第45話 悪かったよ
ボスゴブリン戦、決着です(=゜ω゜)ノ
「どうした、もう終わりか?」
エミリータの冷めた問いかけに、当然ながらゴブリン・ジェネラルは答えない。そもそも、人語をしゃべれないのだから当たり前だ。が、仮に言葉を話せたとしても、応えることは叶わなかっただろう。既に、応えを返すほどの余裕すら、彼女と相対しているゴブリン・ジェネラルには無くなっているのだから。
ぜぇぜぇ、と荒い息を絶えず吐き出す口からは、少なくない量の血も一緒に流れ出ている。口だけでは無い。その巨体のあちこちに決して浅くない裂傷を刻まれ、そこから流れ出る出血が足元に血だまりを作っている。
すでに致命傷。このまま放っておいても、出血多量で10分と経たないうちに意識を失い、死に至るだろう。減少し続けるHPゲージがそれを如実に物語っている。
エミリータとゴブリン・ジェネラルが斬り結んでから、まだそれほど時間は経っていない。最初の内は、両者の戦いは五分だった。だがすぐにゴブリン・ジェネラルは劣勢へと追い込まれた。なんてことは無い。そもそもの技量がまったく違うのだ。
当初はゴブリン・ジェネラルの攻撃パターンを把握する為に、あえて拮抗した勝負を演じていたエミリータだが、すぐにゴブリン・ジェネラルの動き、癖、弱点を把握するや、攻勢に打って出た。
戦い方の全てを見切られたゴブリン・ジェネラルは、攻撃を躱され、いなされ、防がれ、崩され、斬られ、為す術も無く追い詰められてしまった。
ギシャアアア!!
それでも、既に死に体でありながらも、ゴブリン・ジェネラルは勝負を諦めなかった。いや、実際は既に諦めていたのかもしれない。
どうせ死ぬなら、自分にそれを刻んだ者も道連れにしてやる――
そんな諦念と執念と憎悪が入混じった雄叫びを迸らせ、ゴブリン・ジェネラルは最後の力を振り絞ってエミリータに向かって走り出す。
そんなゴブリン・ジェネラルに、エミリータは静かに剣先を向ける。
「《氷の槍》」
エミリータの剣先に魔法陣が生じ、そこから氷の槍が放たれ、ゴブリン・ジェネラルの右膝を撃ち砕いた。
ギャアアア!!
右足を半ばで切断されながらも、ゴブリン・ジェネラルは体勢を崩す前に、残った左足で地面を蹴って飛びあがり、頭上からエミリータ目掛けて戦斧を振り下ろす。
「ふっ!」
打ち下ろされるゴブリン・ジェネラルの戦斧と、掬い上げるように振りぬかれたエミリータの剣閃が交錯する。
どさり、と音を立ててゴブリン・ジェネラルがエミリータの眼前に、半ば崩れ落ちるように着地した。得ミリーアの脳天目掛けて確かに戦斧を振るったのに、手応えがまったく無かったことに訝しみ、思わず確かめるように戦斧に目をやる。
戦斧を握っていた右手が無くなっていた。
ゴブリン・ジェネラルが、自身の最後の攻撃の際、エミリータの放った斬撃によって手首を斬り落とされたのだと気付く前に、身を翻したエミリータがゴブリン・ジェネラルの首を斬り飛ばしていた。
ごろり、と胴体から落ち、地面に転がったゴブリン・ジェネラルの頭部を、落下してきた彼自身の戦斧が果実のように両断した。
「さて、こっちは片付いたな」
ゴブリン・ジェネラルの躯には目もくれず、エミリータは仲間の状況を確認する。
「ほう? シンヤも既に決着を付けたか。さすがだな」
自分よりもレベルが低いにもかかわらず、先にゴブリン・ジェネラルを下した慎也をエミリータは率直に称賛した。妙な勝鬨を上げている様には少し眉を顰めたが。
「問題はあっちだな」
視線の先には、ゴブリン・キングと激しい剣戟を交わすマクレーンの姿があった。両者の剣が激突する度に激しい轟音が生じ、衝撃波が周囲に伝播する。
マクレーンとゴブリン・キングは、その武器から見てわかる通り、どちらも完全なパワータイプだ。
ゴブリン・キングはジェネラルとは違い、<魔力操作>スキルだけでなく、<魔法剣>まで持っている。
<魔力操作>とは、文字通り魔力を自身の意志で操る技術。武器や防具に魔力を纏わせ、攻撃力や防御力を高めたりすることが出来るスキルだ。
そして<魔法剣>は、剣に魔法を纏わせるスキル。その代表的なものが「エンチャント」だ。
ステータスを見ればわかる通り、ゴブリン・キングは<物理魔法>を習得している。エンチャントを用いて、己のツヴァイハンダーに物理属性の魔力を纏わせて戦っていた。傍から見ると、剣の周囲に透明なガラスのような魔力が見て取れる。
それに対し、マクレーンは魔法が使えない。そもそも彼は魔法使いとしての素質が無いのだ。だがその代わり、マクレーンは<闘気>を習得している。
これは生物の持つ生命力をエネルギーに変えて、魔法とよく似た効果を発揮すると言うもので、魔法が完全な素質に依存するのに対し、闘気は人間であれば誰でも訓練次第で習得できる。無論、個人差はあるし、魔法ほどの多様性がある訳では無いが。
熟練した<闘気>の使い手であるマクレーンは、魔法の素質が無いにもかかわらず、これによって魔法戦士であるゴブリン・キングと互角に戦い得ているのだ。
ゴブリン・キングが手から物理属性の魔力弾を放つ。同時に、マクレーンも同じ様に闘気の塊を放った。
魔力と闘気が空中で激突し、衝撃波と共に周囲の空間を鳴動させる。
ヴォアアアア!!
互角の勝負。一向に付かない決着に苛立ったのか、ゴブリン・キングがツヴァイハンダーを真横に大きく振り被った。ちょうど、野球のバッターが勝負球を打ちに行く時に酷似した体勢になる。身体のひねりを上乗せした大振り。威力は大きいが、その分隙も大きい。
(勝機!)
当然、それを見逃すマクレーンでは無い。ゴブリン・キングが剣を薙ぎ払った直後を狙い討つべく、距離を詰める。
だが、実際それはゴブリン・キングの誘いだった。
マクレーンが前方に足を踏み出した瞬間、彼の足元の倒木が突然、独りでに宙に跳ね上がった。
「なに!?」
足元を掬われ、体勢を崩す。その瞬間、ゴブリン・キングの醜悪な顔に、虚仮にするような嗤いが浮かんだのを彼は見た。
(クソッタレ! 《見えざる手》か!)
絶望的な面持ちでマクレーンは悟った。
ゴブリン・キングが《見えざる手》を使って倒木を跳ね上げたのだ、と。
当然考慮しておくべきだった。物理系の魔法が使えるということは、その初歩である《見えざる手》も使えるということに。
バランスを崩したマクレーン目掛けて、一撃必殺級の威力を秘めた不可避の斬撃が繰り出される。
(チィッ!)
自分の防御力で受けきれるようなものではない。迫りくるツヴァイハンダーを前に、マクレーンは己の敗北と死を悟った。
「《神秘なる光壁》!」
だが、目前まで迫った死の斬撃は、突如として両者の間に現れた光の壁によって阻まれた。
ギィ!?
勝利を確信していたゴブリン・キングの顔から笑いが消え、驚愕が浮かぶ。
そこへ――
「《降雷》!」
ゴブリン・キングの頭上から、一条の稲妻が降り注ぎ、脳天を直撃した。雷系の初級魔法では、破格の生命力を誇るゴブリン・キングを仕留めるには遠く及ばなかったが、意識外からの不意打ちを受けたゴブリン・キングを驚愕させ、硬直させるには充分だった。
「う、おおおおおお!?」
今度こそ、本当の勝機。マクレーンは渾身の闘気を込めて、ツヴァイハンダーを振り抜く。奇しくも、先程のゴブリン・キングのそれと同じような一撃。マクレーンのそれは阻まれること無く、まっすぐにゴブリン・キングの胴体に吸い込まれ、大木の如き巨体を一瞬にして両断した。
青い鮮血と内臓をまき散らしながら、ゴブリン・キングの上半身が宙を舞い、残された下半身から力が抜け、命亡き躯と化して地面に転がり、そのすぐ脇に、得物であるツヴァイハンダーが突き刺さった。
気の弱い者なら一目で卒倒するほど凄まじい凶相を張り付けたまま、ゴブリン・キングは息絶えていた。
「ふぅ、危ないとこだっがッ!」
冷や汗を拭うマクレーンの後頭部を、ゴチン、という派手な音が見舞った。
「それはこちらのセリフだ」
涼やかな表情のまま、額に青筋を浮かべたエミリータが、底冷えのするような静かな声で言った。マクレーンの頭を背後から襲ったのは、彼女の盾だった。
「ユイとユフィアがいなかったら、殺されていたぞ」
ゴブリン・キングの策に嵌りかけたマクレーンを救ったのは、援護役として離れた場所から戦いを見守っていた結衣とユフィアだった。
「悪かったよ」
「私じゃなく、まず2人に礼を言え」
「ああ、そうだな。ありがとうな、2人とも。助かった」
エミリータに怒られて気まずそうになりながらも、マクレーンは素直に結衣とユフィアに頭を下げて礼を述べる。
「いいえ。ご無事でなによりです」
「また出番無しかなー、って思ってたから、私的にもオッケーです」
結衣の言葉を聞いて、ふとマクレーンは慎也とエミリータの方を見た。
「お前ら、手助け無しで勝ったのか?」
「当たり前だ」
「まあ、なんとか……」
ズバッと言い放つエミリータに対し、慎也は少し遠慮がちな口調で言った。
「やるじゃねぇか。レベルで上回ってたエミリータはともかく、慎也は同じレベルだったんだろ? しかもゴブリン・ジェネラルはそれに加えてステータスが強化されてた、ってのによ」
そう言えば、ゴブリン・キングのスキルの中に<鬼王の威厳>と言うものがあった。配下のゴブリンのステータスを20%上昇させるという効果があるらしい。つまり慎也とエミリータが倒したゴブリン・ジェネラルは、本来のレベルよりも強かったことになる。
(ん? ということは、最初にマクレーンさんに両断されたゴブリンたちも、ゴブリン・キングのスキルで強化されてた、ってことか?)
ふとそんな疑問を抱いた慎也だったが、いずれにせよ、それを実感する前に倒してしまったので気にしないことにした。
「速さならオレの方が上でしたからね。それを生かしてどうにか倒せましたよ」
「私は技量で勝負したからな。力自慢のゴブリン・キングに、力で勝負したお前が馬鹿だ」
「手厳しいね……」
容赦無いエミリータの指摘に、マクレーンは苦笑を浮かべる。まだまだ言いたいことのある様子なエミリータだったが、長話をしている場合では無いことを思い出し、ひとまず溜飲を吐き出すように息を吐いた。
「まあ、馬鹿の説教はひとまず後回しにしよう」
「説教はされるんだな……」
「当たり前だ!」
ぼそ、と小声で呟いたマクレーンの言葉を耳聡く聞きつけたエミリータが、またも声を上げた。
「それはともかく、こいつらをどう思う?」
ゴブリン・キングとゴブリン・ジェネラルの死体を指して、エミリータは全員を見渡すようにして尋ねた。
「どう、ってのは?」
「私はずっとキアナの街に住んでいるが、この辺りにゴブリン・キングが出たことなど、これまで1度も無かった」
「そう言えば、私も聞いたことが無いです」
同じく地元出身のユフィアも同意した。
「ゴブリン・キングは、その名の通りゴブリンの王だ。その統率力はそこらの希少種とは比べ物にならない。時には、数百匹規模の大規模なゴブリンの軍勢を形成することもあるらしい。つまり、最近のゴブリンの増加は、ゴブリン・キングが群れを率いてこの森へ移ってきたことが原因という可能性もある訳だが、どう思う?」
なるほど、と慎也は頷いた。
なんらかの理由でゴブリン・キングが配下を引き連れてこのマナクレイの森にやって来た。増えたと思っていたゴブリンは、全てゴブリン・キングの手下だった、というエミリータの説は一理あると思う。
しかし、不可解な点もある。「どう思う?」などと聞いて来た時点で、エミリータ自身も疑問を持っていることが伺える。
「オレは、違うと思います」
故に、慎也は遠慮なく異を唱えた。
次回更新は10/8、18時の予定です。




