第51話 みんな聞いてくれ!
ゴブリン退治、出発前ですo(*・ω・)○
冒険者ギルド・キアナ支部。片田舎ながらスアード伯爵領の領府であるキアナにあるギルドだけあって、常時多くの冒険者たちで賑わっているはずの受付フロアは、その日ばかりは様子が違っていた。
まず、冒険者の数がいつもよりも目に見えて少ない。しかも、いるのは安物の鎧や新品同然の武器を携えた、いかにも新人といった感じの者ばかりだ。カウンターにはいつも通り受付嬢たちの姿はあるが、依頼掲示板に8級以上の依頼伝票が1枚も貼られていないのも不自然極まりなかった。
「なんだ? なんでこんなに少ないんだ?」
「閉店するのかな?」
「冒険者ギルドが閉店したら大変ですよ」
いつもの様にギルドを訪れ、いつもと違う異様な雰囲気に慎也と結衣が首を傾げ、ユフィアが真面目なツッコミを入れる。
「あ、皆さん!」
そんな3人の姿を見咎めた受付嬢の1人が立ち上がって手を振った。
ウィニアだ。
「なにかあったんですか、ウィニアさん……てか、まだ受付やってたんですか?」
「確か、病気の同僚さんと交代なさったんですよね?」
元々彼女は2階で新人冒険者の登録などの業務を行っていたのだが、同僚の1人が病気になり、急遽1階の受付に応援に入ることになった経緯があった。
それからしばらく経ったのだが、未だに彼女が1階にいることに疑問を感じた慎也とユフィアが尋ねると、ウィニアは微妙な顔で「あはは」と乾いた笑いを漏らした。
「……実はあの子、病気じゃなくて妊娠だったそうです」
「あれま」
手を口に当てて結衣が驚く。
「お相手は顔見知りだった冒険者の男性だそうで……依頼を重ねていくうちに親しくなってつい、だそうです……そのまま産休に入るそうで、なし崩し的に私はここに正式に異動になっちゃったんです」
「やっぱり、冒険者と受付嬢のロマンって、鉄板なんだ!」
テンプレを目の当たりにした結衣が実に嬉しそうだ。
「でもあの子、まだ20歳にもなってないんですよ!? 私なんか今年で23で、彼氏いない歴=年齢なのに!」
なんか感情的になっているらしいウィニアが、自身の恥ずかしい個人情報を盛大に暴露し始めた。さすがに慎也たちもどう返してよいか判らず困り果てていると、ウィニアの背後から「うおっほん!」というわざとらしい咳払いが聞こえた。
ぎくり、と身を固くしたウィニアが恐る恐る振り返ると、額に青筋を浮かべたベテランっぽい年配の女性職員が厳しい目でウィニアを睨んでいた。
初めて冒険者ギルドに来た時、ウィニアを注意していた人だ。
「ウィニアさん! この非常時に呑気におしゃべりなんかしている場合ですか!」
「ご、ごめんなさい!」
怒鳴られて縮こまるウィニア。
「非常時って、なにかあったんですか?」
ギルド内に冒険者の姿がほとんど見受けられないことと関係があると察したユフィアが、改めて尋ねた。
「はい。皆さんにも関係あることなんですが、先日報告していただいたゴブリンの大群と遺跡と思しき構造物のことで、領主様から強制依頼が出されたんです」
強制依頼と聞いて、3人は顔を見合わせた。
彼らが、ゴブリンの大群が集まる遺跡を見つけた、とギルドに報告したのはつい3日前のことだ。その件で強制依頼が出るだろうということはウィルも言っていたが、こんなに早く発行されるとは思わなかった。
「つきましては、7級以上の冒険者で戦闘可能な者は、直ちに街の北門広場に集まるように、とのことです」
「7級って言ったら、もしかして、私たちも?」
「もちろんです」
自分を指して恐る恐る尋ねる結衣に、ウィニアは笑顔で頷いた。
「マジか……」
強制依頼が出ることは予測していたが、まさか冒険者になったばかりの自分たちまで引っ張られることになるとは思わなかった慎也が、唖然とした様子で呟いた。
「どうしましょう、シンヤさん……」
不安と困惑の入り混じった表情でユフィアが問うてくる。彼女も、まさか自分たちが巻き込まれることになるとは思っていなかったらしい。
「どうするもこうするも、強制依頼は拒否できないんだから、行くしかないだろ?」
「それは、そうですけど……」
初めての強制依頼。しかも、冒険者としてほとんど経験を積んでいない現状で、突然舞い込んだ騒動に不安を隠せない様子だ。
「心配するな。参加するのはオレたちだけじゃないんだ。ベテランの冒険者も大勢いるだろうし、向こうだってど新米のオレらに危ないことはさせないだろう。どんな作戦になるのかは知らないが、せいぜい後方支援が関の山だと思うぜ?」
ぽんぽん、とユフィアの頭を優しく叩きながら、安心させるように努めて落ち着いた口調で慎也は言った。
「そ、そうですよね!」
慎也の冷静な雰囲気に当てられたのか、緊張が幾分ほぐれた様子でユフィアは笑った。
「でも、あんなにたくさんのゴブリンを、いったいどうやって退治するのかな?」
結衣の疑問ももっともである。
ゴブリンの数は、慎也たちが見つけた時点で1000匹はいた。あの遺跡がゴブリン増加の原因なら、今頃はもっと増えているだろう。それを残らず退治するとなると、並大抵の労力では済まない。
「私は詳しい作戦等は伺っていません。ただ、今回は領軍と冒険者の共同作戦になる、とだけ」
「領軍と共同作戦?」
領軍、つまりこの地を治めるスアード伯爵の軍だ。確かにウィルも領軍が出ることになるだろう、と予測していた。
「まあ、詳しいことは行ってみれば判るだろ」
とにかく強制依頼の召集が掛けられた以上、行かないという選択肢は無い。結衣とユフィアも頷いた。
「それじゃあ、ゴブリン退治に行きますか」
「ゴブリンスレ――」
またも危ないことを言いかけた結衣に手刀を喰らわせ、「頑張ってくださーい」というウィニアの声援を受けて、3人はギルドを出て北門広場へと向かった。
◇◇◇
長大な塀で囲まれたキアナの街には、東西南北に1つずつ門が設置されており、門以外の場所からは出入りできない。当然、許可無く塀を乗り越えたりしたら重罪となる。
そのうちのひとつ、北門広場には、同じ様に強制依頼で召集されたと思しき冒険者たちの姿が多く見られた。その数はざっと見た限り200を優に超えている。数人か十数人の小集団に分かれて他愛無い談笑を交わしている者たちもいれば、装備やアイテムの確認を行っている者もいるし、1人で隅っこに腰かけて俯いている者もいるなど、それぞれが思い思いのスタイルで時間を潰している。
領軍の兵士の姿もちらほら見られた。冒険者同士が諍いを起こさないか見張っているのだろう。
これに合わせて、北門では一時的に出入りが制限されていたが、元々他の門に比べて人の出入りの少ない門であった為、混乱は見られない。
「わー、いっぱいいるねー」
呑気なことを呟きながら広場を一望する結衣。考えてみれば、これだけの数の冒険者が一堂に集っているのを見るのは初めてだった。
「よぅ、大将。やっと来たか」
聞き覚えのある声に振り返ると、マクレーンとエミリータが立っていた。
3級冒険者――現在、キアナの街の冒険者の中で最高ランクであるこの2人も、当然の如く強制依頼で召集されていた。
「やっぱり御二人も来てたんですね」
7級以上が強制召集の対象なのだから、3級のマクレーンとエミリータがいるのは当然なのだが、もしかしたらなにかの依頼が入って街を離れているのでは、と慎也は一抹の不安を感じていたのだが、杞憂に終わったようだ。
「当然だ。そもそも、発端の私たちが来なければ始まらないだろ?」
エミリータの言う通り、今回の強制依頼は彼らが発見したゴブリンと遺跡に関して発令されたものなので、慎也たちはいわば、当事者ということになる。
「私たち強制依頼に参加するのは初めてなんですが、具体的になにをすれば良いんでしょう?」
大勢の冒険者が集まっている広場の雰囲気に呑まれてか、やや緊張の色を濃くしたユフィアが2人に尋ねた。
「それについてはオレらもまだ聞いてねぇな」
「強制依頼と言うものは、状況によって内容がまったく違ってくるからな。ただ、今回は領軍との共同作戦になるらしいから、かなり大掛かりなものになるだろう」
「いっぱいゴブリンいましたもんねー」
先日、森の中で見たゴブリンの大群を思い出して、結衣はしみじみと言った。
「おっと、そろそろ説明があるみたいだぜ?」
そう言うマクレーンの視線を辿ると、大通りをこちらに向かって来る10騎程の騎馬の一団が見えた。
「あれは、領軍の方でしょうか?」
「正確には、スアード伯爵の騎士団だ。先頭の髭面はその団長さ」
ユフィアの疑問にマクレーンが説明する。
見れば、確かに門の詰め所にいる兵士たちとは様子が違う。着ている鎧は数段豪華で、いかにも騎士といった出で立ちだ。マクレーンの言う通り、先頭を走る騎士は口元に髭を生やしているが、年齢自体は彼らとそう変わらないように見える。
他の冒険者も気付いたらしく、一様に視線を彼らの方へ向ける。
騎士の一団は広場の入り口で停止すると、近くにいた兵士たちに馬を預け、広場を横切る形で歩き始めた。
「!」
広場の端っこの方にいた慎也たちからはかなり離れた場所を歩いていたにもかかわらず、マクレーンが騎士団長と言っていた髭面の男が、一瞬だけ、ちらりとこちらに視線を向けたのを慎也は見逃さなかった。
(なんだ?)
一瞬、3級冒険者であるマクレーンたちを見たのかと思ったが、どちらかというと、さっきの視線は自分に向けられていたような感じだった。だが、慎也には自分たちが騎士団の長に注目される心当たりが無かった。
(オレたちがゴブリンの発見者だからか?)
実際、自分たちが今回の強制依頼の発端なのは確かだし、当事者が来ているかどうか確かめただけだろうと納得した。
自分たちが異世界人であることが、為政者たちにバレているとは露ほども考えてい慎也だった。
「みんな聞いてくれ!」
広場の端っこまで来た所で、髭面の騎士が冒険者たちに向かって声を張り上げた。思い思いに時間を潰していた冒険者たち全員の視線が彼に集まる。
「騎士団長のイアン・エルモントだ。今回の強制依頼に付いて説明するので集まって欲しい」
命令し慣れた良く通る声に、冒険者たちがわらわらと彼の元に集まってくる。慎也たちはあまり目立ちたくないので、やや離れた場所に留まった。
「既にギルドから伝えられているだろうが、最近、マナクレイの森周辺でゴブリンが異常に数を増やしている件について、我々は、先日、森で発見された遺跡と思しき構造物が原因と断定した。実際、遺跡らしき構造物の内部から、毎日のように新たなゴブリンが出て来ているのが確認されている。また、史跡調査の観点も含めて早急に調査を行いたいところであるが、知っての通り、この遺跡の周辺には現在、1000を超える数のゴブリンが集結している。内部を調べるには、まずはゴブリンをどうにかしなければならない」
ざわ、と冒険者たちの間に騒めきが広がった。中にはあからさまに驚き、狼狽している者もいる。どうやら彼らは詳しい話を聞いていなかったようだ。
「今回の強制依頼で達成されるべき目的は3つ。ゴブリンの駆逐と、遺跡らしき構造物の調査。そして、ゴブリン増加の原因を突き止めてこれを排除することだ。その為に、今回は諸君らには、領軍と我々騎士団との共同作戦に臨んでもらうことになる」
領軍と騎士団との共同作戦と聞いて、再び冒険者たちの間で、先ほどとは異なる騒めきが起こる。
「作戦を簡単に説明すると、領軍及び諸君ら冒険者の大半から成る本隊が遺跡の北側から侵攻し、ゴブリン群の注意を引き付け、遺跡の北西部にある草原まで誘き出し、罠を張った上で撃滅する。その隙に少数の騎士と冒険者による別動隊が遺跡に侵入し、内部を探索するというものだ」
(陽動作戦か……)
イアンの説明を聞いて、慎也は「ふむ」と顎に手を当てて思考を巡らせた。
悪くない作戦だとは思う。遺跡の内部を調べたくても、周辺にうじゃうじゃとゴブリンがいたのでは叶わない。なら、ゴブリンたちをどこか適当な場所に誘き出した上で、大軍で殲滅すると同時に、手薄になった遺跡の内部を調査するというのは、確かに理に適っている。
「何故わざわざゴブリンたちを別の場所に誘き出す必要があるんだ? 全員で奇襲をかけて一気に殲滅してしまった方が良いんじゃないのか?」
冒険者の1人が手を上げて質問した。
「問題の遺跡は森の中にある。木々の乱立する森林では大部隊は動きにくい。ゴブリンたちに気付かれることなく遺跡に近づくことはまず不可能だ。それに、戦闘の影響で遺跡が崩壊する可能性も捨てきれない。ならば、こちらが有利に戦える広い場所まで誘導した方がゴブリンの駆逐、遺跡の探索共に確実だ」
なるほど、と慎也は納得した。ゴブリンを発生させている遺跡が崩れて原因が判らなくなってしまったら、それこそ目も当てられない、という訳だ。
「遺跡の方は、ゴブリンを殲滅した後でゆっくりと調べた方が良くないか?」
別の冒険者からまたも意見が飛んだ。
「もっともな意見だ。それに関してだが、我々は遺跡に集まったゴブリンの群れにはリーダーが存在していると考えている」
慎也は目を瞬かせた。どうやら彼らは、自分と同じ考えに至ったようだ。
「報告があった日からゴブリンの群れを監視を続けているが、外部に集まったゴブリンの中にリーダーらしき個体は見当たらなかった。つまり、ゴブリンを統率してるリーダーは遺跡の内部に潜んでいる可能性が高いということだ。ゴブリンの群れを殲滅し、時間を空けると、遺跡内にいるであろうリーダーに逃げられる可能性がある。また、現在確認されている遺跡の出入り口は一カ所だが、他に無いとも限らない。そこで、リーダーに逃げる暇を与えず、侵攻と同時に奇襲を仕掛け、電光石火で仕留めるべきだ、という結論に達した訳だ」
いまの説明を聞いて、慎也はふと違和感を感じた。
ゴブリンの増加した原因と、そのリーダー。原因の方は古代神器である可能性が高い以上、遺跡の内部にあるのは当然として、ゴブリンのリーダーの方は何故遺跡内に留まっているのか?
いまのイアンの説明では、慎也たちが遺跡を見つけてから数日間に渡って遺跡を監視しているが、リーダーは見ていないということだ。つまり、ゴブリンのリーダーはその間ずっと、遺跡に籠りっぱなしということになる。
(そんなことあり得るのか? いくら暗く湿った場所を好むゴブリンでも、何日も外に出ないなんて……)
慎也の脳裏に不吉な考えが過る。
ゴブリンのリーダーが遺跡から出てこないのには、なにか理由があるんじゃないのか、と――
慎也が思考にふけっている間にも、細々とした質問が冒険者たちから相次ぎ、イアンがその全てに淀み無く答えていく。
「他に質問は無いか?」
一通り質問が出終わったのを確認して、イアンが改めて冒険者たちを見回したが、新たな挙手は上がらなかった。
「では、別動隊について説明する。隊の構成に関してだが、騎士団20名と冒険者33名の計53名の予定だ。指揮は私が執る。なお、冒険者に付いては志願では無く、我々の方で選定した者に参加してもらうことになる。申し訳無いが、異議及び拒否は受け付けないので、そのつもりでいてくれ」
平坦だが、有無を言わさぬ口調で断りを入れてから、イアンは言った。
「では、別動隊に参加してもらう冒険者を発表する。まず、3級冒険者、マクレーン・パーティ」
「ああ」
「承知した」
半ば以上予想していたが、3級冒険者であるマクレーンとエミリータは別動隊組だった。
大勢でゴブリンと戦う本隊よりも、なにが起こるか、居るか判らない遺跡内に少数で潜る別動隊の方が数段危険であるから当然だろう。
2人とも選ばれることを予想していたようで、にべもなく受け入れた。
その後も、イアンが上げたのは高ランクの冒険者、あるいはパーティばかりだ。
「領軍の兵士の皆さんと一緒に戦うなんて、私、初めてです。失敗しちゃったらどうしよう……」
「大丈夫だよ、ユフィアちゃん。私だって初めてだから」
「いや結衣。それ励ましになってないからな……」
緊張しやすい性格で早くも怖がっているユフィアを、結衣が気安い口調で宥め、慎也がそれにツッコミを入れる。
「取りあえず、落ち着けユフィア。さっき言ったろ? オレたちは7級で新米なんだから、向こうも無茶なことはさせないはずだ。やらせたって、足手纏いになるのは目に見えてるんだからな」
「そうだよ。他の冒険やの人たちも、兵士さんもいっぱいいるんだから、私たちがなにもしなくたって、ゴブリンなんてあっという間にやっつけちゃうよ」
「そ、そうですよね……」
などと、自分たちが完全に蚊帳の外だと思い込んでいる慎也たちが談笑している間にも、イアンの発表は続く。
「5級冒険者パーティ《槍穹の翼》」
「うえっ! あたしたちも!?」
「この前の怪我が治ったばかりなのに……」
イアンに呼ばれたパーティと思しき女性冒険者たちが悲痛な声を上げていた。
(あれ? あの2人って……)
頭を抱える2人の女性冒険者に見覚えがあることに慎也が気付いた、まさにその時――
「7級冒険者、シンヤ・パーティ。以上だ」
「「「………………………………え?」」」
慎也、結衣、ユフィアの呆然とした声がハモった。
次回更新は10/28日の18時の予定ですが、もしかしたら29日になるかもしれません。




