第61話 刀に命を救われるとはな
ラスボスゴブリン戦、決着ですo(*・ω・)○
それは奇跡に近い出来事だった。
(オ…レ…は…?)
左腕を、いや、左上半身と内臓を砕かれ、虫の息だった慎也が意識を取り戻したのだ。
ユフィアが懸命にかけ続けてくれた回復魔法のおかげか、あるいは本人のしぶとさ所以なのか……
(なんだ? なにが起こった……? なんで身体が動かない?)
自分が地面に横たわった状態だということは判るが、起き上がろうとしても身体を全く動かすことが出来ない。というより、感覚が無い。血が目に入ったのか、視界は紅くぼやけていて良く見えない。息をすることすら苦痛に感じる。
(そうか。オレは、ゴブリン・エンペラーにやられて……)
思い出した。
ゴブリン・エンペラーの放った闘気弾を防ごうと、翔刃斬をぶつけて相殺した直後、粉塵の向こうから突然現れたゴブリン・エンペラーの攻撃をまともに喰らったことを。
(これは、ヤバいな……)
身体の感覚がほとんど無い。痛みすら感じない。目もろくに見えない。その事実が、自身が負った傷の深さを如実に物語っていた。
やがて紅く濁った視界になにかが映った。動く影のような物が。すぐ近くなはずなのに、辛うじて人の輪郭のような物しか見えない。
(……結衣?)
目を凝らして辛うじて見えたのは、彼の良く知っている結衣の後ろ姿だった。愛用の杖を正面に構え、真っ赤な火炎の帯を前方に放っている。
だが、それもわずか数秒のこと。炎の中から伸びて来た野太い腕が、避ける間も無く彼女の細い首を万力のように掴んだ。
(結衣!)
叫ぼうとしたが、声が出ない。
結衣の首を掴んで持ち上げたそれは、視界がぼやけた状態でもはっきりと見て取ることが出来た。
ゴブリン・エンペラー。
魔法使いで、身体能力も低く、軟な結衣がゴブリン・エンペラーに捕まっては一溜りも無い。
(ヤバい! くそ、動け、動けよ!)
仲間の危機を目の当たりにして、慎也は懸命に立ち上がろうとしたが、その努力も虚しく、致命傷を負った彼の身体はまったくと言っていいほど動いてはくれなかった。
(くそっ、なにやってんだよ、オレは! 結衣が、仲間が目の前で殺されようとしてるんだぞ!? ここで助けられないで、なにがリーダーだ!)
だが、どれだけ心の中で叫び声を上げようとも、声すら出ない。痛めた内臓から溢れだした血の塊がごぼっという水音を立てて溢れ出しただけだ。
「助けてシンヤさん!!」
ユフィアが悲痛な叫び声を上げた。だが慎也は、それに応ずることすら出来ない自分を呪うしかなかった。
殺されてしまう。
仲間が――
家族が――
結衣が――
ユフィアが――
(嫌だ……)
許されない。そんなことは、あってはならない――
(それだけは絶対に、オレが許さない!)
既に動くことすらままならないほど、回復魔法すら受け付けないほどの深い傷を負い、残された命の灯が燃え尽きるのを待つばかりだった慎也に残された、唯一のもの――
(守るんだ! 結衣を、ユフィアを!)
大切な者を。かけがえの無い者を守りたいという、意志――
(オレが助けるんだ!)
それが、あり得ない事象を引き起こした。
如何なる神の気まぐれか、もはや死に体と化していた慎也の身体にわずかながら力が戻り、無事だった右腕の感覚が微かに戻った。腕を上げるどころか、辛うじて指が動くという程度の微かなもの。
その微かな力の灯を振り絞って、手元に転がっていた愛刀――イクサの柄を右手で握った。
>イクサのレベルが2になりました。
>壱の型が解放されます。
>進化型複合霊刀イクサ・壱の型ミコト。
(……は?)
突然、視界に現れたポップアップ・ウィンドウの表示された謎のメッセージに、慎也は一瞬、状況を忘れて間の抜けた声を心の中で漏らした。
同時に、それは起こった。
慎也が握っていたイクサの刀身が、突然凄まじい光を放ち始めたのだ。
「きゃあ!」
最も近くにいたユフィアが、突然手元近くで発生した爆発的な光に、思わず目を瞑って悲鳴を漏らす。
「なんだ!?」
「この光は!?」
もちろん驚いたのはユフィアだけではない。イアンやマクレーンといった討伐隊のメンバーや、彼らと戦っていたゴブリン・ガーズ。そして、いままさに結衣を捻り潰さんとしていたゴブリン・エンペラーもまた、突如として巻き起こった烈光に網膜を焼かれ、苦鳴を漏らして目を閉じた。
(なんだ? なにが起こってる!?)
自身の手元でありながら、身体が動かない故にそれを確かめる術の無かった慎也も、状況が理解できずに混乱するしかない。
そんな彼らを他所に、光はほんの数秒ほどで収まった。
「……え?」
最初に気付いたのは、位置的に1番近くにいたユフィアだった。
謎の光の発生源に目をやった彼女は、慎也の愛刀――2年前、彼がウィルから譲り受け、以降ずっと振るい続けたイクサの形状が、見慣れた形と違っていることに気付く。
いままでは、若干の差異こそあれ、平均的な日本刀めいた形状をしていたのが一変し、切っ先から柄頭に至るその全てが一体化し、まるで白塗りで染めたかのような白色へと変じていた。刀身自体が若干幅広くなり、長さも明らかに伸びている。
「これ、は……?」
目の前で起こった現象に理解が追いつかず、呆然と呟いたユフィアに、追い打ちを掛けるかのように新たな変化が生じた。
「きゃっ!?」
変化したイクサの刀身が、今度は淡い桜色の光を発したかと思った次の瞬間、柄を握っていた慎也の腕を伝って身体全体を包み込んだのだ。致命傷を負って横たわっていた慎也の身体が、一瞬にして光の繭に覆われて見えなくなってしまった。
だがそれも、数秒にも満たない間に収まった。
「………………………………………………………………………………え?」
3度目の、そして最大級の驚愕がユフィアを襲った。
もしかしたら、16年の人生中でで1番驚いたかもしれない。
なにしろ、左上半身をズタズタにされ、自分が全身全霊を振り絞った回復魔法をかけても治癒の兆しさえ見られず、ただ死を待つばかりだった慎也の身体が、元通りになっていたのだから。
「?」
無論、驚いたのは慎也も同じだった。
いきなり暖かな光で身体を包まれたかと思ったから、訳も判らない内に身体の感覚が復活したのだから。確かめるように手と足の指を動かしてみるが、やはり錯覚などではなく、本当に動けるようになっているのがすぐに判った。
(身体が動く。動ける!)
そのことに気付いた慎也が最初にしたことは、動くようになった理由を考えたり、訝しんだりすることではなかった。
なにが起きたのか?
何故動けるようになったのか?
そのような、ある種当然の疑問など瞬時に棚上げし、彼が最初にとった行動は――
(結衣!)
仲間を――結衣を助けることだった。
ゴブリン・エンペラーは、幸いにも最初の烈光で受けた衝撃からまだ立ち直れておらず、慎也は容易に懐に飛び込むことが出来た。
「おい」
ゴブリン・エンペラーが状況を把握した時には、既に慎也の姿はすぐ目の前にあった。
仲間を、そして自身の尊厳を傷つけられた者の凄まじい憤怒を燃やした眼光が、一瞬、ゴブリン・エンペラーの身体を硬直させる。
「オレの仲間に――」
その一瞬を見逃さず、慎也はゴブリン・エンペラーの至近でジャンプすると同時に渾身の力を込めて刀を振り上げ、結衣の首を掴んでいたゴブリン・エンペラーの左腕を切断した。
「汚い手で触れるんじゃねぇ!!」
腕を斬り飛ばされ、激痛に悲鳴を上げようとしたゴブリン・エンペラーの顔面を、白い光を帯びた脚で思い切り蹴り飛ばす。
潰れた悲鳴を漏らして吹っ飛んだゴブリン・エンペラーを他所に、慎也は蹴りの反動を利用して空中でバランスを立て直し、ゴブリン・エンペラーの腕ごと落下した結衣を抱えて着地した。
「いまのは!?」
その一部始終を見ていたエミリータが驚愕の声を上げ、確認する様にマクレーンの方を見た。
「ああ、間違いねぇ」
マクレーンも頷いた。
「シンヤのいまの蹴り、闘気を纏ってやがった」
信じられない、あり得ない、といった表情でマクレーンは戦くように言った。
「けほっ、えっほ!」
喉を押さえて激しくせき込む結衣を見て、慎也は心底安堵した。どうやら呼吸困難こそ起こしているものの、ちゃんと生きている。
「あ、しんやくん……ってことは、ここはてんごく?」
呼吸困難の影響か、ぼんやりと焦点の定まらない瞳で慎也を見上げてきた結衣が、そんなことを呟いた。
「……いや、地獄だ」
何故か場違いな悪戯心が芽生えた慎也は、ちょっとだけ結衣をからかうことにした。
「じごくー? わたし、そんなにわるいことしたかな……? でも、まあ、じごくでもいいや。しんやくんがいっしょだし……」
「……とまあ、冗談はこの辺にして。しっかりしろ、結衣。ここは地獄でも天国でも地球でもなくて、異世界だよ。ある意味、あの世とも言えるけど」
「いせか……いっ!? え!?」
ようやく意識がはっきりしたらしい結衣が目を見開いて驚愕した。
「……慎也君?」
「ああ」
「え? なんで? 怪我は?」
「よく判らないけど、なんか治った」
慎也が言うと、結衣はふるふると唇を震わせた。
「…………死んじゃったかと思った」
「ああ、オレも死ぬかと思――って、あれ?」
と、答えかけた所で視界の端に見慣れないものが写った。
「なんだ、この刀?」
そこでようやく、慎也は自分が手にしているのが見慣れた愛刀――イクサとは違うことに気付いた。
「これって、イクサじゃないね。慎也君、武器変えたの?」
「いや、そんなはずは……」
言いかけた時、慎也の視界にAR表示のようなものが映った。
進化型複合霊刀イクサ・壱の型ミコト
レベル:1
攻撃力:35
<HP自動回復102><状態異常回復94><回復魔法補助120><闘気111><起死回生->
ちょうど盗視の指輪で魔物のステータスを見るような感じでそのような解説が視界に映る刀にダブるように表示された。
「ミコト? 進化型複合霊刀? つーか、刀にレベルとスキルって、なんだこれ?」
訳が判らず、頭に疑問符をいくつも浮かべる慎也だったが、どうやらこの刀にはスキルが宿っており、それらを使い手に付与することが出来るのだということだけは理解できた。
結果、致命傷を負っていた自分が何故復活出来たのか、その謎が解けた。
<起死回生->
死に瀕する傷を負った際、5%の確率で傷、及びHP、状態異常を完全回復させる。即死した場合は発動しない。
(こいつのおかげで助かった訳か……刀に命を救われるとはな)
だが、あくまで命を救われただけで、まだ終わった訳では無かった。
ギシャアアアアアア!!
慎也に左腕を切断され、蹴り飛ばされていたゴブリン・エンペラーが、メイスを杖代わりにして立ち上がった。
「げ! まだ生きてんのかよ?」
思わず悪態を吐く慎也。
だが、ゴブリン・エンペラーは目に見えて死に体だった。背中の傷に加え、左腕を斬り落とされ、蓄積された深いダメージに油汗を浮かべ、荒い息を吐きながらも、その眼光には尚も衰えぬ戦意に燃え、命尽き果てる間で戦おうとする怨念じみた執念が見て取れた。
「この機を逃すな! 一気に止めを刺せ!」
終局が近いことを悟ったイアンの号令の元、残った討伐隊員が一斉にゴブリン・エンペラーに斬りかかる。
「オレも行く。援護頼むぞ!」
「いいけど、無茶しないでね?」
「ああ、今度は気を付ける」
念を押すように言って来た結衣に注意されるまでもなく、慎也は2度とさっきみたいなへまを冒すつもりはなかった。
「がんばってください!」
ユフィアの応援に拳を上げることで答え、慎也は駆け出した。
(なんだ? 身体が妙に軽いぞ?)
いつもに比べ、いや、ゴブリン・エンペラーに致命傷を負わされる前に比べて明らかに速度が出てる。気のせいなどでは無く、はっきりと判るほど身体能力が向上している。
(つーか、オレのHP増えてないか!?)
上昇しているのは身体能力だけではなかった。
さっきまでは3681だった慎也のHPが、何故か4000近くまで上がっている。
(これも刀のおかげか? いや、いい。いまはともかく、奴を仕留めることだけに集中する!)
無数の討伐隊員の集中攻撃に、片腕でなおも激しく抗戦するゴブリン・エンペラー。そんな皇帝を守ろうと、1匹のゴブリン・ガーズが慎也の前に立ちはだかった。
武器であるハルバートを覆う闘気の光。それはいま、慎也自身が身体に纏わせているものとまったく同じ。
(これが闘気ってやつか……悪くないな!)
この戦いが終わったらマクレーンに教えを乞うて覚えようと考えていた<闘気>を、思わぬ形で物に出来たことに、嬉しいやら意外やら、複雑な気持ちを抱えつつも、慎也はゴブリン・ガーズに向かってさらに加速する。
愚直なまでに正面から突っ込んでくる慎也を、ゴブリン・ガーズはハルバートで両断せんと、轟然と横薙ぎに振るう。だがその直前、まるで搔き消えるように慎也の姿がゴブリン・ガーズの視界から消失した。
(やっぱ、<閃駆>の速度も上がってる)
通常のダッシュから、<閃駆>を持ちいた急加速。ゴブリン・ガーズはその変化に対応できず、すれ違いざまに首を刎ね飛ばされて即死した。
黒い塵となって消え去ったゴブリンの近衛兵には目もくれず、慎也は一路、ゴブリン・エンペラーを目指す。
冒険者の1人をメイスで薙ぎ倒したゴブリン・エンペラーがそれに気付いた。
自分の左腕を奪った憎き虫けらに対する憎悪は、気の弱い人間ならそれだけで失神してしまうほどに凄まじいものだった。
長時間の戦いで消耗してなお、慎也のそれを優に凌駕する膨大な闘気をメイスに込め、迎え討とうとしたゴブリン・エンペラーの背で、突如、爆裂魔法が炸裂した。
背中に負った傷の上にさらにダメージを受け、常軌を逸する激痛にゴブリン・エンペラーはひと際大きい悲鳴を迸らせる。
「何度も背中を疎かにするとは、皇帝と言っても、所詮はゴブリンだな」
爆裂魔法を撃ちこんだエミリータが、冷ややかに呟いた。
「奴を止めろ!」
イアンの命令に、最初に応えたのはユフィアだった。というより、彼女は慎也がゴブリン・エンペラーに突っ込んだ直後から魔法の詠唱を始めていた。
彼を守る為に。
もう2度と、あんなことにならないように。
(私がシンヤさんを守るんだ!)
揺るぎない決意を込めて、ユフィアは叫ぶ。
「《封魔の結界牢》!」
ゴブリン・エンペラーの足元に聖なる魔法陣が生じ、光の檻がその巨体を内側に閉じ込めた。
「いまだ! 魔法使い、一気に止めを刺せ!」
そこへさらに、結衣やリネットたち魔法使い陣の攻撃魔法の弾幕が降り注ぎ、ゴブリン・エンペラーの巨体が魔力の爆発に飲み込まれる。
ガアアアアアアアアアア!!
だが、信じられないことに、それだけの集中砲火を受けて尚、ゴブリン・エンペラーのHPは尽きてはいない。満身創痍になりながらも、メイスの一振りでユフィアの結界牢を破壊し、再び自由を取り戻した。
「なんて奴だ……」
常軌を逸したゴブリン・エンペラーの生命力に、イアンが戦慄を隠しきれなかった。
自由になったゴブリン・エンペラーと慎也が肉薄する。
両者共に、互いしか眼中に無い。
距離が5メートルを切ったところで、慎也が大きくジャンプした。
有体に言えば、これは愚策中の愚策だった。自身のステータスを大きく上回り、しかも決して動くが鈍くなく、判断力にも優れた敵を前にして、自由の利かない空中へ飛び上がるなど、自殺行為に等しい。
当然、ゴブリン・エンペラーがそれを見逃すはずはない。
ゴブリン・エンペラーが、にやりっ、と笑った。
――また詰めを誤ったな、と。
それに対し、明らかな失策を演じたはずの慎也も、同じような、にやりっ、とした笑みを返した。
――いいや、今度は詰めを誤ったのはお前の方だ、と。
斬ッ!!
「!!」
いままさに、慎也に振るおうとしていたメイス――それを握っていたゴブリン・エンペラーの腕が、突然、半ばで切断され、宙を舞った。
マクレーンだった。
ゴブリン・エンペラーは賢い。相手の隙は決して見逃さない。ましてや、真正面にから向かって来る者が、致命的とも言える失敗を演じれば、絶対にそれを見逃すことはしない。
だからこそ、見逃してしまう。
自分自身の隙を。死角から接近してきた、別の敵を。
「やっぱり仲間が1番だよな! お前もそう思うだろ、ゴブリンの皇帝!?」
両腕と、為す術を失ったゴブリン・エンペラーの目に、確かな同意と称賛、そして諦めが浮かんだ……ような気がした。
今日、いや、この世界に渡って来て以来、最高、最速と断言できる一撃を、ゴブリン・エンペラーの首に叩き込む。
閃光じみた慎也の斬撃は、遺跡の守護者にして、凶悪な小鬼の皇帝の首を断ち斬り、この戦いに終止符を打ったのだった。
次回投稿は11/30日、18時予定です。




