第53話 覚悟は良いな?
攻略開始です( `ー´)ノ
その夜、闇の帳の降りた森の中で、53名の騎士と冒険者の一団が音と気配を殺しながら道なき道を進んでいた。
言うまでも無く、ゴブリン遺跡攻略の為に編成された、スアード伯爵騎士団と冒険者たちの混成部隊だ。
彼らが進んでいるのは、先日、慎也たちがマクレーンらと共に探索に訪れたあの道だった。このまま進めば間も無く、川を挟んで例の遺跡が見えてくるはずだ。
「これまでの調査で、ゴブリンたちは遺跡の東西と北側は厳重に警戒しているが、川を挟んだ南側は数匹の見張りを立てるだけで手薄になっているという話だ」
なので、遺跡の南側からなら気付かれずに近づけると、イアンは説明した。
「なんで南側だけ手薄なんですかね?」
慎也が気になって尋ねてみると――
「ゴブリンは泳ぎが苦手だからな。それに、仮に南側から敵が現れても、川が障害になって遺跡には近づけないと考えてるんだろう」
――とのことだった。
確かに戦国時代において、川は一種の要害として利用されることが多々あった。城の堀なんかはその最たる例だし、川の上流を堰き止めて敵が河を渡ろうとしたタイミングで堰を破壊し、鉄砲水を起こして敵を溺れさせるという戦法すらあったくらいだ。
だが、ここは戦国時代ではない。ファンタジー世界なのだ。戦国時代には無い、魔法という概念がある。
魔法を使えば、川は然したる障害にはならない。ゴブリンは魔法が苦手な種族であるから、その辺りまで頭が回らなかったのかもしれない。
「おい、なにかいるぞ!」
隊列の先頭を歩いていた冒険者の1人が仲間たちに警告を発した。
闇の中に複数の気配が感じられる。だがそれはゴブリンのものではなく、人間のそれだった。
「心配無い。我々の先遣隊だ」
武器を取りかけた冒険者たちをイアンが落ち着かせた。
彼らは、領主の命でゴブリンたちの監視に当たっていた騎士団の部隊なのだそうだ。騎士と言っても、鎧を纏って剣や槍で戦う類のものではなく、今回のように闇に紛れて偵察や監視などを任務とする『野伏』と呼ばれる者たちだ。
「団長、ご苦労様です」
野伏の1人がイアンの前までやって来て敬礼する。黒いマントを頭からすっぽり被り、革製の、身軽さを重視した鎧を着たその姿は、パッと見た感じ、イアンと同じ騎士とは思えない。持っている武器も剣や槍ではなく弓矢と短剣だ。
「ゴブリンどもの様子は?」
「変わりありません。遺跡と思われる山の内部より、1日に20匹前後の割合で新たなゴブリンが現れております」
「やはり元凶は遺跡か……」
「間違い無いでしょう」
その後、イアンは野伏のリーダーと短い会話を交わした後、別動隊の面々に向き直った。
「全員、ここで小休止だ。周辺の警戒は先遣隊が行うので、楽にして良い。ただし火は焚くな。会話もほどほどにな」
イアンがそう言うと、別動隊の面々は緊張を弛緩させてその場に腰を下ろしたり、木にもたれて思い思いの体勢で休憩に入る。さすがに横になる者はいなかった。
一応ここは魔物の徘徊する森の中であり、その道のプロである野伏が警戒してくれると言っても、100%安全とは言えない。なので、休息を取りながらも警戒だけは怠らないところは、さすがベテラン揃いの精鋭部隊と言える。
そんな精強な面々の中で、唯一の新米パーティである慎也たちは、一行の真ん中の辺りに集まって共に腰を下ろした。
「とんだ事になったな」
「そうだね。冒険者になっていきなり強制依頼で、しかもこんな重大任務に引っ張られるなんて、びっくりだよ。私たちのこの先の冒険者人生も、きっと波乱万丈になるね」
「怖いこと言うなよ」
結衣があっけらかんと言うと、本当にそうなりそうで怖いと慎也は思った。とは言え、1級冒険者を目指す以上、普通の冒険者活動だけではダメだろう、という思いもある。
「でも、イアン様はそれだけ私たちの実力を評価して下さっているということですから、ご期待に添えるように頑張りましょう!」
行く前はガチガチに緊張していたユフィアだったが、ここまでの道のりでだいぶ落ち着いたらしく、前向きな発言を発していた。
あるいは、自分に言い聞かせて、怖さで竦みあがってしまいそうな自身を無理やり鼓舞しているのかもしれないが。
「楽しみだね。遺跡」
一方で、こっちは最初から緊張感の感じられない結衣。というか、逆にワクワクウキウキといった雰囲気を隠そうともしていない。
「なにが楽しいんだ?」
「だって、古代遺跡だよ? 古代アルティカ文明の神秘。突然の滅亡の謎。圧倒的な技術力の秘密。遺跡に眠る秘宝。それを示す数多の伝説。それを解き明かす探求。2000年の歴史に挑む情熱! まさにファンタジーって感じじゃない?」
興奮気味に捲し立てる結衣の言葉の中に、さり気無く遺跡探求ではなくトレジャーハントが混ざっていた。
「その前に立ちはだかる数々の危険。無慈悲な罠。凶悪な魔物。神秘を前にして力尽きる無念――」
「ひどいよー」
楽しみをぶち壊しにするような慎也の言葉に、結衣が頬を膨らませて抗議した。
「探求も良いけど、同時に相応の危険も伴う、って言ってんだよ。その2つを含めて「冒険」って言うんだからな。それに、オレたちの目的は遺跡探索じゃなくてゴブリン退治だ、ってことを忘れるなよ?」
「その通りだな」
そこへ、イアンが話に加わってきた。
別動隊の指揮官としては、やはり隊の中で1番の新米である慎也たちが気に掛かるらしい。
「緊張してるか?」
「……そうですね。出来れば、いますぐ逃げ出したいくらいですよ」
自分たちを無理やりこの仕事に引っ張り込んだ張本人に、慎也も知らず知らず言葉に棘が混ざってしまった。
「では、いまの内に慣れておくことだ。逃げ出したくても出来ない難事が、これから数多く君たちを待っているからな」
「そう言う難易度の高いことは、まずは冒険者生活に慣れてから経験したかったんですがね」
「何事も自分の思ったようになるとは限らない、と言うことだ。冒険者なら特にね」
「じゃあ、騎士はどうなんです?」
「当然同じだよ。いや、ある意味、冒険者よりも思い通りにならないことが多いくらいさ。今回のようにね」
愚痴にも似た言葉を漏らして、イアンは慎也たちの側に腰を下ろした。
「士爵様」
「イアンで良い」
慎也が口にした呼び名を、イアン自身がすぐさま訂正した。
「貴族と言っても、最下位の、1代限りの名誉士爵で、しかも元は平民の孤児だ。敬称よりも名前で呼ばれた方がしっくりくる」
「じゃあ、お言葉に甘えて――イアン様。スアード領では今回みたいな事件が過去にも起こったことがあるんですか?」
「まさか」
慎也の質問を、イアンは「冗談じゃない」と言わんばかりに肩を竦めて否定した。
「スアード領は、言っちゃなんだが、これといった事件も滅多に起こったことが無い、平和でのどかな田舎だ。まあ、辺境である分、魔物は多いがね。1000匹以上のゴブリンが発生と、手付かずの遺跡の発見が同時に起こるなんて、スアード領始まって以来だと、伯爵も仰っていたよ」
「大事件なわけですね」
と、結衣が尋ねると、イアンは「その通り」と答えた。
「前代未聞――つまり、誰も経験したことの無い事例という意味では、私だって君たちと同じさ」
「おいおい、そんなんで大丈夫かよ、団長さん」
話を聞いていたらしいマクレーンが、呆れた声で言った。
「心配無いさ。なにしろ、経験豊富な冒険者が一緒だからな」
「オレのこと言ってんじゃねぇだろうな? 当てにすんなよ」
「ああ。当てにしてるよ、兄弟」
ふんっ、とマクレーンは鼻を鳴らしたが――
「……ったく、仕方のねぇ兄弟だ」
と、肩を竦めて了承の意を示した。その様子を見ていたエミリータが、微笑ましいものを見るように笑っていた。
(そう言えば、3人は同じ孤児院で育った、って言ってたっけ……)
なら、兄弟と呼び合うのも頷ける。
「兄弟、か……」
生憎と慎也には兄弟と呼べる存在はいなかったので、どういうものかは判りかねる。
「君たちにはいないのかい?」
イアンに聞かれ、慎也は首を横に振った。
「いませんね。父親ならいましたけど、それも3年前に突然、いなくなりました」
嘆息と共に慎也が答えたのに続いて、今度は結衣が口を開いた。
「……私は、いました。妹が1人」
そう言う結衣の口調は、先ほどとは打って変わって酷く辛そうな――思い出したくも無いことを思い出してしまったかのようなしゃべり方に変わっていた。
「もう2年以上会ってませんけど……たぶん、私がいなくなって清々してると思います」
その言葉で慎也は思い出した。
2年前、結衣が家族のことについて、自分がいなくなって清々しているだろう、と語っていたのを。
「……すまない。不躾なことを聞いてしまったな」
「いえ」
素直に謝罪の言葉を口にしたイアンに、慎也と結衣はそろって首を振った。
「家族なら居ますからね」
「?」
唐突な慎也の言葉の意味が判らず、イアンは疑問符を浮かべた。
「ここにいる結衣とユフィア、そしてウィルさんが、いまのオレの家族です」
迷いの無い真っ直ぐな口調で慎也は言った。
結衣とユフィアが、目をぱちくりさせて驚いている。
行く当ての無い自分たちを拾い、鍛えてくれたウィル。2年間、一緒に過ごしてきた結衣とユフィア。
マクレーンとイアンが兄弟なら、ひとつ屋根の下で暮らし、同じテーブルに並べられた料理を食べ、苦楽を共にしてきた自分たちもまた、家族だ。
「イアン様。あなたはオレの家族を危険に巻き込んだ。冒険者である以上、確かに仕方が無いのかもしれない。でもオレは、いまでも今回のことは、オレたちには荷が重すぎると思っています。取りあえずあなたの指示には従いますが、それでもし、結衣とユフィアに万が一のことがあったら……貴族であろうとなんであろうと――オレはあんたを許さない」
許さない、という言葉に込められた慎也の感情に、イアンは全身に悪寒が奔るのを感じた。
それは、紛れもない殺気であり、純然たる殺意であった。
故に彼はすぐに理解する。もしも今回の作戦で結衣とユフィアが命を落とすようなことになれば、慎也は自分を殺すだろう、と。
貴族とか、騎士団長などと言う肩書に関係無く、どんな手段を使ってでも、彼は復讐しに来る。
それは、自分の命よりも大切なものを持つ者に共通する恐ろしさだった。
ありていに言えば、絶対に敵に回したくない類の人間だった。
「判っている。誰も死なせるつもりはない」
そう答えたものの、自分の声に恐怖が含まれているのを誤魔化せたかどうか、イアンには自信が無かった。
◇◇◇
「団長。ゴブリンの群れが移動を開始しました」
休憩を取っていた別動隊の元に、野伏の1人が報告にやって来たのは、小休止から30分ほど経った頃だった。
「よし、行くぞ」
報告を受けるや、イアンは即座に全員に告げる。個々に休息を取っていた騎士と冒険者たちの間に緊張が張り詰め、無言で武器を取って立ち上がり、イアンに続いて夜の森を歩きだした。
程無く林が途切れ、先日、慎也たちが遺跡を見つけた、川沿いの斜面に出た。
見れば、遺跡の周辺に屯していたゴブリンの大群が、挙って彼らとは逆方向――本隊の待ち構える北西方向に向かって移動を始めていた。
「どうやってゴブリンを誘き出したんですか?」
不思議そうに結衣がイアンに聞いた。
「魔香だ」
「なにを撒いたんですか?」
「撒いたんじゃない! 魔香。特定の魔物を誘き出す効果のある香りを発する魔導具を使ったんだ」
勘違いした結衣に、イアンが噛み砕いて説明すると、結衣は「なるほど」と納得した様子だった。
前にそんな魔導具があるということを、エミリータから聞かされていたのを思い出したようだ。
実際、今回の作戦に当たり、イアンはゴブリンを誘引する効果を持つ魔香炉を大量に用意し、討伐軍本隊に装備させた上で、そこから発せられる香りを風魔法を使ってこの遺跡に送り込むように指示していた。
そうこうしている間にもゴブリンたちは魔香に釣られて、罠を張り、手ぐすねを引いて待ち構える本隊のいる方へと歩いていく。
「よし、我々も行くぞ」
ゴブリンの群れが残らず立ち去るのを確認したイアンは、全員に移動の合図を出した。それを受けて、騎士と冒険者たちが斜面を下っていく。
「お前たちはここで退路を確保しておけ」
「了解です、団長。御武運を」
野伏たちに見送られ、イアンも仲間に続いて斜面を下りはじめた。
だが、そこから遺跡までの間には、幅10メートルほどの川が流れている。ジャンプで渡れる距離では無く、流れもきついので泳ぐわけにもいかない。そこで魔法使いの出番だ。
騎士団に所属する魔法使いの1人が土魔法を使って川に橋を架け、一行はそれを渡って対岸の遺跡へたどり着いた。
見張りのゴブリンもおらず、後は斜面を上って、先日見つけた、例の入り口から中へ入るだけだ。
「わっ」
足を滑らせた結衣が、不意にバランスを崩す。
「っと、大丈夫か?」
隣を歩いていた慎也がすぐに支えたので、転げ落ちずに済んだ。
「ありがとう、慎也君……えへへ」
「どうした?」
何故か嬉しそうに微笑む結衣に、慎也が首を傾げて訪ねる。
「家族だもんね?」
「あー……」
どうやらさっき、慎也がイアンに噛みついていた時のことを思い出していたようだ。
「家族って、良いよね?」
「……そうだな」
慎也にしても結衣にしても、元の世界では、およそ常識的な『家族』と呼べるものを持っていなかっただけに、ウィルやユフィアとの暮らしは、とても新鮮で、そして温かいものだった。
ある意味、この世界にきて初めて、2人は本当の『家族』と呼べるものを得たと言えるだろう。
「でも慎也君。家族、って一言でいっても色々あるんだよ?」
「色々って?」
「例えば、兄弟とか。親子とか。あとは……ね?」
ちらり、とユフィアの方を見ながら言う。どうやら結衣の言いたいことを理解したらしいユフィアが顔を赤くする。
「慎也君、知ってる?」
「なにをだよ?」
「この世界では、一夫多妻制が認められてるんだよ?」
それは慎也も知っている。
地球と違い、魔物と言う脅威がごく身近にあり、人が命を落としやすいこの世界では、1人の男が複数の妻を娶ることが、貴族だけでなく平民でも普通に認められている。
「だから、私とユフィアちゃん、どっちかが悲しい思いをしなくても済むってことなんだよ。ね、ユフィアちゃん?」
「ユイさん!」
さらに顔を真っ赤にしながら、ユフィアが慌てた様子で結衣の口を塞いだ。
「コラそこ! 余計なおしゃべりしてないで、さっさと登れ」
「「「すいません!」」」
呆れ顔のエミリータに注意され、3人はそろって謝罪し、いそいそと山の斜面を駆け上がった。
別動隊の面々が穴の付近に集結しても、イアンはすぐには突入させず、罠、或いは見張りを警戒していったんその場に待機させ、慎重に内部を覗き込んでみる。
入り口付近には罠の類や見張りが存在しないのを確認すると、彼は穴の脇――土の中から露出している石柱らしき物に歩み寄る。
遠目には良く判らなかったが、それは間違い無く石を加工して作られた石柱で、しかも表面にはアルティカ文明時代の文字が彫られていた。さらによく見れば、その奥には地下へと続く階段があるではないか。
「間違い無い。ここはアルティカ文明の遺跡だ。これだけでも大発見だよ」
歴史的価値の高い遺跡が見つかったのだから、客観的に見れば大発見なのは違いないが、それが大量のゴブリンを吐き出している現状では、素直に手放しで喜ぶことが出来ないというのが実情だった。
それを解決する為に、イアンたちはここにいる訳なのだが。
「リネット、魔灯杖を出せ」
「はい」
イアンが部下の1人である、若い少女に命じた。彼女は騎士団に所属する魔法使いで、ユフィアと同じ金髪を腰の辺りまで伸ばし、それを三つ編みに括っている。年は慎也より1つ下で、レベルは25というから、なかなかの秀才である。
彼女はアイテムボックスを装備しており、一行の荷物持ちも兼ねていた。
リネットが取り出したのは、長さ50cmほどの金属製の杖だ。先端に野球の硬球くらいの宝珠が埋め込まれただけのシンプルなデザインだ。それを10本ほど取り出して別動隊の面々に配る。
魔灯杖と呼ばれる魔導具で、予め魔力を込めておき、必要な時に宝珠に手で触れると明かりを点す機能を持つだけの、いわば松明代わりの単純な道具だった。
ここから先、遺跡の内部には明かりが無いことが予想される。これまではゴブリンに発見されるのを恐れて無灯で進んできたが、ここから先はそう言う訳にはいかない。どこにゴブリンが隠れているか、あるいは罠が張られているかを早くに見つける為にも、明かりは必須だ。
「覚悟は良いな?」
イアンは改めて別動隊の面々を見渡した。その表情には、一様に覚悟と緊張、そして戦意と使命感に引き締まっている。新米である慎也たちですら例外では無かった。自分たちの作戦の成否でスアード伯爵領の住民たちの安全が左右されるので当然と言える。
「行くぞ!」
短く告げて、イアンは自ら先頭に立って遺跡に中へ足を踏み入れた。
次回更新は11/3日、18時予定です。
物語の進む速度を速めるため、今後は1話に付き300行前後で進めたいと思います。




