただならぬ様子に、結衣も緊張した様子で聞き返した。
「いま私たちが受けている依頼に協力していただきたいんです。6級の依頼なんですけど、私とシアだけじゃどうにもなりそうにないので」
それを聞いて、慎也たちは互いに顔を見合わせた。フェルナとシアーシャは、ランクで言えば慎也たちよりも上の5級冒険者だ。なのに、6級の依頼が手に負えないとはどういうことなのか?
「その依頼って、なんだ?」
慎也が尋ねると、フェルナは言葉に詰まるように一拍おいてから、言った。
「盗賊の討伐です」
「!」
フェルナの言葉を聞いて、慎也は内心で、ついに来たか、と呻いた。
盗賊――つまり、魔物ではなく人間。
人間同士の殺し合い。
以前、ウィルから言われた、避けては通れない難関が、とうとう慎也たちの前に立ちはだかった。
次回更新は12/21日、18時予定です。




