第50話 本当に異世界人だと思いますか?
短め+貴族様登場ですm(__)m
「遺跡、ですか……まさか自分の領地内にそんなものが存在していたとは露ほども思いませんでしたよ」
キアナの街の中心部――領主の館のある執務室で、館の主であり、スアード領を治める領主でもあるノーマ・スアード伯爵がぼやくように呟いた。
眼鏡の似合う柔和な顔立ちの紳士で、見た目からして温厚篤実そうな雰囲気からは、とても伯爵の地位にある上級貴族には見えない。背丈は平均ながら少々太り気味の体格も合わさり、もし日本からやって来た異世界人が彼を見たら「幼稚園の園長先生」というイメージを抱くだろう。
実際彼は、自分より位の下の者と話す際も敬語で接する物腰柔らかな性格であると同時に、善政を敷く名領主として領民からの支持も高く、評判も決して悪くないのだが、冒険者や兵士など、武の仕事に従事している者たちからは覇気に欠けている(というか皆無)という批判も出ている。
彼はずれかけた眼鏡を戻しつつ、部下から提出された書類に目を通していた。
言うまでもなく、現在、彼の領地で発生している、ゴブリンの異常な増加に関する報告書だ。
最近、マナクレイの森に住むゴブリンが増えた、という話は、早くから彼の耳にも入っていた。最初の内は冒険者ギルドにゴブリン討伐の依頼の推進を頼むに留まっていたのだが、それ以降もゴブリンの増加は止まらず、つい先日、ゴブリンを捕食することで有名なワイバーンが領内の街道に出現するに至り、事態を無視できなくなった。
森になにか異常事態が起こっていると確信したノーマは、すぐさまギルドに調査依頼を出した。
幸いなことに、調査を出したその日の内に、依頼を受けた冒険者から有力な情報が寄せられた。
マナクレイの森の一角にある、名も無い山の周辺に大量のゴブリンとその希少種が屯していて、しかもその山はなんらかの遺跡である可能性が高い、というものだった。山の一角にそれまでは無かったはずの洞窟が存在し、多くのゴブリンが出入りしている、と。
報告を受けたノーマは、直ちに部下に調査を命じた。いま彼が読んでいるのはその報告書だった。
「概要は理解しました。件の遺跡がゴブリン増加の原因であると断定して良さそうですね」
「はい。まず間違いありません」
執務用の机の正面に直立不動の姿勢で立っている騎士風の男が答えた。
歳は30代前半位だろう。癖のある毛をオールバックに纏め、口の周りから顎にかけてうっすらと髭を生やした、真面目そうな責任感漂う凛々しい顔立ちをしている。彼の名は、イアン・エルモント。スアード伯爵の領軍――その精鋭部隊である騎士団の団長であり、名誉士爵の地位にある人物だった。
「それで、遺跡の監視は続けているんですね?」
「はっ、配下の中で隠形に秀でた者を監視に当たらせています。報告では、現在も遺跡周辺のゴブリンは増え続けており、数は1200を超えたとのことです。また、通常のゴブリンだけでなく、希少種の姿も多く確認されています」
「1200、ですか……悠長にしている時間はありませんね」
「はい。これだけの数のゴブリンが1度に人里になだれ込めば甚大な被害が出ることは明白です。一刻も早く討伐に向かうべきです」
「判りました。では、討伐作戦及び、ギルドへの強制依頼の内容に関しては、君の提案通りで行きましょう。それで、領軍の編成に関しては、どうなっていますか?」
「はっ、騎士団150名に加え、領軍の兵士、傭兵、戦闘奴隷を合わせまして、800名程度を動員する予定です。こちらは既に動員、編成を終えており、閣下のご命令があればいつでも動かせます。冒険者の関してはまだ未確定ですが、最低でも200名は召集できるでしょう」
強制召集はギルドに属する全冒険者に、拒否権無しの強制召集を掛けると言うものであり、発動されれば冒険者たちは従う他無く、拒めば厳重な罰が下されることになるが、それでもいくつかの例外は存在している。
例えば、発動された際に、そのギルドや街に不在であった場合。病気や怪我などで参加すること自体が不可能であった場合。後は、緊急性を要する依頼を遂行中であった場合などだ。
それらの例外を省いたとしても、今回のゴブリン討伐作戦には充分な数の冒険者を召集できるだろうと、イアンは踏んでいた。
「総勢1000人余り、ですか。少々手痛い出費になりそうですね……」
「閣下。金で領内の安全は買えません」
不謹慎とも取れるような言葉を漏らすノーマに、イアンは諫言を口にした。
「判っていますよ」
真面目な騎士団長に、ノーマは苦笑で応じる。
「それで、別動隊の人選に関してはどうなっていますか?」
「人数に関しては50名前後になるでしょう。騎士団からは私を含め、戦闘系及び探索系のスキルに秀でた者を20名配属させます。残りの30名は召集する冒険者ですが、幸い、召集が見込まれる冒険者の中に同様の技能に優れた者がおりますので、問題無いかと思われます」
「ふむ……」
イアンの報告に、ノーマはふと顎に手を当てて考える仕草を見せた。
「その中に、彼らは入っていますか?」
「《鬼神》の孫と弟子たちですね?」
以前からキアナの街で噂になっている、3人組の新人冒険者たち。
《鬼神》の異名を持つ元1級冒険者であるウィルの孫娘と、彼の弟子たちだ。
冒険者になって早々、ゴブリンに捕らわれた冒険者を救出し、街道に現れたワイバーンから行商人の一行を救助した上にワイバーンを討伐したことで、一躍有名になっていた。さらに付け加えれば、今回のゴブリン遺跡を発見して報告して来たのは3級冒険者のマクレーンとエミリータだが、彼らも同行していたそうだ。その際、ゴブリン・ジェネラルを一騎討ちで仕留めたらしい。
ノーマはある理由から、配下に命じて彼らを調べさせていた。
「イアン。君は、彼ら――シンヤという少年と、ユイという少女の2人が、本当に異世界人だと思いますか?」
異世界人。
およそ数百年おきに、異なる世界の住民が突如としてこの世界に現れるという現象が起きることは広く知られている。
それが、いまから2年ほど前にも起こっていた。異世界人の出現が各地で相次ぎ、このヤマト王国でも何人か確認されていたのだ。当然、そのことはこの国の貴族、王族にも知れ渡っている。
シンヤ、ユイの2人がウィルの元に現れたのと、異世界人が出現した時期が一致することに気付いたノーマは、密かに2人を調べさせていたのだ。
「報告では、2人は口減らしの為に故郷の村から奴隷として奴隷商に売られ、その道中に魔物に襲われて奴隷商の一行が全滅。運良く難を逃れ、森を彷徨っていたところをウィル氏に保護され、彼に弟子入りした、という話ですが……」
「本人たちはそう言っているようですが、事実だと思いますか?」
「思いませんね」
イアンはきっぱりと言いきった。
「我が領内はもちろん、近隣の領内の寒村などを徹底的に調べさせましたが、シンヤ、ユイという名の少年少女がいたという事実は確認されませんでした。また、同時期にマナクレイの森付近で奴隷商が全滅したという事実も、届け出も確認されていません。身元を隠す為の虚偽と見て間違い無いでしょう」
「そうですね。ユイという名前はともかく、シンヤというのは非常に珍しい名前ですからね。それに、過去に確認された異世界人の名前と響きがよく似ています」
「王祖様の名も「ユウマ」ですからね。確かによく似てます。十中八九、2人は異世界人で、それを隠す為にウソの身の上話をでっち上げたんでしょうね」
このヤマト王国は、異世界人である一条悠真という人物が興した国である。その分、異世界人について他の国よりも多くの情報を有しており、また関心も強い。しかも、異世界人が現れたことが話題になっていた時期だけあって、慎也たちが異世界からやって来た人間だということは、早々に為政者たちに知られていたのだった。
「とは言え、問題行動を起こしている訳でもないのですから、こちらから手を出す理由もありませんが」
「『異世界人には手を出すべからず。ただし、問題行動を起こした場合はその限りでは無い』。王祖様の時代から固く守られてきた不文律がありますからね」
異世界人であろうがなかろうが、他の住民と平等に扱うように、という初代王時代からの決め事だ。彼は異世界人であると同時に、あらゆる種族が平等に暮らせる国を作った人物なのだから当然であるが。
「逆に言えば、異世界人だからと言って特別扱いするな、ということでもあります。我が国の冒険者ギルドに所属する冒険者である以上、彼らには、その実力に見合った働きをしてもらわねばなりません」
「実力に見合った、ですか……彼らが今回の討伐作戦の主軸として活動できる実力を持っている、と言うことですね?」
「はい。レベル、スキル、ステータス共に申し分無いかと」
冒険者ギルドが使用している鑑定板という魔導具は他者のレベルとステータスをチェックできる機能があるが、スキルや称号に関しては判らない仕組みになっている。だが、高レベルの鑑定スキルを持つ者は、鑑定版を使わずとも他者のステータスやスキルを看破する能力を持つ。
ノーマの配下にもそれらの能力を有した部下が複数おり、有能な冒険者や傭兵などの鑑定や監視を密かに行っている。大抵はスカウト目的だが、万が一、犯罪行為に及んだ場合に備えての意味合いも持っている。
それらの活動を統括する立場にあるイアンの元には、街の要注意人物の詳細な情報がリスト化されて集められている。
もちろん、異世界人と思われる2人の若者と、元一級冒険者の孫娘の情報も例外ではない。
その温和な性格から、貴族たちの間では「昼行燈」などと陰口を叩かれているノーマだったが、それはあくまで見せかけで、実際は鋭い判断力と、機知に優れた人物であることをイアンは知っていた。彼が領主になって以降、スアード領が大した問題も無く平穏を保っているのは、実際は、普段から情報収集を怠らず、危険の芽を未然に摘み取っている領主の采配によるものなのだ。
目立たないよう、異世界人だと知られないように活動してきた慎也たちだったが、とっくの昔に領主の監視下にあることに、本人たちはまったく気づいていなかった。
「判りました。今回の作戦の指揮に関しては、君に一任します」
「はっ!」
敬礼した後、イアンは討伐戦の準備を行う為、執務室を後にした。
「我が領内に異世界人が存在し、しかも彼――ウィルの弟子として冒険者になっている……果たしてこれが、我々にとって凶と出るか、吉と出るか……」
誰もいなくなった執務室で、窓の外に視線を向けながらノーマは呟いた。
領主ノーマ・スアードの名において、冒険者ギルドに強制依頼が出されたのは、この翌日のことだった。
次回更新は10/25日、18時予定です。




