第62話 任務は完了だ
遺跡攻略(一応)終了です( ー`дー´)
頭部を失ったゴブリン・エンペラーの巨体が、地響きを立てて横倒しになる。やや遅れて、斬り飛ばされた頭部が地面に転がった。直後、その身体が、黒い塵となって消滅する。
「消えた!?」
「守護者ってのは、死ぬと消滅しちまうんだよ」
ゴブリン・エンペラーの死体が消えたことに驚く慎也に、マクレーンがそう答える。
無論、ゴブリン・エンペラーのスキルによって召喚されたインペリアル・ゴブリン・ガーズたちもまた、ゴブリン・エンペラーの消滅と同時に消え去っていた。
(死体も魔晶核も残らないのか……ちょっともったいないな)
と、慎也は残念そうに肩を竦めた。あれほど強力な魔物の魔晶核なら相当な価値があるはずだ。
「勝ったぞ! 守護者を倒した!」
「オレたちの勝利だ!」
ゴブリン・エンペラーが消滅したのを見て、遅ればせながら部屋のあちこちで歓声が上がった。両手を突き上げて叫び声を上げ、仲間と抱き合い、あるいは逆に安堵のあまり力が抜けてその場にへたり込む者など、皆が思い思いの形で勝利と生還の喜びを表している。
怪我人こそ複数生じたが、幸い死者は無し。喜ぶのは当然と言える。
ただし、例外もいた。
「でっ、だ!」
1人はマクレーンだった。
「お前には聞きたいことが山ほどあるぞ、シンヤ?」
「私も同感だ」
「右に同じく」
「私もです!」
空かさずエミリータ、結衣、ユフィアが追従してくる。
「私も伺いたいです」
「あたしもー」
フェルナとシアーシャまで同調してきた。
「……でしょうね」
致命傷を負っていたはずが、いきなりの復活。イクサの形状変化。使えなかったはずの<闘気>の使用。これだけ奇想天外なことが立て続けに起これば、それも仕方ないと慎也は諦め気味だ。
「たぶん、刀のおかげだと思います」
そう言って、変形したままになっていた刀を全員に見せた。
「その刀は、いったいなんなのだ? さっきまでとは随分と様変わりしているようだが?」
「オレにもよく判りませんがって、うわ!」
そこまで言いかけた時、再び刀が眩い光を発したかと思うと、次の瞬間には元のイクサの形状に戻っていた。
「元に戻ったね……?」
「どういうことですか?」
結衣とユフィアが首を傾げる。
「オレにもなにがなんだか……」
慎也自身も首を傾げて、イクサを軽く振ってみたが、特になにも起こらなかった。
これは帰ってから、ウィルさんに聞くしかないだろうな、と慎也はひとまず問題を棚上げすることにした。
当事者たちが頭を捻っている中で、状況を理解している者が1人だけいた。
(間違い無い。あの刀、ヴァルディの造った霊刀。それも、かなり後期の作品だ)
刀剣マニアのイアンは、先程、慎也の刀を間近で見た時に抱いた直感が的中したことを確信した。
(あんな物を与えられるほど、彼はウィル氏から期待されている、ということか……)
面倒なことにならなければ良いが、とイアンは1人で肩を竦めた。
その時――
ゴゴォン!
重苦しい轟音が部屋の内部に響いた。
「全員、注意しろ!」
ただ事ではないと感じたイアンは、すぐに討伐隊に注意を発した。ついいまし方まで勝利に浮かれていた冒険者や騎士たちが、弾かれたように周囲を警戒する。
「もしかして、隠しボスが出てくるとか?」
「不吉なこと言わないで下さい!」
縁起でもないことを口走った結衣に、ユフィアが叫んだ。
「ここへ来てもう一戦とか、勘弁だぜ」
慎也も呻く。
実際、ゴブリン・エンペラーとの戦いで討伐隊の面々は消耗していて、とてももう1度、ボスクラスの難敵と戦えるような状態では無い。
やがて、ゴゴゴゴ、という低い鳴動にも似た音が断続的に鳴り出した。
「おい、あれを見ろ!」
冒険者の1人が指さした先で、部屋の中心部の床が、直径10メートルほどに渡って円形に陥没していくのが見えた。本来の床の高さより1メートル程度せり下がった後、今度は中央から二つに割れ、まるで自動ドアのように開いていく。
現れたのは、深い縦穴。ご丁寧に下へ降りる為の螺旋階段まで付いている。
「守護者を倒したことで、遺跡の隠し通路が開けたみてぇだな」
「ああ。やはりこの遺跡は、まだ生きているということだ」
そう言うと、エミリータは指揮官であるイアンに目を向けた。
「どうする?」
新たに現れた、恐らくは遺跡の最深部へと続くであろう道を、行くか、あるいは戻るか。
「……我々の目的は遺跡に調査と、ゴブリン増加の原因を調べてそれを断つことだ。なら、進むしかないだろう。ただし、さっきまでの戦いで我々もかなりの消耗を強いられた。動くことの出来ない怪我人もいる。また、遺跡内にまだゴブリンが残っていないとも限らない。そこで、先へ進む者と、ここに残ってこの場と怪我人を守る者の2手に分かれる」
イアンの判断で、討伐隊は深部へ進む組と、この場に待機する組の2つに分かれることになった。
守護者を倒した以上、この先に魔物が潜んでいる可能性は低いが、それでも罠が無いとは限らない。そこで、深部へ下る者はイアンの他、<気配察知>や<罠探知>のスキルに優れた者が同行することになった。その数20人。
当然、慎也たちや騎士団のリネットも選ばれた。同様に、マクレーンとエミリータも前進組だ。逆に、フェルナ、シアーシャの《槍穹の翼》は待機組になった。
この場所に残って、前進組が戻って来るまで怪我人や階段を守る為に。
「それじゃあ、行くぞ」
先頭に立つイアンに続いて、慎也たちも隠し階段を下っていく。
「けっこう長いな」
下り始めてからしばらく経ってから、慎也が呟いた。
幸い罠も魔物の姿も無く、順調といえば順調に進めているのだが、この縦穴、思った以上に長いのだ。上を見上げれば、既に元いた部屋の明かりがほとんど見えなくなっている。
「帰りはこれ、登らなきゃいけないんだね……」
「ある意味、魔物と戦うより辛いですね……」
既にゴブリン・エンペラーと戦って疲れた身体で、長い階段を昇り降りしなきゃならないという拷問に、結衣とユフィアがどんよりと沈んでいる。
「無駄口を叩かず、警戒を怠るな」
そこへ、イアンの叱責が飛んで来た。
「「すいません」」
声をそろえて謝る結衣とユフィア。ただ、長い階段に憂鬱になっているのは皆同じなので、それ以上はイアンもなにも言わなかった。
「リネット、気配はどうだ?」
「まったくありません。少なくともこの場所に、ゴブリンたちは立ち入ってはいないようです」
元々ここへ繋がる道は扉で塞がれており、ゴブリン・エンペラーを倒さないと開かない仕組みになっていたので当然だが。
「お、どうやら終点みたいだぜ」
マクレーンの言う通り、ようやく長かった階段が途切れて穴の底が見えてきた。
そしてその向こう側には、例によって大きな開閉式の扉がある。
「なんか、最初のボスの部屋と構造が似てるよね?」
結衣がぽつりと呟いた。
確かに、ゴブリン・エンペラーがいた部屋も、縦穴を降りた先に存在していた。似ているどころか、まったく同じだ。
「また、ボスがいるんでしょうか?」
「その時は引き返す」
不安そうなユフィアに、イアンはそう明言して安心させる。いまここにいるのは、討伐隊の総数の半分以下である20名。しかもゴブリン・エンペラーとの長時間の激闘で疲弊している状態で、もう1度ボスレベルの魔物と戦えるはずもなく、もしもこの先に新たな守護者がいた場合、イアンは戦わずに引き返して、後日、戦力を再編した後にもう1度訪れると決めていた。
「行くぞ」
イアンが手で押すと、先程と同様、重苦しい外見とは裏腹に扉はそれだけで勝手に開いた。
思わず武器を身構えていた彼らの予想に反して、扉の向こうにはボスでは無く、新たな通路があるだけだった。しかも20メートルほど行った先に別の扉が見える。
ただ、これまでの扉と違い、かなり仰々しい装飾の施されている。見ただけで、あの扉の向こう側に、この遺跡に取ってなにか重要な物が存在していることが判る。
「罠や魔物の気配はありません」
すぐさまリネットが報告した。
「進むぞ。恐らくあれが最後の扉だ」
イアンを先頭に、討伐隊は隊列を組んで通路を進む。
(この遺跡は、いったいなんの為に建てられたんだ?)
慎也は考えた。
この遺跡の最深部になにがあるか、ということよりも、今回のゴブリン増加事件の方が気になっていたのだ。
そもそもの始まりはゴブリンの異常増殖。原因は恐らく、この遺跡の守護者であったゴブリン・エンペラー。
(奴は、ゴブリンを増殖させて、ゴブリンの軍団を築いて、いったいなにをしようとしていたんだ?)
そもそも守護者とは、古代アルティカ人が作った、人造の魔物であり、一種の防衛装置のような物。いわば門番だ。それが、なぜあれほどの数のゴブリンの大群を創造したのか――
(遺跡を守るには、手下が多く必要だと考えたからか? けど、それにしたって、なんでいまなんだ? この遺跡は2000年以上も土に埋もれていた。ユフィアの話じゃ、この遺跡があった場所はいままでただの土山と認識されていた。これまではまったく異常は無かった、ってことだが、それが、なぜいまになって掘り起こされた? なぜいまになって、ゴブリン・エンペラーは活動を始めた? 古代アルティカ人は、奴になにを守らせていた? それがこの事件となにか関係があるのか?)
マクレーンたちの後を付いて歩きながら、慎也は考えを巡らせていた。
どうも腑に落ちない。
2000年もの間、埋もれた遺跡の中に留まっていたゴブリン・エンペラーが、いまになって活動を始めた理由が。
「あ――」
不意に、慎也は声を出してその場で立ち止まってしまった。
周りの皆が沈黙し、罠や不意打ちに注意しながら進んでいた最中の出来事だったので、それだけで討伐隊の全員がびくりとして足を止め、一斉に慎也の方を振り返った。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ、なんでもありません……」
イアンに聞かれて、慎也はバツが悪そうにそう答えた。怪訝な顔をしたイアンだったが、それ以上追及することなく「そうか」とだけ答えて前進を再開した。
黙ってその後に付従いつつも、慎也はいまし方、自分の中で閃いた答えを反芻していた。
(誰かが人為的に……外部から遺跡を掘り起こし、ゴブリン・エンペラーの活動を促したとしたら……いや、まさか)
考え過ぎだ。あり得ない――
そう断じつつも、慎也の心中には言いし得ぬ不安がこびり付くように残った。
そんな彼の心中など露知らず、討伐隊は何事も無く扉の前に到達した。
否応なく、彼らの間に緊張が走る。
「最後にもう1度確認しておくが、もし向こう側にいるのが新たな守護者だった場合、戦わずに退却する」
彼らの恐怖と緊張を和らげることも兼ねて、イアンは改めて伝えた。戦いはしない、と。
ゴブリン・エンペラーとの激戦で心身ともに疲れ切っていた騎士や冒険者たちのこわばりが、目に見えて和らいだ。
「もしそれ以外の物だったら?」
と、エミリータが訪ねた。
「その時は私が判断する」
中になにがあるか、いるか判らない以上、見てから判断するしかない、と言うことだ。エミリータも納得して頷いた。
「よし……ん? なんだ、この扉、重いぞ」
今度もイアンが自ら扉を開けようとしたが、先のそれとは違い、今度の扉はやたらと重く、1人では開くことが出来なかった。そこで、騎士2人が左右の扉を1人ずつで全力で押すと、ようやくゆっくりと開き始めた。
扉に隙間が生じた途端、眩い光が通路へ差し込んだ。
「なんだ? 光?」
ずっと暗い遺跡内にいた為か、急に現れた光源に何人かが目を眩ませた。
やがて扉が全開になると、その向こう側にあったものが討伐隊の前に露わになった。
「なんだ、こりゃ……?」
唖然とした顔で、マクレーンが呟いた。他の者たちは言葉すらなく、絶句する。
扉の向こう側には、先程ゴブリン・エンペラーと戦った場所よりも遥かに広いスペースを持つ空間になっていた。
その中央に、巨大な柱のような構造物が昂然と建っていた。
形としては、一辺が10メートルほどの四角柱で、高さは100メートルほどもある。柱自体は黒金のような真っ黒な素材で出来ているのだが、その表面には、青白い神秘的な輝きを発する文字のような物がびっしりと刻まれ、そこから発せられる光が空間全体を満たしている。
「なんなんですか、これ?」
「判らない。こんな物は見たこともない」
慎也の問いに、イアンが呆然としたまま答えた。
近づいてみると、柱に刻まれている文字は一般で使われている文字とはまったく違うもので、読むことは出来なかった。見た所、柱自体に危険は無さそうなのだが、明らかになんらかの魔力を帯びているので、念の為に不用意に近づかないよう、間違っても直接触れたりしないようにイアンは厳命した。
「きれーだね」
光り輝く柱を見上げて、呑気なことを呟いたのはもちろん結衣だ。
「なんなんでしょうね、これ? どうして光ってるんでしょう?」
首を傾げるユフィアの疑問に答えられるものは、この場にはいない。
「なにかの魔導装置か、あるいはその動力のようにも見えるが、正直、見当もつかないな」
エミリータも腕を組んで困惑している。
「いずれにせよ、これがこの遺跡の中心部……ゴブリン・エンペラーが守ろうとしていた物、ということですよね?」
「ま、そういうこったな」
慎也の答えに、マクレーンが頷いている。
「団長、どうやらここがこの遺跡の終着点のようです。入り口の他に通路らしきものは見当たりません」
「そうか……」
部屋の中を捜索していた騎士の報告を聞いて、イアンはしばし頭を俯かせて考えた。
「みんな、聞いてくれ!」
ややあって、彼は広間に散っていた討伐隊のメンバーを呼び集める。
「撤収だ。上に残ったメンバーと合流して遺跡を出る」
イアンの判断に、討伐隊のメンバーたちは一様に驚きと困惑を示した。
「撤収って、あれはどうするんだよ? ほっとくのか?」
柱を指さしてマクレーンが訪ねた。
「そうだ。放っておく」
イアンは即答した。
「あれがなんなのかなんて、我々がいくら調べて考えた所で判るはずがない。少なくとも、私たちの手に負えるような代物では無いことは確かだ。それに、これほどの代物が見つかった以上、この遺跡には国から調査団が派遣されることになる。あれの調査は専門家に任せておけば良い。それに、私たちの使命は遺跡の調査と、ゴブリンの増加の原因を見つけて断つことだった。目的自体は完遂できた。よって今回の強制依頼はこれで達成できたと判断して良いだろう」
確かにイアンの言う通りだった。ここにいるのは全員が騎士であり、冒険者なのだ。古代アルティカ文明の遺跡の専門家などいない。素人が下手に触ってなにかあったら目も当てられないことになる。ゴブリン増加の原因と思われるゴブリン・エンペラーも倒した。なので、ここは一旦撤収して後の調査は専門家に任せた方が良いに決まっている。
「それと、この柱のことは上で待っているメンバーには伝えても良いが、それ以外の人間には話さないように」
付け加えるようにイアンはそう伝えた。
こんな片田舎で、とんでもない歴史的発見が成されたかもしれない、という噂が広まって、好奇心旺盛な物好きが集るようなことは、領内の治安の観点からも避けたい、とイアンは言った。しゃべって良いのは、ゴブリン・エンペラーの存在までだ、と。
事が事なので、討伐隊のメンバーも納得して同意し、一行はその場から撤収した。
その後、何事も無く上で待機していたメンバーと合流し、事情を説明して彼らにも口止めした後、怪我人に肩を貸したり、背負ったりして運びつつ、全員でそろって来た道を戻った。幸いにもゴブリンの襲撃等も無く、討伐隊は全員揃って遺跡を出ることが出来た。
「うわ、夜が明けてんじゃねぇか!」
遺跡を出た冒険者の1人が、白み始めていた空を見て声を上げた。
真っ暗な遺跡内では判らなかったが、どうやら一晩中戦い続けていたようだ。
一応、ここはゴブリンの巣窟だったので、周囲を警戒しながらも遺跡の入り口周辺で一息ついていると――
「団長!」
遺跡に入る前、川向こうの林で会った先遣部隊の野伏のリーダーが走ってきた。
「ご無事でなによりです。あまりにも遅いので心配しましたよ」
「ああ、すまない。任務は完了だ。遺跡内に今回の騒動の元凶らしき強力な守護者がいてね。かなり手こずったが、どうにか倒せた。これでもう、ゴブリンが出てくることは無いはずだ」
「そうでしたか。先程、本隊の方からも、ゴブリンの群れを殲滅した、という報せがありました」
どうやら、こちらと並行して行われていたゴブリン殲滅戦も無事に成功したらしい。少なくとも、これで強制依頼自体は一件落着と言うことになる。
不確定要素は残っているが。
「判った。すまないが、森の向こう側に馬車を1台回してくれ。守護者との戦いで歩行困難な怪我人が出てしまった。それと、君たちは別命あるまでここにとどまり、遺跡を封鎖しろ」
「了解しました」
彼も徹夜明けのはずなのに、それを感じさせないきびきびとした仕草で返事を返した野伏のリーダーが、部下たちの元へ戻っていった。
「……今回はほんとに疲れたよー」
「……そうですね。私も早く寝たいです」
結衣とユフィアが疲れ切った顔でぼやいた。
危険な遺跡を出て、安心感と共に緊張感が和らいだせいか、一気に疲労が押し寄せてきたらしい。
「強制依頼と集団戦闘。初めてを2つも同時に経験したんだから、疲れるのも無理ないだろ」
疲労困憊の結衣とユフィアに、慎也は自分なりのねぎらいの言葉をかけたつもりだったが、何故か2人そろってジトーっとした目で睨んできた。
「な、なんだよ?」
「慎也君が死にそうになったことが、私たちが疲れてる1番の原因なんだけどね……」
「そうですよ! 私、心臓が止まるかと思いました! シンヤさんが死んじゃうと思って、怖くてもう、目の前が真っ暗になったんですよ!」
ユフィアは涙目になっていた。言われてもれば、確かに心配をかけてしまったと、慎也は改めて反省した。
「……悪かった」
「バツとして、今度、私たちの言うことをなんでも1つ聞いてもらうからね」
頬を膨らませる結衣に、慎也は「判った」と苦笑しながら答えた。
「……ん?」
ふと、なにかを感じた慎也は明後日の方向へと目を向けた。遺跡の西側――切り立った山脈が並ぶ方へと。
「どうしたんですか?」
「……いや、なんでもない」
なにやらハッキリとしない口調の慎也に、結衣とユフィアはそろって首を傾げた。
(気のせいか? 誰かの視線を感じたような……)
だが、いくら探してもそれらしき人影は見当たらない。激戦明けで神経質になりすぎたかな、と慎也は肩を竦めた。
◇◇◇
「予定通り、だな」
ゴブリンの遺跡――否、スアード伯爵領を遥か眼下に見下ろすディカリ山脈。慎也たちのいる遺跡から100キロ以上離れたその一角で呟く声があった。
ディカリ山脈は、標高5000メートル級の切り立った険しい山で、本来は飛行型の魔物以外は、それ専門の能力と装備を有した冒険者以外に立ち入ることが出来ない、断崖絶壁の難所中の難所なのだ。
にも拘らず、断崖の一角に、2人の人影があった。
どちらも同、黒いローブで全身を隠しており、その姿は伺えない。片方は大柄で背が高く、明らかに男性であることが伺える。比べて背の低いもう片方は細身で、恐らくは女性だろう。
「守護者を操って騒ぎを起こし、奴らに遺跡を発見させる。確かに当初の目的通りですが、本当によろしかったのですか? 連中に《神柱》を見つけさせてしまっても?」
背の低い方が訪ねた。明らかに若い女性だ。
「構わん。これで《神柱》の存在は奴らの耳に入る。後は、連中に任せておけば良い」
躊躇なく問題ないと答える大柄の男。その声は20代か30代ほどであることが判るが、同時に、まるで数百年、あるいはそれ以上の年月を生きているかのような、計り知れない老齢さも感じられる。
「それはそうですが……」
が、女の方は納得できない様子だった。
「用は済んだ。行くぞ」
女の様子など歯牙にもかけず、男は誰に言うでもなく呟き、踵を返した。
「残りは6つだ」
「御意」
それだけ言い残すと、2人の姿はまるで幻のようにその場から消え去った。
次回更新は12/5日、18時予定です。




