第5話 ファーストコンタクトだね
異世界人登場ですヽ(*´∇`)ノ
夕暮れ時の上に森の木陰に遮られ、辺りが薄暗くてはっきりとは判らなかったが、確かに誰かが森の中を歩いているのが見える。森の中から出て来て川に向かって歩いているようだ。
「誰だ、あれ?」
「女の子かな?」
確かにパッと見た感じ、小柄な少女のように見えた。両手でなにかを持っている。
自分たち以外の飛行機の乗客か、それとも原住民か――
「とりあえず剣は捨てた方が良いな。怪しまれる」
「そうだね」
もし原住民だった場合、こんな森の中で抜き身の剣を持って近づいたら追剥ぎかなにかと誤解されるかもしれない。
ゴブリンから奪った剣をその場に捨て、もう少し近づいてみる。向こうはまだこちらには気付いてない。
30メートルほどまで近づいて、ようやく人影のシルエットがはっきりと見えた。
やはり小柄な少女だった。どことなく欧米人っぽい顔立ちで、年は慎也や結衣よりも少し下くらい。金色の髪を背中の中ほどまで伸ばし、緑色のワンピースのような服を着ている。
慎也と結衣は確信した。
あれは自分たちと同じ異世界転移した地球人じゃない。現地の、この世界の住人だ、と。
よく見れば、少女が手にしているのは木製の桶だった。川へ水汲みに来たのだろう。
桶に水を汲んで運ぶというのは結構な重労働である。あんな少女が水を溜めた桶を持って長距離を移動できるとは思えない。きっとすぐ近くに家があるに違いないと慎也は確信した。
「ファーストコンタクトだね……」
「オレたちが最初じゃないかも知れないけどな」
もしも自分たち以外にこの森に転移した人間がいたとしたら、自分たちよりも早く異世界人に接触しているかもしれない。
「私たちにとっては異世界とのファーストコンタクトだよ?」
「そりゃそうだけどな」
「あ、そうだ剣崎君。私たちが異世界人だってことは言わないでね?」
「なんでだ?」
「普通に日本で生活してて、ある日突然見知らぬ人に「私は違う世界から来ました」なんて言われたら、どう思う?」
「なるほど。頭のおかしい奴だと思われるな」
「でしょ? だからそのことは黙っていてね」
「了解」
そう言いつつ、結衣を負ぶったまま少女に近づいていく。少女の方は慎也たちに気付かないまま川の方へと歩みを進め、水辺に屈んで桶で水を掬う。
少女から10メートルほどまで近寄り、声を掛けようとしたところで慎也は重大な問題に気付いた。
「……なあ、風美」
小声で結衣に話しかけた。
「どうしたの?」
「こっちの世界で「こんにちわ」って、なんて言うんだ?」
聞かれて結衣も初めて気付いた。
こちらの世界の言語が判らないということに。常識的に考えて、地球――日本とこの世界の言語が同じな訳がないのだ。
「そんなこと、私に聞かれても判んないよ」
「いや、お前異世界転移物の小説いっぱい読んでるって言ってたじゃん! 言葉くらい判るだろ!?」
「判るわけないじゃない。小説の中ではなんでかフツーに喋ってるんだから。でも、事実は小説より奇なり、って言うし」
「いや、意味判んねーよ!」
などと状況そっちのけで言い合いを始めた2人。話声が聞こえたのか、少女がこちらに気付いた。
「誰?」
少女の口から出た言葉を聞いて、2人は一瞬、耳を疑った。
明らかに日本語だったからだ。
どういう訳か判らないが、異世界の少女は日本語を話している。
いや、この際、細かいことは良い。言葉が通じるという事実の方がよほど大事だ。異世界人とコミュニケーションが取れるということだから。
「えーっと、こんにちわ?」
「もう「こんばんわ」の時間だと思うよ?」
「やかましいな。細かいことは良いんだよ」
「細かいかな?」
何故かファーストコンタクトそっちのけで漫才みたいな会話を始めた慎也と結衣に、少女は当たり前のように怪訝な顔になる。
「……誰ですか?」
「あーっと、すまない。怪しい者じゃない」
(たぶん、見た感じ、凄く怪しいと思うけどなー)
なにしろ暗くなり始めた森の中から現れた、見知らぬ男女。しかも2人は学校の制服を着たままだ。もしこの世界が剣と魔法のファンタジー世界だとしたら、自分たちの服装は珍しいを通り越して奇怪に見えるはずだ。
そんなことを考えつつも、先の反省から空気を読んだ結衣は懸命にも口を噤んだ。
「オレたち道に迷ってしまって、ずっと森を彷徨ってたんだ。で、彼女が途中で足を怪我してしまって……それで、厚かましいお願いなんだが、なにか傷を手当て出来るものを貸してもらえないだろうか?」
取りあえず自分たちの素性を伏せ、それ以外の事実だけを述べた上で少女にお願いしてみる。
(うーん。確かにウソじゃないんだけど、そんな都合良くこっちの話を信じて助けてくれないと思うなー)
異世界転移物の小説を愛読していた結衣はネガティブにそう思った。
たぶん盗賊とかが普通に居ると思うし、初対面の、素性の判らない人間の言葉をそうそう信じてくれるとは思えなかった。
「怪我を? それは大変です!」
(信じた!?)
心配そうにする少女を見て結衣は愕然とした。言い出しっぺの慎也も少し意外そうにしている。
「判りました。すぐそこが家ですので、付いて来て下さい」
(いいの? 知らない人を勝手に家に案内して!?)
知らない人に付いて行っちゃいけない――
日本では当然のように親から子供に言い聞かせる常套文句が、酷く虚しく聞こえた。
「あ、ありがとう……」
少女のあまりの信じやすさに、慎也も少し顔が引き攣っている。もちろん良からぬことを企むつもりは2人には無いが、この信じやすさは日本人としてもどうかと思う。
そのまま水を汲んだ桶を持った少女の後に付いて行く。
「なんか、オオカミに騙される赤ずきんちゃんって感じの子だね?」
「余計なこと言うんじゃない」
小声でそんなことを言い合っていると、前を歩く少女が不思議そうに振り返った。
「どうされました?」
「あ、いや、そう言えばまだ、自己紹介をしていなかったなー、と」
聞かれて咄嗟にそんなことを言ってしまう慎也。
「まあ、それは失礼しました!」
「いやいや、失礼したのはオレたちの方だよ!」
何故か頭を下げて謝り出した少女を慌てて引き止める。
「オレは慎也。けんざ……いや、シンヤ・ケンザキって言った方が良いのかな? シンヤが名前で、ケンザキが名字ね。で、背中のお荷物がユイ・カザミ」
「ひどいよー」
荷物扱いされた結衣が頬を膨らませる。それに対して少女の方は、何故か驚いたように眼をぱちくりさせている。
「御二人は貴族なのですか?」
「キゾク……貴族? いや、違うけど、なんで?」
「いえ、名字は貴族か爵位持ちの騎士の方しか与えられないのでは?」
それを聞いて、結衣が「しまった、そういう設定なのか」という顔をした。
(そう言えば、戦国時代とかも武士とか公家みたいな上流階級じゃないと名字は名乗れなかったな)
慎也の方も失敗に気付いたが、名乗ってしまった以上、いまさら撤回したら怪しまれる。
「貴族じゃないけど、私たちの故郷では平民も名字を名乗ることが許されてるの」
結衣が咄嗟に在り来たりな言い訳を述べた。言い訳と言うよりは事実だが。
「異国からいらしたんですね。どうりで変わった衣服だと思いました」
そして少女はあっさりとそれを信じたようだ。
「申し遅れました。私、ユフィアと申します」
少女――ユフィアはそう言ってにっこりとほほ笑んだ。
「ユフィアちゃんか、うん。顔と同じくらい可愛い名前だね」
「か、可愛いだなんて、そんな……」
顔を真っ赤にして嬉しそうな顔をするユフィア。性格も可愛いようだ。
気を取り直して案内を再開したユフィアの後に付いて歩くこと5分ほど――森の中に開けた場所に出た。その真ん中に一軒の家が建っている。木で造られた平屋の小さな家で、日本ではまず見られない建築様式だ。
「お爺様! ウィルお爺様!」
ユフィアが家に向かって大声で呼びかける。
「1人暮らしじゃないみたいだね」
「そりゃ、こんな森の中で女の子1人じゃ、いろいろヤバいだろ」
ユフィアに聞こえないように小声で話していると、家の玄関が開いて1人の老人が出て来た。白い髪に白い口髭を生やし、茶色いローブを纏った70歳くらいの男性だ。
背中の結衣が「魔法使いのおじいさん?」と呟いた。
「どうした、ユフィア? 大声など出して」
「……っ!」
そう言いながら歩いて来る老人を見て、慎也は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
「どうしたの?」
身を預けている慎也の身体が急に強張ったのに気付いて、結衣が聞いて来る。
「……あのじいさん、ただ者じゃない」
「ただ者じゃない? もしかして、凄く強いとか?」
「ああ。なんかの達人だ。オレじゃ逆立ちしても勝てない」
動機はともあれ、何年も空手や剣術などの武術を習い、それらの達人を大勢見て来た慎也は、老人の歩き方やちょっとした仕草から、彼が見た目通りのか弱い年寄りなどでは無く、なんらかの武道の極みに達した武人であることを即座に悟った。
(もしかして、ユフィアがオレたちの言葉を信じてここまで連れてきたのって、ワザとか?)
正体の判らない怪しい出で立ちの2人組。もし要求を突っぱねたら乱暴されるかもしれない。そこで要求を飲む振りをして、この老人の元まで連れて来た――
(あり得る)
とは言え、自分たちにやましい動機など無く、助けて欲しいのは事実なので、ここは大人しくしていた方が色々な意味で身の為だろう。
老人――ウィルと目が合う。
すると、彼の方も少し驚いたような顔になった。
「これはまた、面白い客人だ」
ウィルが小声で呟いたが、慎也たちには聞こえなかった。
「こちらの方々が森で怪我をされたそうなんです。道に迷っておられるようで」
「なるほど」
ウィル老人は納得したように何度か頷いてこちらを見た。反射的に頭を下げる慎也と結衣。
「入りなさい。傷を診てあげよう」
「「ありがとうございます!」」
2人そろって礼を言ってから、家に入っていくユフィアとウィルの後に続いて扉を潜る。
中は半地下室になっていて割とスペースがあった。木製のテーブルに椅子、壁際の棚には箱やツボがいくつも並んでおり、他にも部屋があるのが見受けられる。先に家に入ったユフィアは、汲んできた水を別の部屋へと運んでいく。台所だろうか? ユフィアとウィル以外の人がいる気配はない。
「そこの椅子に座らせなさい」
ウィルが指さした椅子に結衣を座らせる。
「ユフィア、回復魔法をかけてあげなさい」
「はい」
(魔法!?)
回復魔法と聞いて、慎也は驚きの、結衣は期待に満ちた顔になる。戻って来たユフィアが椅子に座ったままの結衣の前で屈むと、痛めた膝の辺りに右手をかざした。
「《癒しの光》」
ユフィアが呟くと、彼女の右手に青白い光が灯り、結衣の膝を包み込んだ。
「はい、もう大丈夫ですよ」
ほんの数秒でユフィアは手を放す。結衣の膝からは完全に腫れが消えていた。
「凄い。痛くない。ウソみたい!」
ラノベ愛読家であり、漫画やアニメ、小説の中でしか見たことの無い回復魔法を目の当たりにし、あまつさえ自分の怪我を治してもらった結衣は大喜びだ。
「ありがとうございます。助かりました」
ウィルとユフィアに頭を下げる慎也を見て、はっと我に返った結衣も慌てて頭を下げる。
「礼には及ばないさ。それより――」
「オレの名前は慎也と言います」
「結衣です」
「シンヤ君にユイ君だね。私はユフィアの祖父でウィルという。よろしくな」
自己紹介をしたウィルに、2人は再度軽く頭を下げた。
「さて、話をする前にひとつ、君たちに聞きたいことがある」
「……なんでしょう?」
なんで森の中にいたのか? どこから来たのか? と聞かれたらどう応えようかと、慎也と結衣は内心で焦った。
だが、ウィルの口から飛び出した言葉は、2人の予想を遥かに超えるものだった。
「君たちはこの世界の人間ではないね?」
次は7/16日の0時投降予定です。