第37話 ワイバーン
強敵出現ですo(*・ω・)○
ギャベ!!
潰れた声を最後に、ゴブリンの頭部が宙を舞う。
「やれやれ、ホントこいつら、どこから湧いてくるんだろうな……」
呆れ交じりの呟きを漏らして、慎也はイクサを鞘に納めた。彼の周囲には、20匹近いゴブリンの死体が転がっており、うち1匹はゴブリン・ウォーロックだった。
前日に引き続き、この日も森でゴブリンとスライム狩りを続けることにした慎也たちは、昨日とは街道を挟んで反対側の森を狩場に選んだのだが、街道から森に分け入って間も無く、例によってゴブリンの群れに遭遇した。しかも複数回。希少種もいた。
いずれも無難に殲滅した訳だが、あまりの遭遇率の高さに少し辟易していた。
「ひょっとしたら、この森はゴブリンを生み出しやすい環境なのかもしれませんね」
ユフィアが物憂げに言った。さすがの彼女も、自分の住む森にこれだけのゴブリンが徘徊しているのを知って少し憂鬱になっていた。
「魔物は魔素の濃い場所で自然発生したりするんだよね?」
結衣の質問に、ユフィアは頷いた。
「ゴブリンの場合、自然発生だけでなく他種との交配によっても増えますが、さすがにこれだけ数が多いと、自然交配が原因とは思えません」
「環境が原因なら、どうしようもないな……」
慎也は肩を竦めた。
徐に懐からアドベンチャー・ライセンス・カードを取り出し、履歴を開いてみる。
・内容 マナクレイの森のスライムの討伐(達成)
・期限 残り13日
・討伐数 スライム ✕ 23
ポイズン・スライム ✕ 7
・内容 マナクレイの森のゴブリンの討伐(達成)
・期限 残り13日
・討伐数 ゴブリン ✕ 79
ゴブリン・ウォーロック ✕ 5
ゴブリン・ナイト ✕ 4
ボブ・ゴブリン ✕ 1
討伐を開始して1日ほどでこれだけの戦果。嬉しい反面、危機感もある。
ゴブリンは当然のように人や家畜を襲う。ここは街道に近い為、行商人や旅人が被害に遭う可能性が高い。さらにゴブリンは他の魔物の食料にもなる。食べ物が豊富にある場所に捕食者が寄って来るのは自然の摂理。ゴブリンの増加は、そのまま他の魔物の増加の原因にもなるのだ。
事実、ゴブリン以外の魔物も増加傾向にあるという話を、ここへ来る前にギルドで耳に挟んでいた。冒険者の質や量がそれほど高くないこのスアード伯爵領にとっては頭の痛い問題だろう。住民の安全だけでなく、交易にも支障をきたす事態だ。
(オレたちにとっては、比較的安全に倒すことの出来る美味しい敵だけど、他の新人冒険者がそうとは限らないしな)
先日のミリィたちの一件が頭を過る。このままゴブリンが増えれば、あのような悲劇に見舞われる新人冒険者の数も増えるだろう。慎也たちにとっても、嬉しいことではない。
「ま、オレらがそのことで悩んでてもしょうがない。ゴブリンの魔晶核を回収して、次に行こう」
「はい」
慎也が言うと、すぐにユフィアが進み出てきた。
「頑張ってねー」
逆に、結衣はにこやかに手を振りながらすーっと後ろへ下がった。
「……お前、ホントに動物の解体だけは慣れないよな」
そうなのだ。
この世界に来た当初からそうだったのだが、結衣は生き物の解体、解剖と言うものが苦手を通り越して生理的にダメらしく、何度も克服しようと頑張ったのだが、2年経ったいまでも出来ないでいた。一度無理をして鹿の解体を試みた時など、忍耐の限界を超えて気絶してしまったくらいだ。そんな挫折が何度も重なり、本人もダメだと感じてとうとう諦めってしまっていた。その為、魔物を倒して魔晶核を取り出す作業には一切参加せず、主に慎也とユフィアが担当することになっていた。
一応、解体スキル自体は持っているのだが、慎也とユフィアの比べてレベルが恐ろしく低く、解体できるのは無機物――例えば古くなった時計とか、木箱なんかだけだった。
「うう~、自分でも情けないと思うけど、血とか内臓とか、触ったりするのはどうしてもダメなんだよ。グロ耐性のスキルとか無いのかな?」
「グロ耐性ですか? 聞いたことありませんね」
「つーか、オレもユフィアもそんなスキルないけど、普通に大丈夫だぞ?」
結衣のグロ耐性の無さは筋金入りらしい。
「人間なんですから、苦手なことや出来ないことの1つや2つ、あって当然ですよ。仲間同士で出来ることで出来ないことを補い合うのがパーティなんですから、ユイさんは気にすることありませんよ」
「ユフィアちゃーん、ありがとー」
聖女みたいなユフィアの言葉に、結衣は感極まって彼女に抱き着いて頬ずりを始めた。
(ま、確かにユフィアの言う通りだな)
一連の魔物との戦いを通して、仲間の大切さは慎也も身に染みている。結衣とユフィアがいなければ、いまの自分は無かっただろう、と。
そして、仲間と言える人間は元の世界にもいた。残念ながら、2度と会うことの出来なくなってしまった者もいることは確かだ。
(みんな、生きてるんだろうか?)
2年前、クラスメイトだった山口徹の遺骸を見つけた後、何度もマナクレイの森に足を運んでいるが、自分たちと同じ地球人の痕跡を見つけることは出来なかった。マナクレイの森に転移して来たのは3人だけだったのか、あるいは人里を見つけられず遭難して息絶えたのか、それとも山口と同じく、魔物の餌食になってしまったのか……
少なくとも、自分たち以外にも地球人がこの世界に来ているはずなのだが、キアナの街でもそれらしい情報は聞こえてこなかった。
同じ地球人を――クラスメイトを探し出すことを目標としている慎也にとっては、なんとももどかしい状況だった。
(つっても、冒険者を始めたばっかのオレらに探す術なんか無いしな。とにかく今は、地道に冒険者としての経験値稼ぎに徹するしかない)
焦りを覗かせた自分自身にそう言い聞かせ、落ち着かせる。
「んじゃ、早速――」
そこまで言いかけた時――
「きゃあああああ!!」
けたたましい女性の悲鳴が、林の向こう、街道の方から聞こえた。
「悲鳴!?」
「慎也君!?」
「行くぞ!」
即座に魔晶核回収を放棄し、慎也の一声で3人は街道に向かって走り出した。
全員が、いまが悲鳴は尋常のものではないことを理解していた。躓いて転んだとか、蛇が出たとか、そんな軽いものではない。
明らかに、命の危機を訴えかけるものだった。
「先に行くぞ!」
「判った!」
「すぐに追いつきますから!」
結衣とユフィアの返事を背中で聞きながら、慎也はさらに加速する。
筋力や運動系のスキルとステータスの差がある為、慎也が全力で走ると他の2人を引き離してしまうことになるが、いまはそんなことを言ってはいられない。
街道が近づくにつれ、複数人の悲鳴や怒号、戦う音、さらに獣のような唸り声などに混じって、大きな羽音が聞こえてきた。
(誰かが魔物に襲われてる! しかもこの羽音――)
慎也の脳裏に、ひとつの可能性が過った。当たってほしくない、ある意味最悪の可能性だったが、不幸にもそれは的中してしまう。
森を抜けて、街道に出た慎也の目に飛び込んできたのは――
「ワイバーン!」
翼の生えた爬虫類じみた巨体が、街道で馬車を襲っていた。
忘れもしない、慎也と結衣がこの世界に来て、最初に見た魔物――
翼長は15メートル。全身を覆う鱗は鎧じみていて見るからに頑強そうだ。長い首の先にある頭部には大人を丸齧りに出来そうな大きな口に肉食獣特有の鋭い牙を備え、両足の先には巨体を支える為に、あるいは獲物をつかんで離さない為の強靭な指と爪を生やし、自身の体長とほぼ同じ長さの尻尾を鞭のように振り回していた。さらによく見れば尾の先端には槍の穂先のような刃状になっている。
ワイバーン
レベル:37
生命力:4692
魔力値:0
筋力:533
敏捷:391
スキル:<飛行689><噛み砕き555><咆哮500><爪術405><尾撃412><体当り571><麻痺毒321>
備考:物理
【竜族の下位に属する魔物。肉食性の獰猛かつ好戦的な性格で、1度狙った獲物は死ぬまで逃がさない執念深さも併せ持つ。主に高い山の上などに生息しているが獲物を求めて麓や平地に飛来することもある。群れを作ることは無く単独で行動する。自分より小さい動物ならなんでも捕食するが、人間、獣人、ゴブリン等、人型の生物を好む。竜族特有の吐息は吐かないが、尾の先端に強力な麻痺毒を有する】
(ヤバい!)
盗視の指輪が示すワイバーンのステータスを一瞥した慎也は心中で呻いた。レベルこそ低いが、ステータスはウォー・ウルフに匹敵するほど高い。いや、空を飛べる分、ウォー・ウルフより強いかもしれない。
(なんでこんな場所にワイバーンが!?)
これまで、ワイバーンは数回の目撃情報こそあったものの、人里近くに現れたことは無かった。
(まさか、ゴブリン目当てか?)
盗視の指輪の情報が確かなら、ワイバーンは人型の生物を好んで襲う。マナクレイの森にゴブリンが増えた為、それを目当てに寄って来た可能性が高い。
襲われているのは、どうやら行商人の一行とその護衛のようだ。4台の荷馬車と人間用の馬車が1台。そのうち、荷馬車2台と馬車が破壊され、破片や積み荷が散乱し、乗っていた御者と思しき人たちが倒れている。馬は既に死んでいるようだ。
その周囲では、護衛と思しき10人ほどの冒険者たちが、上空をホバリングするワイバーンに向かって弓を放っているが、分厚い鱗に阻まれてほとんど効果が無い。逃げようにも怪我をして動けない者も多く、馬も狂乱状態で二進も三進もいかなくなっている。
「ちょっと! こんなとこにワイバーンが出るなんて聞いてないってば!」
「文句言ってる暇があったら矢を撃ちなさい! 馬車に近づけさせないで!」
荷馬車の上で弓を持った女冒険者が悲鳴じみた声を上げ、その傍らで槍を持った別の女冒険者が怒鳴り返していた。応じて女冒険者が矢を放つが、ワイバーンの頑強な鱗の前にあっさりと弾かれていた。
「ああもう! 弓なんかじゃ無理だって! 魔法使いはなにしてるのよ!?」
「シャリアさんが怪我したから、そっちの治療に当たってる!」
「怪我人の治療よりこっちを手伝ってよ! このままじゃ全員――って、やばい!」
女冒険者たちの怒鳴り合いが目に着いたのか、ワイバーンが尾で彼女たちの乗っていた馬車を薙ぎ払った。大木のような尾の一撃に、馬車や積み荷、繋がれていた馬が木の葉のように宙に飛ばされた。2人の女冒険者は寸前で馬車から飛び降りたが、飛び散った荷や破片の直撃を受け、共に地面に叩きつけられる。
「ヤバい!」
勝ち目が無いと判断した慎也は、地を蹴って駆けだした。
走りながら右手でイクサを、左手でハティを引き抜き、魔力を込める。
2人の女冒険者は気を失ったのか、地面に倒れたままピクリとも動かない。ワイバーンは2人に狙いを定めたらしく、翼をはためかせてホバリングしながら2人に向かって後ろ足を伸ばす。
他の冒険者たちも彼女らを助けようと弓を放つが、ワイバーンは全く痛痒を感じていない。
慎也は<閃駆>を使って駆けるが、距離はまだ100メートル以上ある。
間に合わないと判断した慎也は、白の魔法銃ハティをワイバーンに向かって発砲した。
矢とは比べ物にならない速さと威力を持った魔弾でも、ワイバーンの鱗に傷を付けることは出来なかったが、それでも痛みはあったらしく、小さな悲鳴を漏らし、翼を大きく羽ばたかせて宙へ逃れた。
(いまだ!)
ワイバーンが冒険者たちから離れたのを見計らって、慎也はハティをホルスターの戻し、魔力を帯びたイクサを両手で握り直し、空中でこちらを睨みつけるワイバーンに向かって大きく薙ぎ払った。
その瞬間、イクサの刀身が帯びていた魔力が、三日月型の魔力光となって放たれた。
刀剣型戦技――翔刃斬。
<魔法剣>の応用技で、剣に込めた魔力を遠距離に放つというもの。もちろん、刀だけでなく剣型の武器であればどれでも使用可能という応用性の高い技だ。
ギャアア!!
慎也の放った魔力の刃はワイバーンを直撃し、青白い魔力の爆発がその巨体を弾き飛ばす。だが、一瞬後にはすぐさま体勢を立て直し、憤怒に満ちた目で慎也の方を睨みつけ、怒りの咆哮を上げる。
HPゲージも大して減っていない。
(オレの翔刃斬じゃ碌にダメージも与えられないのか……まいったな)
初めて戦う強敵を前に、慎也の頬から一筋の汗が流れ落ちた。




